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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

奴隷嬢貰われました

作者:あるけみー
長いので、ゆっくり読んでくれると嬉しいです。


 私、ロロナ・サウスロットは幸せでした。

 優しい父と母、使用人の皆さんに大事にされていた私は何不自由なく暮らしていました。
 父の仕事がうまくいったこともあって、貴族としては地位の低かった私でも国の最高ランクの学園に通わさせて貰うことができていました。
 ……そこで私の家より地位が高い人と婚約することができれば良いな、という下心もありましたが、がっつくつもりはありません。

 地位が高い人との婚約というのは、ここまで育ててくれた両親に少しでも楽をさせてあげれないかな。と考えた結果です。
 そうすれば父の商会が潰される危険も少なくなりますし、暮らしも今より余裕ができると思います。

 そんな目標もあって、私は学園生活でも努力を続けました。

 まず私より地位の高い人間が、自身より知力の劣る人を婚約者にすることはないと考え、勉学に力を入れました。
 それ以外にも礼儀や作法といった、貴族では当たり前の技術を普通以上にできるよう磨きます。

 そして大事なのは容姿。
 誰だって醜い容姿をした人を婚約者にはしたくないですよね? 
 私は嫌です。
 例えその人が王子様だったとしても、全身ぶよぶよ脂で清潔感ゼロなんて人だったら断っちゃいます。
 というより、そこまで地位は求めていないので……。

 私の地位は貴族の中では最底辺。
 中堅の貴族様と婚約することができれば、それだけで私たちの暮らしは安泰でしょう。

 目標は高く、でも高望みはしない。
 そんな風に生活していた私は、嬉しいことに学園ではちょっとした人気者になっていました。

 学園での成績は、頑張った甲斐もあって毎回上位10位以内に入っているので、友人に勉強で頼られることもあります。
 またありがたいことに、私の容姿が整っている(らしい)ことや髪が金髪のことから、黄金の姫妖精なんて呼ばれたりもして……。少し……いえ、かなり恥ずかしいですけどね。
 もちろん私がそう言い始めたわけじゃないですよ?

 私の他にもこういった特殊な渾名あだなを持っている人たちがいますが、その人たちは王族や貴族の中でも最上の地位を持っている人たちなので、私の場違い感はすごいです。
 貴族としては地位の低い私が、特別な渾名を貰っていることで嫌な目で見る人たちもいます。
 でも、それ以上に私と仲良くしてくれる人が多かったので、気にすることはありませんでした。
 ――それが最大の間違いだと気付かずに。


――――



「どういう……ことですか?」

「だから、貴方はもうここの生徒ではないのよ!」


 獰猛な笑みを浮かべながら、私にそう言葉を放っている人はレイン・ローズベルクさん。
 彼女は特殊な渾名を持っている、地位の高い貴族です。
 私との接点はほとんどないと言って良いんですが、いきなりなんなんでしょう?


「えっと……いまいち状況が把握できないんですけど……」

「あららぁ? 残念なのは地位だけじゃなくて頭もなのかしらぁ?」


 ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべるレインさん。……正直不快感しかありません。
 それでも、地位の低い私は彼女の戯言に付き合わなければならないのです。


「ふふ、仕方がないから貴女みたいな頭の弱い人でもわかるよう、簡単に教えて差し上げますわ」

「そ、それはありがとうございます……」

「ええ。感謝して消えて下さい。貴女の父親に、自分の仕事と娘どちらを手放すか選ばさせてあげましたの。その結果、貴女が手放された。それだけよ」

「………………はい?」

「あら面白い顔。貴女は実の父に売られたのよ。これからは奴隷ね」

「……冗談にしても流石に怒りますよ?」



 父が私を売る? そんなことはありえません。
 例え、レインさんと地位の差が天と地だとしても、その言葉は見過ごすことができません。


「冗談だと思う?」


 それでもレインさんは余裕そうに笑い、


「冗談だと思うなら確かめてみなさいな。……でも、周りの方々はこのまま逃がしてもいいのかしら? 今ならこの子を殴っても犯しても罪にはならないのよ? ……もう奴隷なんですから」

「いい加減にしなさいレイン。冗談にしても性質たちが悪いわ」


 私たちの会話に入って来たのはカトレア・クーウェルさん。
 私の最も仲の良い友人と言っていい人で、特別な渾名を持っている1人でもあります。


「あら……。貴女は"黒兎"じゃない。もしかして、貴女この子の味方するの?」

「味方も何も、貴女の妄言に証拠がないじゃない」

「妄言だなんて酷い……。時間が経てば嫌でも分かりますわ」

「……ロロナさん。この女に従う気はありませんが、こんな人でも影響力はあります。このまま今日学園で過ごすより、一度家に帰った方がいいかもしれません。この場は私がどうにかしておきますので」

「……ありがとうございます。はい、戻ろうと思います」


 カトレアさんのことは心配ですが、私ごときが心配していたら怒られてしまいそうなので、素直に言葉に従おうと思います。
 できればこのようなことで家に戻りたくはないのですが……周りの男の人たちの視線が嫌らしいモノになってしまい、今日はここにいたくなくなってしまいました。


「さようなら妖精さん。もう2度会うことはないでしょうけど」

「…………」


 付き合い切れない私はその言葉を無視して、馬車を使って家に帰ることにしました。
 その言葉が嘘だと欠片も疑わずに。


――――


「すまない……。本当にすまない……」

「…………え?」


 家に帰った私を向かい入れたのは、今の時間ならまだ仕事をしているはずの父でした。
 その父は私を家に入れてすぐに謝罪を始めました。
 普段の父からは想像もできない行動に、私は恐怖を抱きました。
 レインさんの言っていたことが本当なのか、と。


「お父さん……?」

「どうしようもなかったんだ……! 商会を捨てたあと全員犠牲になるか、お前を犠牲にして商会を救うか! そんなの決まってるだろ!!」

「……私を、捨てたんですか……」

「……………………」

「私を、愛してはくれてなかったのですか……!」


 父は顔を伏せていて、こちらを見てくれることも、返事をしてくれることもありませんでした。


「逃げ――」


 私は家から逃げ出そうと考えに至り、玄関に向かおうとしたのですが、誰かが私の肩を掴んでいました。
 振り返ると、そこには見知らぬ屈強な男性が3人。
 とても、嫌な予感がします……。


「というわけで、付いて来てもらいますよお嬢様?」

「え、やだ……」

「いやでもなんでもですぜ。恨むならそこにいるお父様を恨むんだな?」


 私は男に力ずくで引っ張られました。
 精一杯抵抗しているのに、軽くあしらわれて……。


「嫌……。離して!! 離してっ!」


 私の叫びに反応を示してくれる人は誰もいませんでした。
 父は俯いたまま。
 母や使用人の皆さんはどこに行ってしまったの……?


