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まま母の真実

作者: surumeica

連載中にふと思い浮かんだ話をそのまま書き連ねているだけです。

読みづらく、分かりづらいお話です。



 広い部屋に、声が響く。

 1人しかいないはずの部屋に、2人分の声が響く。


「鏡や鏡、この国で一番美しいのは誰か言って頂戴」

「お妃様、ここではあなたが一番美しい。けれども、7人の小人の家にいる王女様は千倍も美しい」




***



 今の王妃は数年前、とある王国に嫁いできた。

 今の王妃が嫁いだ王国は、大国に北東西の三方を囲まれた弱小国だ。南にある帝国とはルーツは全く違うのに国としての規模が同程度、特産物も得意とする産業も同じである、それゆえの同族嫌悪で古くから争いが絶えなかったと聞く。

 王国の君主、つまり王には前妻がいる。大変仲の睦まじい夫婦と有名で、自由な恋愛の許されない貴族の憧れの的となっていた。そんな2人の間には、大変可愛らしい娘が1人いた。

 雪のように白い肌に血のように色づく頬、黒檀(こくたん)のように黒い髪。その娘はとても美しく、国中のものに愛され慈しまれ可愛がられていた。



 王妃と王女は、王が仕事の時は手作りの菓子と手ずから淹れた茶を差し入れ、休憩の時は3人仲良く過ごした。王が城を離れなければならない時は寂しがりつつも無事を祈って、帰ってきたときは喜んで無事を祝う。そんな幸せな家族がこの国にはあった。国民も、そんな王たちを敬愛していた。

 誰もが彼らの幸せがずっと続くことを疑いすらしなかった。




 しかし、そんな幸せな家族に悲劇は笑顔で訪れた。

 王妃が亡くなったのだ。

 王が久方ぶりに起こった帝国との小競り合いのために城を空けていた時のことだった。


 国民には、王妃は病で倒れたと公表され、のちに亡くなったと伝えられた。

 国中の者が愛すべき王妃の死を嘆き悲しんだその陰で、王妃の侍女と騎士が、ひっそりと処刑された。



 王妃は、帝国の出だった。100年ほどぶりに休戦協定を結んだ際の、協定の証という名の体の良い人質だった。

 はじめは王国の人々に嫌われ亡き者として扱われた。そんな中で王だけが王妃に真摯に接し、頑なになっていた王妃の心を解した。心を開いた王妃を次第に人々は認めるようになった。王国のために私財を投げ打つ王妃を、愛するようになった。やがて王との間に王女が生まれ、ますます人々の王妃への敬愛は深まった。

 休戦協定から、10数年が経っていた。



 王女が10歳になるかならないかという時、帝国に不審な動きが見られた。再び王国に攻め入ろうとしているかのような動きだった。

 王たちは、信じられなかった。王妃は彼の国の王が殊更(ことさら)可愛がっていた末娘。皇太子にしても同腹の王妃のことを可愛がっていた。それでも、いくら調べようともその動きは間違いようがなかった。間違いようがなく、帝国は王国に攻め入ろうとしていた。


