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責任者の憂鬱・その2

 結局その日の鉄兵は起き上がれる気になれなくて、夜になるまでずっとベットの上で過ごしていた。昼間まで寝入っていた上に、さらにはベットの上でごろごろしているというのはなんだか駄目な人間の見本のような一日の過ごし方という気もしたが、事実駄目な人間だという気持ちに苛まれているのでどうしようもない。


 どうにも割り切れない、今まで感じた事が無い類の感情が心の大半を占めていて、うまく思考がまとまらない。いや、自分がどうしたいのか、状況はどうなっているのか、本当のところは理解できている。でも、理想とする結果と現実の規則と倫理が噛み合わなくて、どう考えても導き出せない答えをなんとか解こうとして頭がショートしてしまっているようだ。


 考えすぎて知恵熱でも出ているのか、身体がだるくて気分が悪い。無意識魔法の治癒能力は肉体的な不具合ならばすぐに治してくれるというのに、精神的な困憊はまるで役に立ってくれない。それでもずっと横たわりながらリルをなでていたらなんだかんだで癒されていたようで、気持ち良さそうに眠るリルの姿を見て心が和む程度には心に余裕が出てきていた。


 そうやって精神的な引き篭もりから現実に戻ってみると、外はとっくに日が暮れていたようで、部屋の中は真っ暗だった。これまた無意識魔法で暗視能力がついていたため気がつかなかったが、かなりいい時間のようだ。


 ふと無意識に時間を調べようとポケットを探って携帯を探している自分に気がつく。無論そんなものがあるわけは無い。この世界に来てから半ば意識してそんな行動はしないようにしていたのだが、ここに来てとうとう無意識にそういう行動が出てしまったのは、我ながら弱い心だが、精神的に参ってしまって里心がついているのかも知れない。


 元の世界には帰ろうと思えば帰れる。現状は、相容れない思考の違いに今更ながらに触れてみて、解決できない問題に逃避してしまいたい現実にさらされている状態だ。言わばホームシックのような感情も心の募ってきているし、このまま元の世界に帰ってしまうのも悪くは無いかもしれない。


 でも、それでも『元の世界に帰るのか?』と問われれば、やっぱりまだこの世界にいたいと思う自分がいた。それがなぜかと問われれば、中々返答に困る問いであった。


 それでも少し考えてみる。まず、アルテナ達山賊という言わば死刑囚を捕縛した自分として、あまり感じなくてもいい責任を果たすべきためであろうかと問われればそれは違うだろう。


 アルテナ達には正直なところ情が移ってしまった。真実を見極めてより良い選択と行動をすべきだろうとは先ほどからも考えていた事だが、それがこちらの世界に残る決め手にはなろうはずも無い。


 ならばシロやリードのような仲間と離れたくないという感情が原因なのかと問われれば、それは少し違うだろうとはっきりと言える。会えなくなるのは寂しいかもしれないが、だからといって死に別れるわけではない。むしろ寿命の関係から言って自分の方が先にくたばるだろう。とまあ生き死にはともかく永遠に会えないという状況は一種の死であり、死を悲しむのはもう故人と会って感情を交える事が出来ぬ自分を哀れむ故だというのはなかなか歪んだ元の世界の友人の説ではあるものの、彼らと二度と会えなくなったとしても自分はそんなに悲しまないだろう。情が薄いのではなく、こんな短い期間しか一緒に過ごしていないというのに魂にでも刻まれたかのごとく、傍にいなくても身近に感じられる気がしているからだ。


 ではアリスの姿を見れなくなるのが嫌なのかと問われれば、それは今のところきっと一番真実に近いのだろう。でも、それが決めてかといわれればやはり違う。


 近頃アリスの姿を目で追い、行き過ぎているような気もする行動を共有するたびに感じる仄かな見知らぬ心地の良い感情は、まさに自分が残念だと言われている由縁を晴らす感情なのかもしれないが、もしそうなのだとしてもそれはまだまだ淡いものであり、自分の一生を決めるようなものには育っていない。


