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決着

3/5に掲載して一時削除していたものの再掲載です。変更点はありません。

 剣を構え、方針を定めた鉄兵は、さてこの騒動に相応しい幕引きの方法はどんなものだろうか思考をめぐらせた。


 勝つか、負けるか、引き分けるか。


 先ほど悩んだこの選択肢。今となっては悩んだ事すら馬鹿らしいが、シロが望む結末を鉄兵なりに考慮した結果として出した結論は、ぶっちゃけどうでもいいというものであった。


 鉄兵の考えが正しければ、正味なところシロの目的はすでに達成されている。ゆえにシロはもう流れに任せているだけであり、決定権は鉄兵に委ねられていると言っていいであろう。無論、だからといってこの戦いがここで終るわけは無く、勝敗の決定は必須事項である。シロが手加減する事など無いだろうし、力は上でも自分はシロに勝てないかもしれない。


 だが、鉄兵が考えるところ、ここで重要なのは勝敗ではない。言ってしまえば、これはシロによって仕掛けられた、いわばデモンストレーションなのだろう。原因も分からず手に入れた力を振るうのは趣味ではないのだが、シロが望むというなら期待に応えるしかないだろう。ここでなにが一番重要なのかといえば、それは自分の実力を見せ付ける事である。そしてそうするには何が一番良いのかといえば。それは決まっているだろう。有無を言わせぬ圧勝である。よって、鉄兵はこの勝負に本気で勝ちに行く事にした。


「アリスごめん。少し暴れさせてもらうよ」


「構わぬ。見学させてもらうとしよう。だが、後片付けはしてもらうからな」


 目は向けず、言葉だけで一応はアリスの許可を取る。許可が出なくても構わずやるつもりであったが、その答えは案外あっさりとしたものであった。それにしても後片付けとは緊張感の無い台詞である……一応その事も頭に入れておく事にするが。


 それも考慮に入れて作戦を組み立てた鉄兵は、それが可能かどうか体内に宿る精霊に聞いてみた。その答えは『可』である。


 答えを聞いた鉄兵は、靴底を通して解析魔法を発動させた。自重しない解析魔法は城を丸々解析し、全ての構造データを丸裸にする。とはいえ、さすがにそんなデータは覚えきれないので記憶の方は体内の精霊に丸投げしたが。


 さらに鉄兵は広範囲に知覚を広げる魔法を展開した。中庭はいうに及ばず、城全体にわたって生体反応の位置情報が頭に流れ込む。これにて準備は完了である。後は戦うのみだ。


 準備が整った鉄兵は、おもむろに剣の構えを解き、剣をくるりと逆手に持ち直して地面に突き刺した。構えといて今更手放すのはちょっと格好が悪いが、本気で戦うというのなら、生半可な剣術など無駄でしかない。


「シロ、ちゃんと避けろよ」


 まずは小手調べである。鉄兵は右手を胸の前辺りに構えると、人差し指のみ突き出した。その指の先にポッと仄かな光が宿る。


 シロの後ろに生体反応が無い事を確認し、鉄兵は構えた右手を素早くシロへと向けて振り払った。無論、シロと鉄兵の間には少なからぬ間合いが開いており、鉄兵の手はシロまで届かない。だが、当然何も起こらぬわけはなく、鉄兵が腕を振るったその瞬間、人差し指の光は輝きを増し、指向性を持った光線が射出されてシロに向けて襲い掛かった。


 高出力のレーザーが大地を削り、爆風を起こす。


 文字通り光速で迫る光の刃を、しかしシロはひらりとかわした。鉄兵の攻撃は一撃で終わる事はなく続いたが、鉄兵の指の動きからその軌道を見切ってか、シロはその全てをひらりひらりとかわしきり、光の刃を食らったのはシロの後ろにあった城壁のみであった。


 シロが光線をかわす度に城壁はスパスパと切りかれていく。やがて城壁がその姿を保てなくなり崩壊したその瞬間、雷のように鳴り響くその崩落の音に紛れるようにシロは受けから攻めへと転換した。


