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第六話 大天その十
「私サイドカー持ってる人はあまり知らないけれどね」
「あまりか?」
「もっとはっきり言えば牧村君だけよ」
 そもそもサイドカー自体があまりないものであるのは確かだ。マニアが持っているものであるという考えが何処かに強いものである。ハーレーダビットソンやそれよりもこの考えは強いであろう。
「私の知ってる限りはね」
「それで一流と言えるか」
「サイドカーでこんな運転できるの?普通」
 今度は今の牧村の運転をさしてきた。
「できないわよね、やっぱり」
「多分な」
 これは牧村自身もわかっていることだった。
「できるものじゃない」
「じゃあそれで一流じゃない」
 若奈の言いたいのはこういうことだった。
「間違いなく。牧村君のサイドカーは一流よ」
「それなら何よりだ」
「バイクの運転だと凄いものがあるし。それに」
「それに?今度は何だ」
「このバイクチューンアップしたの?」
 風を感じながら彼に問うてきた。今の彼女の目の前には次々と抜かれていく車の残像だけが残っている。風景はもうあまり目には入らなくなっていた。
「随分速くなってるけれど。風だって凄いし」
「博士に改造してもらった」
「博士!?ああ」
 それが誰なのか若奈にもすぐわかった。八条大学にいて博士といえば誰を指すのか。この大学に一月でもいればすぐにわかることだった。
「あの博士ね。悪魔博士」
「そうだ。あの博士だ」
「あの博士ってバイク好きだったの」
「嫌いなものはないらしい」
「何かその言い方って」
 若奈にとっては随分引っ掛かる言い方であった。
「あれじゃない。食べ物みたいね」
「学問なら何でもできるというのが本人の言葉だ」
「戦前から八条大学にいたって話だけれど」
「本人の言葉では百歳だ」
 実際の年齢は誰もよくは知らないのだ。思えば謎だらけの人物である。しかしそれも博士の外見を見れば納得できるから不思議である。
「もっと上かも知れない」
「それだけ御歳なのにまだ大学におられるのも凄いけれど」
「工学や機械にも詳しいのは確かだ」
「文学博士じゃなかったの?」
 一応大学でこの肩書きで有名になっている。彼の学問はどちらかというと民俗学に分類できるものだからである。
「確か」
「他にも哲学や法学の博士号もある」
「多いわね」
「理学や物理学、医学もだ」
「そしてその工学も」
「とにかく長く生きているからな。何でも知っているらしい」
 ただそれだけでは済まないのがあの博士である。
「あと確か知能指数が」
「幾つなの?」
「三百に達しているそうだ」
「アインシュタイン以上?」
「四百かも知れない」
 桁外れの数字なのは間違いない。
「だから学問は何でもできるそうだ」
「羨ましいっていえば羨ましいかしら」
「羨ましいか」
「勉強に苦労している身からすればね」
 これは若奈の本音が多少混ざっていた。
「やっぱりそう思ったりするわね」
「そうか」
「牧村君は別にそうじゃないみたいけれど」
「他人のことはどうでもいい」
 また素っ気無い言葉になっていた。
「そんなことはな。自分は自分、他人は他人だ」
「相手がどんな人でもいいのね」
「嫌な奴でなければいい」
 個人主義とでも言おうか。少なくとも他者に対して嫉妬したりするような人間であるのは確かだ。優越感や劣等感を抱く男でもない。
「俺はそれだけだ」
「やっぱり素っ気無いわね」
「だがこれで困ったことはない」
 ここでもこうであった。
「今までな」
「他人に干渉しないのはいいことだけれどね」
「言うつもりもない」
 やはりこの考えを述べる。
「何もな」
「私にも?」
 若奈はここで不意に自分のことを話に出してきた。
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