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Hello, Another World

 気が付いた鉄兵が最初に目にしたものは、赤い円形状の物体と、その物体の脇に見える青空だった。


 やや朦朧とする意識の中、その物体の正体を見極めるべく目を凝らし、ついでに自分の状況を確かめる。


 赤い円形状の物体は、どうやらパラソルのようだった。とはいえただのパラソルにしてはすこしおかしい。


 何がおかしいのかとぼんやりと考えると、その違和感の正体はすぐにわかった。


 パラソルの生地に当たる部分から、うっすらとまばらにしか光が漏れて出てきていない。


 つまり、そのパラソルはビニール等で作られたものではなく、光を通さない物質を傘の布地部分に使い、その隙間を補強するように赤い布地で補強しているようだった。


 状況はといえば、どうやら仰向けの体勢のようだ。背中にでこぼこと地面の突起を感じるが、直接地面に寝ているというよりは少し柔らかい感触を感じるので、どうやら敷物の上に寝ているようだった。


 ようするに現在、鉄兵は赤いパラソルのような物の下で寝そべっているようなのだが、その状況に関して思い浮かぶのは疑問符のみである。


 鉄兵の感覚でいえば真夜中の研究用倉庫でPCモニターを覗き込もうとしていたはずなのに、次の瞬間には目を閉じて真昼の太陽の下で寝転がっていたのである。何が起きたのかと疑問に思わないほうがおかしいだろう。


 少し起き上がって寝転がっていた地面を見る。予想通りそこはむき出しの地面の上で、鉄兵はそこに敷かれた赤い布の敷物の上に寝転がっていた。どうやら山の中のようである。開けた場所にいるが、少し離れた所には青々と茂った木々が見えた。


 ついでに気が付いたが、鉄兵は作業着を着ていたはずなのだが、今はなぜかその作業着の下に着ていたTシャツとトランクスしか履いておらず、それも微妙に湿っていた。


 これはどうしたものかと本格的に思考するために鉄兵は眼鏡の位置を直そうとした。が、眼鏡に伸ばしたはずの右手は宙を切り、危うく右目を人差し指で突きそうになる。


 それでようやく気がついたが、鉄兵は眼鏡をかけていなかった。だが、ぼやけているべきであるはずの視界は極めて良好だ。それこそ、眼鏡をかけている時以上に。


 これにはさすがに鉄兵も驚いた。これまでの事だったら研究室かサークルの仲間に悪戯されたとでも思えば納得できることだったが、さすがに身体的な部分が改善されているとなれば異常事態だと思わざるを得ない。


「気が付いたかい?」


 不意を打つように透き通った声が聞こえた。 


 そこで鉄兵はようやく自分以外に誰かがいることに気が付き、声のした方に目を向ける。


 見ると、すぐ近くの木陰に、岩の上に座って煙管をふかしている男がいた。


 その男の第一印象は、ズバリ「白」であった。


 真っ白な髪に透き通るような白い肌。目の色はさすがに白ではないが、かといって黒であるかといえばそうではなく、黄緑に近い緑色だった。


 第二印象は「日本かぶれの外国人」だった。


 真っ黒な着流し姿で片手に煙管。腰まで届きそうな長い白髪を黒い布で15cmほど立たせてまとめている髪形は、ポニーテールと言うよりは間違った現代風のチョンマゲである。


 そう思ってみてみれば、パラソルも敷物も、彼が座ればそのまま茶の湯でも立てそうなものであった。いや、これは絶対にいつも立てている。と、鉄兵は根拠も無くその考えを深めた。


 男が唇を片方だけ上げてニッと笑った。なんとなく爬虫類っぽい感じがするが、非常に端正な容姿をしていた。鉄兵のような艶めかしいがどこか無骨で凛々しい方向の端麗さではなく、育ちの良い貴公子然とした、品の良さそうな顔立ちである。


 だが笑った姿はどことなく愛嬌があり、二枚目というよりは三枚目になりかけた二枚目半といった印象を受けた。


「おまえさん、川に流れて土左衛門になりかけてたんだぜ。大丈夫か?」


 口調まで時代劇風である。これは随分と訓練された外国人だなと思いつつ、大学の近くに川なんてあったかなと考える。思い出す限り、大学の近くに川はなかった。というかそれなりに都内に近い場所なので山すらあった記憶がない。というか川を流れていたって……服が湿っている原因はわかったが、どうしてそうなったのか理解に苦しむ……どうにも日常からかけ離れた出来事なのでどうにも実感が湧かないが、実は結構やばかったのか?


