人にはなにかしら消したいモノがある。――壁にあけた拳くらいの穴だったり、一生消えない腕の傷だったり――それが痕であれ傷であれ...記憶であれ、たいていのモノは薄くはなれど消えはしない。
もしもそれらを消せるとしたら、あなたは幸せになりますか?
――――セリーヌお悩み相談所所長 セリーヌ・小林
◇ ◆ ◇ ◆
「はぁぁぁぁ〜〜.....暇だ。」
今日もいつもと変わらない退屈な一日だった。高校行って勉強して仲間と騒いで家に帰って...ごくごくふつうの一日だ。
別に不自由なわけじゃないけど、満足してるわけじゃない。
未開の地を冒険したり、一国を治める王様になってみたい、なんて思うことがある。もちろん無理なことはわかってる。
だけどせめて、ほんの少しだけでいいからふつうじゃないことに遭遇したい!!
...なんだか可笑しいな。 かつては憧れだったこのふつうの一日も、手に入れたらまた別の一日を望んでる。
「人の欲ってのは尽きないもんだ。」
しまった。考えてたことが声に出てしまった。
慌てて周りを確認する。別に人がいても聞いてはいないだろうが、なんとなく恥ずかしい。
どうやら誰もいないようだ。道ばたを歩くハトすら見当たらない。
そのかわり、見慣れない真新しい看板を見つけた。
「なん..だ?これ」
― ― ― ―
[いらないモノ取り去ります]
雑草・乗らないバイク・傷・記憶…etc.
とにかく何でも取り去ります!取り去ることのできないモノはない!!捨てられないモノ消せないモノ、それでもいらないモノがある。そんな方はゼヒ、当相談所へ。
○セリーヌお悩み相談所
○場所:ヤマアラシ公園中央←ど真ん中です!!!
― ― ― ―
いらないモノ取り去りますって...何でも屋みたいなもんか?
でも傷を消すのって医療行為だよな。記憶を消すっていうと催眠療法.....。医師免許持ったヤツが経営してるのか?
それ以前に公園のど真ん中に店を開くヤツがいるか?しかもあの剣山公園のど真ん中なんてありえない。
「いたずらか?でもそれにしては...」
わざわざ看板なんて作るだろうか。時間も金も結構かかるだろうし。
「...行ってみればわかるか。」
どうせ暇だし、ちょうどいい。―――――
―――――ヤマアラシ公園。この公園には遊具が一つもない。あるのは古びたベンチが一つにオブジェだけ。
こんな公園だが子供たちにはけっこう人気だ。その理由はオブジェにある。
なかなか広いこの公園のど真ん中には、高さ約1メートル半、直径約20メートルほどの巨大剣山が存在している。一応、ヤマアラシらしい。(どう見ても剣山なので地元では剣山公園と呼ばれている) 子供たちはこれの上で遊ぶのだ。
しかし、今は遊べそうにない。剣山の上にテント、いやゲルみたいな物が乗っているからだ。
「・・・・・」
あの看板がいたずらでなければ、あれが例の相談所であるらしい。まさか本当にあるとは。
「よっ、と。」
早速剣山の上に乗り上げる。針のてっぺんは平らっぽくなっているから案外簡単に立てる。
何年ぶりだろう、ここに立ったのは。よくここで剣山鬼ごっこや剣山縄跳びなんてやってたなぁ。...と、今はあれがなんなのか確かめなくては。
よろ・・・よろ…
さすがに久々だからやすやすとは進めない。たった数メートルの距離がもどかしい。
「よっ...と、と!!」
・・・い、痛い.....。テントにはたどり着いたが体はボロボロだ。平衡感覚はいい方だと思ったんだけどなぁ。
そういえば変な噂があったな。
大人になると針の上に立てなくなる。原因は諸説あったかな。
ここは元々処刑場でその怨霊が殺そうとしてるとか、一定以上の重みがかかると滑りやすくなるという新素材で針ができてるとか、魔女が面白がって魔法でコケさせてるとか。
七不思議とか都市伝説みたいなもんだ。
魔女を見たってヤツもいたな。幽霊は誰も見てないのに。霊のほうが目撃されやすいと思うんだけど。
...なんてことを考えながらテントに入った。
魔女がいた。
笑っていた。
僕を見た。
爆笑した。
...なんなんだこの人は。というか・・・魔女?まぁ見た目が魔女っぽいだけだけど。
頭が折れてるくたびれたトンガリ帽子、歴史を感じる漆黒のマント、そして何より中世の人が着てそうな緑の服!
服にはウトいから名前はわからないがそんなことはどうでもいい。彼女がこのテントの主だろう。
体を大きくのけぞらせ、腹を抱えて天を仰ぎ声高らかに爆笑している。さっきからなんだっていうんだ?
