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クィーン・オブ・バンデッド(前編)

「いやーしかし、旅の最中だというのに最近は身体の調子が非常によろしいです。これもテツ殿の風呂のおかげですかな」


 まさに絶好調といったイスマイルが機嫌良さ気に高らかに笑う。彼の言うとおり毎日風呂に入っているせいか、イスマイルは非常に血色がよく、肌には艶さえ浮かんでいる。


「それはよかったですね……」


 それに対して鉄兵の返事はつれないものであった。別にイスマイルが嫌いだとかそんな理由からではない。リードから連日質問攻めに合い、さらには慣れない馬車に固いシートに座って揺られ続けた結果、体調が最悪なのである。


 馬車の乗り心地は予想以上に最悪のものであった。これでも王家の馬車という事で他の馬車よりはましなのだろうが、現代っ子である鉄兵にはちょっと耐えられないものだ。なので旅路の三日目には我慢できずに馬車と並走して自分の足で走ろうかと思ったのだが、リードが質問できないからと却下されてしまっていた。


 ちなみにシートが固いといっても電車のシートくらいの弾力性はあるのだが、車の座席のようにスプリングが効いているわけではないので長時間座るのには向いてない。馬車の車輪にしても一応ゴムでコーティングされているのだが、タイヤのようなチューブ構造をしているわけではないので衝撃吸収機能としては少し弱い。街道もそれなりに整備されてはいるのだが、アスファルトが敷き詰めてあるわけも無く、むき出しの固められた土の上を走っているわけで、地面がデコボコとしていて馬車を揺らすし、たまに小石に乗り上げた時などは軽く車体が傾いた。


 多分、この世界の馬車としてはこの馬車は最高の工夫を凝らしているのだろうが、元の世界の技術を知っている鉄兵としては稚拙なものである。なのでせっかく魔法で物質を加工できるようになったのだから改造したいところだったのだが、残念ながら材料が足りず、保留している状態である。

 

 とはいえその苦労も今日で終わるかもしれなかった。旅に出てから五日目の今日は最初の中継地である村に到着する予定である。それほど大きな村ではないらしいのでわからないが、鉄と綿と布が手に入れば多少はマシなシートが作れるだろう。風呂や夜番の件もあって最近よく話すようになった兵士ハンスに聞いてみたところ


「それぐらいなら調達いたしましょう」


と承ってくれたので、多分何とかなるんじゃないかなぁと鉄兵としては祈るのみであった。


 というわけで、あと少し我慢すればなんとかなると、グロッキーになりながらもリードにせがまれて光の波長やその色についての説明などをしていたら、急に馬車が大きく揺れて立ち止まった。


「え?」


「あ、ちょと!」


 鉄兵の説明を立ち上がって身を乗り出し、食い入るように聞いていたリードがよろけて鉄兵に突撃する。リードの頭が鉄兵が顔面にもろに激突し、グロッキーなところに止めを刺されたのはお約束というものであろう。


「きゅううう……」


「イテテ……どうしたんだ?」


 鉄兵になだれかかって目を回しているリードを押しのけて状況を確認すると、御者の兵士が振り返り、報告をするところだった。


「村が山賊に襲われているようです!」


 その報告にアリスの顔が引き締まる。


「全速力で救援に向かうぞ!」


「ハッ!」


 アリスの指示を受けると御者の兵士が馬にムチをあて、馬車が急加速をはじめた。


 馬車の揺れはさらにひどくなり、鉄兵の体調は危険水域に入り始めたが、なんとか気力を振り絞って立ち上がり、窓から状況を確認してみると、地平線の果ての方に村があり、そこから煙が立ち昇っていた。随分と距離があるが、今から向かって間に合うのだろうか?


 がちゃっと後ろで音がしたので振り返ると、シロが馬車のドアを開けているところだった。


「先に行ってるぜ」


 と一言残し、シロが馬車から飛び降りる。地面に着地したかと思ったら次の瞬間には全力疾走の馬車をも超える加速をし、畳んだ鉄傘を片手に猛然と走り去っていった。


「鉄兵、私も運んでくれ!」


「……了解!」


 村では戦いか虐殺が起こっているはずである。そんなところに自分が行くのか? と鉄兵は一瞬躊躇したが、非常事態と割り切って、とにかく何も考えずにアリスに従う事にした。