 そして、再び戦が始まった。

 国境での小競り合いのはずが、どんどん王国に侵攻されていった。軍部の規模も同程度であるはずなのに、何故、と王たちは疑問を抱いた。

 原因のわからないまま、とうとう王が出陣せざるを得なくなった。王は泣く泣く、妃と愛娘を置いて死地に出向いた。

 王が戦場に出た途端、勝敗は決した。帝国軍が蜘蛛の子を散らすように逃げ出したのである。王国軍は不思議がり、不気味がった。

 何か裏があるのではないか、我々は何か見落としているのではないか、と。

 その悪い予感は、当たった。様子見のために暫く戦地に留まっていた王に、悪い知らせが届いた。王妃の食事に毒が盛られ、母娘ともに意識不明の重体だという知らせだった。

 王は急いで城に戻った。けれど、それは余りに遅すぎた。王妃は既にこと切れていた。一度も目を覚ますことなく。


 王は嘆き悲しみ、王女の無事を祈った。幸い、帝国軍は攻めてこなかった。そして、王は王妃を殺したのは誰なのか、調べさせた。

 結果判明した真実は、王を更に苦しめた。



 今回の戦は、王妃が手引きしていたというのだ。



 王妃は、王国を愛していた。そしてまた、それと同じくらい帝国も愛していた。

 帝国の王、王妃にとっての父親には隙あらば王を討ち取れ、と言われ、王国に送り出された王妃。しかし王妃は、王を愛してしまった。王を殺すこともできず、祖国への愛と王への愛の間で板挟みになっていた王妃は娘を産み、やがてその娘も十に届こうとしていた。

 いつまでも行動を起こさない王妃に焦れた帝国の王たちは、王妃に情報を流すように言った。王妃はそれくらいなら、と情報を渡した。王国の、軍部の情報を。

 王妃は王を信頼していた。それはいっそ盲目的と言ってもいいほどに。王なら帝国の軍など簡単に退けてくれるだろう、と過信していた。

 けれど実際は違った。王はどんどん追い詰められた。そこで王妃は漸く己の間違いに気が付いた。

 王妃は、帝国に間違った情報を流した。王国は隣の大国から最新鋭の武器を導入し、軍事力は格段に上がった、と。その武器は王が出てくると同時に使われる、今まで押されていたは帝国を油断させるためなのだ、と。

 もちろん帝国側は疑った。しかし、今まで従順に、正しい情報を流していた王妃を信じ、王が出てくると同時に撤退した。


 それに安堵した王妃は、侍女を下がらせ自室に一人きりになると、茶に毒を入れ、一口で飲み干した。即効性の毒で、王妃はすぐに気を失ったが、死ぬには至らなかった。しかし、もともと精神的に参っていた王妃の身は、あっという間に衰弱していった。

 王妃は、自らの犯した罪に耐え切れず、自殺を図ったのだ。

 彼女の思惑通り、王妃は王が帰ってくる前に亡くなった。唯一の誤算は、王妃が倒れたすぐ後に彼女の愛娘が部屋に入ってきて、毒の塗られたスプーンを舐めてしまったことだった。

 王女も王妃と同じように意識不明の重体に陥ったが、身体は徐々に快復へと向かって言っていた。あまり外に出ずもともと病弱で、更に精神的に参っていた王妃がスプーン1杯分の毒を飲めば死んでしまうだろう。しかし、王女は生来元気がよく、いつも外で遊びまわっているような健康な娘だった。若いこともあり、スプーンの端に付いた毒を少し舐めたくらいでは死ななかった。


 王が帰ってきて暫くした後、王女は目覚めた。

 王は王妃に生き写しの王女をなおのこと愛するようになった。王女の言う我が儘も、すべて叶えるようになった。周りも、愛する妻に裏切られ、失った王にかける言葉もなく、王が王女を今まで以上に甘やかすのを止めなかった。それどころか、彼らまで母親の死を間近で見た王女に同情し、甘やかすようになった。

 稀にいた王女の我が儘を諌める忠臣も、国政の中心から遠ざかって行った。王女の周りには、彼女を甘やかす存在しかいなくなった。



 王は、何も話してくれなかった王妃を恨み、王妃の葛藤に気が付かなかったことを悔やみ、苦しみ、嘆き悲しんだ。

 国としての思惑、王の個人的感情が絡み合い、王妃は自殺した罪人ではなく病死した哀れな人として扱われた。王妃が帝国から連れてきた侍女や騎士たちは、誰の目にも触れることなく処刑された。