「うるせぇんだよ」

「がふっ……!」


 お腹に衝撃。
 お腹を殴られたのだと、理解したのは意識を失い始めてからでした。

 嫌だ。
 奴隷になんて、なりたくない……。

 …………。
 意識が……。



――――――


 私が奴隷に堕とされてから2ヶ月。
 ついに売り飛ばされることになったようです。

 これまでの2ヶ月はもう思い出したくない……。
 痛くて。
 怖くて。
 辛くて。
 苦しくて。
 ……どうして私がこんな目に合わなければいけないんだろう。
 わからない。わかりたくもない。もう早く楽になりたかった。

 奴隷として買われたら、私は何日も持たずに死ぬのでしょう。
 誰に買われても、苦しむのが長いか短いかしか変わりません。
 できれば短い間で楽になりたい。でも、そこまで早く終わるとも思えません。
 ……どちらにしても希望がないことは確か。
 流れるままに行くしかありません。


――

「……参ったな……。候補があと1人しかいない……」


 私を連れている、奴隷商人がぼやいています。
 なぜか私の売り出し方法は訪問販売で、商人が一軒一軒家を訪ねています。
 そして商人はこれまで回った家で、私を買うと言った人もなぜか逆に断っています。
 商人が提示した金額よりも、高く金を払うと言った人もいましたが、それでも断っています。
 ……何をしたいのでしょうか。
 候補があと1人と言っていましたが、それでも商人の目に適わない場合は戻されることになるのでしょうか。

 しばらく馬車で移動したあと、商人はある家の前で止まりました。
 今までの候補の人たちの家と比べると、その家はとても小さく見えました。
 私が過去に住んでいた家よりも、二周り以上は小さいと思います。
 私の値段はかなり高いようなので、この家の人に買えるようには思えないのですが、商人は気にせずに家の呼び鈴を鳴らしました。


「……どちらさまで」


 出てきたのは私と同じくらいの歳の男性でした。
 それなりに整った顔立ちで、身長は私より頭1つ分くらい上でしょうか。


「いきなりすみませんねぇ……。良い奴隷が手に入ったもんで、若旦那に見てもらいたくてですね……!」


 こっちに来い、と言われ私は男性の前に姿を晒すことになります。
 今までの人たちは、私の姿を見ただけで顔を嫌らしく歪めていました。 
 姿を見た瞬間に、私をどう痛めつけようか考えているような顔です。

 この人も顔を歪めるのは変わりませんでした。
 ですがその歪め方は、嫌らしいものではなく、面倒なことになりそうだ。というような歪み方でした。
 表情を読むまでもなく、その人は素直に顔に出ているので商人にもバレバレです。


「どうですか旦那? この娘はこう見えてまだ純潔。夜の相手でも、なんだって旦那の好き放題できますぜ」

「……悪いが、俺には無理矢理女を犯すような趣味はないんでな。他を当たってくれないか?」

「なんと! 旦那はこの娘が要らないと! つまりこのが他の人間に犯され嬲られ殺されても良いということですか!」

「やな言い方する奴だな、おい。あんた俺を悪者にでもしたいわけ?」

「とんでもない! ただ、この娘には貴方様のような方に主人になってもらいたいのです」

「はぁ……?」


 奴隷である私は商人と男性の話し合いに加わることはできません。
 なので黙って成り行きを見ることしかできないのですが、どうしてこの商人は私を安全な道に向かわせたいのでしょう……。


「私はですね、もうたっぷりとお金を貰って(、、、)ましてね? 旦那が引き取ってくれるっていうならこの娘は無料タダで良いんですよ」

「……何が目的なんだか」

「へへっ。それは私にもわかりませんけどね? 旦那は一人暮らしでしょう? 1人くらい奴隷がいても問題はないでしょう?」

「……俺がその子を貰って、あとから何か請求しようとか――」

「そんなことはありえません! 王でも神にでも誓いましょう! 大体こんな辺境に取り立てに来る物好きなんて早々いませんよ!」

「あんたは?」

「へへっ! 痛いとこ突きますね……! ですが、私の場合は依頼《、、》ですから!」

「ああ、もうわかったよ。貰いますよ貰うからそれ以上近付くなぁ!」


 何時の間にか商人は男の人に段々と近寄り、脅しているような立ち位置になっています。
 それが売る側の態度なんでしょうか?
 というより無料で売られるなんて話聞いていなかったので驚きです。


「毎度あり!! やっと厄介払いができます! 主人変更契約完了! また縁があったら会いましょうや!」

「厄介払いかよ!!」


 商人はさっさと契約を男の人――ご主人様に移すと、さっさと場所に乗って逃げるように消えました。
 前のご主人――商人の命令で立っていろという命令も、主人が変わったことによって解除され、私はその場にへたり込んでしまいました。
 嵐のように逃げ去った商人に呆然としていた私とご主人様の目線が意図せず合いました。


「なんだったんだろ……」

「…………」


 命令がないと奴隷わたしは話すことすらできません。
 実際声を出すことはできますが、この2ヶ月で声を出さないよう私は調整されているのです。
 座ったまま動こうとしない私を不審に思ったのか、ご主人様が近付いて来ます。


「あー。さっきまでは"命令"で立たされていたって感じか? ……そうだった。なんか面倒なシステムあったよな……。早く思い出さないと迷惑かけそうだ。……命令ってどうやってすればいいんだ?」


