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3・協力
 このままではヒロに会いにいけない。「あれ」がもし刑事の手に渡ったらまずい。なんとかその娘から取り返さないと。
 アリアはどさりとソファに座り、窓の側に立っている昇を一瞥してため息を漏らした。
 結局またマンションの部屋に逆戻りし、おまけに厄介なお荷物つきになってしまった。
 ちょっとからかって刑事の動きに探りを入れようと思ったのだが、失敗してしまった。
「ここにその娘が来る可能性が高い。俺は外で張っているから、昇は中から様子をうかがえ」
そう言って十無は車に残ったのだった。
「なんだか兄貴の態度が不自然なんだよな」
 窓辺に寄りかかり、外の様子を伺いながら昇は呟いた。
「何か言った?」
 アリアが声をかけると、昇はアリアの様子を観察するようにじっと見つめた。
「……おまえさ、兄貴と何があったんだ? 話しの間中、兄貴はずっとお前と顔を合わさないようにしていただろう?」
 昇の言うように、アリアと十無には以前色々なことがあったのは事実だった。
 しかし、それは人に言うような話しではないし言うつもりもなかった。
「……話したら刑事さんが怒るからやめておく」
「ちぇっ」
 同じ顔をしているのに態度は正反対かもなどと思いながら、アリアは昇の顔をなにげなく眺めた。
「なんだよ、人の顔をじろじろと」
 昇の顔が赤くなった。
「ほんとに似ているなと思って、でもちょっと違う」
「違ったら悪いか」
「悪くはないけれど――」
 悪くはないけれど、十無と一緒にいるように錯覚してしまう。でも、話しをすると違う人だ、なんてことは口に出せない。
 アリアは歯切れが悪く、口まででかかった言葉をそのまま飲み込んだ。
「……兄貴がここへ残るほうが良かったのか?」
 昇は深い意味もなく思ったことをそのまま言っているようだったが、アリアには何もかも見通されているように感じられた。
「十無なんかいつも仏頂面で冷たいし」
 アリアは悪態をついた。
「随分兄貴と親しいな」
 アリアの思惑とは裏腹に昇はそう言って苦笑した。
「そんなことないけれど」
 今、自分はどんな顔をしていただろうか。アリアは慌てて俯いた。
「……ねえ、本当にここに来るかなあ? あの女子高生は、またねって言っていただけなのに」
 アリアは無理やり話しをそらした。
「でもここしか手がかりはない」
 昇はあっさりとその話題から離れてくれたのだが、何気なく室内を見回し始めた。
 十畳ほどの居間には繊毯もなく、ソファとテーブルがおいてある他に家具はない。テレビは床にそのままおいてあり、居間に続くキッチンは小さな冷蔵庫がぽつんとあるだけで、生活感がない空間だった。
 他にも数箇所、アジトにしているアパートがあるため、ここには必要最低限のものしか置いていなかった。
「何にもない部屋だな、いったいどういう生活をしているんだ」
「じろじろ詮索しない、私も被害者」
「わかってるよ」
「うろうろしないで、座ってじっとしていてよ」
 まずいものは置いていないが詮索されるのはあまり気持ちのいいものではない。
 アリアは昇に釘を指してから、ちらりと腕時計を見た。
 もうすぐ十三時。待ち合わせ時間だ。ヒロは怒るに違いない。せめて連絡だけでもしておかないと。
 アリアは焦っていた。
 ソファから立ち上がったアリアは、奥の部屋に行ってヒロに連絡を取るために携帯電話を取り出した。が、昇がドアをそっと開けているのに気づいて再び携帯をポケットに戻した。
「そういうことをするなら、外で張りこみしてよ。別にここにいる必要はないでしょ」
 昇を見据えてアリアが文句を言った。
「ごめん、ごめん。悪かった、もうしないから」
 まったく、油断も隙もない。
 アリアは随分軽い感じの奴だなと思い、信用ならないという印象をもった。
 ヒロへの連絡は諦める他なさそうだ。
 アリアは居間に戻って深々とソファに身を沈めた。
 二人は暫し無言でいたが、アリアが思いついたように口を開いた。
「……十無って生活費が全くなくなったんだよね?」
「ああ、そうだな。何だ唐突に」
「ちょっと待ってて」
 アリアは部屋の奥へ引っ込み、厚みのある茶封筒を持ってきて昇にぽんと手渡した。
「……これ貸してあげる。足りるかな?」
 それは百万円が入っている茶封筒だった。昇は中を確認して目を丸くした。
 十無のことを考えていたら、生活費がなくて困っているのではとアリアはふと心配になったのだった。
「兄貴に? なぜお前がそこまでする必要がある? これはお前が盗んだものなのか」
「違う、これはヒロのお金」
「ヒロ?」
「いや、ちょっと」
 アリアは口ごもった。
「どうせそいつもお前と同じスリ仲間だろ」
「私からだと、刑事さんは受け取らないと思うから」
