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責任者の憂鬱・その1

 さて鉄兵はアリスに手を握られつつじっと見つめられているわけだが、残念なイケメンである鉄兵にはこのシチュエーションは初めてのものである。ゆえに羞恥心は溢れ出てくるものの、なんとも言えぬ朦朧とした心地良い気持ちになってしまってアリスのなすがままにされていたし、それに抗うどころかこの瞬間がずっと続けば良いのに等と恥ずかしい思考が過ぎったりもしていたのだが、しかし、とある事情により我に返らざるを得なかった。


 何が鉄兵を我に返らせたのかと言えば、それは強烈な視線であった。どうにも昨日の戦闘の後遺症がここにも表れているようで、他にも視線はそこかしこから感じはしているのだが、その中の一つがじーっと粘つくような不躾な視線で、こんな状況にも拘らず、無視できそうにもなかったのだ。


 それでもこのなんとも言えない奇妙に心地良い感覚をまだまだ味わいたいという気持ちはあったのだが、やはりどうしてもその粘っこい視線を無視することが出来ず、鉄兵は少しイラッっとしながら視線の先を見た。


 するとそこには足をべったりと地につけて大股を開いて座り、両膝に肘をしっかりと乗せて、がっつりと両手で頬を支えながら興味津々にこちらを覗き込む少女の姿があった。ズボン姿だから良いものの、非常にはしたない格好である。さらにはポカーンとだらしなく口を開けてこちらをガン見しているその姿は、識者なら眉をしかめそうな姿だが、しかし少女の正体を考えるならそれは逆にある意味相応しい姿なのかもしれない。確かアルテナと名乗ったその少女の一般に通った名前は山賊姫であり、山賊の頭なのだから。


 少女の方も鉄兵に見られた事で我に返ったようで、なんでこっちを見るんだ? と言わんばかりに首を傾げ、むしろ続きをやれよと言わんばかりに目で訴えている。女は捨てたとか言っていたような気がするが、それでもやはり女の子なのだろう。恋の告白より恥ずかしいと思える先ほどの一幕に向ける好奇心の強さは、まさに猫のような強さのようだった。


 そこでアリスもみんなの視線に気がついたのか、すっと鉄兵から手を離し、コホンッとわざとらしく咳払いをして遠くの空へと視線を逸らした。


 それに合わせてこちらに注目していた他のみんなも目を逸らして作業に戻っていき、リードでさえ落ち着かない様子でなぜかわたわたとリルをあやす真似をして誤魔化していたというのに、アルテナだけはなんだ終わりなのか? といわんばかりに鉄兵に目で訴えかけてきていた。


 端的に言って、この手の類は最初が肝心だ。というのは部活に入っていた頃に培った鉄兵の教訓である。アルテナは半獣人であるからなのか、どうにも野性的な部分が強いようであるが、そういう人物には最初に格付けを行って上位に立たなければ後々舐められてしまうだろう。


 というわけであまり得意ではないし、女を捨てているとは言っていたが女性に対してこういう事をするのもどうかとも思ったが、後々面倒になるのも嫌なので、鉄兵は内心で溜息を吐きつつもそれを実行に移すようにした。


 猫に接するかの如く、ちらりと目を合わせた後にすぐ逸らし、直線的ではなく楕円的に、たまに目を合わせながらアルテナに近づく。


 注意を向けられながらも敵意を感じさせぬ鉄兵の行動に、アルテナは逆に動く事が出来ずに目の前まで鉄兵の侵入を許してしまう。


 地にべたっと足を付けて半ば金縛り状態になっているアルテナに向けて、鉄兵は何気なくさりげなく腕を上げて拳を作り、ゆっくりと頭の上に動かし、最後に気合を入れる事無くあくまで冷静に、ただしそれなりに力を込めて尖らせた拳の先をアルテナの頭頂部に振るった。


 ゴツンッ! と結構良い音がした。


「イッテェ! なにすんだよ」


 まるで同じ行動をされた時の猫のように無防備に鉄兵の鉄拳を受けたアルテナは頭を抱えて吼えていたが、これは鉄兵なりの優しさである。女性に手を上げるのは趣味ではないのだが、どうしても体育会系に身を置いていた鉄兵としては必要な行動だと思えてしまうのだ。


 さすがに山賊の頭目に対してこの行動はまずいかもしれないなーとか今更ながらに考えてチラッと辺りを見回すと、ちょうどアルテナのお付きの従者のような位置に控えている、確かマーティンという名前の山賊は、怒るどころか逆に少し感心したような顔つきをしていた。


 なんとなくそんな気はしていたのだが、多分首領以下の山賊達はアルテナの行動に少し思うところがあったのだろう。そう考えると勇気も湧いてきたので鉄兵はあまり深く考えずに強気で押す事にした。


「人の事をジロジロ見るからだ。行儀が悪いと思わないのか?」


「おいおい、行儀が悪いも何も、俺は山賊なんだぜ? そんなん思うわけ無いじゃんか」


 頭を抱えて抗議するアルテナの姿はまさに威嚇する猫のようである。なんで俺が怒られてるんだと言わんばかりに耳をピンと立てて、今にも唸り声をあげそうな勢いだ。まあアルテナは確かに山賊なので言っている事はもっともなのだが、しかし昨日のあの山賊達の振る舞いを見る限り、どちらかと言えば今も彼らは騎士寄りに見える。ならば団長の娘であるアルテナはそれなりの教育を受けていそうなものだがどうなのだろう?