 王は王女の処遇に悩みに悩んだ結果、一生王城に幽閉することとした。真実を知る貴族たちに申し訳が立たないからだ。


 そんな王女を憐れんだ貴族や王に、ますます王女は甘やかされて育った。

 今までのように外に出れずとも何でも、それ以外ならは何でも願いは叶う。侍女も騎士も、貴族も王もみな、王女の味方だった。



 そうして彼女は、錯覚していった。

 私が、偉いのだと。私が、一番なのだと。


 王妃が生きていたころの活発で心優しい王女は、いつしか消えていた。

 王妃は王女が我が儘を言えば諌めていた。何故駄目なのか、ではどうすればいいのかを王女自身に考えさせ、納得させていた。

 けれど王たちは、王女が欲したものは全て揃え、王女の気に食わなかったものは人でも物でも全て排除した。

 王たちは、彼らの愛する王妃の努力を無駄にした。


 王たちがようやく自分たちの間違いに気が付いた時には、もう遅かった。

 出来上がっていたのは、人の力を自分のものと思い込み、人を思いやる心を忘れた高慢ちきな王女様。

 誇りばかり高く、何にもできない、何にもない王女様。




 王の子どもは、王女一人だった。王女の幽閉が決まったときから、王の跡継ぎが問題になっていた。

 王には兄弟はいない。みな、戦で死んでしまっていた。

 臣下や民たちは、王が新しく妻を娶ることを期待した。


 そんな時、帝国からまた停戦協定が持ちかけられた。

 当然王たちは疑った。一度信じ、そして裏切られたのだ。けれど停戦協定は王国に有利なように作られており、悩んだ王たちは結局それに調印した。


 そして、帝国からまたも花嫁がやってきた。

 当然王たちは冷たく当たった。前の王妃には始めから優しかった王も、今度の王妃には冷たく当たった。臣下も貴族も国民もみな、今度の王妃を冷遇した。


 けれど今度の王妃はそんなこと露ほども気にしなかった。

 王妃としての務め以外、自由気ままに、勝手に過ごした。勝手に孤児院に投資し、勝手に学校を設立し、勝手に産業を盛り上げた。

 3年も経つと、前の王妃のしたことを知らない者たちは次第に警戒を解いていった。

 更に2年も経つと、前の王妃のしたことを知っている者たちも警戒を解いていった。


 王妃は常に完璧な王妃であり続けた。執務をこなし孤児院を訪れ新しい産業を開拓し、国は今の王妃が嫁いでくる前よりも栄え、国庫は潤った。

 そんな王妃を王国は受け入れた。王は、臣下は、貴族は、国民は。彼女を信じ、愛した。

 前の王妃のしたことを知らぬ者たちは、きっと今度こそ帝国は攻めてこないだろう、と。

 前の王妃のしたことを知る者たちは、今度帝国が攻めてきてもそれはきっと彼女のせいではないだろう、と。


 王は王妃を愛し、王妃は王を敬愛した。

 王は王妃を信頼し、王妃は王を信用した。




 王国中が今の王妃を認めた時、1人だけ認めない者がいた。

 前の王妃の娘、幽閉された王女だった。


 王女は言った。

 母を忘れたの、と。


 王は言った。

 今でも覚えているよ、もう愛してはいないけれど、と。


 王女は言った。

 王妃は帝国と通じている、と。


 王は言った。

 お前の母と一緒ではないのだよ、と。


 王女は言った。

 王妃は帝国を愛している、と。


 王は言った。

 彼女が帝国について何か言う所など見たことがない、と。


 王女は言った。

 それは隠しているからではないか、王妃は帝国の掌中の珠ではないのか、と。


 王は言った。

 彼女は帝国では冷遇されていたんだよ、と。



 王妃は、王女の教育を任されていた。


 王女は、今の王妃が来てからも今までと変わらない日々が続くと思っていた。

 けれど、今の王妃が来てからは、王女付きの侍女と騎士しか彼女の言う事を何でも聞いてくれる人はいなくなっていた。

 王女は王妃を恨んだ。王妃は王女を持て余した。



