表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Re:Monster(リモンスター)――刺殺から始まる怪物転生記――  作者: 金斬 児狐
外伝 過ぎ去りし神代の足跡――鬼神の系譜――
8/12

外伝 カナンの【鬼哭迷宮】探索記 3

 夜になり、周囲が暗くなってすぐの事。


「お帰りなさいませ、カナン様」


 星が綺麗に見える夜空の下で私が日記の内容に頭を悩ませていると、気が付けばブライド爺が横にやって来ていた。

 普段なら気配を消していても早い段階で気づく事はできる。

 しかし声をかけられるまで気が付かなかったのは、日記について、思いの外考え込んでいたからだろう。


「おう、と……何だブライド爺か」


 少し驚きつつも、相手が分かれば焦る事は無い。

 ブライド爺は驚いた私に小首を傾げた。


 迎えに来たブライド爺は、ダンジョンモンスターの出て来る迷宮区画内では本能のまま暴れ回る蛮族【狂戦士バーサーカー】の群れを率いた首領を素材にし、その他色々を混ぜ合わせて造られた生体式怪物遺鎧【血狂狼化強殻ウルフヘズナル】を装備していたが、“死に戻り”によって先に外に出ていたので普段通りの服装だった。


「おや、気付かれなかったのですか? カナン様が? となれば、何やら考え事ですかな。それも、相当な難事かと察しますが」


 ちらり、と手に持つ日記に動く視線。

 相変わらず鋭いブライド爺に肩をすくめ。


「まあ、そんなところだ。しかし普段通りの姿を見ると落ち着くな。過酷な【鬼哭迷宮】から帰ってきた、と実感できる」


 【収集家の黄金指輪コレクター・ゴールドリング】に日記を収納し、ふぅ、と安堵のため息を漏らす。


 ブライド爺の灰色の頭髪は普段通りに整えられ、吸血鬼らしく血のように赤い瞳には優しげな光がある。

 左目には【物品鑑定】の能力を秘めた片眼鏡モノクルがかけられ、ピンと伸びた長身が身に纏うのは汚れ一つも見つけられない小奇麗な執事服。


 外見も職業も執事なのでその姿はとても自然で、どこかの貴族の屋敷で出てきても何ら違和感はないだろう所作。


 その姿に、安心を抱いたのだ。


 長年執事として仕えてくれているだけあって、ブライド爺は過酷な【鬼哭迷宮】や特定の場面を除き、いつも同じような執事服を着ている。

 もちろん私服はあるだろが、私服姿など、私の記憶を掘り返しても思い浮かばないくらい貴重だ。


 ブライド爺と言えば執事服であり、執事服はブライド爺。

 私の中では、それくらいブライド爺と執事姿は結びついていた。


「ふふ。では改めまして、カナン様、お帰りなさいませ」


 完璧な従者の礼を行うブライド爺。

 その姿に改めて笑みがこぼれる。


「ああ、ただいま」


 誰かに迎えて貰えると、何だかホッとする。

 大変興味深く離れることなど出来ないが、とても過酷な【鬼哭迷宮】から帰ってきた時は特にそうだ。


 長年の経験で既に慣れてしまったが、【鬼哭迷宮】は恐ろしい場所である。

 気を抜けば私とて容易に死ぬが、しかし内部で本当に死ぬ事は許されない。装備はともかく、身体は入った時と同じ状態で【再誕神殿】で復活できる。

 死なないのだから何度でも挑める、確かにその通りだろう。

 しかし痛みや死の恐怖は本物で、それで精神を病んでしまう者は多い。ダンジョンモンスターや罠によって致命傷を受け、即死するのならまだいい。

 しかし運良く、あるいは運悪く致命傷を負いながらも生きていると、苦しみは続く。

 四肢をもがれ、内臓を生きたまま喰われる事もある。全身を焼かれ、重度の火傷の苦しみの中で窒息死する事もある。身体を飲み込まれ、胃の中でゆくりと消化されるような生き地獄を体験する事もある。

