第134話 私、変。
タオルケットを持って、一階に降りた。空君が、階段から降りる間も私のことを見ていた。(我が家は、リビングから階段がある。)
「はい。お待たせ」
「うん」
空君の顔、なんだか浮かない顔している。もしかして、私が変な態度取ったからかな。
タオルケットを空君に渡すと、空君はそれを広げてお腹にかけた。そして、
「本気で寝たらダメだよね?」
と可愛い顔で聞いてきた。
「いいよ。ちゃんと夕飯できたら起こすから」
「…凪、俺が寝ている間に襲ってこないよね?」
「お、襲うわけないじゃん!!!」
思い切り、焦りまくってしまった。
「ほんと?勝手にタオルケットに入ってきたり」
「しないから!もう、何を心配しているの?空君」
「わかった。じゃ、おやすみ」
空君はそう言うと、目を閉じた。
じ~~。
あ、つい、空君の寝顔が可愛いから見入っちゃった。と、顔を赤らめていると、空君がふっと目を開けた。
「凪、視線感じて寝れない」
「あ、ごめん」
私は空君からちょっと離れたところに座り、雑誌を広げた。
でも、空君、今迄二人きりだと意識して、こんなふうに寝ちゃうことってなかったのにな。
ちらり。空君の寝顔をまた見てみた。可愛い。
でも、横顔かっこいい。
顔、痩せたかな?
ドキドキ。
何で私、ドキドキしているのかな。
襲わないって言ったけど、キスくらいいいかな。
いいよね?
ふわ。空君の唇に触れた。
ドキ。ドキドキ。
なんだか、胸がときめいちゃう。
パチ。
「あ…」
空君が目を開けた。
「凪、襲わないって言ったのに」
「キスだけだよ?襲ってないからね」
「もう~」
「起きてたの?」
「寝てたよ。でも、キスで起こされた」
「ごめん」
「……。いいよ。気のせいだってわかって、ほっとしたし」
「……なんのこと?」
空君がちょっと、言いにくそうにして視線をはずした。そして、
「凪が俺のこと避けてるって、そんなふうに感じたから」
と、ぼそぼそっと小さい声で言った。
「避けてないよ」
あ。でも、ちょっと近づけなくなっていたかな。
「うん。凪からちゃんと光出ているし、嫌われているわけじゃないってわかっているから」
空君はまた私を見て、にこっと笑った。
キュキュン!
ギュム!
「わ、凪!」
はっ!可愛さのあまり、抱き着いてた。それも、寝ている空君の上から覆いかぶさるように。これじゃ、襲っているみたいだよ。
「ごめん、ごめんね!!!」
慌てて、体を起こした。ああ、赤面している、空君。だけど、私も顔が熱い。
ドキドキドキドキ。
やっぱり、私、変だ。
「寝てていいよ。もう、キスもしないし。あ、5時過ぎた。私、夕飯の準備してくるね」
そそくさと私はキッチンに行った。そして、お米を研ぎだした。
でも、まだ、顔が熱かった。
私が作れるものっていうと、カレー、シチュー、ナポリタン、そのくらいしかない。あとは、ママやパパの手伝いでなら、他のものも作ったことがあるけど、一人で作れるのはそのくらいだ。だから、今日もまた、カレーだ。
でも、いいよね。カレーなら今から作って、みんなが帰って来た時にあっためて食べたらいいんだもんね。
空君も食べていってくれるんだよね。気合入れて作らなくっちゃ。
そんなことを思いつつ、カレーを作っていると、
「ただいま~~」
と碧が帰ってきた。
「あ。カレーの匂いだ。今日はカレー?母さん。って、凪が作ってんの?」
リビングにカバンもおかず、そのままキッチンに碧は直行してきてから、リビングのほうを見た。
「あれ?空!って、そういえば、玄関に空の靴あったもんな」
「ん~~~~。碧?おかえり」
「うそ。マジ寝してた?」
「うん。寝てた。爆睡」
「やっぱりな。凪がいるとよく寝れるよな。俺も、昼寝がっつりしたい時、凪がいるリビングで寝るよ」
碧はそう言いながら、空君の横に胡坐をかいて座った。
「そっか。それで、よく寝れたんだ」
空君は起き上がり、思い切り伸びをした。
ああ、その仕草も顔も可愛い。可愛すぎる。
私はキッチンから、そっと空君のことを覗いて見ていた。すると、空君がこっちを見て、
「凪、なあに?」
と聞いてきた。
「な、なんでもないっ!」
ああ。びっくりした。こっそりと見ていたのに、ばれちゃってた。あ、そうか。きっと光が飛び出しちゃったんだな。
「空~~、ゲームしようぜ」
「起きたてで無理」
「なんだよ。いいじゃん」
「一人でやって。俺、しばらく漫画でも読んでる」
それにしても、すっかり仲のいい兄弟。碧、本当に空君が来ると嬉しそう。私じゃ、ゲームの対戦相手にならないもんね。弱すぎて。
「そういえば、今度出るゲームだけどさ」
碧が話しかけ、空君も話に夢中になり、漫画を読むどころじゃなくなった。ゲームの話なのに、なんで男の子ってそんな話題であれだけ、夢中に話せるのかな。
でも、羨ましいな。私とだと、あそこまで夢中になって話すことってないもんね。
パパと話している時の空君も、目を輝かせている。私とは、そんなに目を輝かせることってないよね。
私といて、楽しいのかな。空君は…。ただ、漫画を読んだり、テレビを観たり、そのうえ今日なんて寝ちゃったし。
なんか、漠然と不安になってきた。私は空君が隣にいるだけで嬉しいけど、空君は?
