姫様とにんじんとそれからと・・・
この話は『姫様とオムライス』のその後の話となっています。
そちらを読んでいただいてからの方が楽しく読んでいただけると思います。
『誠君へ。つまらない生活に飽きたので現実逃避の旅に出ます。困った時は特別にブタさんの貯金箱を割ることを許してあ・げ・る。来月には帰ろうと思っているわよ。そうそう、お家のお掃除お願いね。貴方を愛するママより』
丸っこい文字が書かれた手紙を丸めてゴミ箱に投げ入れた。つい数日前にようやく帰ってきたのにまた旅に出て行った育児放棄の両親。まあ、我が家ではそれが普通であり変わった話ではないのだが。
俺は冷蔵庫を開けてカップラーメンを取り出して夕食の準備を始めることにした。母親は時々冷蔵庫にカップラーメンなどを入れる癖がある。生麺生麺と歌いながら冷蔵庫に入れる母は本当にカップラーメンの意味を分かっているのか怪しい所だ。それに、わさびのチューブに並んで歯磨き粉が混ざっているのも母の感覚を疑いたくなるものだ。わさび。からし・イチゴ味と並んでいると違和感はないが、間違ったらどうしてくれるんだと思う。まあ、旅に行っている間に片付ければいいだけの話しなのだが。
それにしても味気ない食事になったものだ。つい先月まではある女性が週に2,3度は食事を作りに来てくれていた。だが、ここ最近はまったく来なくなってしまった。元々気まぐれで自分勝手な子だったからいずれかは来なくなると思っていたが、いざこなくなると寂しいものだ。
まあ、この家に彼女が来なくなったと言うことは彼と上手くいっている証拠なのだろう。そのあたりは心から祝福してやるべきことだ。
「ピンポーン」
生麺のカップラーメンを半分ほど食べ終えた頃、鳥肌が立つような音が家の中に響いた。元々来客の少ないこの家に来る客と言ったら俺頭の中にはあの女性が真っ先に浮かんだのだ。
彼女に埋め込まれた教育だろうか呼び鈴が聞こえてすぐに玄関へと駆けつけた。
「はい、今開けます」
彼女かなと思って期待したものの、そこにいたのは宅配のお兄さんだ。
「星川宅急便です。サインお願いします」
がっくりと肩を落としながらも伝票にサインをして受取人と差出人を見た。
受取人は俺だろう正確には『庶民の子』と書かれている。それで差出人は……姫様。差出人側は名前だけで住所は書かれていなかった。それに、内容が書かれている欄には『おいしいもの』とだけ書かれている。気軽に受け取りのサインをしたものの彼女は一体何を送りつけてきたのか不安になってきた。
「では、こちらですね」
すると、ガタガタと台車に乗せられた大きな箱が玄関先に運ばれてきた。大きさとしては中に洗濯機が入っていても驚かないぐらいの大きさで、その大きさで家の玄関を埋め尽くした。
洗濯機か冷蔵庫辺りが入っていそうな箱だが『クール便』というステッカーが貼られている。
中身は生ものなのだろうか。彼女のことだ数週間分の食事を送りつけてきてもおかしくはないだろう。
とりあえず、今度彼女が来た時のお礼をどうするか考えておくことにしよう。彼女はそのあたりの礼儀にはかなりうるさい人だからな。
そんな彼女から送られてきた大荷物を家の中に運び込もうと持ち上げようとした。だが、箱の大きさと同じでかなりの重さがあり少し浮きあげるのがやっとと言った所で引き摺りながらの移動しかできそうなさそうだ。
「生ものでこの重さ。なに送りつけてきたんだあの人は。冷凍のマグロだったりして」
生ものだからそのままにして置くわけにもいかず、何重にもかけられた紐を解き箱を開けて中を確認してみることにした。
中身は一面のオレンジ色。細長く硬そうなニンジンが隙間なくびっしりと埋め尽くされている。どのニンジンも真っ直ぐで色鮮やかで不味そうではなかったので文句は言えない。だが、この巨大な箱の中身が全てニンジンだとしたら嫌がらせと言わせてもらいたい。
「ほかに何か入っていないのかよ。手紙とかさ……」
ニンジンを掻き分けてほかに何かないか探していると、白くて長いものを見つけた。初めは大根かと思ったが大根より細くて何より毛が生えている。不気味だがそれを突いてみたが反応はない。さらに、握ってみた。フサフサで肌触りのいいその白いものは暖かく生き物のかのようだ。
