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Re:Monster(リモンスター)――刺殺から始まる怪物転生記――  作者: 金斬 児狐
外伝 過ぎ去りし神代の足跡――鬼神の系譜――
12/12

星海の追憶1 ≪1:7~1:9 新人時代3≫

≪1:7 スペースドラゴン 若鳥社長は見た!≫



 ――【罪人喰いクリミナルイーター】と【ズゥーダ・グレイス】の遭遇。

 ――そこから時は少々巻き戻り、場所は星を飛び越え宇宙へと移る。





 無数の作業用アームが伸びる平たい台座。

 それに乗った黄金卵の腹が横にギザギザに開き、その中に作業用アームが掴んだ有用な資源が回収される。

 まるで卵の中身を補充するような、あるいは卵形の生物の捕食行為のような行動。

 大型のメインモニターのあちこちで繰り返し映るそんな光景を見ながら、船長席にて悠々自適に過ごす星人が一人。


『クェーー。楽すぎてもう、元の生活には戻れんクェーー。クェ、良さそうなの発見発見。要回収要回収、っと、クェーー』


 船長席に座すのは鷲に似た頭部を持ち、背中に一対の翼を持つ動物系星人アニマリアンに分類されるガルナーダ星人のフールー・マグダレンという男性である。

 三兄弟の長兄であり、歳はまだ三十と若く、二周期前に小さいながらも代々続く資源回収企業『ヤツバラノ』を受け継いだ社長として業務に就いていた。


『クェーーー! コイツァ最新の星間船に使われてるって話の、EFB装甲じゃないクァーーー! しかも【宇宙怪獣】らしき牙と肉片付きとは、また金になりそうなお宝だクェーーー!』


 資源回収企業『ヤツバラノ』の主な商品は回収した資源である。


 というのも、母星から宇宙へと進出するだけの文明発展を成した星人は活動の幅が広がるに伴い、スペースコロニーや星間船を住まいとする者が多くなる。

 するとスペースコロニーや星間船では母星がある場合と比べて使える資源はどうしても限られる場合が多く、それを補う為にあらゆる資源の回収が重要な仕事となっている事は想像できるだろうか。


 星人によっては僅かな物資で生存できるように進化した者も居るが、基本的には相応の物資が必要になる。


 ある程度はリサイクルなどによって必要な物資を確保し日々の糧にするがそれにも限界は存在する為、そこに目を付けてフールーの資源回収企業『ヤツバラノ』のように資源回収を行い、それで得た物資を販売する事を生業とする者達が誕生したのである。


 そんな訳で最新の装甲とそれを貫く【宇宙怪獣】の牙と肉片という、かなりの高額で売れる資源になりそうなお宝を発見したフールーは嘴と背中の翼を広げて興奮しつつ、ヒトと同じように発達した手足に備わる鋭い鉤爪の生える指で仮想パネルをポチポチ叩き、『回収対象』を指定し『最優先』のタグをつける。


 そんな大雑把な指示ながら、フールーが乗るシロナガスクジラのような造形の『アヴァロン社』製大型工作星間船【インデグレッソ015F型 船名:ヴァーハナン号】に搭載されている美少女型の電子精霊【バロット・ダウジオン】がそれを行う最適解を即座に計算する。

 回収時に障害になりえるデブリの回避や、回収する資源の持つエネルギーによって発生しえる不慮の事故を防ぐなど、考えられる様々な不安要素を出来る限り排除するためにそういった計算は必須だからだ。


 そして僅か一秒にも満たぬ時間で構築された回収手順に従い、船外にて資源回収作業を行っている卵形宇宙資源無人回収機【ウフコック・ペンデュラン】が効率よく連携して資源回収を行った。

 総数百五十に達する【ウフコック・ペンデュラン】の内の十機ほどが周囲を漂うデブリを素早く掻い潜り、クルクルとゆっくり回転しながら進むEFB装甲を包囲するように移動する。

 そしてブースターを細かく噴かして微調整した後で台座の作業用アームを伸ばし、十機はほとんど同時にEFB装甲を掴んだ。


 宇宙空間を漂っていたEFB装甲が内包していたエネルギーが十機にかかるが、それも最小限に抑えるように計算されて掴まれた事でほとんど影響を出さずに終わる。

 そして掴まれたEFB装甲は【ウフコック・ペンデュラン】の内部倉庫に入れるには余りに大きかった事、そして大きな塊の方が高額で売れる可能性があった為、十機は解体する事無く作業用アームで掴んで固定したまま、フールーの乗る母艦【ヴァーハナン号】の大型拡張倉庫へと運んでいった。


