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第二話 天使その六
「御主等はずっといるじゃろうが」
「それもそうか」
「僕だって何百年もいるし」
「わしはまだ百年も生きてはおらんぞ」
 この言葉から博士が一応は人間であるとわかる。その外見からそれがあまり信憑性のないものに見えはするが。それでも人間なのであった。
「とりあえずはな」
「けれど二百年生きるんでしょ」
「この前そんなこと言っていたよね」
「サンジェルマン伯爵の薬が見つかればな」
 また随分と怪しいものである。
「そうしたいのじゃがな。是非な」
「そんなに生きてどうするの?」
「何か目的があるの?」
「生きておればそれだけ楽しいことがあるものじゃよ」
 またいっぱい飲む前に塩辛を箸でつまんで口の中に入れた。口の中に塩辛の独特の辛味と味覚が口の中を支配していく。それは酒と実に合うものだった。
「それだけな。同じ程度悲しいこともあるがな」
「半々ってわけだね」
「楽しいことと悲しいことが」
「左様、あるのじゃよ」
 こう影達に述べるのであった。
「実際のところな」
「それでも楽しいことはあるんだ」
「だから生きるのはいいことじゃ」
 また酒を一杯飲む。
「悲しいことを受け入れられる心があればな。それだけでな」
「僕達には無理だね」
「ねえ」
 彼等は悲しみを受け入れることをここでは嫌がった。
「あの若い兄ちゃんだって」
「天使になったじゃない」
「うむ」
 話は牧村のことに移った。その異形の天使に。
「それって人間にとってはかなり辛いことだよ」
「多分悲しみばかりになるよ」
「おそらくそうなるじゃろうな」
 博士にはもうそれがわかっているようだった。影達の話を聞きつつ静かに応えていた。目には達観を教える知的な光があった。
「楽しみは。天使である間はないじゃろ」
「じゃあ生きている意味ないじゃない」
「楽しくないんならさ」
「言ったじゃろう?楽しみと悲しみは半々じゃと」
 だが博士はまたこのことを述べるのだった。やはり達観した目で。
「じゃから。今は悲しみばかりでもじゃ」
「楽しみもあるってこと?」
「それと共に学ぶことも多々ある」
 多々あるとも言うのだった。学ぶことが。
「確かに楽しみは少ないじゃろう。じゃが見ること学ぶことは多い筈だ」
「そうなのかな」
「どうかな」
 影達にはわからない話のようだった。姿はよくわかあないがそれでも首を傾げているのはその声からおおよそのことが察せられるものであった。
「人間をな。見るじゃろう」
「人間を?」
「そう、人間をじゃ」
 影達に述べるのであった。
「見ていくじゃろうな。それから何を学ぶかは彼次第じゃが」
「何か全然意味がわからないよ」
「人間じゃない、彼」
 影達はまた首を傾げる声を出したのであった。どうしても今の博士の言葉がわからないのであった。
「それでどうしてまた」
「人間をだなんて」
「そのうちわかるものじゃ」
 だが博士はここでは答えなかったのであった。
「そのうちな。それもまた」
「やっぱりねえ。わからないよ」
「博士、もうお酒回ってるの?」
「回ってることは回っておる」
 自分でも飲んでいることは認める。
「しかしわしは幾ら酔っても大丈夫じゃ」
「だから余計におかしいと思ってるんだけれど」
「そこんところ本当に大丈夫なの?」
「じゃから。安心せい」
 声は笑っていた。
「この程度ではのう。さあ、もう一杯じゃ」
「はいよ」
 早速また一杯注がれる。それもまたすぐに消えてしまった。
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