 絞殺、圧殺、刺殺、轢殺、斬殺、ありとあらゆる死に方。

 そんな事は、攻略していればよくある事だった。


 私自身、未熟な時は幾度となく死んだ。

 嫌な死に方も、幾つかある。

 今でこそ死ぬ事は殆ど無くなったが、それでも攻略時にはまるでヤスリで擦られたように心身が疲弊する。

 振り返れば、今回だって危ない場面は多々あった。


 だから攻略して帰ってきた時、ヒトの暖かさが凍てついた心と精神、そして身体を癒やしてくれるのだ。

 何気ない一言でも、身体の重さは緩和してくれる。

 ブライド爺はそれも全て承知し、出来る限りの事をしてくれている。


 正しい言葉を欲しいヒトの下に、丁度持ってくるブライド爺は流石私の執事だと自慢に思った。


「さて、これからどうするか、だが」


 軽い会話を交わした後、気持ちを整えて思案する。


 まず、これから家に帰るために行動しなければならない。

 日時を確認したが、予定されていた調査日程の終わりが近い。

 

 あまり長居し過ぎると予定を過ぎ、下手すれば救出部隊が結成され、無駄な損害を出す可能性がある。


 今回は充分な成果を得られたので、詳細な調査は日を改める事になる。


 しかし今すぐ外界へ向けて移動するのは不可能である。


 今はまだココ――【始まりの鬼哭森殿】内なので一定の安全は確保されている、はずだ。


 と言うのも、他の≪迷宮都市型≫の【鬼哭迷宮】では先程までいた迷宮区画以外で、コチラから住民に手を出さない限りは襲われないからだ。

 ここでの確認はまだしていないので保障がある訳でもないが、そう考えて問題ないだろう。

 わざわざ危険な賭をするべきではないし、こうして安全に話せているのだから。


 しかし外は強力無比な遺存種達が今もなお生存する≪ク=デン太古樹海≫である。

 遺存種の中でも夜行性で強靭な種が活動を始める夜闇の中を移動するなど自殺行為だ。

 ココに来るまでに何日も寝泊りはしてきたが、それでもヒヤリとするときは何度もあった。


 怪物遺鎧モンスターアーマーの積層装甲に食い込むほど鋭利な牙を持つ大蛇。

 大樹を一撃でへし折る巨大な金属のような猪。

 闇に紛れ、気配もなく集団で襲い掛かって来る黒い狼の群れ。

 鋭い角と硬い鱗を持つ見上げるほどの巨大な馬。

 

 その他にも擬態して死角から襲い掛かって来る巨大蟷螂や、頑丈な毛皮と甲殻を持つ火を吹く熊など、思い出すだけで嫌になるほどのモンスター達。

 運よくココを見つけられたので助かりはしたが、もし見つからなかったら、日々の襲撃で磨耗した肉体と精神では不覚をとって命に係わる事態になっていたかもしれない。


 つまり折角安全な場所があるのだから、わざわざ急いでそんな過酷な場所に行く必要はない。

 だから――


「ブライド爺、どこかいい宿泊施設はあったか?」


 ――今日は何処かに泊まって休む。

 それしか選択肢はなかった。


「はい、もちろんでございます。最高の宿を確保しております」


 そして休むとなれば、先に“死に戻り”した事で周囲の調査を行っていたブライド爺に聞くべきだ。


 ここに来た当初、可能性は低いが住民に襲われたら【鬼哭迷宮】の攻略どころではなくなり、日程も余裕はなかったので、地上の調査はそこそこに切り上げてさっさと迷宮区画の攻略に乗り出した。

 

 その判断が間違いだった、とは思わない。

 予定されていた日程の関係もあるが、≪迷宮都市型≫なら絶対ではないが気にしなくてもいいと判断したからだ。


 しかし充分に探索した方がいいとも分かっていた。

 何かしらの発見も出来るだろう。


 その役割を“死に戻り”したブライド爺と部下達がこなしてくれた訳だが、ブライド爺の何やら自信に満ちたというか、確信しているような姿を見て、一つの考えが浮かぶ。


「何やら良さそうなのがあるみたいだが……もしかして、在るのか?」


 何となく聞いてみる。

 しかし長い付き合いだ。

 ブライド爺はそれだけで察し、ニヤリと笑った。


 ただしそれは普段の有能な老執事としての笑みではなく、どこか狂気を秘めたダメ人間――種族は吸血鬼だが――のそれだった。


「はい。それも特上のが。正直に言いますと、まさに天上世界の顕現、でしょうな。一度味わえばこれまでのが霞んでしまいます。最早あれ以外で満足できない身体になってしまいました。何と罪深く、しかし神秘的か。実はここに来る前も、謎解きの時も、ゆっくと満喫していたところでして。カナン様が苦難に挑んでいる時、申し訳なく思いはしたのですが、あの魔力に抗えませんでした。いやいや、実に素晴らしかったですぞ!」