私といて、眠くなるって…どうなの?
う、う~~~~ん。どうなんだろう。
ふっと空君のオーラを感じて、顔を上げた。すると、空君がすぐ前に立っていた。
「わ、びっくりした。いつ、ここに来た?」
「今。喉乾いたから水飲もうと思って…。凪、どうかした?ぼ~~っとしてたよ。光もなくなってたし」
「なんでもないの。ちょっと考え事」
「ふうん」
空君は冷蔵庫を開け、水をグラスに注いでゴクゴクと飲んだ。
「目、覚めた?空君」
「あ~~、うん」
「よく寝てたね」
「うん。夢まで見てた」
「どんな?」
「え?えっと…。凪と一緒にいる夢」
「え?どんな?」
もっと聞きたくなった。
「どんなって、ただ、海を二人で浜辺に座って見ているだけの夢」
「なんだ~」
夢の中の私たちも、そんななのね。
「なんだ~~、なの?」
「え?」
「夕焼けの空で、それが海に反射してて、すごく綺麗で、凪が俺の肩にもたれかかってきて…。っていうかなり、ロマンチックな夢だったのにな」
「そうなの?それで?」
「え?それでって?」
「…ううん。あ、そうだよね。ロマンチックだよね」
「うん」
空君はそのあと、なぜか顔を赤らめた。あれ?なんで?
「本当は、凪にキスをしようとしたんだ。でも、そこで、碧が突然現れて…。目が覚めたら、本当に碧が帰ってきてた」
「碧ったら、邪魔して!」
キッと碧を睨んだ。でも、ゲームをし始めた碧は、睨まれたことに気が付いていなかった。
「あはは。凪の夢じゃないじゃん。がっかりしたのは、俺だし」
「がっかりしたの?」
「うん。だって、最高のシチュエーション…」
「え?何が最高なの?」
「いや。ロマンチックだったから。ただ、それだけ!」
空君がやけに強調してくるなあ。ロマンチックを。そんなにロマンチックが好きなのかな。
チュ。
突然、ぼけっと空君を見ていると、キスをしてきた。
「わ!」
慌ててリビングを見た。よかった。碧はテレビゲームに夢中だ。
「夢でできなかったから、現実で…」
そう言って空君ははにかんで笑った。
可愛い!
ギュ!
ドキ。
ドキドキドキドキ。
胸がいきなり高鳴って、慌てて私は空君から離れた。
「ごめんね」
謝ると、空君は照れながらも、
「ううん」
と、首を横に振った。そして、
「やっぱ、凪、変かも」
と呟いた。
うん。わかってるよ。
わかってるの。自分でも。
今日の私はおかしいって。でも、自分でもなんで変なのか、わかんないんだもん。
空君が可愛い。キュンってする。でも、空君に引っ付くと、やけに胸が高鳴ってしまう。
ドキドキドキって。
そうすると、なんだか、空君に引っ付いているのが苦しくなる。
でも、空君のことが気になって、ずっと空君を見ていたくなる。
可愛い空君、かっこいい空君。寝顔も、笑顔も、全部。
空君はリビングに戻り、碧の隣に座ると、テレビ画面を観た。でも、私が空君を見ていると、またこっちを向いた。
「なに?」
「ううん。なんでもないの」
ガスレンジのほうを慌てて向くと、今にもカレーがふきこぼれそうになっていた。
「大変」
慌てて、ガスを止めた。
「はあ…」
やっぱり、おかしいよね。私…。
突然、おかしくなった。空君がまぶしく見える。
時々、空君の仕草にドキッてする。なんなんだ、これって。
ママが雪ちゃんを連れて、まりんぶるーから帰ってきて、
「あ、カレー作ってくれたの?」
と喜んだ。ママはまりんぶるーで、ポテトサラダや、唐揚げをもらってきていた。
「唐揚げ、うまそう」
碧が喜んだ。碧の大好物だもんね。
それからしばらくすると、パパも帰ってきた。そして我が家は今日もまた、賑やかな食卓となった。
でも、ここでも私は、変だった。
「凪、ドレッシングとって」
空君に言われ、「はい」と渡した。空君と指が触れ、ドキンと胸が高鳴った。
なんで、こんなことくらいで?
空君がパパの話を聞き、嬉しそうに笑った。その顔が可愛い。キュキュン!でも、その途端光が飛び出て、空君が私を見た。
それだけでも、ドキッてした。
たった、それだけで?!
私、やっぱり、相当変かもしれない。