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第十話 権天その十九
「実は淹れたことがない」
「そうなの」
「家ではコーヒーは妹が淹れる」
 これは彼女の好み故のことである。その妹の。
「あいつがいつも淹れて飲んでいる。インスタントは俺が自分で淹れているが」
「ああ、未久ちゃんってコーヒー自分で淹れてるの」
「それかお袋がな。二人共コーヒーにはこだわりがある」
「ふうん、それはまた将来有望ね」
 若奈は彼の妹の言葉を聞いてこう述べた。実は彼女と未久は互いに顔見知りであるのだ。だからここでその名前を言葉に出したのである。
「何ならアルバイトにも雇いたいわね」
「中学生をか?」
「高校生になってからよ」
 言葉はすぐに訂正された。
「それからね。それだと問題ないでしょう?」
「ああ」
「その時になったらこっちからスカウトするから」
 既に半ば決めているような言葉であった。
「こっちからね。そういうことでね」
「わかった」
 牧村の若奈のその言葉に対して頷いた。
「では伝えなくていいな」
「その時になればだから」
 また言う若奈だった。
「それでね。御願いね」
「ああ。それじゃあそれはそれでな」
「そういうこと。ところで牧村君」
「むっ!?」
 ここで話を変えてきた若奈だった。牧村もそれも目を動かした。
「何だ?」
「これから帰るのよね」
「ああ」
 最初からそのつもりだったので率直に答えた。
「そのつもりだが」
「そう。だったらね」
 若奈はそのことを聞いてさらに言ってきた。
「そのさくらんぼのタルトのことだけれど」
「それか」
「そう。そのことだけれど」
 話はそれについてであった。
「一つ気をつけて欲しいことがあるのよ」
「何かあるのか」
「さくらんぼを買う場所は駅前の百貨店が一番よ」
 こう彼に言うのである。
「駅前のね。あそこの地下で売っているさくらんぼが一番いいのよ」
「あそこのがか」
「他のもいいのが揃ってるけれどさくらんぼはとにかくね」
「あそこのものが一番なんだな」
「そうよ。だからね」
 話はありきたりで人によっては極めて下らないことである。だが喫茶店で菓子を扱っている彼女にとってはかなり真面目な話しであった。
「さくらんぼだけは。あそこでね」
「そうか。わかった」
 牧村は彼女のその話に対して真面目な顔で頷いた。
「それではな。さくらんぼはそこで買おう」
「まああそこなら食材は大体いいのが揃うわ」
 そしてこうも述べる若奈だった。
「お菓子の系統はね」
「うちのお袋はよくスーパーを利用するがな」
「八条大学の近くのあのスーパーよね」
「そう、あそこだ」
「あそこはお魚かしら」
 考える目で述べた。
「お魚は家で食べるだけだからあまりマークはしていないけれど」
「魚はあそこか」
「ええ。あそこも品がいいけれどお菓子に関しては百貨店が一番なのよ」
 その百貨店についてさらに述べるのだった。
「品の揃い方も質もね」
「質もか」
「この二つがあれば後は一つだけよ」
「腕だな」
「そういうこと」
 牧村に対して微笑んで答えてみせた。
「後はね。期待しているわよ」
「ああ、わかった」
 若奈の言葉に頷いた。そしてコーヒーとタルトを楽しんだ後で店を出てサイドカーを百貨店の駐車場に停めた。そうしてその地下に入ったのだった。
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