 饒舌に熱く語るブライド爺に気圧される。

 普段は冷静沈着なブライド爺だけに、こうして興奮するような姿を見せる話題は一つだけだ。


「そ、そうか、それは楽しみなような、不安なような……。まあ、体験してみない事には始まらない。早速案内を頼む」


「では、参りましょうか。案内します」


 ブライド爺はそう言うと振り返り、案内として先を歩く。向かう先は麓のようだ。

 私もそれを追うが、ふと夜になり、人工的な明かりに照らされた周囲を見た。


 迷宮区画の周囲は人気が無いものの、少し離れれば誰かの気配は感じられる。

 何気ない日常の風景だ。


「……中々、いい都市だな」


 嘘偽りのない本音が漏れた。

 都市の夜景は、とても美しかった。

 

 


 ■ 〒 ■



 まるで血のように赤黒い液体。

 グツグツと煮えているように湯気が立ち上り、独特の匂いが周囲に満ちる。


「あー、あー、きくー。だめになりゅー」


 私はそんな赤黒い液体に肩まで浸かり、スッカリと駄目になっていた。

 身体は蕩け、心も蕩けてプカプカと浮かんでいる。

 何だか色んな面倒事を放り出してしまいたくなる。

 仕事をしたくない。趣味だけに生きていたい。

 色々な重責や役割を投げ出して、ダメ人間――正確な種族は人間ではないが――として生きていたい。


 そんな思いが次々と浮かんでくる。


「……ハッ。いやいやダメだ。気をしっかり保て。帰って愛する妻と……愛する妻と……おこられるかなー。イヤだなー」


 ふと正気に戻って気合いを入れようとするが、その意思もまた蕩けてしまった。

 一種の現実逃避である。


「ルナリス、怒るだろうなー」


 私には長年連れ添ってきた妻が居る。

 名はルナリス。ルナリス・金夜叉ヴァラクシャ=ディアポロード・パナロベル。

 ブライド爺と同じく【吸血鬼】の血を受け継ぐ分家の一つ【氷血アスラッド】家の直系で、歳は私と同じ。

 所謂幼馴染みであり、幼少の頃から決められていた許嫁であり、共に成長してそのまま結婚して夫婦となり、現在に至る。


 一応言っておくが、恋愛結婚である。


「しかも、成果が成果だからなー」


 帰ったら長年の付き合いになる愛妻ルナリスが待っている。

 暖かく出迎えてくれるだろう、普段なら。

 だが今回はきっと、怒った状態に違いない。


「ふぅーあー、どう言い訳しよーかー」


 私と同じ趣味――【神代遺物レリック】の収集や歴史の調査など――を持つ妻は『なぜ私も連れて行ってくれなかったのですか』と言うに違いない。


 元々分家の直系の出である妻は私に迫る強さがあり、惚れた弱みで妻には頭が上がらない。

 怒った状態ではまさに手が着けられないのだが。


 とりあえず蕩けながら、嫌な現実から目をそらしてみる事にした。


「あー、この湯が家にほしーなー。あー、スゴいなー。毎日入りたいなー。……うん、ルナリスに対する言い訳を本当にどうするべきか、それが問題だ」


 本能的に思考を飛ばそうとしても、やはりルナリス絡みだと色々考えてしまう。


 正直に言えば危険すぎる≪ク=デン太古樹海≫の初回探索に妻を同行させたくなかっただけである。

 数回目とかある程度情報が集まっていれば一緒に行くつもりだったのだが、初回で運良く未発見の【鬼哭迷宮】を見つけ、さらに運良く攻略し、【鬼哭迷宮】を始め【神代】に関する貴重すぎる日記帳やダンジョンアイテムを見つけてしまった。