俺は未知との遭遇を期待しながらそれを思いっきり引き抜いた。
すると、ニンジンを掻き分けて現れたのは女の子だ。緑色で短い髪に赤い瞳、それだけでも日本人ではない。さらに、彼女が着ている服はなぜか巫女服だ。それも、その巫女服はこの肌寒い季節に袖がないもので腕は露出している。
そこまでで十分普通じゃないのに俺の握っているのは彼女の耳。おそらく兎の耳だろう。俗に言うウサミミのコスプレかと思ったが、しっかりと頭から生えている。
「はうう、はうぅ」
耳を引っ張られニンジン地獄から引っこ抜かれたうさ巫女は涙目で俺を見つめながらはうはう言って鳴いている。これがウサギの鳴き声なのだろうか。
「ご、ごめんなさいです。もう、姫様に逆らうようなことは言わないのです」
ああ、姫様がらみの子ねなるほど。
「俺に謝られても困るからさ。とりあえず……」
「へ?」
俺はそのうさ巫女をそっとニンジンの詰まった段ボール箱へと戻しふたを閉めた。
「ちょ、ちょっと待ってください。あ、開けてください。お願いします。もう、寒くてガタゴトは嫌なのです。これ以上冷やされたらアイスキャンディーになっちゃうんです」
悲惨な女の子の声がする箱のふたを少しだけ開けてみた。すると、うさ巫女は俺の顔を涙を流しながら見つめてきた。
「ちなみに、何味のアイスになるんだ?」
「ええっと……に、ニンジン?」
「そう、それは美味しそうだな」
彼女に優しい笑みを見せてふたを閉めた。さらに、引き摺りながらだが玄関から運び廊下の隅へと移動して紐で再び縛ってその上に手近にあった電話帳を数冊乗せた。
「さてと、飯の続きにするか」
俺はガタガタ揺れながらはうはうと鳴き声をあげる箱を廊下に置き去りにして夕食に戻ることにした。
「ピンポーン」
夕食を食べ終えて、馬鹿騒ぎしているテレビ番組を見ながら一時間ほど経ったころだ。お客が来た。時計を見ると、22時丁度だ。正直世間知らずな客だなと思いながら出向くことにした。
「ピンポーン」
再び急かすように呼び鈴を鳴らされたのと同時に玄関の鍵を開けてお客の姿を確認することができた。
「どちら様ですか」
「夜分遅く失礼します」
ぴったり60度の角度まで頭を下げていたのは女の子だ。顔を上げた彼女は俺のほうを見上げるように見てきた。背は小さいがどこか大人びた顔。薄い青色の長い髪の毛と赤い瞳を持った子で魅力的な何かを持っていた。
だが、この子はなぜかフサフサのウサギの耳と巫女服、それも肌寒いこの季節に袖がない巫女服だ。この子の感覚と羞恥心を覗いて見たいものだ。
「五十嵐誠さんですね」
「そうだが、新聞の勧誘と自然の香りがする野菜の宅配なら帰ってもらえないか」
「いえ、そのような怪しいものではありません」
俺の目からしたら彼女はすでに十分怪しいんだが。自分のことを一般人だと思っている彼女は袴に手をいれ何か探しているかのようにゴソゴソと探っている。そして、出されたのは白い封筒だ。
「姫様からのお手紙です。用件はそこに書かれています」
渡された姫様からの手紙の封筒には何も書かれてなかった。無造作に封筒を破って中から一枚の便箋を出して読んでみた。
『拝啓。庶民の子、その子を飼え。敬具』
文字少な。便箋の真中一行で書かれたそれはエコとか無駄遣いとか知らない人の手紙だ。俺の母親よりは達筆な字で手紙らしいが挨拶の文字がなく用件しか書かれていなくて物寂しい感じがする。
「と言うことなので、これからお世話になります」
再び頭を深く下げた彼女を俺が面倒見ることになったようだ。まあ、あの身勝手で自分中心の姫様なら考えられないことでもないのだがな。
「とりあえず、詳しい話も聞きたいし上がりなよ」
姫様の知り合いでも悪い子じゃなさそうなので俺は家に上げて話を聞くことにした。
青い髪のうさ巫女は、リビングのソファーの上で正座をしている。緊張しているのか背筋を真っ直ぐにしたまま部屋中をキョロキョロと首を動かして観察している。
「粗茶だが、どうぞ」