 その際も障害物を最短コースで効率よく通り抜けていく。

 デブリと衝突する事も無く、熟練の操縦士が運転する工作星間船でも真似できないだろう曲芸染みた連携だった。


 やがて【ヴァーハナン号】の中央上部に存在する大型拡張倉庫の入り口に到達した【ウフコック・ペンデュラン】達は、ゆっくりと速度を落とした。

 入り口には内外を区分するエネルギーフィールドの防御膜が展開されているが、低速かつ許可装置が組み込まれている事で十機とEFB装甲は無事に通過した。


 メインモニターの一部がそれに合わせ、資源をより多く収納できるように改造された大型拡張倉庫を写す内部カメラ映像に切り替わる。

 メインモニターには無数の内部アームによって自動的に固定されていくEFB系装甲が映った。

 EFB系装甲に付着していた【宇宙怪獣】らしき生体片もまた自動的に回収され、個別に保管されていく。牙は固定され、肉片などは特殊培養液に満ちるポッドの中へ。

 その他にも、これまでの成果として大型格納庫に収納された多くの資源が映っていた。


『クェーーー。必要な資源もかなり集まったクェーーー』


 十機を再び船外に出して資源回収作業を続けながら、フールーは船長席近くに取り付けられた小型冷蔵庫の扉を開け、ストローのついたドリンクボトルを取り出した。

 中に入っているのはとある未開拓惑星に生息していた三頭一尾の毒蛇【ナガラージャ】を、オーガニックマテリアルによって合成された蒸留酒に漬け込んだ自家製酒である。


『クェーーー。しかしこうも都合よく順調に人生が進むと、怖いくらいだクェーーー』


 酒精が濃く、ガツンとパンチの効いたそれを飲んで酔っていい気分になりながら、作業の進行を映し続けるメインモニターから手元のサブモニターに視線を移したフールーは独り言ちる。


 サブモニターには、周囲の星域を示す星図が映し出されていた。


 現在フールーが資源回収を行っているのは、様々な要因によって周辺宙域から色々な物が流れ着く、とある辺境星域に存在する≪廃棄物の集積地 GY8356――P75≫である。


 広大な宇宙各所には、多量の金属を含む鉱山塊、精製すれば貴重な水にもなる混合液の氷、争って沈んだか何かが起きて放棄されたらしき星間船やその残骸、宇宙に棲まう【宇宙怪獣】の死体や生体片などといった混沌としたデブリが集まる特殊な宙域が存在する。

 そういった宙域は≪廃棄物の集積地≫と呼ばれ、ある種の宇宙鉱山のような場所として知られている。


『クェーーー、仕事中の酒は上手いクェーーー!』


 他では手に入らない希少な資源から普段の生活で多用する資源まで回収できる≪廃棄物の集積地≫の特性上、宇宙を漂う資源を回収して売る企業だけでなく、生活資源を確保しようとする一般人まで、幅広い存在にとって効率の良い資源回収場である事は間違いない。

 大手の資源回収企業にもなれば幾つもの≪廃棄物の集積地≫を抱え、効率的に有用物資の回収を行っている事はもはや常識である。


 しかし辺境星域にある≪廃棄物の集積地 GY8356――P75≫は確かに有用な鉱山になり得るものの、今までは長らく放置されてきた。


 理由は幾つかあるが、その一つは間違いなく立地だろう。

 主要星域から外れた辺境星域にあるため、既に主要星域かその近くの≪廃棄物の集積地≫を確保している大手企業にとっては運搬費や維持費などの面から都合が悪く、あまり魅力的では無かった。

 それに他と違い星間船などの加工品の流入が少なく、辺境星域だから討伐されずに残った凶悪な【宇宙怪獣】が居る可能性が高い事も開拓する力を持つ大手企業が手出ししなかった理由になる。


 次に、≪廃棄物の集積地≫という危険地帯・・・・で安全にかつ定期的に資源回収が可能な大型工作星間船を持っているのが、やはり大手企業ばかりだと言う事だろう。

 大手企業が手を出さない事から中小企業が手を出しやすい土壌は出来ていたが、無数の物資が集う≪廃棄物の集積地≫では、一般的な星間船の防衛を担う防御フィールドなどを中和する物質が含まれる場合がかなり多い。

 天然のアンチフィールドマテリアルの場合もあるが、多くの場合は戦闘用星間船などに搭載されたアンチフィールド弾やガスであり、そういったモノは中小型の工作星間船にとって致命的である。