「あの、すみません!」
「あーーはははは!!!」
「あのーちょっ...」
「ハハハハッ!ハハッ!!ハハハッ!!」
「・・・・・」
「八ーーー八八八八八、ゴホッゴホ」
.....ホント何なんだろうこの人は?こっちに気づいてないんだろうか?でもさっき目合ったよなぁ。
どうすればいいかわからずあたりを見回す。
目の前の魔女(仮)は小さな円卓の前に座っている。円卓には白い布が掛けられその上に剣山が置いてある。
そのほかには・・・小さな棚とその上に飾られている箒だけ。案外なにも無いな。そして床もない。剣山がそのままだ。せめて板ぐらい敷こうよ...。
「クッ・・クク・・・ハ・ハ・・・」
魔女はいまだ笑っている。もう半分以上声に出てない。体勢も前のめりになって頭が机にだんだん近づいて、あ
「いったああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
見事に剣山が額に刺さった。血がタラーっと顔をなぞっていく。
「だ、大丈夫ですか。」
「あら、ごめんなさい。笑いすぎて忘れてたわ。」
額に刺さった剣山を手にとると円卓の上に元の通りに置いた。白布が深紅に染まっていく。
そして魔女は僕に太陽の笑顔を向けている。.....深紅の血を流しながら。
なんだか怖くなってきた。
「さて、ええと・・・あ、そうそう!ようこそ、セリーヌお悩み相談所へ!!」
「血、出てますけど...」
「リニューアルしてから初めてのお客さんがまさか、あぁ忘れてた!」
さっきからことごとく無視されてるな。魔女はなにやら棚をがさがさとあさっている。
きっとさっきのはドッキリだったんだろう。剣山が頭に刺さって平気でいられるはずがない。初めての客とか言ってたし、ちょっとしたショーのつもりだろう。
「まさか一人目のお客さんがあなたなんてねぇ。」
棚をあさりながら言った。まるで僕のことを知ってるかのようだ。どこかで会ったっけ。まるで覚えがない。
「すいません。どこかでお会いしましたっけ?」
魔女は振り向き僕を見る。てっきりまたスルーされると思ってたけど。
魔女がじっと僕を見る。微笑んでるように見えるが、その目は笑っているとはいえない。時間が止まったかのようにその表情は崩れない。人形のように、というか
「会ったことなんてないわ。」
素っ気なくいうと机に戻る。さっきはなにを探してたんだ。
「さてと、なにを相談しに来たのかしら?」
「え?」
「何か消したいモノがあるんでしょ?」
すっかり忘れてた。確認のために来ただけで、そもそもイタズラだと思ってたからなにも考えてなかった。
「えぇっと...こ、このアザを消してください。」
「・・・・・」
なぜだろう?魔女はポカンとしている。
「もしかしてなにも考えずにここに来たの?」
「な!なんでわかるんだ。」
「だってその怪我はさっき転びまくってた時のでしょ?」
バレてる。というか見られてたんだ。恥ずかしい...。
「ま、いいけど。私がやったんだしね。」
「へ?」
「口で説明するよりやって見せた方が早いわね。」
魔女が手のひらを見せる。小さい人形みたいなモノが乗っている。
「まず操る対象に似た形のモノを用意します。そのモノが存在する周辺も再現するといいわね。」
えーーーと.....ナニヲイッテルンデスカ?操る対象って?再現?
「モノと対象をリンクさせるため、それぞれに意識を集中させます。」
殺されるんじゃないか、ってぐらいの顔で睨みつけてくる。人形を握りしめた拳はブルブルと震えている。相当集中してるってことだろう。・・・アレ?
「・・・この位でいいわね。言い忘れたけど最終的にモノが対象だと思わないとダメよ。」
僕を見てたけど、もしかして...
「そしてモノを再現した場所に置いて、えいっ♪」
僕がタイショ、うわ!ゴンッ.....
「こういう事♪わかってくれたかな?」
・・・・・ああ、よくわかったよ。
「さぁ早く起きて。傷治してほしいんでしょ。まぁいきなりの事で混乱するのはわからなくもないけど、事実は事実として受け止めないと。・・・ねぇ、大丈夫?」
魔女が僕の体を揺すっている。このときを待っていた。
「うらぁぁぁぁぁっっっ!!」
竜が天に昇る如く拳を突き上げる。しかしただただ空を切るだけだった。よけられたか。まさかこの距離でよけられるとは。ん?