うさ巫女の前にお茶を出すと、小さく頭を下げた彼女は音を立てて俺の入れたお茶をすすった。だが、すぐに嫌そうな顔を見せた。
「本当に不味いですね。排水溝の臭いがします」
彼女は湯飲みを置くと軽く咳をして床に正座をして三つ指を着いた。
「いつ終るか分かりませんが、姫様がお帰りになるまでお世話になります」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
改まってお願いされた俺もつられて頭を下げていた。よく考えず許可してしまったが良かったのだろうか。まず両親の許可は要らないだろう。こんな可愛い子なら父はすぐにOKを出すだろうし、母だって娘ができたと騒いで嬉しがるだろう。
…………特に問題はないのか?まあ、あったらあったでその時考えるか。それに、困っている子は助けなければならないよな。
「で、姫様とはどんな関係なんだ」
あの人は大統領とゲートボール仲間だと聞いても驚きはしないが、こんなウサギの耳を生やした子とはどんな関係かと興味があった。
「私は姫様のペットですが」
「ペット……でも君って女の子だよな」
「ええ、雌のうさぎですがなにか。だからと言ってよからぬ考えは起こさないでください。汚らわしい庶民の子が相手などダンゴ虫を夫にする方がよっぽどマシです」
俺、怒っていいのかな。この子殴ってもいいのかな。世の中には言っていい事と言いたくても言ってはいけないことがあることを教えるべきなのかな。
「でも、どうして姫様のペットを俺が預かることになったんだ」
「姫様が夏彦様と喧嘩をしてしまい、姫様が家出をしてしまったのです。放浪の旅に出た姫様にとって私はお荷物になるのでこちらでお世話になるよう言われたのです。姫様に迷惑をかけるぐらいなら豚小屋でも我慢して生きていけます」
旅行中ペットを預けるような感覚で彼女を押し付けられたようだ。それもいつまで預かればいいか分からない。まったく、自分勝手な姫様だ。
「預かるのは分かったけど、俺は具体的に何をすればいいんだ」
そもそも俺は彼女を人間として見ればいいのかうさぎとして見ればいいのかすら分からない。
まあ、人間の女の子としてみるならとても可愛い子だ。少し恋心が芽生えてもおかしくないだろう。でも、うさぎをそんな目で見ている俺は特別な施設に閉じ込められてもいいような気分になってくる。
「何もしてくださらなくても結構です。むしろ何もしないでください。その汚い手を近づけてこなければ私はそれだけで満足です。欲を言うならその臭い息を1000年ほど止めていてもらえますか。うさぎにとってストレスは死活問題なのです」
さっきからちょくちょく聞こえる毒舌に引っかかっていたが、姫様のペットなら当然かとも思っていた。
それにしてもあの姫様が飼っていたにしては育ちが悪いきがする。言葉遣いは確かに丁寧なのだが、状況に応じて話してよいことを見極めることを学ばせるべきだ。
「で、でもよ。食事とかはどうするんだ」
この家の家計の財布を預かっているのはこの俺だ。うさぎの食費にいくら掛かるかは知らないが、普通に暮らしていても豚さんの貯金箱を割らなければならないほど厳しくなるかもしれない。
「そのあたりはお構いなく。庶民の子に貧相な食事を分けてもらわなくても問題はありません。私の荷物が届いていませんか」
そういわれて俺の頭の中をオレンジの集団が横切って行った。なんと言う準備の良さだろう。俺が彼女を家に置くことを前提としていたようだ。それに、彼女を家に置くことを断ったとしてもあの姫様なら聞く耳を持たず無理にでも飼えというかもしれない。
「それなら、廊下にあるけど。一応確認のために中を見せてもらったよ」
「別にかまいませんよ。庶民の子に知られても何とも思いませんから」
そう毒づくとうさ巫女はリビングを出て行った。俺も彼女の後ろについてリビングを出た。その時の俺の頭の中には何か忘れていて引っかかる何かがあった。
「そうそう、これです」
青い髪のうさ巫女は俺が縛った紐を苦戦しながらも解いていた。そして、彼女が箱を開けると緑色の物体が飛び出てきた。
「お姉さま。会いたかったよ」