 シロと鉄兵の間合いはおよそ10m。その間合いをシロは野生の豹の如き踏み込みで一気に飛び縮めた。


 シロの鉄傘が顔面に迫る。渾身の力を込めたシロの一撃。いかなる生物でも破壊するであろうその一撃を、しかし鉄兵は瞬きさえせず迎え入れた。


 それを見ていた騎士達は、直後に訪れるであろう惨劇を思い浮かべ息を飲んだ。が、直後が過ぎ、その結末を見た騎士達は違う意味での嗚咽を漏らした。


 シロの最強の一撃対鉄兵の頭部という勝負。その結末は鉄兵の完勝に終わったのだ。


 シロの鉄傘が曲がって折れて弾け飛び、無残な姿で宙を舞う。獲物を失ったシロは眉をしかめて距離を取ったが、そんなシロに向け、鉄兵はゆるりと左の掌を向けた。


 鉄兵が掌を突き出したのを見ると、危険を察知したシロはすぐさま横に飛んで緊急回避を行った。シロの直感は正しく、シロがいた空間には赤いものが現れたかと思うと、不意に炎が広がって爆発を引き起こした。


 緊急回避で転げ回ったシロは間髪いれずに体勢を立て直し、即座に中庭を疾走し始めた。走るシロに照準を合わせ、鉄兵の左腕が動く。


 疾走するシロの後ろを追尾するように爆発が引き起こる。並の人間なら爆風だけで致命傷を被いかねない爆心地を、しかしシロは大したダメージも無い様子で走り抜ける。


 爆発が起こる度に大地がえぐれ、練習用の鎧案山子が砕け散る。爆発の威力こそ低いものの、まるで空爆のような攻撃を行った結果、そこに出来上がったものは、シロの姿を覆い隠すほどの広大な砂埃だった。


 シロの姿を見失った鉄兵は爆発の魔法を打ち止め、新たな魔法を行使した。途端に強い風が吹き、砂埃を吹き払う。が、強風が砂埃を完全に払うまでも無く、鉄兵はシロの姿を見つける事が出来た。すぐ近くで。


 砂埃で出来上がった煙幕を、シロは無駄にする事無く利用してこちらに近づいていたのだ。鉄兵がシロを発見した時、もはやそこは一息で近接できるシロの間合いの中で、気がついた時にはシロの平手が鉄兵に迫っていた。


 もはやシロの攻撃を受ける事はほぼ確定していたが、鉄兵は少しも焦らなかった。そもそもがこれはデモンストレーションなので、自分の能力を見せ付けるためにも全ての攻撃を弾く気でいたのである。


 だが、シロを相手にして、それは流石に余裕の見せすぎだったといえよう。


 平らにした掌を水平に突き出した徒手によるシロの攻撃を、鉄兵は貫き手による攻撃だと判断した。仮にシロの貫き手が鉄傘以上の強度があろうとも、その程度では鉄兵の物理防御を突破する事はまず不可能なのである。だから鉄兵はこの時、むしろシロの手が大丈夫かと心配してたりしたのだが、それはとんでもない勘違いであったのだ。


 真っ直ぐに鉄兵に突きたてられるかと思われたシロの手は、しかし鉄兵の予想と反して衝突の瞬間に柔らかく変化した。その手がピタリと鉄兵の肩に乗り、服を掴む。


 気がついた時には鉄兵の視界は上下逆になっていた。見る間に視界が地表に近づき、鉄兵は頭から地面に衝突した。


 物理防御魔法によりダメージはないが、方向感覚を喪失して倒れこむ。何の技かは分からないが、どうやら投げられたらしい。鉄兵はすぐさま状況を把握して立ち上がろうとしたのだが、その時にはすでに遅かった。シロの身体が蛇のように鉄兵の右腕に絡みつき、関節を逆方向に押し曲げたのだ。


「いててててて!!」


 久々に感じる激痛に鉄兵は顔をしかめて大声で喚いた。一見完璧なように見える物理防御の魔法だが、実はこれ、関節技のような技には何の効力も持たないのである。自由に身動きが取れるように一定以下の力には反応しないように設定しているため、瞬間的な強い力ではなく持続した弱い力で関節技をかけられると効力を発揮しないのだ。