 日記帳などはブライド爺にすらまだ秘匿しているが、妻には会った瞬間ばれそうで恐い。

 

「カナン様、今はただ楽しむ時ですぞ。奥方様の事は一時忘れましょう。しかし、いやはや。まさかこのような隠し玉まであるとは……永住したいですぞー。むんはー」


 先程からの声を聞いていたブライド爺はそんな事を言うが、まるで溶けたスライムのようにだらしなく寛いでいる。

 身体は幸福で弛緩し、顔は蕩けた笑顔で固定されていた。


 普段のブライド爺ではあり得ない姿だ。


 どんな時でも優雅に構え、主に恥をかかせない働きぶり。

 若い頃は多くの女性を泣かせてきた整った顔は老いてからもなおそれ自体を魅力にし、献身的な働きぶりには幾度も助けられた頼れる存在だ。


 しかし一点だけ、ブライド爺には弱点があった。


「普段からは……相変わらず、想像できない姿だな」


 それは温泉――特に一部の【鬼哭迷宮】にしか存在しない、世にも珍しい豊富な【神秘】を含有する迷宮温泉に目がない事である。

 しかしそれもある意味仕方のない事なのだろう。


 ブライド爺は、三百五十歳を越える古き【吸血鬼ヴァンパイア】だ。

 見た目は六十代くらいに見えるものの、その肉体には老いが確かに存在し、それが生涯現役を目標に掲げるブライド爺にとっては悩みの種になっている。

 関節の痛み、時折霞む視界、回復力の低下、体力の衰えなど、昔よりも問題は増えている。


 そんな老いに対抗する為に日々の訓練やバランスの良い食事療法など色々な事に手を出していたのだが、行き着いた先が迷宮温泉だったという訳だ。

 性格的に凝り性なところがあり、また長命種なので長年世界中を渡り歩いた結果、世界規模で会員がいる【迷宮温泉秘湯巡り協会】の筆頭議長を長年務め、今では名誉協会長などと言う肩書まで持っている。


 世界有数の迷宮温泉オタク、そう表現していいだろう。


「ふぉっふぉっふぉ。湯の中でくらい、世俗の柵を忘れてもいいではありませぬか」


「まあ、違いない」


 【鬼哭迷宮】は多種多様である。

 古代の自然を残す巨大な森、地下へ続く道と小部屋、天高く続く古塔、世界を巡る船、威厳のある城塞などなど。

 そんな中の一部にしかない迷宮温泉といえば、有名どころでは巨大な螺旋火山を中心に過酷極まる環境が広がる【鬼哭神火山】の【母竜再誕の秘湯】や、私達一族が保有する凍てつく【絶凍氷血鬼海】に存在する入れば凍るが死ぬ事はない【愛情氷血の冷湯】があるだろう。


「しかし、本当に凄いな、ここのは」


 湯をすくい、顔から浴びる。

 皮膚から浸透してくる濃厚な【神秘】によって体内から浄化されるような心地よさ。

 老廃物は分解され、衰えていた細胞は活性化。血液が滞るような場所は改善し、まるで全身が若返るような感覚もある。

 体内ではただ入っているだけで魔導炉――魔力を生み出す内臓――が僅かながらも拡張され、それでも尽きぬ【神秘】は遥か過去である【神代】に生きた生物達に近づくように進化しているような気さえした。


 迷宮温泉にはそれぞれの特徴があり、例えば【母竜再誕の秘湯】なら肉体が欠損していようが治ってしまうくらい強力な効能があるし、【愛情氷血の冷湯】には好きな相手を振り向かせるような縁結びのような効能がある。


 何故そうなるのか。

 現代では解読できない【神秘】そのものではあるが、今回入っている迷宮温泉【喰界鬼神の命湯】はこれまで確認された迷宮温泉のどれにも当てはまらない。


 迷宮温泉には複数の効能があるものだが、【喰界鬼神の命湯】は何というのだろうか。

 全てが揃っている、とでも言えばいいのだろうか。


 濃密だが湯として経由する事で入った者に何かしらの害を与える事なく力を与え、ただ入るだけで生物としての格を上げる。

 そんな、ありえないほど破格な迷宮温泉である。


(しかし、何が切っ掛けだ? やはり最後まで到達できたからか?)