 私の身体のどこかに触れながら、念じるだけでいいのです。
 でも、そう声を出して答えることができません。


「しゃーない。もう少しだけ待って貰うしかねぇな。……この感じ、風呂にも入れてないみたいだな。ったく女の子の身くらい綺麗にしてやれよな……。酷い世界だ、本当に」


 ご主人様は立てない私を抱きかかえて、家の中に入れてくれました。
 ……奴隷なんて引きずって家に入れればいいのに、どうして丁寧にしてくれるのでしょう。


「まずは風呂に入ろう。……その様子じゃ一緒に入った方が安全か。服は、どうしよう……。はぁ……一気に悩み事が増える……」


 私の今の服装は薄い布一枚です。
 下着も貰っていないので、身体のラインはくっきりしています。というより透けているのでほとんど裸と同じようなものですね。


「とりあえず適当に服持ってくるから、先に風呂入っててくれ」


 ご主人様はそう言うと、どこかに行ってしまいました。
 お風呂に入れ、との命令でしたので、服を脱いで入っていることにしました。

 この家のお風呂場は、なんだか私の知っているものとは違いました。
 私が以前利用していたお風呂は、お湯に浸かるものと、身体に湯をかけて流す用の水溜め場。その2つに分けられていたのですが、ここのお風呂は浸かる用のものしか見当たりません。
 身体を流す用にしては広いので、もしかしたら身体を流してからそのまま浸かる用なのでしょうか。


「待たせた」


 そんな疑問を考えていると、ご主人様が戻ってきました。
 ……男の人の裸は見慣れていないので、視線は前に固定しています。見られ慣れているというのに、見慣れないってのは少しおかしいですね。


「どしたんだ? そんな固まって……」


 なんでもないです。なんでもないです。男の人の裸を直視するのが恥ずかしいだけです。
 なんて、心で言っても聞こえるわけはないのでした。

 ご主人様は私の背中を押して、壁際に寄せていきます。
 よく見ると壁に、"棒のようなもの"が引っ掛けてあります。
 その下にはドアの取っ手、でしょうか? そんなものが付いていました。
 ご主人様はその棒の前に私を座らせると、


「目を瞑っていろ」


 と言うのでした。
 素直にその命令に従うと、上から水が降ってきて……!?


「~~~!?」

「おー、驚いてる驚いてる。声上げても怒らないぞ?」

「あわわわ……」

「始めての言葉があわわ、か。記念に覚えておくか?」


 なんてご主人様が言っていますが、気にする余裕がありません。
 これ何時まで続くのでしょうか!? こんなに長く水をかけられる体験始めてですっ。


「そうだ、いきなりお湯かけちゃったけど、身体に痛い所とかないか?」

「は、はい……」

「そっか。なら髪の毛から洗うから、シャワーに遊ばれてていいぞ」


 どうやらこの水を出しているものはしゃわーと言うらしい。聞いたこともありません。
 慣れない道具にあたふたしているうちに、髪も身体も洗われていました……。
 といっても本格的に洗ってもらったのは髪の毛と背中だけなんですけど。


「…………」

「…………」


 お風呂に浸かっている私とご主人様は無言でした。
 私もご主人様も、気持ちが良くなっているのだと思います。


「……まぁ、あれだ」

「……?」


 唐突にご主人様が切り出しました。


「俺はいきなりお前を叩いたりしないから。安心してくれ」

「……」

「それと名前教えて欲しい」

「……ロロナ」


 私はロロナ。
 ただのロロナ。家名はありません。


「そっか。よろしくロロナ。俺はレイ・ア…………、レイだ。レイでいい」

「……?」


 なぜかご主人様は自分の名前を名乗るだけで、何回か言い直していましたが気にしないことにします。
 その後は何事もなく、普通に入浴を終えるのでした。


 着替え最中にも、ご主人様が私に何かしてくることはありませんでした。
 ……ご主人様は、本当に何もするつもりがないのでしょうか……。よく、わからないです。
 服は先ほど来ていた薄い布1枚ではなく、ご主人様が用意してくれたちゃんとしたものになりました。
 下着はありませんでしたが、ちゃんとした服装を用意してくれただけでとても感謝しています。
 ちょっと服が大きめで、袖を捲らなければいけないんですけどね。

 一応立って歩くことはできるようになったのですが、ご主人様は私を抱えて移動してくれます。
 基本的に私は主人に逆らわない、命令以外のことはしない、という調整をされているので、申し訳なくは思うのですが、身体を預けることにします。

 椅子に座らされた私は、髪の毛を乾かして貰ったあと放置されています。
 ……ただされるがままにここまで来ましたが、これが奴隷の扱いとは全く考えられないですね……。

 しばらく待っていると、ご主人様が食事を持って来ました。
 まさか、ちゃんとした食事までくれる。なんて、ことないですよね……?


「食べていいぞ」


 あり、ました……!?
 このご主人様は、何を考えているのでしょうか……。
 優しくされすぎて、逆に怖いです……!


「……? 食べていいんだぞ?」


 目の前にある食事はみんなちゃんとしたもので、パン1個といった生活を続けていた私には信じられません。
 ほ、本当に食べていいのでしょうか。
 口に含んだ瞬間殴り飛ばされたり……。


「……」


 我慢の限界です。
 こんなおいしそうな食事を出されて、手を出さないでいるなんて今の私にはできません……! 


「……っ!!」

「口に合うか?」


 2ヶ月ぶりに食べることができたそれは、私の冷静さを吹き飛ばすには十分の物でした。
 ご主人様の言葉に答えることもせずに、私は夢中でご飯を食べてしまいました。
 いつの間にか目から涙が出ていることにも気付かず、ご主人様が私を慈しむかのような目で見ていたことにも。


――――


「細かいことは明日にしよう。それと、悪いんだけどベッド1つしかないんだ」


 食事が終わった後、しばらく経ってからご主人様が言いました。私がこの家に売られたのは夕暮れ時で、今はもう時間が遅いのです。
 私は相変わらずご主人様に抱きかかえて貰って移動しています。
 ベッドが1つしかない、というのは私は床に寝ることになるのでしょうか?