 王女は王妃の評判を下げようとした。

 今の王妃に教わったところだけわざと間違え、彼女のいう事はこれっぽっちも聞かなかった。

 今の王妃の評判は、下がるどころか上がっていった。曰く、あんな我が儘とこんなに長く付き合っていられるなんてなんて忍耐強いんだ、と。

 王女の性格は、いつの間にか国民にまで広まっていた。



 ある日、王女は王妃による教育の時間に、1人で城を抜け出し森へ入った。

 地元の住民も滅多に入らぬ場所まで、王女は入り込んだ。日が暮れて、帰ろうとしても帰り道が分からず、獣の声に怯えていた。そんな時、王女の前に狩人が現れた。

 狩人は上等な服を着ている美しい少女に尋ねた。何故こんな所に居るのか、と。危ないから早く帰れ、必要ならば送るから、と。

 王女は言った。あなたには関係ないでしょう、どこかへお行きなさい、と。それから、一番近い人里の場所を教えなさい、とも。

 狩人は少女の言葉を気にせず、一番近い人の住むところを教えた。その場所は、丁度国境を越えた、森の中だった。


 王女は狩人の言葉を聞くとすぐにそこへ向かった。狩人はそんな少女の姿を見て、お貴族様は大変だな、と呟いていた。



 王女は森の中を走って、一軒の家にたどり着いた。

 その家には誰もおらず、中にある物すべてが小さかった。

 王女は言った。

「ちょっと、私の出迎えすらないの!」

 王女はやがて、机の上のご飯を見つけた。お腹が減っていた王女は、机にある食べ物をすべて食べてしまった。

 お腹が満たされた王女は、次第に眠くなっていった。そして、言った。

「ちょっと、ベッドの用意もされてないの!」

 王女はやがて、7つの小さなベッドを見つけた。ベッド同士は横に並んでおり、ベッドをつなげれば寝転がれないことはなかった。

 王女は躊躇いなくベッドへ潜り込み、あっという間に眠りに落ちた。


 王女が眠った後、家に光の列が近付いてきた。それと合わせて歌声も聞こえた。けれどぐっすりと眠っている王女は気が付かない。

 光の列に見えたそれは、一列に並んで歩いている7人の小人たちが持っていたランプだった。


 家に帰った小人たちは、机に置いておいた今日の夕飯が全部なくなっていることをみて驚き、怒った。

 やがて彼らは、自分たちのベッドの中で眠る少女を見つけた。眠っていてもなお陰ることのない美貌を前に、彼らは息を呑んで少女を見つめ、目を覚ますのを待ったが。しかし少女は一向に目覚める気配はなく、小人たちは床で眠りに就いた。

 そして夜は更け、朝がやってきた。

 先に起きていた小人たちに見守られ、王女は目を覚ました。

 王女は目覚めて開口一番に、言った。

「何をしているの、早くご飯を食べましょう」

 小人たちは急いで朝食を用意した。彼らの分と、王女の分を。

 用意された朝食を見て、王女は言った。

「なんて粗末で少ない食事なの」

 小人たちは、怒った。しかし相手は弱った少女。彼らは怒るに怒れなくなった。

 王女は朝食を平らげ、尋ねた。

「お前たちは誰?」

 小人たちは、聞き返した。

「そういう貴女こそどなたですか?」

 王女は言った。

「あなたたち、この私を知らないの?」

 小人たちは言った。

「貴女こそ何故ここを知っているのです?」


 王女は自分の身の上を小人たちに話した。

 母が死に、新しくやってきた王妃は自分に厳しい。優しかった父も家臣もみな、最近ではちっとも優しくしてくれない、と。

 小人たちは王女に同情し、ここに住むように勧めた。王女は辞退しようと一度は首を横に振ったが、王城に帰った後のことを思い、最後には頷いた。


 小人たちは王女に家事を教えた。王女は、彼女に好意的な彼らの教えを受け、どんどん家事を覚えていった。

 はじめは王女と誰か1人を残して仕事へ行っていた小人たちも、王女が家事を覚えると彼女だけを残して仕事へ行くようになった。誰か来ても決して戸を開けてはいけないよ、と言って。


