ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
6・少女の手がかり
 翌朝早く、マンションのインターホンの音でアリアは飛び起きた。
「おい、起きろよ! うちの近くで兄貴の車が見つかった」
 東昇はドアが開くのを待ちきれず、大声でどなりながらドアをどんどんと叩いている。
「待って、今あけるから静かにして。近所迷惑だよ、こんな朝早くに」
 アリアは昨夜、あのままヒロと飲みに連れて行かれて午前様だったのだ。眠い目をこすりながら急いでインターホンにたどり着くと、不機嫌に応答した。
「早く開けろ」
 ドアを開けるまで大声を出していそうな勢いの昇に、アリアは慌てて寝間着を脱ぎ捨て、白いワイシャツとパンツに着替え、サングラスをかけてドアを開けた。
「もう八時過ぎだぞ、まだ寝ていたのか」
 十無がため息をついた。
「まだ早朝です」
「昨日のタクシーの男はここに居るのか?」
 二人は強引に部屋に上がり込むと、中をきょろきょろと見回した。
「今はいないよ。そんなことより何かあったの?」
 ソファに座ってアリアはあくびをした。
 十無が「今は?」と呟いてアリアのほうをちらりと見たが、アリアは聞き流した。
「車の中にこれがあった」
 昇が茶封筒をアリアに手渡して、向かい合わせにソファに腰を下ろした。
 中を見ると、写真が一枚とワープロ打ちされた紙が一枚入っており、写真は何かのパーティ会場で写されたと思われるものだった。
 人の影になっているが、問題の少女がこちらを向いて小さく写っていた。髪をアップにしてまとめ、青いワンピースを着ている。
「少し大人びて見えるけれど、私が会ったのはこの娘だ」
 十無から財布をすった少女と、アリアが会った少女はやはり同じだった。
『彼女は柚子ゆずと名乗っていたわ。歳は十六歳。素性は不明。私の大事なダイヤを取り返してね。ヒロに宜しく』
 アリアは同封されていたメモを読むと、「情報ってこれだけ?」と、苦笑した。
 メモには念を押すようにヒロに宜しくとあり、アリアは簡単に断れないなと思った。
「多分、昨日の女は『ディー』と名乗っている窃盗犯だ」
 十無はそう言いながらアリアの横に座った。その目は何も見過ごさないぞと言う感じで、じっとアリアの態度を観察しているようだった。
「ヒロというのはお前とつるんでいる奴だな。Dとヒロも『仕事』仲間だろう?」 
 十無の態度は、詰問する刑事だった。
「知らないよ」とアリアは顔を背けた。
 東十無は刑事なのだ。
 今更ながら、アリアは犯罪者という立場を思い知らされたのだった。
「この女もかなり色々と犯罪に手を染めているようだな。怪盗気取りで宝飾品や、現金窃盗を繰り返しているようだ。だが、残念ながら今のところ証拠はない」
アリアはソファの背もたれに寄りかかって腕を組み、黙ったままじっと聞いていた。
「そんな奴らとは縁を切って、足を洗え」
 唐突に、昇は真面目な顔をして横から口を挟んだ。その口振りはまるで非行に走る少年を諭す補導員のようだった。
 アリアは意外な言葉を聞いてきょとんとした。泥棒の常習犯に向かって言う台詞とは思えない。この探偵はいったい何を考えているのか。十無も口をぽかんと開けていたが、一呼吸置いてから、
「昇、こいつは根っからの泥棒だ」
 と言って苦笑した。
「だけど兄貴、こいつは悪いやつにそそのかされているのかも――」
「アリアの肩を持たなくてもいい」
 食い下がる昇に十無は釘を刺した。
「だけど――」
「結局、目ぼしい手がかりはない。今はその娘が現れるのを待つしかないということだ」
 十無が強引に話題を戻したが、昇はそれ以上そのことには触れなかった。
悪の道にたぶらかされている可哀想な少年にでも見えたのか、それとも、よほど世話好きなのか、アリアにはわからなかったが、心配してくれたのだと思うと、昇がとても良い奴に思えたのだった。
 アリアの胸の奥がほっと温まった。
「この娘に本当に心当たりが無いのか?」
 裏腹に、十無の冷たい尋問は続く。
「しつこいなあ、嘘はいっていないよ」
 アリアはわざと馴れ馴れしく話した。そうしないと、本当に泥棒と刑事でしかないことを思い知らされてしまうから。
「本当か? がっちり張り込ませてもらうからな」
 昇は刑事気取りで茶化すように言った。冷たい足り調べの場が、和んだ。アリアも肩をすくめておどけて言った。
「あ〜あ、息が詰まりそう」
「何も手掛かりらしきものなはない。また振り出しだ」
 そんなアリアの気持ちに全く気づく様子もなく、十無はそう言ってため息をついた。昇もわざとらしく同じようにため息をついた。
 昇のおかげで張り詰めた空気から解放されたアリアは、調子に乗って、
「おなか空いちゃった、まだ朝食べてないし」
 と、意味ありげに二人を見た。
「俺達もまだ食べていないけれど」
 十無は嫌な予感がしたのか、顔をしかめている。
「そう、丁度良かった。食パンがあるからトーストして、あと目玉焼きと紅茶でいいよ」
 アリアはにっこり笑ってそう言った。
「いいよって、作れということか」
「材料は提供するから。それに一食分食費が浮く。お金ないんでしょ?」
 双子は顔を見合わせ、食費が浮くと言う言葉に納得したのか、嫌だとも言わずにキッチンヘ行って用意を始めた。
「しかし、なんにもないな。冷蔵庫にお茶と卵しかないぞ」
 昇が呆れている。
「バターもあるよ。調味料はおいてあったと思うけれど」
「ああ、情けなくなってきた。何でこんなところでこんなことを」
 十無は目玉焼きを作りながら、またため息をついた。
「どうせずっといるし、こっちは窮屈な思いをしているんだからそのくらいいいでしょ」
 アリアはこの状況を楽しんでいた。
 程なく朝食はできあがり、昇がテーブルに運んできた。
「いただきます。ん? 紅茶はポットでちゃんと蒸らした? 薄いよ」
 アリアはパンをかじりながら紅茶を飲み、意地悪く言った。
「作ってもらって文句いうなよ」
 昇が言葉を返した。
「はいはい。でも久しぶりだな、朝まともに食べるの。やっぱり誰かが作ったものって美味しいね」
「作ったっていうほどのものじゃない」
 褒め言葉に調子が狂い、昇は少し照れたように頭をかいた。
「どういう生活しているんだ、……ヒロという奴が泊まることはないのか」
 十無はヒロについて聞きづらそうに、ぼそりと言った。
「最近はない。だから一人だと面倒になる」
 アリアは笑顔で十無の質問をさらりと受け流した。
 十無は「最近はないか……」と呟き、パンをかじった。
 昇はアリアに対する十無の言動に苦笑していたが、アリアはそんな二人の素振りには気がつかずに朝食らしい朝食にありつけて上機嫌だった。