4・ 同業者の女
そこは大きな重々しい鉄門がある洋館だった。
郊外にある住宅街。といっても、周囲にはかなり離れてぽつんぽつんと家があるだけだった。
車は門の横に停めた。
「二人とも車で待っていて」
「仕方がないな」
アリアは車を降りて門の前に立つが、自動で開くような気配は無く、手をかけてガタガタと揺さぶってみた。
「うわ、びくともしないよこの門」
「そりゃおまえの細腕じゃ無理だよ」
「探偵さん、待つように言ったのに」
「だって開かないんだろう」
アリアと昇が言い合っていると、門がすうっと開いた。
「ということは、もう探偵さんのことも知られているね」
アリアは小さくため息をついた。
こうなったら用心しても意味がない。アリアは堂々と中に入っていった。車で待っていた十無も少し離れて茂みに隠れながら二人に続いた。
「おい大丈夫か」
昇も恐る恐るついてきた。
「別にとって食われりゃしないでしょ」
多分、ヒロの知り合いで危険はないだろう。そんな予想もあって、どんどん建物の側へと進んだ。
木が茂る庭の奥に、玄関の明かりだけが明るく灯っている。その近くで突然ライトがついて眩しい光で目がくらんだ。
ライトをこちらに向けているようだが、近づいても逆光で顔はわからない。長身で長い髪、コートをはおっている女だということは分かった。
スリの少女とは明らかに別人だった。
「撒けなかったのね。隠れている刑事も出てきなさい。もう分かっているのよ」
すごすごと樹の陰から十無が出てきた。
「連絡があった時、この二人がすぐ横にいたのでどうしようもなくて」
「仕方ないわね。……アリアちゃんのことはヒロからよく聞いているわ」
「やっぱりヒロの知り合い?」
「おまえら仲間か!」
双子は声を揃えていった。
「違う、初めて会った人だよ」
アリアは慌てて否定した。
「ヒロという奴は何者だ? アリアの仲間か?」
「あなた達には関係ないでしょ。刑事が一緒じゃあね……用件だけ伝えるわ」
「それはヒロに関係あること?」
「いいえ、あなたに関係があるの。ある娘が多分あなたのところへ現れるわ。その娘は私のダイヤを持って行方をくらましたの。で、アリアちゃんにお願いしたいの。何とかそれを取り返して」
「仲間割れか。それに持ち逃げされたってわけだ」
昇が横から口を挟む。
「もう! 外野がうるさいわね」
「ちょっと待って、私のところへ何のために?」
「なぜあなたに近づこうとしているのかは分からないわ。そう言っていたのよ、気をつけてね」
「気をつける?」
「何を考えているのかわからない、危険な娘よ」
「でも、取り返すといっても……警察に盗難届でも出したら?」
ヒロの知り合いであれば、まっとうな生活をしているわけがないとは思ったが、アリアはわざと訊いてみた。
「おもしろいことを言うのね。ふふ、そんなことをしたら私が手錠をかけられてしまうわ」
案の定、女が楽しそうにくすくすと笑って言った。
「盗品なのか。やっぱりおまえと同業者じゃないか」
十無はアリアを見ながら言った。
「そういう言い方はやめてよ」
「もしかしてその娘は、俺達が探している奴と同一人物か?」
十無は女ににじり寄った。
「ただアリアちゃんをつけていた訳じゃなさそうね」
「ある娘に警察手帳と財布をすられて」
アリアが答えた。
「余計なことを言うな!」
「あらあ、それは災難ね。それで刑事さんが血眼になって……」
女は小馬鹿にしたようにくすっと笑った。
「あの娘なら面白がってやりそうなことね」
「お前が手引きしたのか?」
そう言いながら、昇も少しずつ女のほうへ近づいた。
「残念ながら私は関係ないわ。じゃアリアちゃんお願いね、これ以上長居はできないの、後日情報を渡すわ」
そう言ったかと思うと、十無と昇が掴みかかろうとしたところを女は難なく交わして走り、するりと塀を飛び越えて姿を消した。
「待て!」
そう言って二人が塀に駆け寄った時には、車のエンジン音がして走り去ったあとだった。