「おやすみ」

「………………」


 という私の予想をご主人様は軽々と飛び越し、私をベッドに入れたのでした。
 思わず咄嗟に身体を抱くようにして、私は横になっていました。
 それでもご主人様は気にせず、私の隣に横になりました。


「少し、狭いな。まぁ、暑くないし我慢してな」


 そういうとご主人様は背中を向けて眠りにつきました。
 ……本当に、私に何もしないでくれるみたいです。


「……ご主人様、寝付き良いのです……」


 私も安心して寝ることができそうです。


――――



 ………………?
 目が覚めた私は見知らぬ場所に監禁されていました。
 右手にだけ手錠がはめられて、そこから動くことはできません。

 ああ……私は家から連れ出されてしまったんですね……。
 狭い部屋に繋がれている私はどうすることもできずに、虚空を眺めることしかできません。


「……目が覚めたようだな」

「……!」


 図体のでかい男がこちらに気が付いて、近寄って来ました。その男の顔にはもやがかかったようになっていて、はっきりと顔を見ることができません。
 その男は私が繋がれている牢に躊躇いなく入って来ました。


「な、何のつもりですか……!」

「おーおー。反抗的なのはいいことだ。調教のしがいがある」

「ちょ、調教?」


 よく意味がわかりませんが、危険な感じがして私は後ずさります。でもすぐに背中が壁について、逃げ道がありません。
 すると男の表情が歪み……、


「……っ!? あ、あああああああああああ!?」

「こういうことだよ。わかったか? 女」


 熱い……! 
 何をされたのか全くわからないけど、体中が焼けるように熱い……! 


「へへっ。安心しな。何回叩いても死にはしない。それに、傷も付かないから何回やっても問題ないんだ」

「やだっ! いやぁ!」


 手錠をかけられているので逃げることができません。
 身体を小さく丸ませても、男は容赦なく私に何かをして来ます。
 何をしても体中が焼けるような痛みは、少しも和らぐことがありません。どうしてこんな目に……。


「お前が買われた後その主人に万が一があったら困るだろ? だから今こうして、抵抗する気を失くす手伝いをしてやってるってわけだ」


 熱い。痛い。怖い。


「たす……けて」


 その言葉が届くこともなく、闇に消え……。




――――



「あ、ああああああああああああ!?」


 飛び起きるとそこは牢屋ではなくなっていました。
 そこは暗い部屋で、自分がどこにいるのかもわからなくて、


「やぁ!! いやあああああああ!!」

「ロロナ!?」


 何もないのに恐怖が身体を蝕んで、私は身体を振り回すのを止められません。
 そんな私を誰かが正面から抱きしめてくれました。


「落ち着いて……。君をいじめる人は誰もいない……。ゆっくり息をするんだ」

「ご……主人……様?」

「そうだ。……悪い、暗いのは苦手だったみたいだな」


 部屋の中が明るくなっていくにつれて、私も冷静さを取り戻すことができました。
 そうでした……。私はご主人様に買って貰ったんでした……。
 あの牢屋からは……!


「命令。膝枕されなさい。てね」


 ご主人様は私を放すと、そこから横に私を倒して膝枕してくれています。
 一瞬、恐怖も忘れてご主人様と視線が合いました。
 なぜご主人様は夜中に奴隷に起こされても、全く怒ることがないのでしょう……。騒ぐ私を殴ったりしないのでしょう……。


「ごめん……なさい」

「気にしなくて良いからな。俺はロロナのご主人様だから、ロロナの面倒を見るのも当たり前ってわけよ」

「あう……」

「まだ外は暗いからな。明るくなるまでお話でもしてようか」

「ごめんなさい……。私、話せるようなことは何も……」

「それは不幸だな。そうなると明るくなるまで俺の自慢話をひたすら聞くことになるぜ? ま、寝れるようになったら寝て構わないが」

「ご主人様……。ですが――」

「俺は一日、二日寝なくても大丈夫なんだ。嫌になるくらい話聞かせてやるさ」


 ご主人様は私の頭を撫でながら自慢話を始めました。
 左手で私の頭を撫でて、右手は私の左手を握ってくれています。

 ご主人様の熱は、私が怖い熱とは全然違って、私はそのまま――――。



――――



「…………」



 おはよう、ございます。
 ……寝ていたようです。
 …………。


「あああああ……」


 どうしましょう……。ご主人様の自慢話聞いて寝ちゃうって、ご主人様のお話がつまらないって言っているようなものじゃないですか……!
 あぁ……。私の馬鹿ぁ……。


「どうした、そんなうめき声上げて」

「あう……」


 聞かれていたようです……。
 ああ、どうしょう……。


「よく眠れたみたいだな。朝ごはんならぬ、お昼ごはんの用意が丁度できたところだ」


 ご主人様はそんなことを言いながら、私を抱きかかえて移動させてくれます。
 ……て、なんで私もご主人様に甘えっぱなしで抵抗してないんですか! もう私ちゃんと歩くことができます!


「ん? ご主人様に逆らうのか?」


 はぅっ……。
 それを言われてしまうと、私は何の抵抗もできなくなってしまうのです。
 ご主人様に逆らえない私は、そのまま椅子まで運ばれるのでした。

 既に料理は出来上がり、しかも運び終わっています。
 ご主人様はいつの間に料理をしていたのでしょう……。


「いただきます」


 ご主人様は手を合わせながらそう言って、食事を開始しました。
 当たり前のように、私の分も用意されていることにまだ違和感がありましたが、慣れるように頑張りたいと思います!


「今日の予定なんだけど、ご飯食べたら服を買いに行こう」

「服、ですか」

「その服のままでずっと過ごすわけにもいかないだろ? 俺はその萌え袖嫌いじゃないから見てる分には良いんだけど」

「モエソデ?」

「んん! なんでもない。とにかく、お前には可愛い服を着てもらいたいから買いに行く。わかったか?」

「わ、わかりました……!」


 ご主人様の願い、ですからちゃんと可愛い服を選ぶようにしないといけませんね!



――――


「あ、あのご主人様……」

「どったの?」

「な、なぜ手を繋いでるのでしょうか……!」


 外に出た私とご主人様は手を繋ぎながら移動していました。
 抱きかかえられたまま移動するのではないことにほっとしていますが、これはこれでとても恥ずかしいです……!

 そもそも抱きかかえられている時でもとても恥ずかしいのですが、それはご主人様にしか見られていないのでまだ良いのです。
 ですが、今の状況は人目があるので、その……はい……。


「手を離して、誰かに攫われたら困るからな。諦めろ」

「あぅ……」


 できるだけ周りの人たちを見ないようにして歩きます。
 でもそうすると、自然にご主人様を見つめることに……!? 
 いえ! 正面を見ていれば問題ないはずです……!


