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大和の守り手・筒井順慶(つついじゅんけい) 作者:101
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算段

 七月の中旬。

 夏は盛りを迎えた。

 順慶にとっては福住城で過ごす二度目の夏だ。

 山城だけあってどこにいても蝉の声が聞こえてくる。

 今年の四月、順慶が支援していた井戸城いどじょうが落ちた。

 運良く城主である井戸良弘が落ち延びてくれたことが不幸中の幸いだ。

 順慶は茶をすする。

 蝉の音にまじり、風に揺れる葉のこすれる音がこだまする。

 気配を感じた。

「左近か。入れ」

「放っていた者からの知らせ、興福寺からもたらされる情報を総合いたしました。松永方はやはり中核の兵を近江へ駐留させたままとのことでござりまする」

 うつわを持つ手には自然と力がこもった。

「三好の情報は間違っていなかったということだな」

 織田家は先月、浅井氏討伐のために近江へ出陣していた。

 姉川あねがわという場所でおこなわれた戦は織田方の勝利に終わり、今月の上旬に朝廷に対して勝利を報告したのだった。

 それでも浅井あざい氏やその同盟相手である朝倉あさくら氏を討ち果たすまでには至らず、近江や越前からたちのぼった緊張感は去ることはなかった。

 いつ両軍が再び衝突してもおかしくはなかった。

 そこへ届いたのが一時は近畿から追い払われた三好方からの書状だ。

 三好は織田が浅井・朝倉にかかずらっている今、近く兵を率いて失地しっちを回復しようとするむねが記されていた。

 それと共に久秀の兵の動きを伝えてきたのだ。

 左近に命じて裏をとらしていたのだった。

 これぞ順慶の待っていたきっかけ。

 久秀は織田家の威を借りた以上、勝手な行動はとれないだろう。

「三好と再び組むお考えでござりまするか」

「三好と組めば、大和の統一は遠くなる。どうせまた、連中の気まぐれに引っかき回されるだけだ。適当に話をはぐらかせておけ」

「よろしいのでござりますか」

「らしくないな、左近。このあたりでまともに三好と組む者がどれほどいると思う。京をはじめとしてすべて織田家の威光にひれ伏している。旗色をはっきりさせないからといって三好が我々を攻める余裕などないだろう。とにかく我々は我々の進むべき道を行く。これ以上、誰にも邪魔はさせない」

「それでこそ殿でござります」

 左近は笑う。

興福寺こうふくじに援軍の要請を出せ」

「攻める場所は」

「まずは十市とおいち城」

 左近が去ったあと、順慶はかたわらの文箱を開け、収められていた書状を見る。

 もう何度となく目を通していた。

 それは大和の国人・十市方からのものだ。

 十市家は混乱の渦中にある。

 筒井城が落城したのち松永方に追い詰められ、当主・遠勝とおかつは筒井家より離反した。

 しかしその一年後に遠勝が亡くなったことで、家中が松永派と筒井派とに分裂していた。

 松永方が優勢であるという状況ではあるが反対の声は無視できない。

 十市城はここより南西四里に位置している平城だ。

 縄張りそのものは筒井城に比べるべくもない小城ではあるが、大和の中心であたる国中の一端にある拠点だ。

 もし、そこを自軍にとりこめるならば久秀と対するための橋頭堡になりうる。

 それと共に織田家がどれほど大和国に対して感心をもっているかの試金石しきんせきでもある。

 筒井の動きを国人の悪あがきと見て無視してくれるようならまだ機会はある。

 順慶は順弘じゅんこうの部屋をおとなう。

「おお、順慶殿。どうかされましたかな」

「十市城に打って出ます」

「ついにか。一年と半年あまり。長かった」

 順弘は破顔し、ただでさえ細い目をさらに細めた。

 十市城の内紛についてはすでに順弘には話している。

「順弘殿は城の守りを固めていただきたい」

 順弘はあきらかに眉間に皺を刻み、鼻の穴を膨らまして不満を隠さない。

「どういうことか説明してもらえるか」

「久秀の動きが読めませぬ。よってたつべき場所を失えば、どのような情勢であろうと兵は浮き足立ちかねません。順弘殿には是非、帰るべき場所を守っていただきたいのです」

「それは分かるが……」

「もしもの時、失う兵は少ないに越したことはありません」

「ならば、福住の兵をつれていってほしい。福住の兵を精強と言った。あれはあの場の出まかせではあるまい」

「あれは本心からにござります。しかし現状、十市城からの内心がどれほどか、それについて久秀がどう行動をとるか分からないのです。つまり状況しだいでは我らが飛んで火に入ることになりかねません。そのような場所に福住殿の兵をまきこんでは申し訳がたちませぬ」

「指を咥えて城を守っていろとは言えない。それがいかに忸怩たるものか、順慶もわかっているであろう」

「それはもちろん……」

 順弘は言葉を重ねようとする順慶に手の平をつきつけた。

「連れて行くのか、行かないのか、それだけを答えてもらえいたい」

 順弘の目には矜持きょうじの光があった。

 これを断れば血縁の有無や味方というものは一切取り払った、一人の人間として失望させてしまうかもしれない。

 順慶はうなずく。

 気迫に押されたわけではない。

 順慶が提示したすべての不安をおりこんだ上で兵を使えと言ってくれているのだ。

「わかりました。そこまで叔父上に言わせましては私に否などござりませぬ。むしろそう仰っていただき、本当のところ助かりました」

 順弘は微笑を浮かべた。

「遠慮は無用」

「叔父上、感謝します」

 順慶はこみあげてくるものを唇を噛みしめ、抑えた。
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