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日陰者の暮らし 作者:阪上克利

担当者会議、デイサービスの場合

担当者会議、デイサービスの場合
1、
デイサービスの一日は非常に多忙である。
朝は8時30分ごろには利用者をお迎えに行かなければならない。そして9時30分ごろにはその日の利用者全員がデイルームにそろってバイタルチェック。
バイタルチェックとは体調不良がないかどうか調べることで看護師が主に体温と血圧を測ることだ。
そのバイタルチェックで異常なしと看護師が判断した利用者から入浴になる。
入浴介助は職員にとっては戦争だ。
とにかくデイサービスには1日30人近くの利用者がやってくる。
単純計算で一人、10分入浴している計算でも全員入れるのに300分かかるのだ。
300分。
つまり5時間である。
ただ5時間もかけてられないのが現状なのでおそらく一人10分も入浴できていないだろう。
入浴を楽しみにしている男性利用者たちからは、これに対してけっこうな不満が上がっている。しかし男性は基本的に社会の何たるかを知っている人たちの方が多いから、こちらの努力も認めてくれているのか、不満は言うものの、クレームにまで発展することはなく、『強いて言えば・・・。』程度で済ませてくれている。
一度、オレは上司にかけあって入浴を午前、午後に分けてみたらどうか・・・と提案してみたことがある。
しかしそれをするためには、入浴介助とレクリエーションを同時に行わなければならないわけだから、人件費がかかるので無理だと言われた。確かに少ない介護単価でそこまで手厚くはできないというのはこの業界の現状なのかもしれない。
オレはもう少しこの介護保険法という法律が良くなりさえすれば利用者たちの『生きがい』もかなり増えるだろうになあといつも思う。
それに入浴に関しては『午前中から風呂なんか入ってられない。』という不満もあがってくる。
たしかに自分らに置き換えて考えてみると通常は入浴は夜である。
早くても夕方だ。
だから午前中に入浴というのがピンとこないというのはよく分かるし、もっともな言い分なのである。本来ならデイに来たら好きな時間に入浴し、各自、自分の好きなことをしながらくつろぎながら時間を過ごす。そして一日の中で30分ぐらいはみんなで体操をする。
それがデイに求められている理想なのではないかな・・・とオレは思う。
というのは・・・オレ自身、そういうデイなら行ってもいいかな、と思うからである。
さて、午前中の入浴が終わったら、昼食。
昼食も食べない利用者もいるし、食べても食べてないと騒ぐ利用者もたまにいる。
そして入浴が終わったら勝手に帰ろうとする利用者もいるので、実はこの時間は気が抜けないのだ。
昼休みのために職員が半分に減るこの時間は一番気を使う時間なのである。
食べない利用者には少しでも食べてもらえるように声をかけ、促しかけをする。
顔色や表情を見て、いつもと違う感じなら看護師と相談して、ホントに調子が悪いなら、家族に連絡して病院に連れて行ってもらうのだ。
こんなことはめったにないが、心のどこかで『ない』と決めつけてしまうと利用者から発せられる異常のサインを見逃してしまうから油断は大敵だ。
そして食事が終わると休憩をはさんで、今度は軽い体操と、レクリエーション。
このレクが最大の山場で、基本的に盛り上がることはない。
てゆうかオレもそうだし、職員も盛り上がると思ってやってないところがある。
というのは趣味というのは人それぞれだし、それにデイで行われるレクリエーションは少し幼稚なものが多すぎるのだ。かといって大人の趣味をするならそれなりにお金がかかる。
だから『リハビリ』と称して身体を使うレクを選択してしまうのだ。
定番なのは『風船バレー』
いっそのこと身体を動かすならマシンでも導入して、個々にトレーニングさせてみてはどうだろうか・・・と思う。風船を使ってバレーボールをするなんて、最近では子供でも夢中にはならないだろう。
そう思うからレクに関しては近所のボランティアに来てもらって合唱をしてもらったり、暑中見舞いやカレンダーを作るような作業を盛り込んでみたり、あの手この手でマンネリにならないように工夫しているのだ。
盛り上がらないレクをなんとかかんとか終わらせると、おやつを食べて、少し休憩した後、帰宅。
デイサービスの一日とはざっとこんな感じだ。
もちろん仕事はこれで終わりではない。
送迎から帰ってきたら、体調などに不安のあった利用者に関しては、ケアマネに報告する。
それからデイルームの掃除。
それが終わると通所介護計画の見直しや、レクの企画会議など・・・。
仕事が完全に終わるのは19時過ぎになることが多い。
忙しい日はもう少し遅くなることがあるが、大抵は19時~20時ぐらいには仕事は終わるのが現状だ。

