第六話 大天その七
「一つだけな」
「それが人を襲うということか」
「血を吸うのじゃ」
これまた牧村には考えも寄らぬことだった。
「血をな」
「血!?吸血鬼か」
牧村はそれを聞いて顔を顰めさせた。
「吸血鬼か」
「何かおかしいかの」
「日本にも吸血鬼がいたのか」
彼が顔を顰めさせた理由はここにあった。
「そんなものが。日本にも」
「吸血鬼は何処にでもおるぞ」
「何処にでもか」
「スラブだけではない」
つまり東欧だけではないということだ。ルーマニアのドラキュラの話から吸血鬼といえばスラブのイメージがある。確かに東欧には吸血鬼の話が多いが彼等は東欧にだけいるのではないのだ。
「世界各地におるぞ」
「そうだったのか」
「ほれ、映画にもなったあれじゃ」
そして今度はこう言う博士だった。
「キョンシーがおったじゃろ」
「あれか」
「あれも吸血鬼なのじゃよ」
「中国には吸血鬼はいないと聞いたが」
「一体誰にそれを聞いたじゃ」
今度は博士が顔を顰めさせる番であった。
「中国に吸血鬼はいない?中国のことを何も知らんのじゃな」
「しかしそれを言った作家はかなりの中国通だが」
「それでも中国のことを知らん」
きっぱりと切り捨ててしまった博士であった。その言葉で。
「それも全くな」
「そうなのか」
「そもそも吸血鬼とは広範囲な話での」
「広範囲か」
「血を吸うだけでなくその肉も貪り食うこともある」
また随分と陰惨な話になってきた。
「血を吸うついでにな」
「そういえばキョンシーも人肉を食うな」
「その通りじゃ。キョンシーの血の吸い方はな」
不意にその手を振り回して何かを掴むようにしてきた。
「こう相手の頭を掴んでな」
「うむ」
「もぎ取る」
「人の頭をか」
「左様。そしてじゃ」
「そこから血を吸うのだな」
「頭からな。傷口から吸うのじゃよ」
やはりそうであった。随分と惨たらしいことである。
「ついでに頭も食ったりする」
「そういう吸血鬼か」
「仲間を増やさぬ吸血鬼もおる」
「ではその頭が飛ぶろくろ首は何だ?」
「仲間を増やさぬ方じゃ」
それが答えであった。
「完全に魔物じゃからな」
「飛んだ首が相手を襲うのか」
「首筋に噛み付く」
この辺りはドラキュラを彷彿とさせるものであった。
「そしてそこからじゃ」
「血を吸い取るのか」
「しかも何人かで一人を襲ってな」
「考えるだけでぞっとする話じゃ」
「そうでしょ。けれど私は違いましてよ」
ろく子がまた首を伸ばしてきて牧村に話してきた。
「そんなことはしませんから」
「血は吸わないのか」
「人間と食べているものは全く同じです」
知的な笑みで牧村に述べる。
「何一つ変わりはしません」
「人間と食べているものは同じか」
「首が伸びるろくろ首はそうなのじゃよ」
また博士が牧村に対して説明してきた。
「わし等とは。普段は何も変わらんよ」
「何もか」
「首さえ伸びなければ人間と変わるところは何もないのじゃよ」
「妖怪なのにか」
「左様、妖怪でもじゃ」
見れば博士の顔は少し面白そうに笑っていた。どうも牧村に対してこのことを話すのが楽しいようだ。学者としての習性として人に何かを話すことが好きなようである。
「普通に暮らせるのじゃよ」
「まさか」
「しかしそのまさかじゃ」
また言う博士であった。
「ほれ。首が伸びないと妖怪に見えるか?」
「いや」
どう見ても普通の人間である。少なくとも牧村にはそう見える。
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