そう叫びながら飛び出てきた緑色の髪のうさ巫女を簡単に避けた青い髪のうさ巫女は床につぶれてはうはう泣いている妹に冷たい目を向けていた。
「私は貴方を妹だと認めたことはありません」
「そ、そんなあ。姫様にもお姉さまにも見捨てられたらあたしは誰を頼ればいいの」
「知りません。馬鹿なうさぎは月で餅でもついていればいいんです」
「はうう、そんなぁ」
姉にすがりつく緑髪の妹。なんだか可哀想に見えてきた。ニンジン詰めの箱に押し込められて寒いトラックで運ばれてきて姉には拒まれている。な、なんて幸の薄い子なんだろう。
「ところでさ、二人は姉妹で間違いないんだよね」
そう俺が聞くと妹の方はすぐに頷いたもの姉の方はすぐに首を横に振った。
「いいえ、これは非常時の資金源ですけど」
青い髪の姉にそう言われて驚きを通り過ぎて涙を流す緑髪の妹。非常事態のときはこの子は売られてしまうのだろうか。
「この国には姫様のお友達がいるとか。ええっと、この住所にこの子を送れば沢山お金をくれる人がいると言われているのですが」
姉に見せられたメモにはこの国で最も有名なある人物のいるであろう住所が書かれていた。本当に姫様と知り合いだったようだ。
「って、そんなことしたら駄目だからな」
「そうですか。なら、こんな役立たずの馬鹿なうさぎは外に追い出すことにしましょう」
姉は妹の耳を掴むと引き摺りながら玄関へと足を進めていた。
「い、いや、許してくださいお姉さま。もう、あんなことはしませんから」
あんなこととはどんなことなのだろう。
「私はそんなことで怒っているのではないのです」
一度優しい声に戻った姉に妹は希望の眼差しに戻っていた。そして、姉は妹と同じ目線にまでしゃがんで頭を撫でた。
「お、お姉さま……」
徐々に明るくなる妹の表情に優しい笑みを見せていた姉は、いきなり真顔に戻った。
「私は、貴方の存在自体に嫌気がさしているのです」
そして姉はまた妹を外へ追い出そうと引き摺りはじめた。
「そ、そんなあ。あたしもこの家に置いて欲しいのです」
「それは、庶民の子に迷惑です。それよりなにより、そんな恥辱私が耐えられません」
はうはう騒ぎながら引き摺られる妹。あの子は姉と違って姫様にまったく似ていないようだ。
「ああ、もう、二人ともこの家で暮らせばいいから喧嘩しないこと。守れないなら二人とも出て行ってもらうよ…………はあ、疲れる。とにかく、ええっと、何て呼べばいいのかな」
二人に出会ってからかなりの時間が経ったが、まだ名前すら聞いていなかった。
すると、姉がむくれた顔をして握っていた妹の耳を離してそっぽを向いたまま自己紹介してくれた。
「私はうさ子。できれば私のことは呼ばないでくれると嬉しいです。庶民の子に名前を呼ばれるだけで背筋がゾクゾクするし吐き気もしますから」
姉にようやく耳を放してもらった妹は頭を撫でてから立ち上がり元気よく手を上げて自己紹介をした。
「あたしはね、ぴょん子っていうの。よろしくね誠兄。誠兄はあたしのこと、ぴょんちゃんって呼んでいいよ」
青い髪の毒舌な姉がうさ子、緑の髪で泣き虫な妹がぴょん子。
「あのさ、もしかしてその名前って姫様が付けたのか」
「そうだよ。えへへ、可愛い名前でしょ」
ぴょん子がはじめて笑った。その表情は自慢げで相当気に入っている名前のようだ。
そんなぴょん子には悪いが、姫様……センスがないなあ。うさぎだから、うさ子とぴょこん子か。もう少し女の子らしいセンスを持とうよ姫様。
「まあ、部屋は余っているし別にいいか。これからよろしくな。うさ子とぴょこん子」
うさ子はそっぽを向いてしまったがぴょん子は明るい返事をしてくれた。
一人暮らしには慣れていたけど、一人より三人のほうが楽しい生活ができそうだ。
「そうでした。最後に夏彦様からの伝言がありました」
二人をつれてリビングに戻ろうとした時、うさ子が思い出したかのように立ち止まり振り返った。
「フラグが沢山立ったからって慌てずに着々と、同時攻略など考えず一途に貫いてこそ男だ。だそうです。意味はよく分かりませんが」
俺は夏彦からの伝言に苦笑いをしながら今後起こると思ういろんな非日常を楽しみにしなが二人を暖かく預かることを再度決意していた。