 さてならばなぜ確固とした意思でまだこの世界にいたいのかと思うのかを自分の胸に聞いてみれば、理由は非常に単純であった。簡単に言えば、ただの知識欲である。前にも思った事ではあるが、この世界の全てが鉄兵にとって知識欲を動かされるものであった。元の世界とは物理法則が違うので、恐らくはこの世界の知識をいくら修めても無駄な知識にしかならないであろう。だが、無駄だから意味がないと興味を失うかといえばそれは別の問題なのだ。今現在、こうしてこの世界ではこの世界の法則に則って自分が見知らぬ知識と法則が動いている。自分の知らぬ事を知りたいと思う知識欲を鉄兵は抑え切れぬし抑える必要性も感じていないが故に、今自分はここでこうしてこの暗い部屋のベットの上に寝そべっているのだ。


 その基準が変わる事もあるのかもしれない。ただ、今はそれだけのことであり、それで十分な条件であった。非常に利己的な感情だが、それゆえに自分らしいなとも鉄兵は思った。


 さてさてそう考えながらもこう思う。この世界には時計は必要が無いかもしれない。でも現代人である鉄兵にはなんだかんだ言って時間という概念は重要なものなのだ。これまではこの世界に馴染もうと無意識的にそういう習慣を忘れていたが、今では少しは余裕が出てきている。ぶっちゃけた話チート的能力を手に入れたわけなのだし、時計くらいは作っても良いのではないだろうか? まあ狂いの無い物を作るのはちょっと無理かもしれないが。


 部屋の中を見回す。自分がベットに横たわる前にはシロが窓際の椅子に座っていたわけだが、自分が臥せっている間にいつのまにかシロは部屋を出て行ったようで部屋の中には誰もいなかった。


 ベットから起き上がり窓に近づく。昼間シロが座って外を眺めていた椅子に座り外を見る。外は、本当に綺麗な世界が広がっていた。元の世界とは違いこちらの世界はほとんど照明というものが存在しない。故に夜空はどちらが天か分からぬ程に砂利のような密度で星空が広がっている。ここは元の世界とは違う。でも、多分元の世界と同じようにあの星空の一つ一つは太陽であり、何万年という年月を経て今この空に煌いているのだろう。この星空と同じような夜空が元の世界でも見れたとしたら自分は何を思っただろうか。


 この世界でも月は一つであり、今日は満月であった。残念ながら月ではウサギが餅をついてはいなかったが、満月は怪しいほどに青白い光を発していて、のどかなこの村の風景をまばゆいばかりに照らしていた。遠くには一面の山の影が、近くにはまばらな木の家と野原が広がっており、その景色が妙に神秘的であり、静かに心を癒してくれている気がした。


 それは畏怖を感じるほどの静寂の世界である。でも、その畏怖ですら鉄兵にとっては心地よく、なんともいえない湧き立つような好奇心を呼び起こされるようなものであった。


 さていわばリルによるアニマルセラピーと月光浴に似たムーンセラピーを受けてほとんど完全に復活した鉄兵の胸に再び昼間から鉄兵を苛む得も知れぬ感情が蘇ってきた。


 とはいえ、心に整理がついた今の鉄兵は、その感情を冷静に対処ができるほどに脳内の処理が完了していた。


 その感情は、簡単にまとめれば以下の事に収束される。つまり、間接的にとは言え人を殺めたくないというのが結論である。


 無論、自分とは相容れ無い危険な人物を自分の手で捕まえ、死刑に処されるという話ならば鉄兵は何も感じないどころかむしろ誇らしさすら感じるだろう。だが、実際に捕えてみた山賊どもは自分の世界にすらほとんどいなかっただろうような気持ちの良い連中であったのである。


 自分が好ましいと思う人物ならば犯罪者であろうとも助けたいと思うのは、道義から言えば外れているかもしれないが、しかし個人の意見としては決して間違ってはいないと思うというのが今日一日悩みに悩んで得た答えである。無論、鉄兵はアルテナ達の所業を知らないので、死刑になるのも仕方ないような犯罪を重ねてきた人物達であるかも知れないのだが、どうしてもそうは思えなかったのだ。


 昨日は誰もが納得できる最高の形で解決したいと願い、それは叶った。


 だが、今日は誰もが納得できるだけではなく、誰もが救われる道は無いのかと探り、見つけたいと思っている。


 それが達成できる器量が自分にあるのかは分からない。


 でも、ただ手をこまねいて成り行きに任せるという道だけは完全に鉄兵の選択肢から消えている事だけは確かなことであった。

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