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第三話 日々その五
「誰だって大なり小なりある」
「まあそうだけれどね」
「俺も」
 彼も言った。
「俺もそうなる。やはりな」
「じゃあその義務をやり遂げる為にもね」
「基本をか」
「やっぱり基本があるだろ」
 牧村に対して問うてきた。
「それをしっかりやっていくんだ。それがいいよ」
「わかった。ではやってみる」
「そうするといいさ。さて」
「むっ!?」
「もう一杯どうだい?」
 ここで彼に勧めてきたのであった。
「よかったらさ」
「もう一杯か」
「ああ、これはサービスだよ」
 にこりと笑っている。そしてその笑みは他ならぬ彼に向けられているものであった。
「よかったらさ。どうだい?」
「ロシアンティーか」
「お望みとあらばそれにするよ」
「そうだな」
 ここまで話を聞いて考えたうえで述べる牧村であった。
「では貰いたい」
「わかったよ。ところでさ」
「今度は一体」
「うちの若奈だけれど」
 その紅茶を用意しながら話題を変えてきた。
「大学じゃどうだい?元気かい?」
「落ち込んだところは見ていない」
 その紅茶を受け取りつつ述べた言葉だった。
「そして悪い噂も聞かない」
「じゃあ安心していいってことかい」
「特に悪い噂は聞かないな」
「それはいいことだね」
 娘のこうした話を聞いて喜ばない親はいない。彼もまたその顔を綻ばせている。
「おかげで気が楽になったよ。女房にも伝えておくよ」
「そういえば今日は奥さんは」
「ちょっと勉強に行ったよ」
「勉強!?」
「だから。基礎だよ」
 またこの話になった。
「基礎を学ぶ為にちょっと出ているのさ」
「お茶のか」
「いや、お菓子だよ」
 話はこのことだった。
「お菓子のね。勉強に出ているってわけさ」
「食べ歩きか」
「ああ、そうだよ」
 牧村のその言葉にさらに笑うマスターだった。
「わかるかい、やっぱり」
「奥さんそうしたものを作るの上手いからな」
 牧村はここで今は自分がお茶だけを頼んでそうした甘いものを頼んでいないことに気付いた。実は最初から今はお茶だけにしておくつもりではあった。
「それにはこうした積み重ねがあったのか」
「何でも積み重ねだよ」
 マスターの笑顔の言葉は続く。
「修行ってやつだね」
「修行か。それを言うと何かな」
「柔道一直線や空手バカ一代になるか」
「また随分と古いな」
 そのおかわりのロシアンティーを飲みつつマスターに言葉を返す。
「俺の生まれる前の漫画だった筈だが」
「知ってるみたいだね、それでも」
「一応はな」 
 ここでまた一口飲む。
「知ってはいる。面白いそうだが」
「まあそこは人それぞれってやつでね。わしは面白いと思うよ」
「一度読んでみるか」
 そこまで聞いてぽつりと呟いた。
「そうした漫画も」
「読んでみるといいさ。とにかくだね」
「毎日修行か」
「勉強と言い替えてもいいね」
 今マスターは陶器のコップを磨いている。その磨き方もかなり手馴れたものであった。おそらくそこに至るまでに相当な年季があったことを思わせる。
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