 そんな風に鉄兵がぼけーっと考えていると、そんな鉄兵を見て男は苦笑しながら口を開けた。


「俺はシロディエール。おまえさん、お名前は?」


「香坂。香坂鉄兵です」


 あだ名は絶対「シロ」だろう。名は体を現すものだな。と、鉄兵は少し失礼な事を考えながら答えた。


 シロは鉄兵の声を聞いて少し驚いたようだった。だがその驚きをすぐに隠してニッと笑う。


「コサカテペイ(発音は↓↑↑↓→→)? 変った名前だな」


「こ・う・さ・か・て・っ・ぺ・い。呼びにくかったらテツで良いですよ」


「それじゃテツと呼ばせてもらおうかね。俺のことはシロでいいぜ」


 やっぱりあだ名はシロだったなと思いつつ、鉄兵は「はい」と返事を返した。


「まあなんともないなら良かったよ。服はずぶ濡れだったから脱がして干しといたぜ。随分変った服で脱がすのに手間取っちまった」


 作業着は一般的な人から見ると、まあ変った服……なのか?


 そんな事を考えながら指差された方を見ると、シロとは反対側の死角には、ポットのようなものがかけられた焚き火があり、その近くには木の枝に刺して作業着が干されていた。


 煙が公害になるからと最近では焚き火は禁止されているはずである。こんなところで焚き火して怒られないのか? とか思ったが、それよりもその焚き火の横には小型の馬が寝ていて、鉄兵はちょっと驚いた。いや、馬というか多分ロバとかラバとかそんな名前の生き物だろう。耳の長い馬みたいなその生物を鉄兵はテレビで見たことがあったような気がする。


「そっちのロバはハルコさん。よろしくしてやってくれ」


 良い顔で笑いながら、シロはロバを紹介した。


 訓練された日本かぶれの外国人。おまけにロバ付き。鉄兵はシロのカテゴリーを趣味人から変人に変更した。


 シロはハルコの方に歩いていくと、ハルコの近くに置いてあった荷物のリュックから袋と布を取り出し、布をポットの取っ手に当てて引っつかみ、鉄兵の横に腰を下ろした。


 見た目からして年は同じくらいだろうと思っていたのだが、動作を見ると少し年上のように見えた。オッサン臭いというわけではなく、堂に入っているというか、なにか貫禄のようなものを醸し出しているのだ。


 ポットを地面に置いて袋をまさぐると、シロはその中から土の器を二つと茶器を取り出して、そのまま湯を立て始めた。やはりと言うかなんと言うか、予想を裏切らないシロの行動に鉄兵は思わず感心する。


 やがてお茶ができ、鉄兵の前に差し出される。


 鉄兵は正座をして、見よう見まねに器を三度回して三口で飲み干した。飲んでみたら緑茶ではなく紅茶だったので驚いたが、温めの紅茶は猫舌の鉄兵にはありがたかったし、喉が渇いていたので心地よかった。