 小人たちが仕事へ行き、その間王女は家を掃除し昼食を作り洗濯をする。

 何事もない穏やかな時間が過ぎて行った。



 その頃王城では、消えた王女を探していた。

 王女付きの侍女、騎士は王女が戻った後に処刑されることが決まった。国中に王女を探すよう、見つけたら連絡するようお触れが出された。

 しかし王女は見つからなかった。

 小人たちの仕事は、森の中にある鉱山で宝石を採り、森の中で待ち合わせた狩人に売ることだった。



 その頃帝国では、王国の消えた王女を探していた。

 王妃がしたことは王国の極一部しか知らないが、隣の大国たちにばれたら帝国の立場が危うくなる。王女がどこにいるかは分からないが、誰かに言われる前に消してしまおう、と。

 帝国は軍を使って王女を探した。王国も、帝国も、隣の大国たちも。

 しかし王女は見つからなかった。

 小人たちのいる森は、魔の森と言われ、地元の者さえ滅多に立ち入らない場所だった。



 穏やかな時が流れた。

 王女だけがいる家に、一人の人が訪れた。


こんこん


 その人は戸を叩き、王女は小人たちの言いつけを忘れて、戸を開けた。

 その人は被っていたフードを取り、お辞儀をした。その人は、若い男だった。

「やあ、美しいお嬢さん、御機嫌よう」

「あら、御機嫌よう。何か用かしら?」

 王女は返事をし、用を訪ねた。男は言った。

「上等で、きれいなしめ紐を売りに来たのですよ」

 男はいろいろな色の絹糸であんだ紐を取り出し、王女に見せた。

 王女はきれいな紐を見て、それを買った。

「ありがとうございます。よければ私が結びましょう」

 王女は男の前に立ち、新しい買いたての紐で結ばせた。

 すると男はその紐をすばやく王女の首に巻き付け、強く絞めた。

 王女は息が出来なくなって、死んだように倒れてしまった。


 男は、帝国へと帰っていった。


 それから間もなく日が暮れて、小人たちが帰ってきた。

 小人たちは、かわいがっていた王女が地べたに倒れているのを見て、大変驚いた。

 王女は息もせず、動きもしなかった。

 小人たちは、王女を地べたから高いところへ連れていき、のどにかたく絞めつけられている紐を2つに切った。

 王女はだんだん息をし始め、元気づいてきた。

 小人たちはどんなことがあったのかを聞くと、王女は今日あった一切のことを話した。

 小人たちは、再び王女に誰も家に入れないよう言いつけた。



 また穏やかな時が流れていった。

 王女の一人残された家に、また一人の人が訪れた。


こんこん


 その人は戸を叩き、王女は小人たちの言いつけを守って戸を開けなかった。

「なぜ開けて下さらないのですか?」

 その人は言った。王女は驚いた。

「なぜここにいるの?」

「それは、貴女を探していたからです。さあ、私と行きましょう」

 王女は窓から顔をだした。その人はフードをとった。その人は、若い女だった。

「だめよ、私は帰りを待たなくちゃいけないの」

「そんなこと言わずに。貴女のお好きそうな服や小物を用意したのですよ」

 女はそう言って、櫛を一つ取り出した。

「まあ、なんてきれいな櫛」

 王女は櫛を気に入った。それを見た女は、言った。

「ためしにここで御髪をといてあげましょう」

 王女は女に髪をとかせたが、運悪く尖った櫛の歯が頭に刺さった。

 王女は驚きと痛みでその場に倒れ、女は悲鳴を上げて走り去った。


 女は、王女の侍女だった。


 すぐに夕方になって、小人たちが帰ってきた。

 王女が血を流しながら地べたに倒れているのを見て、小人たちは王女の体を調べた。すぐに頭に刺さった櫛が見付かり、小人たちは刺さった歯をすべて抜いて、王女の治療をした。