 そして世界の秘宝、そう言っても過言ではない【喰界鬼神の命湯】に今入っていると、どうしても過る疑問。


(やはり、その謎を知るには日記を全て紐解くしかない、か)


 元々、ブライド爺が案内してくれた迷宮温泉は別にある。

 迷宮区画よりも下にある、麓の宿屋だ。そこには大勢が入れる大衆浴場があり、露天風呂も備わっていた。

 宿屋には娯楽施設も豊富で、旅行として来ても長期間楽しむ事ができるだろう。

 木材など季節を取り込んだり素材の良さを楽しむ古代和風建築なので心も落ち着くし、出される料理など絶品ばかり。

 それに迷宮温泉に入りながら極上の迷宮酒まで楽しめるというサービスまであった。


 確かにあれはあれで素晴らしいモノだった。

 ブライド爺が絶賛するほどの湯質であり、私の中でも間違いなく上位に入るだろう。


 しかし【喰界鬼神の命湯】を知った今では、やや見劣りしてしまう。

 

(が、今は楽しもう。日記を読むのは、精神的に疲れるからな……)


 癒されながら、少し過去を振り返る。


 私達が麓の宿屋の迷宮温泉を楽しんだ後、ゆっくり寛いでいた時である。

 【神代】で既にあったのかと驚愕したマッサージチェア――学術的な大発見であり、この発見は学説を幾つか覆す可能性を秘めている――を丁寧に調べ、実際に体験していた私に声をかけてくる者がいた。


 それはとても美しいエルフの女性だった。

 

 青みがかった銀色の髪。端正な顔立ちは作り物のように美しく、碧眼はまるで宝石のようだった。

 身に纏うのは桜色の気品ある着物。着こなすその姿はある種の魅力を帯びている。


 天女のようなエルフの女性としばらく話したのだが、エルフの女性はどうやらココの女将さんらしい。

 名前は教えてくれなかったが、ここは女将エルフとしておこう。

 女将エルフの話は興味深く、先ほどまで入っていた迷宮温泉【鬼軍の浄湯】の歴史や周辺施設の詳しい情報が多かった。


 そして女将エルフの真意までは分からないが、最後には『良ければこれをどうぞ』と言って一枚の金属板を私に差し出した。


 ちょうどクレジットカードのような大きさの、黄金で造られた板である。

 何やら幾何学模様が刻まれ、赤銀色に輝く宝玉が嵌め込まれ板からは【神秘】が感じられる。

 聞けば、ある種の鍵としての役割を持つという。


 金属板の詳細までは女将エルフは語ってくれなかったが、妖艶な笑みを浮かべ、使い方だけ教えてくれた。

 どうやらこれを使う事で頂上付近まで登れるらしい。


 なるほど、と思った。


 というのも、迷宮区画の出入り口がある黒鬼頭岩クロキトウガンは中腹にあり、そこから上は巨大な壁と番兵によって行く事が出来なかった。


 何かしらの鍵が足りないのだろう、と思っていたのだが、まさにそうだったらしい。


『さて、どうする?』


『無論、行かねばなりますまい』


 そしてスッカリ夜になっていたが、街頭によってまだまだ明るかったため、私とブライド爺は他の部下達と合流する前に行ってみる事にしたのである。

 未踏破区画に行く、というのも魅力の一つではあるが、女将エルフはこう言ったからだ。


『至高の湯は、そこにありますよ』


 妖艶な笑みを浮かべてそう言い放ち、去っていった女将エルフ。

 嘘か真か、それはともかく確かめねばならないだろう。


 という事で行動した私達は時が過ぎ、現在に至る。


「研究用にいくらか持って帰ろう。うん、あくまでも研究用にだ、研究用に」


 どこか言い訳するようにそう呟きながら、改めて肩まで湯に浸かった。

 身体を縁に預け、空を見上げる。

 惚れ惚れするほど綺麗な星々がそこにはあった。


「あー、あー。永住したい」


 本音を漏らしながら、私達は蕩けた。

 至福の一時だが、現実からは逃げられない。それは分かっている。

 しかしそれでも蕩けていたい。


 ああ、迷宮温泉は至高であった。

 私達の心身は、すっかり魅了されてしまった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