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第三話 日々その十三
 この日もであった。夕食を終えた彼は家の庭に出てフェシングの剣を振ったり突いたりしている。持っているのはサーベル、あの細い剣ではなくそれだった。彼はそれを選んでフェシングをしているのだ。
 何百回も振ったり突いたりしている。未久は家の窓のところからそんな兄を見て声をかけてきた。
「頑張ってるね」
「そう見えるか」
「見えないわけないじゃない」 
 こう兄に述べた。もう空は漆黒になっており空には白銀の満月が輝いている。牧村はその月明かりを浴びつつ剣を振っているのだ。
「朝はランニングに筋トレに」
「ああ」
「夜はそれでしょ。大学のフェシング部に入ったのよね」
「そうだ」
 剣を振りながら妹に答える。やはり神経はそちらに向けている。
「だからだ」
「またどうしてフェシングをはじめたの?」
 今度はこのことを兄に尋ねてきた。
「急にだけれど。どうしたのよ」
「やらなければならないからだ」
 振ったり突いたりの動作を足捌きと共にしているうちに汗が出て来ていた。ほとぼしるその汗を拭いもせずただひたすら剣を操っている。
「今はな。これを」
「フェシングを?」
「そうだ」
 妹に答える。
「それが理由だ」
「何かよくわからない理由ね」
 兄の言葉の意味が全くわからず首を横に傾げる。
「やらなければいけないなんて」
「どちらにしろ身体を鍛えておいて損は無い筈だ」
「まあ確かにね」
 この言葉には素直に頷くことができた。
「それはその通りよ」
「だからだ。今はこれをやる」
「八条大学っていえば剣道部や柔道部が有名だけれど」
 実際にそちらでは全国的に名前を知られている。ただ単に大きいだけの大学ではないのだ。
「フェシングって有名だったかしら」
「有名かどうかはどうでもいい」 
 妹に対しても返事は素っ気無い。
「だが。今は」
「それをやるのね」
「これでないと駄目だ」
 目は必死だった。
「フェシングでないとな」
「しかもその刀じゃないと駄目なのね」
「刀ではない」
 未久の今の言葉はすぐにそうではないと教えた。
「これは剣だ」
「どう違うの?」
「日本刀みたいなのは片方に刃があるな」
 まずはこのことを教える。
「だが剣は」
「見れば両方に刃があるわね」
「そういうことだ。だから今俺が持っているのは」
「剣ね」
「これでわかったな」
「ええ。それにしてもあの細長いのは」
「スピアか」
 相変わらず剣の動作を続けながら妹に答える。
「それがどうした」
「お兄ちゃんあれは使わないのね」
 フェシングといえばスピアである。だが兄はそれを使わずサーベルを使っているのでこう尋ねたのである。何気ない問いではあるがそこにあるものは的を得ていた。
「あの。スピアね。それはないんだ」
「これでないと駄目だ」
 フェシング自体に対するものと同じ返答だった。
「この剣でないとな」
「そんなにそれが好きなの?」
「好きかどうかは別だ」
「けれどするのね」
「そういうことだ。それにしても」
「何?」
「これはこれでかなり難しいな」
 こう妹に告げるのだった。
「剣一つ扱うのもな」
「そうなの?上手くやってるじゃない」
「いや、まだまだだ」
 それでも振り続けている。
「まだ。動きが悪い」
「だから全然そうは見えないけれど」
「そう見えるか」
「動き速いし」
 また言う未久だった。
「全然悪くは見えないわよ」
「御前にはそう見えるか」
「大体お兄ちゃん元々運動神経いいじゃない」
 これは彼女もよく知っていることであった。
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