 幸い深くは刺さっておらず、王女はすぐに意識を取り戻した。

 小人たちはどんなことがあったのかを聞くと、王女は今日あった一切のことを話した。

 小人たちは、再び王女に誰も家に入れないよう言いつけた。



 また穏やかな時が流れていった。

 王女の一人残された家に、三度(みたび)人が訪れた。今度は二人、やってきた。


こんこん


 一人が戸を叩いた。王女は小人たちの言いつけを守って戸を開かなかった。

「とっとと帰りなさい。何と言われようともこの戸は開けないわよ」

「いいえ、開ける必要はありませんよ。この林檎を受け取って下さるだけでいいのです」

 二人の内一人がフードを取った。その人は、女だった。

「私はどんな物でも人からもらってはいけないのよ」

王女は断った。女は、なおも林檎を勧めた。

「この林檎は、高貴な方しかお召し上がりになることが出来ぬ物なのですが、余ってしまってどうしようか迷っていたのです。貴女のような方に食べられれば、林檎も幸せでしょう」

 そう言われて、どんな林檎か気になった王女は窓から顔を出した。

「どれかしら?」

「あぁ、これですよ。美しいお嬢さま」

「まぁ、本当に美味しそうね。では、試しにお前が食べてみなさい」

 王女はその林檎が欲しくてたまらなくなったが、小人たちの言いつけを思い出し、警戒していた。

「では私が先に頂かせていただきます」

 そう言ってもう一人の人がフードを取った。その人は、男だった。

 女は林檎を半分に分けた。そして、あまり熟れていない方を男に渡した。

「これは美味い」

 男はあっという間に半分の林檎を平らげた。それを見た王女はもう片方の林檎を女から受け取り、口にした。

 そして、一口かじった途端に倒れ、息が絶えてしまった。

 その様子を見て女は嗤い、男は青ざめた。

 女はそのまま帝国へ帰り、男は王国へ帰った。


 女は帝国の者だった。

 男は侍女に話を聞いてやってきた、王女付きの騎士だった。


 夕方になって、小人たちは帰ってきた。

 今度もまた王女が地べたに転がって倒れているのを見て駆け寄っても、息一つすらしていなかった。

 小人たちは王女の体を、毒になるものはありはしないか、何か刺さってはいないかと調べてみたが、何も見つからなかった。


 小人たちは悲しんだ。

 自分たちの可愛いお姫さまは死んでしまった、と。


 小人たちは、王女の身体を一つの棺の上にのせた。そして、その棺を森の中の木々の開けたところに置き、小人たちのうち誰か一人が必ずそばにいて番をすることにした。



 そうして時は過ぎていった。

 その間王女の身体は少しも変わらす、まるで眠っているようにしか見えなかった。

 肌は雪のように白く、頬は血のように赤く、髪は黒檀のように黒いままだった。




 王国では、一人の侍女と一人の騎士が処刑された。

 帝国では、一人の軍の男と一人の軍の女が褒美を与えられた。


 最初にやってきた帝国の男は、王女の暗殺を命じられた男だった。王女を探しだし、殺そうとした。

 次にやってきた王女付きの侍女は、王女を連れ帰ることを命じられていた。王女がそこにいることは既に王たちには知られており、連れ帰るために王女と一番仲の良かった侍女が遣わされた。

 最後にやってきた帝国の女は、初めの男がきちんと殺せていたかを確かめ、殺せていなければ止めを刺すためにやってきた。そのための道具として、半分だけ、熟れている方に毒を盛った林檎を携えて。

