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大和の守り手・筒井順慶(つついじゅんけい) 作者:101
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梟雄(きょうゆう)の流儀

 松永勢との激戦とそれにつづく和議。

 昨日の敵が今日の友というのはめまぐるしく勢力がいれかわる戦国の世の常だが、筒井家にとって久秀という敵を失うということは現実味がなかった。

 波乱の年はまたたくまに暮れ、正月。

 家臣たちが一堂に会する筒井城の年賀の席で、順慶は甥である定次さだつぐを養子にすることを発表した。

 定次は有力な家臣のひとりである慈明寺順国じみょうじ じゅんこくの子であり、順国の妻は順慶の姉だ。

 宿敵との和解につづく、筒井家の懸案事項が解決したことで重臣たちの表情は、新年から明るかった。

 久秀は息子の久通ひさみちと酒席にやってきた。

 場所は筒井の一族が城主をつとめている北小路城きたのこじじょう

 順慶が招待したのだ。

 城内には急造の桟敷がもうけられ、猿楽さるがくを鑑賞した。

 その場には筒井家の重臣たちも一揃いしているが、誰もが久秀父子から距離をおいた。

 和議は結んだとしても刃を交えた相手だ。親しい者を戦で亡くしては割り切れないものはある。

 順慶は構わずに久秀の隣に座った。

 これまでがどうであろうとも織田家とのつながりがあり、大和にいる以上、協力関係を築かねばならない。

 それを考えての酒宴だった。

 舞台の四隅よすみには篝火かがりびがたかれる。

 火の粉が、晴れ渡り星の輝く夜空へ季節外れの蛍のようにのぼっていく。

 冬の空は澄んでいる。

 温められた酒はかおり高く、吹きつける外気が心地いい。

「うまい酒ですなァッ。風味を殺さず温める。儂がやると、酒がただゆの白湯になってしまうことばかりでのぉ」

「久秀殿は猿楽はお嫌いですか」

 演目を無視するように呟く久秀に順慶は言った。

「順慶殿はお好きなようですなァ」

 囃子方はやしかたの奏でる曲に合わせて舞う。

 今、催されているのは百万ひゃくまん

 数ある演目のなかで一番順慶が好きなものだ。

 舞台は春の嵯峨野、清涼寺。

 百万という名の女が、生き別れになった我が子を求め、仏にすがろうと舞い狂う。やがて仏縁により再会を果たすというものだ。

 人々をのむような激しさの中に散らばる悲哀の念がひしひしと伝わる。舞が激しくなればなるほど悲しみはますます強くなる。

 舞は女の剥き出しの心そのものだ。

 順慶は自身の信仰心のありかにずっと悩み続けてきた。

 割り切りもするが、後ろめたい。

 そんな順慶が百万を好むのはひとえにそこに狂おしいほどの母の意志があり、我が子との間を仏がとりもつということにある。

 人が本当にそれを望み力を尽くせば、仏がとりもったかと思うような奇跡がおこりうる。

 順慶は鼓舞されるような気持ちになるのだった。

 大和が平穏無事に治まっているのも、父がつむぎ、そして順慶の思いに答えようとしてくれている人々との縁があればこそ。

 これほどにあつい人のえにしがあれば、さらに太くて厚い仏縁もまたあるような気がしてくる。

「縁の大切さが胸に迫ってくるようで」

「百万の愛は分かる。じゃが、それで十分ではないかのう」

「子に会えぬほうがいいと言われますか」

「会えるに越したことはない。儂が見るのは、女一人が奈良から京に赴き、狂ったように舞う。それほどに女が子を求める心が愛おしいというのうじゃ。そこに仏をいれるのは創作物といえども興醒めじゃよ。それが儂と順慶殿との差かもしれぬ」