「親父さんは騎士団長だったんだろ? そういう風に躾られなかったのか?」


「うっせぇなぁ。親父の事は言うなよ。おまえは俺の親父かってんだ」


 やはり痛いところを突いた様で、アルテナは顔に苦味を走らせてプイッと横を向いてしまった。さてここで二三説教を受け入れさせれば格付け成功であるが、それにしても見た目通り猫っぽい性格をしているからもうちょい反撃があると鉄兵としては思っていたのだが、アルテナは予想以上に静かである。思わずふとそんな事を考えてしまって鉄兵は畳み掛けるタイミングを失ってしまったのだが、その結果、なぜアルテナが大人しいのか鉄兵は理解出来てしまった。


「……ありがとな」


 しばし無言でいたら、アルテナは不貞腐れながらもそんな台詞を口にした。なんの事か分からずにクエスチョンマークを頭に浮かべつつただ立ち尽くしていたら、アルテナがこっちをチラッと見たので首を傾げてみせる。するとアルテナは心底苦みばしった表情をしつつもなぜか泣きそうな顔をして、がっつりと頭を下げて大声で次の言葉を放った。


「エンドとサミュエルを助けてくれてありがとうございました!」


 アルテナの言葉は鉄兵の耳に届いた。しかしそれでも鉄兵は何の事かわからずにアルテナの動向を窺うしかなかった。やがて頭を上げたアルテナにどういう事なのか目線で尋ねると、アルテナはうんと頷いてその理由を説明してくれた。


「昨日の決闘でエンドとサミュエルはあんたの治療が無ければ死んでた。俺達は敵対してたんだぜ? だから見捨てたって誰も文句を言わないのに、なのに治療してくれて、ほんとに感謝してるんだ」


 そこでようやく思い出したが、エンドとサミュエルとは昨日の決闘で鉄兵の攻撃をもろに受けてしまい、瀕死の重傷を負ってしまった二人の事である。人を殺したいとも思わずむしろ生かしたいと思う鉄兵としては当然の行為だったのだが、アルテナにとっては違ったようだ。


 思いがけない言葉に鉄兵が固まっていると、鉄兵が戸惑っているのを察してか、まるでその場をほぐす様にアルテナがあっけらかんと次の言葉を口にした。


「ま、どっちにしろ縛り首だけどな。それでも俺はあんたにゃ感謝してるんだ。ありがとうな」


 不意にアルテナの口から出た言葉に鉄兵は酷く動揺してしまった。


 そうなのだ。鉄兵が取った行動の結果、いずれにせよアルテナ達は死ぬ事になる。今は目の前でこんなに親しげに話している人物が自分の行動の結果、数日の間に死ぬ事になるのだ。それは酷く非現実的で、実感が湧かないまでも気分の優れぬことであり、先ほどイスマイルにその行動に誇りを持つように諭されて決心したにも拘らず、心が揺らいでしまいそうになった。


「おいおい。俺達に引導を渡した奴がなんて面してるんだよ。おれたちゃそれなりに満足してるんだぜ。なあ?」


「はい」


 アルテナの言葉に応えてマーティンがすっと前に出た。オールバックの茶髪の中にかなりの割合で白髪が混じっている渋い執事のようなその男は、鉄兵の心を解すように穏やかな目線を鉄兵に向け、語り始めた。


「山賊としての暮らしも悪くはありませんでしたが、皆やはり死に損ねたという感を持っておりました。山賊として死ぬのではなく、騎士として決闘の行く末の死刑を与えてくださり、感謝しているというのが昨日あの後話し合った結論です。惜しむらくはお嬢様をそれに巻き込んでしまう事ですが……」


「おいおいバカにするなよ、山賊が御法度の国で山賊やってるんだぜ。捕らえられたら死ぬ覚悟くらい俺だって持ってる」


 強がってはいるものの、マーティン達年配の山賊と比べ、アルテナは少し怖いのだろう。首領として毅然とした態度を取っているが、茶化すようなその表情には固いものが残っている。


 二人の会話は、まさに鉄兵が思い浮かべた理想の結果だ。だが、それを本人の口から言われると、天地が引っ繰り返ったような酷い違和感を感じて、鉄兵は強い吐き気を感じて押し黙ってしまった。


「おいにいちゃん。大丈夫か?」


「……なにがだ? しっかり働けよ」


 どうやら心情が表情に表れていたようで、自分が死の宣告をした当の相手に心配されてしまった。これ以上無様なところを見せられないと考えた鉄兵はなんとかそんな言葉だけを口にし、アルテナ達に背を向けた。


 振り返ると、アリスもリードも心配そうな表情を見せていたが、それに応えられる余裕は今の鉄兵にはなかった。


 リードからリルを受け取り、仮宿の村長宅へと足を進める。


 家に入り、部屋の扉を開けると、そこにはまだシロが煙管をプカプカふかしていた。椅子を窓の前に移して窓縁によっかかり、窓の外に身を乗り出して煙の輪っかを吐き出している。


 わざわざ声をかける気にならなかった鉄兵はリルをベットに横たえて、その横に自分も寝転がった。そっとリルの身体に触れて毛を撫でると、眠っていながらもリルは気持ち良さそうに首を伸ばす。いつもなら癒される寝顔なのに、今日に限ってはそんなリルの寝顔も意識のうちに入らない。


「情が移っちまったのか?」


 不意にシロの声が聞こえた。


 多分、その通りなのだろう。


 何も間違ってはいない。誰もが納得している理想の結果だ。だが、先ほどのアルテナの目を思い出すと、本当にこれで良かったのかと思ってしまう。


 鉄兵はシロの言葉に応えられず、無言で眠るリルの毛を撫で続けた。

12/10:ご指摘いただいた誤字修正

「男を捨てている」→「女を捨てている」


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