三人がぽかんとしていると、突然、門が開き黒塗りの外車が入ってきた。
「誰だ! こそ泥か! おい、捕まえろ! 警察につきだしてやる」
後部座席の太り気味の男が怒鳴りちらし、体格のいい運転手に命令している。
洋館の主が帰宅したのだ。
洋館はあの女が勝手に利用していただけで、関係のない建物だったのだ。
「私たちは警察……」
十無が言い終わらないうちにアリアが腕を引っ張りながら門へ走り、昇もそれに続いた。
「刑事さん、今は警察手帳持ってないじゃない! 逃げるが勝ちだよ」
門を抜け、三人は男の怒鳴り声が聞こえない所まで暫く走った。
「ふう、ひどい目にあった、あっ……まずい、車を置いてきた」
十無は息を弾ませながら言った。
「でも車はなかったぞ」と昇。
「あの女の人が乗っていったのかな」
くたびれてしゃがみこみながら、アリアが言った。
「俺の車、まだ新車だぞ!」
十無は泣きそうな声を出してうなだれた。
「歩いて帰るには遠すぎるし……仕方ない、タクシーを呼ぼうか」
アリアが携帯電話でタクシーを呼んだ。
空は星も見えない暗闇。周囲には家がなく、雑木林が広がっていた。街灯が点々と続き緩やかに蛇行している道が照らされている。
「静かだな」
「ああ」
「これからどうしようか」
「どうするかな」
双子は路肩の脇のガードレールに寄りかかり、気の抜けたような短いやりとりをした。アリアもその側にたたずんだ。
「遅いな、ほんとにこんな所へタクシーが来るのか?」
昇はコートに両手を突っ込みじっとしている。幾分冷え込んできて、吐く息も白くなってきた。
「少し時間がかかるかも。ちょっと遠いから」
アリアは腕時計を見ながらそう言った後、会話がとぎれてしばし沈黙があった。
アリアは視線を感じて顔を上げた。昇がじっとこちらを凝視している。
変に興味をもたれてしまったようだ。部屋でもみ合った時、何か感づかれたのか。
女だとわかってしまったのか。
アリアは居心地が悪く感じ、「なに?」と昇に声をかけた。
「夜なのにグラサンはずせ」
「やだよ」
「おまえって男だよな」
「何か問題でも?」
やはり、女に見えてしまうのか。それとも、刑事さんから何か聞いたのか。
「いや、そうじゃなくて、うーん」
昇は十無の方をチラリと見て、何と言っていいか言葉が見つからないようで黙ってしまった。
そんな昇を見てアリアはなんとなくからかいたくなり、「女性の方がいい?」と、意味ありげに笑ってみた。
「えっ?」
その言葉に十無が動揺した。
刑事さんが驚かなくてもいいのに。予想外の反応に、アリアは少し動揺した。
「そういえば初めて会った時、こいつ女装していたと言っていたが、その時何かあったのか?」
「何もない」
昇の質問に十無はそっけなく答えた。
「それならいいけど、女と間違えて惚れたなんていうなよ」
昇が冗談めかして苦笑しながら言った。
「そんなことあるわけないだろ!」
十無が語彙を荒げて強く否定した。
「冗談だ、そんなにむきになるな。でも、まさか兄貴……」
十無の意外な反応に、昇が目を見開いて動揺している。
十無にとって思い出したくないほど、嫌な出来事だったのか。アリアにとっては楽しい時間だったのだが。
「……だいぶ冷え込んできたね」
アリアはそれ以上、十無を怒らせたくなくて話をそらした。
寒い。じっとしているのが辛い。
アリアが腕を組んでその場に屈むと、十無がアリアの前にすっと屈み込み、自分が使っているマフラーを首にかけてくれた。
「いいよ、刑事さんも寒いのは同じでしょ」
アリアは戸惑い、マフラーを返そうとしたが十無はぎこちなくその手をつかんで、「いいから使え」と、硬い表情でぶっきらぼうに言った。
「ありがとう」
十無の態度は優しいのか冷たいのかアリアには計りかねた。やはり、初めて会った時にかなり印象を悪くしたのだろうか。女性の姿なんかで会わなければ良かった、そんな風にも思った。
「冷静沈着な兄貴が……本気なのか」
二人に聞こえないくらい小声で、昇が不安そうに独り言を呟いた。