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チューリップ
作:後藤詩門


 大きな赤いトサカの雄鶏が鳴きだす頃、布団から起きた俺は、すぐに日課のランニングへと出かけた。
 もうすぐ夏の甲子園へ向けた地区予選が始まるからだ。
 5kmほど走ってから今度は家の庭で素振り。
 田舎の家なので周囲に民家もなく、おもっいきりブンブン振り回せる。
 その足元では放し飼いにしている鶏たちがしきりに土くれをついばんでいた。

「今年こそ、甲子園に行くぜ!」

 高校3年生の俺にはこれが最後のチャンス。
 毎朝の練習にも力が入っていた。

 しかし……
 その日に限って何と言ったらいいか、気の迷いとでも言おうか。
 毎朝している素振りに、何故か物足りなさを感じてしまっていたのだ。

「ああ、本物の球を打ちてえなぁ」

 そんな事をぼやいたその時。
 急に俺の目に飛び込んできたものがある。
 高さはちょうど俺の腰ほど、大きさは握り拳くらいの花……
 そう、親父のチューリップだ。
 近頃いきなり始めた親父の趣味の一つ。
 ガーデニングってやつ。
 そのガーデニングである色とりどり豊かな鉢植えのチューリップが、俺を挑発するかのようにユラユラ揺れる。
 バッティング練習にもってこいのシチュエーションだ。
 まるで……

「さぁ、僕をセンター方向に弾き飛ばしてごらん」

 なんて、言っているようにも感じてしまう。
 俺は打ちたいという欲望を抑えきれなかった。
 ついに、そのマトめがけ重いバットを力強く振る。
 ブンという音と共に釣鐘みたいな赤いチューリップの花が、庭の片隅まで勢い良く飛んでいった。

「ナイスバッチン!」

 思わずガッツポーズする。
 だが、すぐにその手を引っ込めた。
 なんと親父がふらりと庭に出てきたではないか!
 しまった。
 そういえば親父は毎朝、ガーデニングの見回りに庭を散歩するんだった。
 親父はすぐに、バットを持った俺と頭のない葉っぱだけのチューリップの鉢植えを見つけたようだ。
 まずい!まずい!まずい!
 心の中で焦りまくる。
 親父は頑固一徹、しかも無類のチューリップ好き。
 趣味のガーデニングのために、百個ほどチューリップの球根を手に入手したほど。
 それなのに、俺がバットで大好きなチューリップの首を弾き飛ばしたなんて知れたら……
 今度は俺の頭が飛んでいく!
 バットでボコボコに殴らられるかもしれない。
 親父は青い顔(怒りのあまり顔面蒼白になっている)をして鉢植えの方に駆け寄ると、すぐに俺に向き直った。
 そして、たった一言こう聞く。

「……お前がやったんか?」と。

 首を横に振る俺。
 でも、実際には俺がやったし、状況証拠は全て“犯人は俺”と言っているようなものだった。
 凶器のバットすらも、まだ俺が握り締めているのだ。
 額から汗がだらだら滴り落ちる。
 やばい、親父の目が本気で怒っている時の目になった。
 殺されるかもしれん。
 半ば諦めた俺が、辞世の句でも詠おうかと考えてたまさにその時である!

 突然、放し飼いにしていた雄鶏が、俺の弾き飛ばしたあのチューリップの花をくわえて歩いてきたのだ。

 一瞬、硬直する俺と親父。

 だが、すぐに……

「だ、駄目じゃないかピーちゃん! 親父の大切なチューリップ食べちゃ」

 機転をきかせた俺は、とっさに罪を雄鶏になすりつける事に成功した。
 それを黙って見ていた親父。
 ため息を一つ吐くと家の中に入っていった。

 ふぅ……

 緊迫の状況からやっと抜け出せた俺。
 さすがの親父も、もの言えぬ鶏には怒りようがないと見える。
 胸をなでおろすと共に、俺はあの雄鶏に感謝した。

「ありがとよ、ピーちゃん」

 俺は冗談半分に、「恩返しにフライドチキンは生涯口にしないからな」と誓った。

 そして、その日の夕食……

 我が家のオカズはなぜか鶏のフライドチキンであった。
 ピーちゃんとの約束も忘れ、俺はわしわしフライドチキンを食う。
 そして、チキンがあんまり美味かったからお袋に聞いた。

「美味いなぁこれ、どこで買ってきたん?」

 お袋は黙って、ただ半笑い。
 返事をしないお袋を不思議に思いながらも、俺はそのままにしておいた。
 だが、そのフライドチキンの出どころはすぐに俺の知るところとなる。

 次の日……
 俺が鶏たちに餌をやりにいくと、雄鶏のピーちゃんが行方知れずになっていた。
 お袋に「ピーちゃんがおらんで!」と言いに行くと、お袋はまた半笑いで「ピーちゃんは遠いお空の星になったんよ。今頃はチューリップ畑の中を駆け回っちょるやろ」と言った。

「はっ? ……あ、ああ。そういうことか」

 そのお袋の一言で全てを理解できた。
 まだ高校生の俺には少しショッキングな出来事である。
 俺は震える足でピーちゃんのいなくなった鶏小屋まで行った。
 小屋の中は、雌鶏ばかり。
 あの赤いチューリップみたいなトサカを持つ雄鶏がいないと、なんとも寂しい小屋の中だ。
 心なしか雌鶏たちも悲しんでいるかのように見える。
 そんな雌鶏たちを“よしよし”とあやしながら俺は思った。

 心底、親父は怖いなぁ! と。

 そして、その事件以来……
 俺がフライドチキンを、二度と口にしてないことは言うまでもない。
 それから、親父のチューリップに近づくことも二度となかったことも付け加えておく。














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