「どういう意味ですか」

「順慶殿は結末を見、儂は過程を見る、そういうことじゃ」

「わかりません」

「こう言えばいいかの。順慶殿は大和の安寧を求める。儂は安寧よりも人の心が抑圧されることなく生きられることこそ重要と思っている」

「……信長殿に逆らったのもそのせいだと?」

「まさしく。織田の下で形ばかりの平和は享受できるが人の心は自由を失う」

「あなたはそうやって自分がやりつづけたことを正当化したいだけではないのですか」

「誰もが自分の行いこそ正しいと信じているものじゃ」
「私もそうだと?」

「武による統一だけが平穏の世をつくるものではない、そう申しおるのじゃよ。戦乱の世だからこそ保てる平穏がある。少なくとも世が乱れていれば、常に為政者は身をわきまえる。失政をすれば誰かにすべてを奪われないともかぎらん。完全な平穏はそれこそ世の隅々に錆をつくる。人の心にものゥ」

「戦国の世を長くつづけるためにあなたは主家を裏切り、そして織田を裏切り、こうしてまた和議を結んだ。矛盾ではないのですか」

「儂が死ねば誰が民の心を守れるというのじゃ? 死にたくはないしのう。人々の心を守るために儂はみずからが重しとなることを決めているのじゃ。乱世が一日でも長くつづくように移ろうことこそ我が生涯よ」

 狂っているとしか順慶には思えなかった。

 が、すべてを否定するような気持ちにもなれなかった。

 武による天下の統一が、順慶の望む安寧を招くとは限らないのかもしれないし、乱世だからこそ生まれる善政があることも否定はできない。

「民の心を守るといいますが、あなたは大仏殿を焼いた。あれは結局、民の心を踏みにじったことになります。守るというのはおこがましいのでは?」

 酒のせいか、腹の底が熱く、言葉もきつくなっていた。

 大仏殿が焼けたのは三好が火薬をあの付近においたせいだろうし、もっといえば、そもそも三好が布陣しなければ松永方も対抗するように動かなかったはずなのだ。

「それは思いこみではないかのう。仏像を拝んでもその像になにかがあるわけではない。人の心があの仏をかたどったものを仏にみせる。人が心というものがどこにあるのか誰もわからないがゆえに、それらしいものに入れこむ。理解はしやすいが、それ故に、心は自由を失う。形を縛られてしまう。本当ならもっと広くもっと深く、変幻自在であろうはずなのに。結果的に焼けて良かったと儂は思っている」

「あなたは怖ろしい方だ」

 喧嘩や争いを人は収めたいと思うのが普通だが、久秀は違う。

 ある程度の荒廃が生む緊張感が人間を生かすと思い、みずから騒乱の芽を育もうとしているのだ。

 そこに欲望があるわけではなく達観している。

 それは信長によって焼かれた比叡山の破戒僧よりもずっと僧侶らしいとも言えるかもしれない。同じ人間であることが怖ろしいと思えてならない。

「信長に言ってもよいぞ。やつは笑うだけじゃろうが」

「告げ口の趣味はありません」

 順慶は久秀の隣に目をやる。息子の久通はまるで話など聞こえていないかのように杯を口に運びつづけていた。

「お利口よのう。まァ、儂の言っていることもやがては分かるであろう」

「分かりたくないですね」

 久秀は笑い、それからあごをしゃくる。

 気づくと、すでに舞は終わっていた。舞台で演者がひざまずいていた。

「……見事であった。酒を」

 言葉が滑っているのを自覚しつつ言った。

 くつくつと久秀が笑う。

「申し訳ありませんしたなァッ。面白い舞台を見逃させてしまった」

 答えず、酒を飲む。すでに冷え切っていた。

「どうですかな。次は私どもの城で一席」

「お断りいたす。やはりあなたとはわかり合えそうもない」

 言葉をこうして交わしたことを後悔してはいないが、相容あいいれないことを確認したというだけだった。

「それは残念。儂は順慶殿がますます好きになりましたぞ。まァ、嫌いになったことなど一度もなかったのですが」

 久秀は飄々(ひょうひょう)と言った。
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