 最後にやってきた王女付きの騎士は、動転した侍女が殺してしまったのか確認しなかったので、生きているか確認するためにやってきた。生きていれば、王城へ連れ帰るために。


 結果王女は息絶えた。


 王国では、処刑された2人以外の侍女と騎士が処罰された。

 帝国では、褒美を与えられた2人以外の者が悔しがり、競り合った。


 王国と帝国は、ますます争い合うようになった。



 ある日、王女の眠る場所に、一人の男がやってきた。

 男は美しい少女に見惚れ、小人たちに頼んだ。

「この棺を、譲ってはくれませんか?代わりにわたしは、お前たちの欲しいものの内、わたしがあげれるものをあげるから」

 小人たちは断った。

「たとえ世界中のお金をみんな頂いても、こればかりは差し上げられません」

 男はなおも小人たちに頼み込んだ。

「わたしがこの少女の目を覚ましてあげましょう。そうしたら、この少女をわたしの所へ連れていってもいいですね?」

「彼女が目を覚ますならば、いいでしょう。ただし、彼女が付いていくかどうかは彼女が決めることです」

 男は、棺のふたを開けると、屈みこみ、少女に口づけた。

 少女の口が開き、林檎の欠片がこぼれた。


 王女は、目を覚ました。


 男は少女に自分と来ないかと尋ね、王女は自分の事情を話した。

 男はそれでもいいから、と王女に再度尋ね、王女は頷いた。


 そして男と王女は森からいなくなった。



 それと同時に、王国の隣の大国のうちひとつ国の王子が、婚約者迎えた。

 王子の婚約者がどこの出身なのかは、誰も知らなかった。



***



 これまでのことを思い返してから、短い手紙を読む。


――――――

美しく聡明な従姉殿へ


お久しぶりです。お元気ですか?

此方は常と変りはありません。

僕の弟が婚約者に迎えた彼女は、貴女が言っていたよりも大人しく、しおらしいです。

ですが時折不満げな様子を見せ、弟に愚痴を零しているそうです。

彼女はどうやらこの扱いが不満なようです。あの小人たちの家に行くまでは贅の限りを尽くし、小人たちの家に行ってからは花よ蝶よと可愛がられていたのですから、当然と言えば当然かもしれませんね。

養われている身で何を、と思う者も多いようですが、こればかりはどうしようもありません。他ならぬ貴女からの願いなのですから。

侍女たちも、それを思って我慢しているようです。

あんな彼女を助けるなんて、貴女はやはりお優しい。

折角の手紙にこんなことを書き続けたくはないですし、彼女の話題はここまでにしておきましょう。


貴女の国では如何ですか?聞いた話だと準備は順調なようですが。

此方も順調に進んでいます。

貴女が彼の国にいることを思うと胸が焦げ付き、彼の国を滅ぼしてしまいそうですが、貴女の計画を台無しにするほど愚かではないつもりです。

父は貴女の計画に賛成してくれました。弟も、楽しみにしているそうです。もちろん僕自身も。

あぁ、早く実行する日が来ないでしょうか。貴女にもうすぐ会えることを思うと、夜も眠れそうにありません。

彼女が五月蠅いので、ここらへんにしておきますね。

彼女の愚痴ばかりを書いて、貴女の目を汚してしまいそうですから。


貴女の計画がうまくいくことを願って。

貴女を愛する従弟より

――――――



 読み終え、ため息を吐きつつ手紙を閉じる。

「ふぅ・・・なんて無防備な・・・」

 誰が見るか分からないというのに。


 徐に立ち上がって、暖炉に手紙を投げ入れる。

 返事を書くために紙と筆を用意させ、また机に向かう。その横ではサインのされた書類が山となって積み重なっている。


――――――

無防備な私の従弟殿へ


ああいうあからさまな手紙を出すのはおやめなさい。

折角のお話が台無しになってしまうかもしれないわ。


それと、貴方は勘違いをしているわ。

何度も言っているような気がするけれど、私はあの子を助けたわけではないのよ。

貴方の国にとって得となるから、そうするよう助言しただけ。

そこは間違えないでほしいわね。


此方の準備も順調よ。

貴方たちも順調なようで何よりだわ。

実行する日も間近ね。それまでに周りの国を説得しておいてくれると嬉しいわ。


また手紙を出すわね。


私たちの幸福を祈って。

永遠に貴方を愛する従姉より

――――――


 書き終え、封をして侍女に渡す。

 部屋には、私が一人いるだけ。侍女も騎士もすべて下がらせた。

「ふふっ」

 思わず、笑いがこぼれてしまう。

 もうすぐあの方の元へ行けることを思うと、顔に笑みが広がる。

 こんな姿、私を慕ってくれる侍女たちには見せられない。


 でも、そのくらい、楽しみだった。


 あら?なぜ昔のことをそんなに詳しく知っているのか、ですって?

 あなたも、魔法の鏡くらい知っているわよね?