「ちょ、シロ! なんで関節技なんて使えるんだよ!」


「なに、昔キヘイに習ってな」


 予想外の出来事に、緊迫感も忘れて鉄兵が叫ぶ。なんだか楽しそうに答えたシロの言葉は想定外ではあったものの、言われてみれば納得の理由であった。という事はどうやらキャリアは200年ほどのようである。となるとシロは達人級の腕前と予想される。これは少し困った事になった。


 シロが使った技は腕挫ぎ十字固めという技である。一見地味な攻撃に見えるかもしれないが、完璧に決まってしまった関節技ほど厄介なものは無い。柔よく剛を制すとはよくいったもので、例えばこの腕挫ぎ十字固めという技は、技をかけられた側が伸びきった状態から腕を曲げる力よりも、当然ながら技をかけた側の背筋力全てを使った押さえ込みの方が圧倒的に強いために、子供と大人ほどの体格差があったとしても破る事は困難な技である。強化された鉄兵の筋力はシロよりもだいぶ上回るが、残念ながらこの状態から強引に抜け出せれるほどのものではないようだ。


「降参するかい?」


 シロの降伏勧告に、鉄兵は少し考えた。実力はもう十分に見せ付けたからそれでも良いのかも知れない。良いのかもしれないが、だが、ここで負けるのは少し悔しい。


「いや、もうちょい頑張るよ!」


 鉄兵は自由な左腕を思いっきり地面に叩きつけて魔法を行使した。途端に土はその性質を変え、流砂の如き様相を見せて鉄兵の身体を沈み落とした。あわよくばアリ地獄のように砂の中に引っ張り込もうとしたのだが、残念ながら危険を察知したシロはあっという間に技を解いて危地から脱出してしまったためにその目論見は潰えてしまった。


 地中の中で考える。ここまで戦えば十分だろう。鉄兵は油断することなく、一気にこの勝負の決着をつける事にした。


 知覚魔法でシロの位置はわかっている。鉄兵は30mほど距離を置いたものの、敢えてシロの真正面に飛び出て魔法を行使した。


 鉄兵が出てきて魔法を行使したのを見ると、シロは機敏に反応して緊急離脱をしようとした。が、現れた効果に一瞬身体を硬直させる。


 鉄兵が行使した魔法。それは暗闇を作る魔法だったのだ。20m四方に展開された暗闇は、残念ながら一瞬しかその効力を発揮しなかったが、その一瞬の隙さえ得られれば効果としては十分である。


 その隙を見逃さず、鉄兵は次なる魔法を行使した。途端に地面が弾け、闇が消えたその時には地表を隔てて逆方向に、先ほどの闇と同じ規模の穴が開いていた。


 大穴に捕らわれたシロは、それでも機敏に行動し、跳躍して脱出するために足に力を入れる。だが、鉄兵はそれを許さずに新たな魔法を行使してシロの機動力を完全に奪った。


 今度の魔法は水の魔法である。一瞬で現れた水の抵抗力に力を奪われ、シロの脱出は夢と消える。


 そして、止めの魔法である。


 まるでプールのようになったその穴の水に向け、鉄兵は魔法を行使した。途端に水は液体から固体に形を変え、氷の塊に変化してシロの身体を封じ込めた。


 えげつないほどの威力と規模を誇る鉄兵の魔法に、見物をしていた騎士達は目が眩む思いであった。この場にいる誰もが、鉄兵の魔法使いとしての実力を認め、半ば恐れすら抱いた。


 だが、この場にいる誰一人として。この戦いが終ったとは思っていなかった。自分達ならその魔法の一つだけでも決着は着いただろう。だが、それはあくまで『自分達なら』なのだ。


 そう、鉄兵の相手であるシロは竜人族なのである。この程度の攻撃で終る種族ならば、この大陸の中央でのうのうと覇を唱えてなどいられないのだ。


 そして予想通り、戦いはまだ終ってはいなかった。


 氷に小さなひびが入る。最初は小さなひびだったものは見る間にその規模を拡大し、やがて氷は砕けて弾けて飛び、そこから何か巨大なものが姿を現した。


 氷を飛び散らせて飛び出してきたもの。それは無論、白竜形態のシロであった。


 さてここからが本番である。といいたいところだが、残念ながらここで勝負はほぼ終わりであった。勘の良い人なら気が付いているかもしれないが、この展開は一度経験したものなのである。