「あれ?座ってる.....」
「えいっ」
うお!ゴンッ.....イタい...。なんか杖持ってたな。魔法で揺すってたって事?ははっ、まさか。
「女性を殴ろうとするのはいけないんじゃないかな〜。不意打ちも男としてどうかな〜って思うけど。」
「今は男女平等イデデデデデ」
魔女が人形をグリグリすると顔が足下の剣山に押しつけられる。すげぇ力だ。頭が潰されるんじゃないか?て位に。
「あら、いらっしゃい。」
魔女の束縛からやっと解放された。頭が変形した気がする。気のせいか。
解放してくれたのはどんな人かと顔を上げれば、それは少年だった。それも幼稚園児かあるいは小学生低学年くらいだ。興味本位で入ってきたのだろうか。早く逃げろ、ここは危険だ。そう言おうとした僕に一瞥もくれず、少年は魔女の前に歩を進めた。
「魔女・・・なの?」
「そう呼ぶ人もいるわね。私の名前はセリーヌ・小林よ。ようこそセリーヌお悩み相談所へ。なにを相談しにきたの?」
セリーヌ・小林。それが名前だったのか。僕の時は何も言わなかったのに。
「消し去るって・・・自分以外の人のモノでもいいの?」
「ええ、消せるわ。」
「じゃあ、ゆうちゃんの苦しみを消して!!!」
少年とは思えない気迫だ。その真剣な眼は今にも泣き出しそう。いったいゆうちゃんに何があったんだろうか。
「う〜〜〜ん。それは殺すの、生かすの?」
「死なせないために苦しみを消すんだよ!」
「生かすのね。じゃあ彼女の病気を消せばいいのね。」
魔女はすべてがわかっているのか、どんどん話を進めていく。本当に彼女は魔女、なのだろうか。
「モノを消すのには代償が必要なんだけど、死ぬ人間を生かすんだから代償も・・・それなりよ?」
「僕の命を懸けてもいいから!ゆうちゃんを助けてよ!!」
少年はよっぽどゆうちゃんの事が大切なんだろう。しかし.....魔女は人の運命までもわかるのか。そして、死ぬ運命の人を救うということは、つまりその代償は.....命、だろう。
「代償は君の存在そのものよ」
「ぼくの、そんざい?」
「君は彼女を助ける代わりに君を知ってるすべての人の記憶から忘れ去られるの。友達や親、彼女からもね。」
「ちょ、ちょっと待てよ。存在を消すって、そんなのあんまりだろ!」
「部外者は黙ってて。相談者は彼。あなたには関係ない事。」
「でも、それじゃ」
「それでゆうちゃんが助かるなら、ぼくのそんざいをやるよ。」
「っ!おまえそれがどんな事だか、ぐっ」
か、らだが、動かな、イ.....
「じゃあ始めるわよ。」
魔女の仕業か。クッ、存在を消すだなんて。
魔女は何かブツブツ言っている。儀式を始めたのだろうか。何ともいえない雰囲気がこの狭い空間に漂い始めた。儀式は1分もかからずに終わった。
「これで彼女は助かったわ。あなたの存在が消えるまで時間があるから確かめて来たらどう?」
「うん・・・」
少年はまだ半信半疑なのか表情が硬い。魔女はブツブツ言ってただけだしな、実際それだけなのかもしれない。
魔法なんて、信じられない。
少年はゆっくりとテントを出て行った。
「ふぅ。」
「.....」
「・・・・・」
「グ...ギ・ギ.....」
「アラ、ごめんなさい。忘れてたわ♪」
やっと解放された。無理矢理動こうとした所為か身体中が痛い。
「本当にアイツは消えるのか?」
「ええ。そういう取引だから。」
「僕の中からも?」
「もちろん。」
「人を助けたってアイツが報われないじゃないか...」
「彼は報われるために取り引きした訳じゃないわ。」
「誰の記憶にも残らないこと程哀しいことはない.....!」
「大丈夫よ。いずれその哀しみもなくなるわ。」
自分の知った人が消える。死ぬんじゃない。消えるんだ。たとえ少ししか知らなくても、跡形もなく消えていくのはとても哀しかった。
「そうそう、あなたの怪我を治さなきゃね♪代償は・・・・・あなたがその傷を負った原因となった事とそれによって得た経験、て出たけどどうする?あなたの場合はほかにも選択肢があるみたいだけど。ってどこ行くのよ。ちょっと!それでいいのね!」
僕はテントを出て行った。―――――
―――――あれ?ぼーっとしてたのか、いつの間にか剣山公園まで来てしまったらしい。...でもここいつも通ってないんだけどなぁ。
「ここ来るの久しぶりだな。」
ここの剣山でよく遊んだな。あの頃と何も変わってないな。あるのは古びたベンチと変わったオブジェだけ。その上で遊ぶ子供も今はいない。
「はぁ〜〜〜。なんか起こんないかなー。」
僕は再び帰路についた。
◇ ◆ ◇ ◆
円卓の上で私は頬杖をついていた。
「もう今日は誰も来ないわね〜。看板見た人だけしか来れなくしたのが原因かなぁ?」
あっ、記念品渡すの忘れてた!・・・まぁいっか。次会ったとき渡せば。二度あることは三度あるって云うしね♪ |