***



 男と王女が森からいなくなり、大国の王子が婚約者を迎えた数か月後。


 帝国と王国は攻められた。

 今まで不干渉だった大国3国から、同時に。


 長年の戦で疲弊した2国は、あっという間に追い詰められ、そして滅びた。

 2国を滅ぼした3国は、あらかじめ決めていたかのように、争うことなく領土を分け合った。

 3国のうちの1国、数か月前に王子が婚約者を迎えた国で、今度は王太子が婚約者を迎えた。

 その婚約者とは、王国の王妃であった者だった。



***



リーン ゴーン



 協会の鐘が鳴る。

 ヴァージンロードを、白い婚礼衣装を着た花嫁が歩く。

 参列した人々はその美しさに頬を染め、溜息を吐いた。


 間もなく花嫁は、祭壇の前で待つ花婿の所にたどり着いた。


 神父の前で誓い合い、口づけを交わす。

 花嫁も花婿も、幸せそうだった。





 花婿の父は言った。

「彼女がいたから領土を拡大できた。私の姪でもあるし、この国に来てくれてよかった」


 花婿の弟は言った。

「嫌な役を引き受けてしまったけど、兄さんが幸せそうでよかったよ」


 花嫁の義娘は言った。

「なんであの(ひと)がここにいるの!」


 花婿は言った。

「彼女が他の国へ嫁いでしまったときは目の前が真っ暗になった気分だったけど、こうして結婚できて、幸せさ」


 花嫁は言った。

「色々あったけど、彼と一緒になれて幸せよ」



***



 広い部屋に、声が響く。

 1人しかいないはずの部屋に、2人分の声が響く。


「鏡や鏡、この国で一番(心が)美しいのは誰か、言って頂戴」

「お妃さま、この国で一番、あなたが美しい」




信頼と信用は別物だと思うのです。


以下蛇足的おまけ

帝国の王の娘が「前の王妃」。

帝国の王の息子の娘、つまり孫が「今の王妃」。

大国の王子(弟)が婚約したのは「王女」。

大国の王太子が婚約したのは「今の王妃」。

今の王妃の母の妹の夫、つまり叔父が大国の王。

「前の王妃」の同腹の兄が帝国の皇太子で、「今の王妃」の父。

3国の大国が王国と帝国を攻め滅ぼしたのは「今の王妃」の手引き。

もともと「今の王妃」と「大国の王太子」は恋仲で、それを引き裂いて「王国の王」に嫁がせたのが「帝国の王」。

「王女」がしばらく見つからなかったのは、「小人たち」がそのお触れを知らなかったから。

見付かったのは、「狩人」が森で貴族のような娘を見た、と話したから。

「王女」は名目上「大国の王子」の婚約者だが、実際は他の侍女と一緒に働いている。

「今の王妃」は「王女」に厳しく接したわけではなく、きちんとした教育を施そうとしただけ。

今までの「王女」甘やかされ具合がひどかったから、「王女」に厳しいと思われた。

「今の王妃」は、「王国の王」の幼な妻、「大国の王子」の姉さん女房。

「今の王妃」が王国を栄えさせたのは信用させるためで、始めから裏切るつもりだった。でも王国は嫌いじゃなかった。

「今の王妃」が「王国の王」に帝国では冷遇されていたと言ったのは油断させるためだが、あながち嘘じゃない。父(帝国の皇太子)も祖父(「帝国の王」)も周りも厳しく、母は実家に帰っていた。

「今の王妃」が「大国の王太子」に手紙で優しいと言われたのは、「王女」を王国に連れ戻して「王国の王」たちと一緒に殺させればいいのに、という意味。

「王女」は純粋だが、周りが甘やかしすぎたせいで勘違いしている。そしてそれを正そうとする人が未だに現れない可哀想な人。そのうち「大国の王子」が正して、幸せになる(と思う)。


ちなみに「前の王妃」と「今の王妃」は叔母姪の関係。

「今の王妃」と「大国の王太子」は従姉弟同士。

「大国の王太子」と「大国の王子」は同腹で、仲は良好。

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