 白竜形態のシロを倒すというならば、普通に戦えば無傷で終わらせるという事は不可能であろう。だが、そんな不可能な事を可能にする魔法を鉄兵は一つだけ持っているのだ。


 白竜形態のシロが現れる事を予想していた鉄兵は、シロが飛び出すと同時に行動を起こしていた。シロが飛び出し地表に足を下ろしたその時、鉄兵はシロの目の先に着地していた。腰をかがめ、掌をシロの体表に押し当てて魔法を行使する。


 鉄兵の行使した魔法は、すぐさまその効力を現した。


 それは音も無く迅速に作用した。魔法を食らったシロの身体は見る間に縮小していき、最後に残ったものは、きょとんとした表情を見せる人間形態のシロの姿であった。


 鉄兵が使用した魔法は、魔力吸収である。


 竜人族の竜化について、鉄兵は二つほど仮説を立てていた。それは即ち急激な細胞の増加による肥大化か、リルと同じように魔力を身に纏う事による巨大化である。どうやら正解は後者であったようだが、魔力吸収を行った結果起こる現象についてはいずれにせよ変わらない。


 リルの魔力量を調整する時に得たデータだが、魔力を吸収すると痛みを感じるというものがあった。痛みを感じると言うのは痛覚に訴える何かがあると言う事であり、この世界の住人は多かれ少なかれ魔力に依存していると言う事は予想されるものであった。急激に魔力を消費したリードが眩暈を起こしていた事実を鑑みると、恐らくは肉体構成に必要な物質として取り込まれているのだろう。その線で考えると、急激に水分を失うと脱水症状を起こすように、急激に魔力を消費すると脱魔症状を引き起こすものと思われる。ゆえに、恐らくは鉄兵の魔力吸収は魔力をそれほど持たない生物であったとしても戦闘不能にまで追い込む威力があると思われた。これは前者であっても有効であったはずだから、無傷での無力化は出来ていたはずである。


 結果的に竜化についての仮説は後者が正しかったようだが、リルの時と違ってダメージを受けた様子の無いシロを見る限り、そのメカニズムはリルとは少し違うようである。竜人族自体はあまり魔力を持たない生物であるようなので、考えられるのは周囲の魔力を集めて竜化するという無意識魔法を操る種族だと言ったところであろうか。リルのような魔獣との違いは、恐らく体内に蓄えた魔力を使うか、それとも大気中の魔力を使うかなのだろう。


 白竜形態を強制的に解除されたシロは、盛り上がった気持ちを醒まされてしまったようで罰が悪そうに頬を掻く。


「お前さん、さすがにこいつは反則じゃねえか?」


 そしてしばし考えた挙句に繁々と鉄兵の顔を見て吐き出した台詞はそんなものであった。そりゃまあ誰にも破られた事が無い奥の手を、こんなにもあっけなく封じ込められてしまったのだから、そう思うのは至極当然の事だろう。そう考えると少し申し訳なくも思えたが、良く考えてみればシロから始めた事なので自業自得といえるだろう。


「いや、ごめん。でも、反則っぽいけどこれで俺の勝ちだろ? それともまだやった方が良い?」


 それでも謝りつつ形だけは挑発してみる。正直これ以上はごめんであるが、シロの狙いを考えればこれで終わりのはずである。


「流石にここまでやられちゃ負けを認めるさ。お前さんは俺よりも強い。竜人族より強い男だと、これからは胸を張って名乗ればいいさ」


「ああ、そうさせてもらうよ」


 この会話のために、二人は戦いを繰り広げたのだ。


 いつもとは少し違う優しい笑みをシロが見せる。その笑みに心底からの親身なものを感じ取って、鉄兵はなんだから少し照れてしまった。


 やり遂げた達成感と暖かい感情にはにかみながら、鉄兵はシロからの贈り物を受け取った。

2011/3/5:指摘いただいた誤字修正

「最初は小さな日々だったものは」

→「最初は小さなひびだったものは」


2012/7/17:指摘いただいた表現修正

城壁は[すぱすぱ]と切りかれていく

→城壁は[スパスパ]と切りかれていく


一瞬の硬直さえ奪えれば

→一瞬の隙さえ得られれば

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