 戦闘用など装甲自体を強化していたり、防御フィールドを特別に強化している場合はともかく、一般的な工作星間船で≪廃棄物の集積地≫で作業するのは大きな危険を伴うのだ。

 下手をすれば防御フィールドが消失した状態でデブリと衝突して撃沈する場合もあるし、それ以外にも≪廃棄物の集積地≫に流れ着いてそこに棲んでしまった【宇宙怪獣】との戦闘も考えられる。


 そういった事情から≪廃棄物の集積地≫での回収作業は装甲なども分厚いし各種機能が充実した大型工作星間船が望ましい訳だが、大型工作星間船は高額であり、維持費などの面で中小企業では中々手が出せなかった。


 などの理由から辺境星域にある≪廃棄物の集積地 GY8356――P75≫で活動したい大手企業は居らず、手を出したい中小企業は居ても安定して安全に資源回収する事が困難であり、その他にも複合的なそれぞれの理由から長年放置されていた。


 ――ちなみにそれでも挑んで、悲惨な事態となった企業は多くいたが、その結末は大抵同じである。


 しかし現在より一周期ほど前、とある零細の資源回収企業がその停滞を打ち破った。


 もちろん、それがフールーの資源回収企業『ヤツバラノ』である。


 切っ掛けは一つの発見だった。


 フールーはかつて、弟達と共にオンボロ小型工作星間船で今のように資源回収を行っていた。

 といっても、今のように安全で快適な艦内から指示を出し、【ウフコック・ペンデュラン】達がせっせと回収してくれるような状況ではない。


 フールーが小型工作星間船の舵を取り、弟達が船外活動服に着替えて命綱を頼りに物資に取り付いて採掘し資源を回収する、古臭く危険な作業である。

 使える装備は古く、故障もある、過酷な肉体労働ばかりで収益も乏しい。デブリとの接触で容易く命を失うギリギリの生活である。

 まさに零細企業とでも言うべき有様であり、貧乏だったがフールー達はいつか成功してやるのだと努力していた。


 そんな中、フールー達は無謀な挑戦をする事になった。

 理由は些細な事だった。

 スペースコロニーの酒場でありふれた安酒に酔い、そこで似たような境遇の同業者と些細な諍いを起こし、売り言葉に買い言葉でフールー達の暮らす辺境星域が辺境星域となる主な原因になった、とある【宇宙怪獣】が棲む星域に向かう事になったのである。


 遥か昔、当時の精鋭で構築された外宇宙探索隊と呼ばれる集団が居た。

 広大な宇宙に転がる未知を調査し、少しでも活動圏を広げるために各分野のエキスパートで構成された船団は多くの障害を乗り越え、現在の下地を造るのに大いに活躍した。

 それは銀河帝国の歴史に残る偉業ではあるが、その躍進も遂には途絶えた。


 辺境星域で外宇宙探索隊の前に立ちはだかったのはとある【宇宙怪獣】であり、その名は【レブゲンレバノン】という。


 【レブゲンレバノン】がどのような存在なのか、実際に判明している情報は非常に少ない。


 最初に襲われ撃沈した外宇宙探索船団索敵船【バルドレイド】や、その他の探索船に搭載されたあらゆる探知機や記録装置がその存在を観測出来なかった事。

 強固な防御フィールドと装甲は意味を成さずに理解不能な手段によって前兆もなく気化した事。

 薄らと紫色の何かが広がる宙域から外には基本的に出て来ない事。

 そして第一接触時に船団が半壊した後で行われた調査船一隻を犠牲にした調査から、これまでは未確認だった気体系あるいは非実体系の【宇宙怪獣】だと推察されるに留まっている事くらいである。


 そんな未知を纏う理解不能な【レブゲンレバノン】に遭遇した外宇宙探索隊は、様々な要因から手出しするべきではないと判断し、最低限の調査要員を残して――これが後にフールー達のような辺境星域の住人達の先駆けとなる――辺境星域以外に向けられる事となる。