「っと。ここだ」


 はっ。
 気付かないうちに目的地についていたようで、ご主人様は店の前に立ち止まりました。
 お店の全体を見る暇もなく、ぐいぐいご主人様に手を引かれ私は店の中に入ることになりました。


「マダムー。おーい」

「あ゛ーい?」

「へ?」


 な、なんだか猛獣のような声が聞こえた気がするのですが、気のせいでしょうか……?


「お、いたいた。マダムー。この子に合う服選んでくれない?」

「あ゛らぁ? 可愛い子じゃない!! こんな子どこで引っ掛けて来たのよ!」

「ぴっ」


 肩幅の広い男性(?)が店の奥から出て着ました。
 ご主人様よりも背が大きくて、横幅は3倍くらいあるんじゃないでしょうか……!
 ちょっと、いえ。とても怖いです……!


「引っ掛けたんじゃねーよ。何か知らんが奴隷商人が売りつけて来たんだ。タダで」

「タダぁ!? こんな可愛い子が奴隷なのも驚きだけど……まさか訳ありってこと?」

「さぁ? 説明もなしに商人どっか行ったしな……。て、そんなことより今は服だよ服」

「あ、ああ。そうだったわね……。どんな感じに?」

「可愛い感じの服と、下着も選んでやってくれ。金は気にしなくて良いから」

「りょうかーい。それじゃあ、お嬢ちゃんはこっちね」

「はうっ!? ご、ご主人様ー!」


 も、もしかしてこの人は男性ではなく女性なのでしょうか……。
 私の下着まで選んで貰うということは、この人はその……。


「ん? ああ、マダムはちゃんと女性だから、安心して良いぞ」

「ちょっとレイちゃん? ちゃんと女性ってどういう意味かしらぁ?」

「そういう意味だろ任せた!」

「ご、ご主人様ぁー!?」


 なんとご主人様はそのまま店から出て行ってしまったのです。
 先ほど攫われないように手を繋いでいる、と言っていた人はどこへ行ってしまったのでしょうか……!
 呆然としている私の肩に手が置かれます。


「ひょっ!」

「安心しなさい。いじめたりはしないから!」


 そういわれると、逆に不安なのですが……。



――――



「おまたせレイちゃん」

「お。お疲れさま。お金払うよ」


 ………………。
 ええ、必要なこととはわかっているんです。
 けど、とても、疲れました。


「……なんだかロロナが疲れきってるように見えるんだけど」

「うふっ。あまりにも可愛らしいお嬢さんだったから、私頑張っちゃった(はーと)」

「うげっ……。いや、でもセンスはいいんだよなぁ……」

「……本気で引かれると、ショックなんだけど」

「……なら気色悪い行動するなよ」

「これが私の個性よ!!」

「なら気にすんなよ」

「はっ! これはどんなことがあっても落ち込むな。っていうレイちゃんの激励!?」

「あーはいはい。どうもでしたー。お金はここにおいて置きますんで機会があればまたよーろしくー。ロロナ行くぞ」

「は、はい!」


 手を引っ張られて私は歩き始めます。
 本来なら奴隷である私が荷物を持つべきなのですが、ご主人様は私に渡してくれる気はないようです。
 今私が来ている服装は、店に来る前とは違って新しいものになっています。
 久しぶりに可愛い服を着ることができてちょっと嬉しいです。


「ありがとうございます。ご主人様」

「ん? …………ああ。いや、俺が着て欲しかっただけだから。よく似合ってるよ」

「あ、ありがとうございます……」


 なぜか、嬉しいのに恥ずかしい気もしました。 
 相手がご主人様だからなのでしょうか……。奴隷になる以前の生活でも褒められることはありましたが、恥ずかしくはなかったはずです……。


「…………頑張らないとな」

「はい?」

「なんでもないよ」


 ご主人様の呟きは、私には届きませんでした。



――――


 それからの生活でも、私の扱いが変わることはありませんでした。
 毎日3食頂いて。
 お風呂にも入ることができて。
 そして一緒に眠る。

 ちゃんとした物を食べれるようになって、細くなっていた身体に肉が付いて運動することができるようになりました。
 怖かった暗闇も今では怖くなくなって来ました。

 どうして奴隷の私にここまでしてくれるんだろう?
 どうしても気になって、私は思わずご主人様に尋ねてしまいました。


「どうして、か」


 ご主人様は困ったように笑って、


「君の笑顔が見たいから、かな」


 と曖昧に笑うのでした。
 ……そうだったのか、と。
 私はここまでして貰っているのに、笑顔の1つも浮かべることができていなかったのかと、始めて気が付きました。


「……ごめんなさい」


 気付けば謝っていました。
 どうして私の顔は笑ってくれないんでしょう?
 ご主人様にここまで良くして貰って、どうしてご主人様の望み1つ叶えてあげることができないのでしょう。


「謝るな。……泣かないで」


 笑顔を浮かべたいのに、いつの間にか私は涙を流していました。
 泣くのはこんなに簡単なのに。
 笑顔を浮かべるのは、どうしてこんなにも難しいの?

 ご主人様が、そっと私を抱きしめてくれます。
 単純な私はそれだけ暖かくなって、安心してご主人様に身を任せてしまいます。


「少し、でかけようか」


 私が泣き止んだタイミングで、ご主人様はそう切り出しました。
 どこへ連れて行ってくれるのでしょう? 


「素敵なところだよ。ちょっと遠いけどね」


 私の手を握って、ご主人様は言いました。
 珍しく移動に馬車を使うようです。
 馬車の中でもご主人様は私を手放そうとはしません。
 なので、私も抵抗せずにご主人様の隣に座っています。

 ……馬車で移動中、ご主人様が私のふとももに頭を預けて来たのですが、これは頭を撫でても良いのでしょうか……。



――――



 しばらく移動したあと、馬車から降りた私とご主人様は歩いていました。
 周りには、人も家も何もありません。あるのは林と砂利の道。
 見慣れない景色に戸惑っていましたが、ご主人様が私の手を引いてくれるので問題ありません。
 整備されていない道を歩き、林を抜けるとそこにあったのは……。


「わぁ……!」

「どうだ? 綺麗だろ?」

「……はい!」


 そこには黄金の世界が広がっていました。
 左を見ても右を見ても、地平線まで黄色い世界が続いている……!  


