5・タクシーの男
暫くすると、遠くに車のライトが近づいてきて黒塗りのタクシーが三人の前に停まった。
後部ドアが開いて運転手が前を向いたまま「どうぞ」と、素っ気なく言った。
アリアは助手席に座り、十無と昇は後部座席に座った。
ラジオからは静かなクラッシック曲がながれている。時計は七時を過ぎていた。
「おなかすいちゃった。そうだ、何か美味しいものでも食べさせてよ」
「なにい、どうしておまえに奢らなきゃならない?」
悪びれずに言ったアリアに昇が言い返した。
「いいでしょ、付きまとわれて不自由な思いを強いられているし」
「それはいつもと変わらないだろう?」
「でも、誰かさんは一文無しだったね」
と十無の方をちらりと見てから、アリアが意地悪く言った。さっきからずっと黙っている十無をちょっとからかいたくなったのだ。
その時、運転手がかすかに笑ったのを、十無は見逃さなかった。
「運転手さん、こいつの知り合い?」
運転手は無言で首を横に振ったが、十無にはその男が不審に思えたのだろう、注意深く観察しはじめたのだった。
アリアはまずいと思ったが、どうすることもできずにハラハラしながら、ただ黙って成り行きを見守っていた。
伊達眼鏡をかけて運転帽を目深にかぶり、顔はよくわからないようにしていた。車内にある運転手の名前表示には『中原洋』となっているが、それは偽名だった。
車内にある顔写真も、帽子をかぶり、眼鏡のため口元しかよくわからず、整った顔立ちで、これといった特徴がない風貌になっている。
それは、ヒロだった。
十無は昇に目配せをした。二人は運転手に何か胡散臭いものを感じ取ったようだった。
「運転手さん、無口だな。失礼だけど歳はいくつ?」
唐突に昇が話しかける。
「また、そうやって何でも知りたがる。職業病だね」
仲間のヒロだということがばれてしまうという最悪の状況をなんとか回避したいと思って、アリアは横から口を挟んだ。
そんなアリアの気持ちを知ってか知らずか、運転手は余裕の笑顔を見せ、初めて口を開いた。
「っていうと刑事さんですか?」
「ああ、そうだ。どこかで会ったような気がするな」
そうはったりをかけて、十無はじっと運転手の横顔を見た。
「知り合いに刑事さんはいないですよ」
運転手がふふっと笑った。
気がつくと辺りは見慣れた住宅街で、もう双子達が住んでいるアパートの側まで来ていることがわかると、アリアはほっとした。
「着きましたよ、どうぞ」
「ああ、どうも」
時間切れとなり、双子はそれ以上のことを質問できずじまいになった。聞き足りなさそうにしながら双子が車を降りると、すぐにタクシーのドアが閉まった。
「おい、待てよ? そういえば行き先を言わなかったのにどうしてアパートに?」
十無がはっとして言った。
「じゃ、またね」
助手席の窓が開いてアリアが手を振った。運転手も二人のほうを向いてウインクをした。
「あんまりアリアを引っ張り回すな。俺と会う時間が減る。じゃあな」
「おまえ、あの女が言っていたヒロという奴か! おい、待て!」
十無は険しい顔をして、昇と共にタクシーに駆け寄ってきたが、車はするりと二人をかわして難なくすり抜けたのだった。
「あの刑事たちと何かあったのか?」
勘の良いヒロは何かを感じ取ったのか、前を向いたままアリアに問いただした。
「え?」
「気をつけろよ」
「何を?」
「いや、分からなければいいんだ」
含みを持った言い方をされてすっきりしなかったが、面倒なことにならなくて良かったと、アリアはほっとしてヒロの言葉を聞き流した。
タクシーは加速し、そのまま夜の街に消えた。