 一息ついたら同時に「こんなところでなにやってるんだろうなぁ」と今更ながらに我に返ってもしまったが、こうなったらとりあえず気にしないことにした。


「結構なお手前で」


「お粗末さまです」


 シロはなぜか妙に関心したような顔をしながら、本人は器の紅茶を一息で飲み干した。


「作法を知ってるとは驚いた。こいつは緑茶を出すべきだったな。いや失礼した」


 むしろ茶の立て方を知っている方が驚きだと突っ込みたかったが、仮にも命の恩人であるので自重する。


 命の恩人と言えば、まだお礼すら言ってなかった事を鉄兵は思い出した。


「助けていただいたみたいで、ありがとうございました」


 ちょうど正座をしていたので、丁寧にお辞儀をする。


「まあ気にするなって。堅い事は苦手でね。ついでにその敬語も止めてくれると助かるぜ」


「それじゃ遠慮なく」


 お礼の言葉の切り返しにいきなり態度を一変させるのもどうかと思ったが、手をひらひらさせながら若干鬱陶しさを混ぜた苦笑を見せるシロ表情を見たの限りでは、本気でそう思っているようなので、その言葉に甘える事にした。礼儀は重要だが、鉄兵だって堅い会話は得意ではないので渡りに船というものだ。


「それにしてもここらは確かちょうど街道の真ん中で、どっちに行っても徒歩で二日はかかる場所だが。なんでまたこんな場所で土左衛門になんてなろうとしてたんだ?」


「なんでだろう。他の場所にいたはずなんだけど、気が付いたらここにいた。これホントの話ね」


 別に土左衛門になりたかったわけではないのだが、そこは突っ込まない。というか隣町まで徒歩四日ってここはどこの田舎なのだろうか。ひょっとして北海道とかなのか? なんでまたそんな場所にいるのだろう。本当にこっちが聞きたいくらいである。


 テツとしては本当の事を話しただけなのだが、シロの表情を見た限り、言葉通りには捉えてもらえなかったようだ。何か言いたくない事情があると勘違いしたようで、違う話題を振ってきた。


「それにしても聞き慣れない言葉を話してるようだが、そいつはどこの国の言葉なんだ?」


「え、何語ってそりゃ日本語だろ。というかシロは外国人なのに日本語上手いなぁ」


 海外の論文は無論英語だし、論文を発表する時には英語のスピーチが必要な場合もあるために、英語も一応練習していたので喋れるが、今はシロが日本語で話しているから鉄兵も日本語で話している。おかしな事を聞くものである。


「俺は確かに外国人だが、そんな言語は知らんし、翻訳機なんて持ってないぞ。テツが翻訳機を使ってるんじゃないのか?」


「翻訳機?」


 当然そんなものは持っていないし使ってない。というか勝手に同時翻訳をしてくれる翻訳機ってどんだけ性能の良い翻訳機なんだろうか。


 ……というかようやく気が付いたが、なにか会話が噛み合ってない気がする。


「あぁ、風の精霊に干渉して言葉の意味を伝えるってぇ最近評判の例の翻訳機だろ? まだまだ希少で高いもんだし、テツはさしずめ領主の息子ってとこか?」


 風の精霊と来ましたよ。


 テツは心の中で思いっきり突っ込みながらも血の気がサーっと引いていくのを感じた。


「……シロ。ちょっと変なことを聞く」


「どうした?」


「ここの地名を大陸名から正確に言ってくれないか?」


 シロは怪訝な顔で鉄兵を見た。


「ここはミッド大陸オズワルド王国アイダ領のソネット村とカディス町の間だが、そいつがどうかしたのか?」


 ミッド大陸なんて聞いた事がない……


 シロの顔をじっと見るが、シロは真剣な顔で見つめられて戸惑っているようだった。少なくとも、嘘をついたりからかっていたりしている気配はない。


 ……どうやら間違いはないようだった。


 少なくとも、ここは日本ではない。


 地球でもないようだ。


 恐らくは異星か異世界か。


 というか精霊とか言ってるし、多分ファンタジーな異世界だ。


 Hello, World


 いや違う。Hello, Another Worldか。


 テツは無意識にプログラミングで有名な言葉を捻りながら、目の前が真っ暗になるっていくのを感じた。

8/17:ご指摘いただき英語の誤字修正。超恥ずかしい誤字でした! さらにここの日付の部分も間違えてました! 動揺しすぎです

9/12:御指摘いただいた誤字修正

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