「全部ひまわりなんだ。今の時期だと丁度見れるんだ……、と。近付いて見るか」


 私のうずうずとした様子がばれてしまったのか、ご主人様が軽く笑いながら花畑に近寄ってくれます。
 凄い……。
 こんな美しい景色を、私は見たことがありません!


「綺麗……。この黄色が全部花なんだ……」

「こんな絶え間なく植えるの大変だよなぁ」


 むぅ、ご主人様はもっとムードを大事にして欲しいですね……。
 ふふ。この花たちは私よりも身長が高いです。
 ……身長?


「あ、種がとれそう……。こっちは倒れて来そう……!」

「っ」

「ご主人様……?」


 私の様子を見ていたご主人様が、顔をほころばせています。
 何か面白いことでもしましたっけ?


「ロロナ。笑顔になってるぞ」

「え……? ほ、本当ですか!?」

「ああ! 良い笑顔だよ。写真に収めて飾っておきたいくらいだ!」

「シャシン?」

「ああもう今のなしぃ!! 何で大事なとこで変なこと言うんだろうね!?」


 ご主人様が焦りながら誤魔化すので、私はそれ以上詮索しません。
 こうして2人で笑い合うことができている、ということがとても幸せです。
 私のご主人様は私に何でもくれます。 
 笑顔も、幸せも。
 そんなご主人様が、私は――――。



――――


 笑顔になることができるようになってから、私はご主人様に料理を習いました。
 お掃除の仕方を教えて貰いました。
 少しでもご主人様のお役に立ちたくて、ゆっくりとですが私は前に進めるようになりました。
 その期間は本当に楽しくて、幸せで、あっという間に時は過ぎていました。

 そんな幸せな日々が続いていたある日の夜。
 私が奴隷としてご主人様に貰われて、約1年経った時でした。


「え……?」


 ご主人様の言葉を信じたくなくて、私の脳が勝手にご主人様の言葉を聞こえなくしました。


「……半年、長くて1年この家から出て行くことになった。……悪いんだけど、ロロナに留守番頼んでいいか?」


 突然告げられた別れの言葉。
 その期間は長くて1年らしいです。でも、


「そ、それなら私も連れて行って下さい! 私はご主人様の奴隷です! 私も連れて行って下さい!」

「……悪い。俺がこれから行く所は危険なんだ。……ロロナは、連れて行きたくないんだ」

「……やだ。いやです……」

「ロロナ……」


 ご主人様は困った顔をしています。
 でも。
 それでも私はご主人様と別れたくありませんでした。

 今まで料理や掃除の仕方を教えてくれていたのは、このためだったのでしょうか……?
 私はご主人様のお役に立てると、思っていたのに……。


「ご主人様……お願いです……」

「……戻って来ないわけじゃないんだぞ? 早ければ半年で帰って来るから」

「でも……危険だって……」


 離れたくない。
 ご主人様をそんな危険な所に、1人で行かせたくない。

 どうすればご主人様と別れないで済むんでしょう。
 何か方法を考えないと……。
 それにしても、なんで私の心はこんなに痛いの……?


「…………」

「……涙目で睨まれてもだな」


 別れたくない、離れたくない。
 半年でも1年でも変わらない。
 1日だって離れ離れになるくらいなら、私は……。
 …………。


「ご主人様」

「はい?」


 私の雰囲気が変わって、ご主人様はきょとんとした顔をしています。
 この気持ちを伝えたい。
 でも、どんな言葉で伝えればいいのかわからない。
 だから、


「ん……」


 ゆっくりとした動作で、私は腕をご主人様の首にまわします。
 嫌なら奴隷わたしなんて弾き飛ばせばいい。
 拒絶するなら、はっきりとして欲しいから……!

 ご主人様は抵抗することはありませんでした。 
 私はそのままご主人様の唇に触れ……触れ……!
 ……恥ずかしいので目は瞑りました。
 ご主人様がどうしているのかわかりませんが、驚いている気配はします。


「……、……。……っは」


 長い間触れたままでいましたが、ご主人様が離す気配がなかったので、私から離れました。
 怖い。
 こんなことしておいてですが、ご主人様の反応が怖くて目を開けることができません……。


「……ロロナ」

「は、は……んん!?」


 呼ばれて返事しようとしましたが、それはご主人様によって中断させられることに。
 あぅ……。調子に乗ったお返しでしょうか……。
 先ほどと同じくらいの間触れ合って、ご主人様が私を放します。


「……はぁ。我慢してたのに、どうしてそんなことしちゃうかな……」

「え?」


 諦めたような笑みを浮かべ、ご主人様がそう言います。


「そっか。ロロナも同じ気持ちだった……のかな?」

「は、はひ!」


 返事くらいちゃんとしましょうよ私……。


「ごめん。ロロナも同じ気持ちだったなら、俺と離れたくなんてないよな……。気付けなかったんだ、許してくれないか?」

「あ、ああああその! 私も同じですっ。ご主人様が私は、その、あの……」


 行動に移すことはできたのに。
 どうして言葉にするのはこんなにも難しいの?