 アリスをお姫様抱っこで抱き上げて馬車から飛び降りる。地面が足につくかいなかのところで加速をはじめ、猛スピードでシロの後に追随する。


 見る間に村は近くなり、まずはシロが村へ飛び行った。続いて鉄兵達も村に入ったが、人影が無い。


 村の人達はどこへいったのかと少し立ち止まって辺りを窺うと、煙が立ち昇っている辺りから掛け声のような怒声が聞こえてきた。急いで声のした方に駆け寄ると、そこには村人が集められて座らせられており、丁度シロがそれを囲むように立っていた17-8人くらいの山賊に向かって突入しているところであった。


 シロが傘を力任せに振り下ろす。山賊は手に持った斧の柄でそれを防ごうとしたが、推定70kgの鉄傘は受け止めた斧の柄をぐにゃりと曲げて、そのまま山賊の男を直撃して地面にしたたかに打ち据えた。


「囲め!」


 突然の乱入者に山賊は動揺したようだったが、リーダーらしきフードをかぶった馬に乗った人物が手を振って指示を出すと、山賊は山賊らしからぬ統率力でリーダーの命令を実行し始めた。


 シロを囲むように山賊たちが動く中、それよりも早くアリスが鉄兵の胸の中から飛び降りて、シロの背を守るべく突撃する。アリスが剣を抜き、シロと背中合わせに構えた直後に山賊達の包囲網は完成した。


 一方鉄兵はというと、正直なところ出遅れて、どうしたものかと手をこまねいていた。適当にそこらの農具でもパクレば身体能力が強化されている事もあり山賊に遅れを取る事はなさそうだが、多対多の争いに慣れているわけではないので下手にあそこに突っ込めばかえって足手まといになりそうな気がするのだ。山賊の数は多く、本来なら多勢に無勢というところなのだが、いざとなればシロが白竜になればそれで終わるだろう。というか下手に村人を人質に取られないようにわざと囲まれた気がする。多分、下手に動くより見物していたほうが良い気がする。


 そんな風に迷っていたら、派手に燃えている一軒家が目に移った。恐らく山賊が脅しとして火をつけたのだろう。他に燃え移ったら危険だし、山賊達はシロ達に任せて鉄兵は消火作業をする事にした。


 風呂でやったのと同じように、ただし出現箇所は燃える一軒家の上になるようにして水素と酸素を集め、水を作る。25mプール一杯分はありそうな水を瞬時に浴びせかけられた火事になっていた一軒家は、一瞬で酸素と熱量を奪われて鎮火した。ついでに水に押しつぶされて倒壊してしまったが、まあ仕方が無いことだろう。


 鉄兵としては火事を鎮火しただけなのだったのだが、ついでに山賊VSシロ・アリスの戦いの火も鎮火してしまったようだった。火事が鎮火したのでやれやれと思いながら火の消えた一軒家を見ていたのだが、なにか強い視線を感じたのでシロ達の方に視線を戻したら、山賊や村人は愚かシロとアリスの二人までこっちに注目していた。ちなみに内訳は山賊と村人は驚きの、シロとアリスはいつもの呆れ視線である。


 今のはそれほど魔力を消費する魔法ではなかったのだが、何がいけなかったのだろう? 一度リードに標準的な魔法を教わった方が良いのかもしれない……


 沈黙の視線が痛い中、すっと山賊のリーダーらしき人物が手をあげた。


「撤収!」


 リーダーの掛け声とともに、山賊たちが動き出した。あくまでシロとアリスの出方を警戒しながら、見事に撤収を開始する。その統率力はとても山賊のようには思えないのだが、この世界の山賊はそんなにレベルが高くなければやっていけないのだろうか?


 山賊たちがシロ達とにらみ合いながら、交互に警戒役を交代し、馬に乗っていく。やがて全ての山賊が馬に乗り終えると、リーダーの掛け声とともに一斉に撤退していった。


「お嬢ちゃん、深追いはいらねぇぜ。巣に帰ったところを一網打尽にしてやればいいさ。一人置いてったしな」


 追撃しようとするアリスを呼び止め、シロが足元を指差した。確かにその山賊はアジトを知っているだろうが、そんなに簡単に場所を吐くものだろうか?


 ……いや、韜晦はやめよう。多分拷問してでも吐かせるのだろう。基本的人権とかがある世界なのかは知らないが、山賊が普通に村を襲うような世界なら期待薄だろう。ならば自分が人権を訴えるのかと言えばそんな義理はない。因果応報。郷に入っては郷に従え。そんな精神である。


 山賊の撤収を見て村人達は喝采を挙げていたが、地に倒れ付している山賊の運命を思うと鉄兵はどうにも複雑な気分であった。

2011/5/4:指摘いただいた誤字修正

「山賊達はシロ達に任せて鉄兵は消化作業をする事にした」

→「山賊達はシロ達に任せて鉄兵は消火作業をする事にした」

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