辺見初子さんが体調を崩したのは入浴介助を行っている午前中のことだった。
そもそも調子が悪く、朝、施設についてバイタルを測った時点であまりいい数字ではなかったので入浴は中止にしたのだ。
本当は家に帰したかったのだが、家族に連絡しても連絡がつかなかったので家には帰せなかった。
看護師が主治医に連絡し、指示を仰いだところ安静にして様子をみてほしいと言われたので、ベッドに寝ていてもらったのだ。
『そりゃ、一晩中、尿でびしょびしょになってる状態なら調子も悪くなるわよね。てゆうか調子悪くしてくださいと言っているようなものですよ。』
看護師の砥部陽子はオレに言った。
確かにそうだ。
だが、その件に関しては夜間と朝にヘルパーを導入するか、家族がなんとかするしかない。
しかし家族がそのどちらも選択してくれない以上どうにもならない。
ネグレスト・・・と言う言葉も頭に浮かぶが、家族には一応世話を見る意志はあるようだし、あからさまにほったらかしにしている・・・というわけでもない。ネグレスト、というのは言い過ぎにしても、この件に関してはなんらかの決断をしなければならないのは確かである。
朝の送迎の際に着替えさせてからここに連れてきているのはあくまで特別扱いなのである。
その辺のことは家族と一緒に話し合わなければならない。
『トイレに行きたいです。』
無表情で初子さんは言った。
『トイレですね。じゃあ車いすに座りましょう。』
砥部はほかの職員を呼んで車いすを持ってこさせて、初子さんをベッドから車いすに座らせた。
異常が起きたのはそのときだった。

2、
救急外来で家族が来るのを待つのはなにも珍しいことではない。
通常のデイサービスではこういうことはしないのだが、うちはできるかぎりやるようにしている。
家族にすぐに連絡がとれる場合ばかりではないし、家族がいない人もいる。
そんな場合、ケアマネージャーに付き添いを頼むのだが、ケアマネージャーだっていきなり言われてすぐに来れるわけではないから、誰かがくるまではこちらで責任をもって病院に付き添うのだ。
古橋さんは送迎があるので、こういう場合は看護師のあたしが付き添うことにしている。
あたしは送迎には行かないのでそういう意味では時間に余裕があるのだ。
うちのデイは幸いなことに看護師に余裕がある。
あたしともう一人、越田綾子という若い看護師がいるので、こういう場合は越田に任せることにしている。
彼女は普段は若さゆえの落ち着きのなさがあるが、仕事となると顔つきが変わる。
あたしはそういう彼女を実は買っているのだ。
彼女がいるからこういうこともできる。
もし、うちのデイに看護師があたししかいなかったら、こんなことは到底できなかっただろう。
辺見初子さんが調子をおかしくしたのは本人がトイレに行きたいと言ったのでベッドから車いすに乗せ換えた瞬間だった。
あたしは持病の神経痛と歳のせいであまり力仕事ができなくなってきているから、申し訳ないとは思いつつも、移乗やトイレ介助に関してはできるかぎり若い職員にやってもらうことにしている。
初子さんは若い職員に任せて、あたしはほかの利用者の様子を見ていた。
『砥部さん!!』
悲鳴に似た声に振り返ると、車いすに座ってぐったりしている初子さんの姿が目に入った。
一瞬、なにがなんだかよく分からない、というのが正直な感想だったが、そんなことは言ってられないので、あたしは大きな声で初子さんに声をかけた。
『辺見さん!!大丈夫ですか!!!』
初子さんの目はうつろで返事らしき反応はあるものの意識は混濁しているようだった。
『古橋くんを呼んできて!』
あたしは責任者の古橋くんを呼んだ。
肩書き的にはあたしと古橋くんがデイの責任者という形になっている。
しかし、大事な決断をしなければならないときは極力、一人で決めるのではなく彼と相談してから決断するようにしている。
古橋くんは入浴介助をしていたが、すぐにやってきた。
『家族に連絡すると同時に救急車を呼びますね。砥部さんは先生に状況を連絡してもらえますか?』
彼の判断は適格だった。
あたしはすぐに主治医に電話した。
古橋くんは他の職員に家族に連絡させつつも、自分は救急車を呼んでいた。
『すぐに救急車で総合病院へ搬送して。』
初子さんの状況を報告して、救急車を呼んだことを言う前に、主治医の先生はあたしにそう言った。
簡単に状況報告するとあたしは電話を切った。
『家族には連絡がとれた??』
『だめです。電話にでません。』
『何やってるのよ!!あの息子は!!』
あたしはついイラついて怒鳴ってしまった。
初子さんの息子の康彦がいないのは、電話した職員のせいではない。
『古橋くん、あたしは救急車のあとついていくから、あとお願いね。』
『すみませんがよろしくお願いします。』
あたしは施設の軽自動車の鍵をとった。
救急車がやってきて初子さんを搬送するまでにたいして時間はかからなかった。