「俺だって受け取れないよ、こんな大金。お前、どういう金銭感覚をしているんだ。俺が兄貴の分くらい何とかする」
「大口叩いて大丈夫? 二人とも確か貯金はほとんどなかったよね。アパートの家賃はあてがあるの? 多いのなら、五十万くらいにする?」
 昇は一瞬、手を出そうとしたが「う……だ、大丈夫だ」とすぐに引っ込めた。
 僅かのプライドが思いとどまらせたようだ。
「ところでなぜ俺達の貯金残高まで知っている?」
「そんな細かいこと気にしない気にしない」
 アリアは笑ってごまかした。
 のろのろと時間は過ぎた。その間、ヒロからお怒りの連絡がこないだろうかとアリアは冷や冷やしていた。
 まだ四時過ぎだというのに街は夕闇に沈み、部屋の中も薄暗くなってきた。
 アリアはただじっと時間が過ぎていくのを窮屈な空間で過ごすのが苦痛になってきた。
 東昇が居座り何もできない歯がゆさ。
 昇とはたいした会話もせず、息が詰まる沈黙が続いていた。アリアは窓際に立って紅茶を飲みながら、どんよりとした暗い空を眺めた。
 十無は少し前に呼び出しがかかって署に出向いていった。昇は座っているのに飽きたのか、部屋の中を落ち着きなくうろうろしていた。
「あの女子高生の心当たりはあるのか?」
 昇が長い沈黙を破って口を開いた。
「あの時始めて会っただけ。今日はもう暗くなってきたし、探偵さんも帰ったら? それともそんなに暇なの?」
「暇なわけがないだろ、兄貴の為だ」
「ふうん、随分お兄さん思いだね」
 アリアは少し苛々した口調になっていた。つい腕時計をちらちらと見てしまう。ヒロはだいぶ待っているだろう。ここを抜け出す良い方法はないだろうかとまた思案し始めた。
「何か用事があるのか? なんだか時間を気にしているようだな」
「え? ちょっとね。実はデートの約束が」
「彼女がいるのか?」
 昇が驚いた声を出した。
「どんな相手だよ、いったい?」
 昇は好奇心丸出しの顔をしている。
「そんなこと探偵さんには関係ないでしょう」
「なあ、おまえ未成年なのか? というかちっちゃいし線が細いし。そのサングラスはいつもしているのか? とってみろ」
 昇は強引にサングラスに手をかけようと、ちょっとしたもみ合いになった。
「やめろ」
 かわそうとしたアリアの腕を掴むと、昇は急に赤面してその手を直ぐに離した。
「おい、おまえって本当に女……」
 嫌な間を破るように、タイミング良く携帯電話が鳴り響き、アリアはポケットに手を入れた。
「もしもし、……ちょっと待って、あなたはいったい、あ、きれちゃった」
「誰だよ、なんだって?」
 昇はじっと聞き耳を立てていた。
「聞き覚えの無い女の声だった。ある娘のことで頼みたいことがあるから一人でここへ来いって」
 そう言いながら、アリアは住所を走り書きしたメモを見せた。
「あの娘に関係ありそうか? 知らない女がお前の携帯電話の番号を知っている?」
「さあ……あの女子高生とは関係ないかも」
 電話番号を知っているのはただ一人、ヒロしかいない。ヒロと仕事をした女からだろうか?
「どっちにしても俺も同行する」
「でも、一人でって」
「大丈夫、隠れるから」
 昇はアリアの反対を軽くあしらい、半ば強引についてきた。おまけに昇は十無にも連絡を入れた為、結局三人で行くことになった。
 車中、アリアの携帯が再び鳴った。アリアは慌てて携帯にでると、声のト―ンを落として話した。
「あ、ごめん、急用ができて。今はちょっと立て込んでいてまずいよ。例の刑事といるから」
 ヒロだった。刑事と聞いてヒロが電話の向こうで驚きの声を上げたため、どうやら十無と昇にもその声が聞こえてしまったようだ。双子がじっと興味津々に聞き耳を立てている。
「大丈夫、後で電話するから」
 アリアは二人を気にしながら、早々に電話を切った。
「男の声だったな。おまえの素性を知っているようだったし、同業者か」
 電話を切ったとたん、十無はアリアを質問攻めにした。
「そういう口調で話しをしないほうがいいよ、友達なくすから」
「お前に言われたくない」
 十無が不満げに口を尖らせた。
「そんなに誰だか気になる? 特別に教えてあげようか。……実はカ・レ・シ」
 一呼吸おいて、隣に座っている十無の顔をじっと見ながら真顔でそう言うと、十無は一瞬、えっ? という顔をして真っ赤になり固まってしまった。
 アリアは予想通りのリアクションをした十無がおかしくて、けらけらと笑った。
「面白いねえ刑事さん、素直なんだもん。笑いすぎて涙が出てきた」
 アリアにからかわれて、十無はむっとしている。昇も運転しながらこらえきれずにクックッと笑っている。
「何だよ、昇まで」
 十無はますます不機嫌に口を尖らせた。そうこうしているうちに指定された場所へ着いたのだった。


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