「無理しなくていい」


 ぽん、と私の頭を撫でてから、ご主人様はそのまま私を抱きしめてくれます。
 暖かい。
 抱きしめてもらうだけで、体中が発熱しているような気分になってしまいます。


「……ロロナ」

「……はい」

「俺は、ロロナが好きだ。奴隷じゃなくて、1人の女性として愛している……。信じてくれるか?」

「あ、あいっ!? ……! ~~~!」

「…………ロロナさん?」

「私も……、ご主人様好き。大好きっです……!」

「ああ……。泣くなよ……」

「だってぇ……!」


 泣いている私を、笑いながらご主人様があやしてくれています。
 信じられないです……。奴隷わたしを好きだって、愛してるって……!
 もう2度と言って貰えないと思っていた言葉は、私の心をゆっくりと満たしてくれます。


「改めて言うよ」


 私の頬に手をやりながら、ご主人様が言います。


「これから俺が向かうのは危険な所だ。帰ってくる気まんまんだが、危ないのは確かなんだ。だけど」


 ……。


「一緒に来てくれるか?」

「……はいっ!」


 私もご主人様も笑顔でした。
 最初から言って欲しかったとも思いましたが、ご主人様は私が嫌がると思っていたようなので仕方ないですよね。
 ……でも、あれ。


「ご、ご主人様!」

「どうした?」

「あの……本当に連れて行ってくれるんですよね?」

「……? そう言ったじゃないか。明後日に向かえの馬車が来るから明日に行く用意をしよう」

「はい……」

「どうか、したか?」

「ごめんなさい……。どうしてか、わからないけど、不安なの」

「ロロナ?」


 自分でも不思議です。
 ご主人様はちゃんと連れて行ってくれるって言っているのに、私は不安で身体が震えました。
 さっきまでご主人様の熱で身体が暖かかったのに、今はなんだか寒い……。


「……それじゃあ今日は一緒に寝よう」

「何時もと変わらないです」

「抱き合いながらなら?」

「足りないです」

「……おやすみのキスからおはようのキスまでしよう」

「…………もっと」

「………………」


 ご主人様は迷っているみたいです。
 奴隷として扱われていた私のことを気遣って、遠慮してくれているんだと思います。
 だから、私が、


「私を……貴方の物に……」


――――――



「ふふ」

「……?」


 ベッドで仰向けに倒れている私を見て、ご主人様が笑います。
 何かおかしな所があっただろうか、と私は自分の身体に視線を向けますが、どこにもおかしいところはありません。
 そんな私の様子を見かねて、


「いや、ここに来た初日とは大分違うと思ってさ」

「…………いじわるです」


 初日は自分の身体を隠すようにしながら横になっていたのに、今は私から身体を差し出しているような状態。
 …………少し、いえ、かなり恥ずかしいんですよ!?
 抗議の念を込めて睨みますが、ご主人様は笑っています。


「いや、俺は嬉しいけどさ」


 ご主人様が私に覆いかぶさるように近付いて来ます。
 顔を直視することができなくて、思わず首を横に向けました。

 優しい手つきで、ご主人様の手が右《、》胸に触れました。
 触る、というより置くと言った方が正しいような感じです。
 ……なぜかそこからご主人様の手が動くことはありません。


「…………?」


 思わず怪訝な目でご主人様を見ると、


「心臓が……動いてない?」


 …………………………。


「ご主人様…………こっちは右です、よ?」


 思わずご主人様の手をとって、左胸に当てます。
 ……自分でやって何ですが、とても恥ずかしいです。
 そこでは私の心臓がダンスをしてるかのようにドクドクとしています。……破裂しないか心配です。

 そんなことを考えていると、ご主人様は私の胸に顔を埋めながら、


「……男としての自信を失くした。穴があったら隠れたい……」

「ご主人様は、とても魅力的ですよ?」


 私もご主人様も緊張していたんですね。
 体重を乗せないようにしてくれているのか、頭を預けられていてもあまり重く感じません。
 落ち込んでいるご主人様の頭を、いつも私がしてもらっているように撫でてあげます。


「……♪」


 えへへ。
 撫でてもらうのも良いですが、撫でてあげるのも良いですね。

 しばらく撫でてあげると、復活したご主人様が頭を上げます。
 視線が合うと余計に緊張してしまいますが、もう覚悟を決めました!


「ご主人様。私、初めてですけど、できるだけ叫ばないようにしますね……!」

「さ、叫ぶ?」

「はい。今からするのは、とても痛くて辛くて苦しくて、飛んじゃうくらいのものなんですよね? 私、ご主人様の迷惑にならないよう頑張ります!」

「…………」


 ……?
 なぜかご主人様は困った顔をします。


「ロロナ。俺は最初からそんなことするつもりもないし、これからも望まれない限りそんなに激しくするつもりもない」

「そう、なんですか?」

「ああ。だからそんなに覚悟決めなくても良い。……てか、悲鳴上げる程のものじゃないからな?」

「……ほ。ちょっぴり安心です」

「でも声を無理に我慢しなくていいから。食いしばって歯茎痛くしても嫌だからな」

「わかりました!」


 優しいご主人様、大好きです。


「ロロナ、口開けて?」

「はい。……んん。…………ふみゅ……」


 ご主人様…………キス、上手…………。




――――――――――
――――――――
――――――





「………………」


 ………………。


「はぅ」


 目が覚めました。 
 まさか、あんなことをするなんて……。

 まだ頭がぼうっとしています……。
 叫び声を上げることはありませんでしたが、何か違う声をあげていたような……。
 気にしちゃ駄目ですね。

 行為が終わって眠った後は、何も着ていなかったはずなんですが、今は大きいシャツを着ています。
 私の服ではないので、ご主人様のですね。
 袖から手はでませんし、前はボタンとボタンの間に隙間ができていて谷間が見えてしまってますし……。
 私の服でこんな恥ずかしいことになるものはないです。


「ご主人様ぁ?」


 ご丁寧に昨日脱いだ服はどこかになくなっています。
 この服もきっとご主人様の趣味ですね。間違いないです。

 台所から音が聞こえるので、もうご飯の用意を始めているのでしょう。
 今が朝か昼かはわかりませんが、夜ではないと思います。

 トコトコ歩いて台所へ向かうと、予想通りご主人様がいました。


「おはようございます……ご主人様」

「お、おはよ。ロロナ……しゃああ! 萌え袖+裸Yシャツの最強コンボ来たぁ!!」

「ご主人様ぁ……」


 またわけのわからないことを……。
 嬉しがっていましたが、私がじとーとした目で見てると慌てて着替えさせてくれました。
 もう、そんなことで嫌いになんてなりませんよ?



