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8・葛藤
 東昇が柚子と入れ違いに喫茶店に入ってきた。
 昇はマンションからいなくなったアリアを捜しにきたのだろう。だが、店内を見回しても、アリアに気づかずそのまま出て行ってしまった。アリアはすぐに昇を追いかけて後ろから肩をトンと叩いた。
「どうやら解決したようだよ、探偵さん」
 うかない顔をしてアリアが言った。
「へ? ひょっとして、おまえ……」
「多分、何日か後には手帳は返ってくるよ。あー疲れた、これから先のこと考えると。これで私に大きな借りができたからね」
 女性の姿のため、理解するのに時間がかかったのか昇は目を白黒させている。
 アリアは憂さ晴らしをしたい気分になり、悪戯っぽく昇の腕に手を絡めて昇に寄りかかってみた。
「こら、手をはなせよ。い、いったいどういうことだ。ちゃんと説明しろよ」
 昇はあからさまに対応に困っていた。
「こうやって歩いたら恋人同士みたい?」
「からかうな! て、手帳はどうなったんだ」
「……ちゃんと戻ってくる。刑事さんにもそう言っておいて」
 昇に真顔で怒鳴られて面白くなくなり、アリアは腕を離して黙って上目遣いに昇の顔をじっと見つめた。  
 本当に刑事さんとよく似ている、その困った表情も。話しをしないでいると刑事さんがいるように錯覚してしまう。
「お前って、女装の時いつもそうなのか?」
 昇は視線をそらした。
「何が?」
「いや、その、兄貴の前でもこんな態度なのか? これ以上兄貴を混乱させるな。あいつは不器用でくそ真面目だからな……そうじっと見るなよ」
「どういうこと?」
「もういい、なんだか俺も混乱してきた」
 昇は額に手を当てて前髪をかき上げた。
「お前、泥棒なんかやめろ」
 アリアの両肩を掴むと、昇は突然真顔でそう切り出した。
「えっ?」
「今ならまだやり直せる、悪い奴とは縁を切れ。俺が力になるから」
「ヒロからは……離れられない」
 昇は本気で言っている、アリアはそう感じて真面目に答えた。
「どうしてだ、犯罪に引きこむような奴とは関わるな」
 昇は真剣な眼差しでアリアを真っ直ぐ見つめて直球で言葉をぶつけてきた。
 この人は今まできっと隠しごとや曲がったことをしたことがないのだろう。アリアは昇が眩しく思えて俯いた。
「……本当の兄ではないけれど、ヒロは大事な人だから」
「大事ってどういう意味で? もしかして愛している? ヒロは本当に彼氏なのか? このままでは君はだめになる」
「変な探偵さん」
 アリアは少し面食らったような困惑した顔をして、昇の顔を見上げた。
 だからといって今の状況を変えることはできないのだ。雪の街でヒロに守られて生きてきた。その過去は消せない。
 アリアはそれを十分わかっていた。
「もう帰る」
「おい、待てよ」
 昇が後を追ってきたが、アリアは逃げるようにタクシーに乗ってその場を去った。
 昇の澄んだ瞳に、心の中まで見通されそうでアリアは怖くなったのだった。