救急外来というのは非常に時間がかかる場所で、前の待合室で待たされる時間は、まともに待てば半日以上はかかる。
あたしの知り合いのケアマネージャーなどは夕方に救急外来に利用者を連れて行って、なんだかんだで夜中の3時まで待たされたらしい。
さすがに救急搬送されたのは昼間だから、そこまでの時間はかからないだろうけど、それでもなんで救急搬送されたのかの原因が分かるまで次の処置ができないから時間はかかるのだ。
担当の看護師にここ数日のバイタルと既往歴、飲んでいる薬を報告すると、処置室にいる初子さんをただただ待合室で待つだけの退屈な時間が流れる。
一体、いつになったら息子はやってくるのだろう・・・。

3、
結局、康彦と連絡がとれたのは、その数時間後だった。
すぐに病院に行ってもらい、病院にいる砥部と交代した。
何をしていたか、どこにいたか・・・詰め寄りたいところだがそれは我々には関係のないことだからつっこまない。まあ、どうせ2階で何かしていて、電話に気づかなかったというのが妥当なところだろう。
『朝は起きれませんか?』
夕方、オレは辺見さんのお宅に電話した時、少し語気を強めて言った。
初子さんは検査入院になったらしい。
本来はこんなことを聞くのはケアマネージャーの仕事で、もしかしたら越権行為に近いのかもしれないが、今回のことは我々デイサービスの仕事にかかわるところだ。
言いにくいからと言ってケアマネージャーだけに任せるわけには行かない。
『はあ・・・。』
『起きれませんかね?!』
『はあ・・・起きれます。』
『じゃあ今日はどうしてあんな感じだったんでしょうか?』
『今日は寝坊しちゃって・・・。』
あえて誰も言い出せないことだったのだが、オレはつっこむことにした。
『寝坊しただけではあんなにびしょびしょにはならないと思うんですよ。一晩ぐらいはパットは持ちますからね。夜はオムツ交換できないですか?』
『やってますよ。』
『やってたらあんなびしょびしょにはなりませんよ。失礼を承知の上で言いますけどね。こちらもプロですから、分かるんですよ。』
『忘れることだってありますよ。』
オレはいつもこの康彦と話すと自分がおかしいのではないかと錯覚してしまう。
ここまで堂々とおかしな話をされると誰だって感覚がおかしくなるだろう。
大体、忘れることがあるって・・・1回やそこら忘れているような濡れ方ではないのだ。
そこまで口に出して言うつもりはないが、康彦は前日の午後にヘルパーが来てオムツ交換をしてから、何もしていないのだろう。
そう考えるとぞっとする。
不潔にしていると尿路感染など、多くの疾病を引き起こす。
医療に素人であってもそのくらいのことは分かるだろう。
『毎週、忘れるもんですかね?』
オレは言ってやった。
少し沈黙があった。
沈黙の向こうに康彦の苛立ちを感じる。
苛立たれても困る。
こちらは職務上、言わなければならない警告を発しているだけだ。
言わなければこちらも同罪なのだから・・・。
『そんな忘れてないですよ。ちゃんとやってます。』
『なら良いんですが・・・。退院なさってからも、ちゃんとやってくださいね。』
オレはため息をつきながら受話器を置いた。
どうせ言ってもあの息子は何もやらないだろう。
オレは夕方の誰もいなくなった事務所の中で一人、机に置いてあるFAX書類をチェックした。
見ると担当者会議の開催のお知らせが来ていた。
『辺見さんの担当者会議か・・・。』
オレは思わずつぶやいてしまった。
そして電話の受話器を取った。
ケアマネージャーの佐藤さんに今日の報告と担当者会議には出席したい旨を伝えるためだ電話するためだ。
担当者会議では言いたいことがたくさんある。
これは言いたいことを紙に書いてまとめた方がいいかな・・・とオレは電話の呼び出し音を聴きながら一人思った。


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