――――


「今更ですけど、どこに向かってるんですか?」

「んー? 王都」

「へぇ……。王都……、王都!?」


 用意と言っても、着替えがあれば十分みたいだったのですぐに終わりました。
 特にやり残したこともなく、一日中触れ合っていたらすぐに今日を迎えました。
 今は馬車で移動中で、なんとなく行き先を聞いたらとんでもない言葉がご主人様から飛び出しました。


「……もしかして、まずかった?」

「い、いえいえ! ご主人様が行く場所にまずい所なんてありません! はい!」

「…………すまない。言っておくべきだったな。実は俺は――」

「到着しました!! 降りてください!!」

「…………あとにしよう」

「は、はい!」


 慌てて私とご主人様は馬車から降りました。
 ついた場所は……って王城じゃないですか。
 もしかして……。いえ、もしかしなくてもご主人様って偉い人だったのでしょうか……!

 私はご主人様にエスコートされながら、王城に入りました。 
 奴隷以前に、一度だけ来たことがありましたが迫力がありますね……。

 王城に入るとご主人様が口を開こうとしますが、


「ロ、ロロナ!?」


 王城に入ると、私を呼ぶ声がしました。
 声のした方向を見ると、そこにいたのは、


「カトレアさん? お久しぶりです!」


 そこで会ったのは、奴隷になるまで仲良くして貰っていた貴族のカトレアさんでした。
 彼女は最初に驚いた顔をして、それから安心したように、


「よかった……。その様子だと、良い人に貰われたのね。手を尽くした甲斐があったわ」

「え……? もしかして、カトレアさんが何かしてくれていたんですか!?」


 ずっと疑問に思っていたこと。
 なぜ私を売る時に奴隷商人は何人も候補を尋ねては断り、最終的にご主人様を見出したのか。


「ええ。気に食わないなんて理由だけで、友達が殺されるのを黙って見てられなかったの。レインは私たちが貴方を買えないように手を回していたみたいだけど、貴方を売る奴隷商人の方には手を回してなかったみたいだったから。クラスの皆さんでお金を出して手回しさせて貰いましたの」


 ……カトレアさん。
 いえ、クラスの皆さんが私なんかの為に、そんなことまでしてくれていたなんて。


「でも、良い主人に会うことができるかは運だったわ。レインの力が馬鹿みたいにあったせいで、碌なことをしてあげれなかった」

「い、いえ!! カトレアさんがいなかったら今の私はありません! あ、ああ何て感謝すれば……!」

「いいのよ。友達じゃない。っと。ごめんなさいロロナのご主人様。挨拶もなしにこんなに話してしま……って」

「ん。気にしなくて良いよ。ロロナも楽しそうだし」

「…………お、王子様……?」

「へ?」

「あ」


 …………王子? え、それってもしかして、


「申し訳ございません! 王子様の前で無礼を働き申し訳ありません!」

「あ、いや、気にしないで。……にしても、よくわかったな……。肩書きだけで、王城に来るのなんて5年ぶりくらいなのに」

「え、ご主人様? 王子? なんで?」

「いや、ね? 黙っていたというか、タイミングが悪かったというか……」

「私王子様の奴隷だったんですか……。ひょ、ひょわー……」

「一応改めて名乗っておくか。レイ・アテナシア・クロリア。第3王子ってなってる」

「…………ぽわ」

「一応この5年で他の奴を潰す準備はしてたんだけどね。目的が1個増えたんだ」

「ご主人様ぁ……。私驚きでちょっと頭が働かないです……。いえ、冷静になってきたかも、です」


 あんな、何もない所で暮らしてる人が王子なんて、想像できなくても仕方ないですよね?


「それは何より。んで、まぁ目的は今の王族の消滅。あと奴隷との結婚を認めさせて、さっさと家に戻ろうって計画さ。……カトレア、さんだっけ?

「は、はい!」


 ご主人様に呼ばれたカトレアさんが慌てたように返事します。
 いや、そんないきなり王子様に呼ばれたら驚いちゃいますよね。完全に人事になってますが、気にしちゃ駄目です。


「本当ならそういう風に、誰かを想うことができる人が王をやるべきなんだ。俺が今の王族を追放することができたら、重役になってもらえるかな?」

「え、ええ!? こ、光栄ですけど……。え、あの王族を追放って……」

「まぁ、楽しみにしてて欲しい。ロロナ、行こう」

「は、はい。カトレアさん! 本当にありがとうございました! またお話しましょう! こ、今度はクラスの皆さんともお話したいです……!」

「ええ。そうしましょう」


 カトレアさんと別れた私たちはさらに王城を進みます。 
 すると、また人影が見えました。
 今度は……、


「……っ」

「……ちょっと、なんでここに妖精ちゃんがいるのかしら」


 私が奴隷になった原因を作ったレインさんが居ました。
 思わずご主人様の後ろに隠れました。


「……貴方、まさか」

「ああ、戻って来たよレイン・ローズベルク。兄たちとはまだ仲良くやってるみたいだな?」

「…………王子がここに奴隷を連れて来るなんて、どういうつもりなのかしら」


 レインさんはご主人様の問いには答えず、私の方を指差しながらそういいました。


「何、将来の妻を連れて来たところで、何の問題もないだろ」

「……ツナ?」

「妻だよ馬鹿。て、早く王の所行かなきゃ。悪いんだけどお前の相手はまた今度な」

「そんな、まさか……」


 私の手を引いて、ご主人様はレインさんの横をすり抜けようとしましたが、私は待ったをかけます。


「どうした?」

「レインさん! 貴女のおかげでご主人様の会うことができて、私幸せです! ありがとうございました!」

「…………は?」

「うわー、えぐいこと言うー」

「い、行きましょう!」


 ちょっと小走りでその場から離れます。
 でも、レインさんが私を奴隷にしたからご主人様と出会うことができたので、感謝していることは嘘では……。うーん、感謝はしてないかも。


「ま、俺は奴隷じゃなくてもロロナに惚れてたぜ?」

「本当ですかねー?」

「疑うかー? ……いや、俺でも疑うわ」

「駄目じゃないですか……」


 家族と別れて奴隷になった時は、もう終わりだと思いました。
 今、こうしていられるのはご主人様のおかげです。
 これから、何があろうとも、この手だけは離しません。


「さてこれから先は地獄だが、帰りは天国だ。地獄の閻魔を倒してさっさと天に帰ろう」

「はい! 私はどこだってご主人様に付いていきます!」



――――――



「……ご主人様ぁ。格好つけてますけど、要するに早く帰りたいってことですよね?」

「言うな馬鹿」







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