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第一話 刻限その六
「当の本人に聞かれぬ限りはな」
「それでいいんだ」
「そもそもじゃ」
 博士はさらに言う。
「確かに今年じゃ」
「うん」
「今年二十歳になる若者じゃ」
「今年に二十歳だね」
「左様。今年で二十歳」
 このことを周りの影達に対して説明する。しかも強調までしている。
「二十歳になる若者じゃ。その若者が二十歳になったその時に」
「その時にだね」
「そう、それになる」
 博士の声がこれまでよりもはっきりとして強いものになった。顔も上げていた。
「天使にな」
「天使にだね」
「五十年に一度奴等も現われる」
 彼の言葉はさらに強いものになっていた。その声での言葉だった。
「それに合わせて天使も降臨するのじゃ。この世にな」
「けれどどうなるのかねえ」
「そうだよね」
 影達はここではこれからのことに不安を言葉に出してきた。
「天使は出たけれど果たしてどうなるか」
「今回は特に奴等のタチが悪いんでしょう?」
「千年に一度とあるのう」
 博士はまた本を読んでいた。彼にしか判読できないであろうその手書きの古いラテン語をだ。それを解読しつつ読んでいるのである。
「今回はな」
「そうなんだ。やっぱり」
「わかっているのはここまでじゃ」
 博士はこう述べて本を閉じた。埃が少し起こる。
「奴等についても天使についてもな」
「そう。それだけ」
「何か全然わかっていないのと一緒じゃない」
「少しはわかった」
 だが博士はこう影達に対して答えた。
「今はそれで充分じゃ」
「充分なんだ」
「今はそれで」
「おいおいわかる」
 彼はまた言った。
「おいおいな」
「じゃあ僕達はそれを見ているよ」
「っていうか見るしかない?」
「そうだよね」
 また博士の周りで話し合う。彼の頭の上や横や後ろで。めいめいの口で話していた。
「今はそれしかないね」
「それじゃあ」
「さて、問題は誰かじゃ」
 博士は腕を組んで述べた。
「誰が天使なのかな。そういえば」
「そういえば?」
「何かあるの?」
「一人心当たりがあった」
 その白髭に隠れた顎に左手を当てながらの言葉だった。
「一人な。彼か」
「彼!?」
「彼っていうと?」
「まさかとは思うが」
 一応可能性はまずないとしながら言葉を続ける。
「ここに出入りしている学生でな。一人おる」
「博士の生徒?」
「まあそんなところじゃ」
 影の一人に対して答えた。
「一人な。おるぞ」
「博士の生徒だったら変な人だろうね」
「僕達人のこと言えないけれど」
 何故かここでは影達は己のことも言うのだった。その姿は黒くてよくわかりはしないがそれでも彼等がどうやら異形の存在であることはわかるものがあった。
「とにかくその生徒さんの名前は?」
「団十郎とか藤十郎っていうの?」
「残念だが歌舞伎役者の名前ではない」
 博士は冗談には冗談で返した。
「といっても落語家でもないからな。米朝とかのう」
「誰もそんなこと言ってないし」
「博士、今のは冗談としては失格だよ」
「ううむ、面白くなかったか」
「うん、全然」
「もっと努力が必要だよ、そっちは」
 影達から駄目出しされた。しかしそれでも博士はめげずに話を続けるのだった。どうやらこういったことはいつもらしく慣れたものであった。
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