 宇宙は広大であり、危険であり正体不明の【レブゲンレバノン】の居る宙域を越えた先に進まなくても他に選択肢は多い。

 仮に怒らせ、縄張りから移動を始めたらどれほどの被害を及ばすか。

 それを考えた時、処遇を先延ばしにする判断は間違いではないだろう。


 そして放置されて長い時が流れた現代では、誰も近寄ろうとしないある種の禁域となっていた。

 実際、これまでも【レブゲンレバノン】が縄張りとする宙域から出てきて被害が出た事はない。しかし入った者は誰も帰っては来なかった。

 辺境星域に住む者にとって、近寄るべきではない宙域として浸透している。


 しかしその先へ、下らない事を切っ掛けにフールー達は向かう事にしたのである。

 過去、似たような事をして帰ってこなかった星人は多い。いつの時代にも無謀な事をする者は絶えず、その愚かさの代償として命を無為に散らしてきたのである。


 今回のフールー達もその一員となる、筈だった。


 しかし、どういう訳か、フールー達は【レブゲンレバノン】の縄張りとされる宙域を無事に抜け、しばしの探索の後に新しい一つの星系を発見した。

 星系は一つの恒星と九つの惑星で構成されており、その中に現在≪シィーラーD4≫と名付けられた居住可能惑星が含まれていた。


 【レブゲンレバノン】によって、これまで発見されていなかった自然豊かな惑星だった。

 植物が生い茂り、生命が育まれ、生態系が構築されている。

 発見した当初、フールー達は歓喜した。


 何故なら未開拓惑星は多くの企業にとって最高の商品になり得る存在である。

 居住可能惑星として事業展開したり、その資源を商売にする事も可能である。

 用途は多岐にわたり、それから得られる富を想像してフールー達の興奮が止まない中、それでもまずは時間をかけて未開拓惑星を観察した。


 未開拓惑星保護法という法律があり、知的生命体が既に存在している場合は過度の接触は出来ない。

 仮に基準を満たす知的生命体が誕生しており、余計な干渉でその種の進化がねじ曲げられた場合、その罪は重いのである。

 何故なら順調に成長した知的生命体が今までに無い何かを生み出す可能性は捨てきれず、独特の芸術や技術や文明が発展をする事は歴史上に幾つも確認されている。


 その可能性の芽を潰さない為の法であり、その為フールー達は真剣に調査して、そして生命体で満ち溢れているが知的生命体はまだ誕生していない事を知る。

 その後は発見報告をエレメンタルネットワークを使って銀河帝国府の専門機関に報告し、そのまま即座に最優先開拓権を得て、実際に採掘を開始した。


 未開拓惑星は、発見者に多くの権利が認められる。

 正規の手続きを行い、規定の税金を納めていれば、フールー達は何の問題も無く仕事に取りかかれるのであった。


 そうしてフールー達が最初にしたのは、高エネルギー反応のある地下資源の採掘である。

 これまでに無い特殊なそれは金になると思った事から行ったのだが、その一部を得て、簡易的に調べたところでフールーは最優先開拓権の売却を決意した。


 兄弟間や一族の間で騒動が起こるも、フールーの強い意志で極々短期間の間に売却される運びとなった。

 フールーが売却する事にした理由は幾つかあり、『今すぐ惑星一つを開拓する力が無い』『時間がかかりすぎると大手企業などから圧力をかけられて潰される可能性が高い』『宇宙海賊などに襲われても防衛出来ない』などが大きな理由となる。

 最初は惑星開拓という巨大利権に興奮した兄弟や一族の間に考えられる不利益を冷静に考えれば、売却した方がまだ良いと判断したのだった。


 そして色々ありながらもフールーが選んだ売却先は『アヴァロン社』であった。


 早速『アヴァロン社』に連絡してみると、銀河的大企業らしく広大極まる情報網から既に情報を得ていたらしく、商談はスムーズに行われた。

 『アヴァロン社』でも惑星開拓事業はそこそこ大きな案件だったが、提出された高エネルギー反応体のサンプルが特に気を引いた為か、提示された対価はフールー達が驚くほど良い条件だったのである。


 高額の金銭はもちろん、資源回収企業として今後の大きな飛躍に繋がる大型工作星間船や無人回収機などの『アヴァロン社』製品の提供を始め、一定期間の修理保証や今後の商品購入時の値下げ、そしてフールー達が回収した資源の新しい販売先として『アヴァロン社』傘下の企業を幾つか紹介されている。


 それは一方的に搾取しても問題にならないほど規模も財力も権力も何もかも次元が異なる零細企業のフールー達を相手にしたにしては、余りにもフールー達にとって利益の方が大きすぎた。


 対価として支払われる星間船やその後の保障、と言う点では無い。


 持ち込んだ案件で『アヴァロン社』と取引できる。

 辺境星域などではその事だけでもある種の看板になる程には『アヴァロン社』は巨大なのだが、提示された対価は一度の取引では終わらずに今後も継続的に銀河的大企業である『アヴァロン社』との繋がりを持つ事が出来るという事である。


 それは大きな意味を持つ。

 フールー達が拠点を置く辺境星域における、フールー達の社会的な地位の大幅な上昇が起こるだろう。

 つまりある種の信頼が生まれ、情報が伝わるほどに商売相手は増えていく事になる。


 もちろん、『アヴァロン社』とてそういった事情を承知で対価を設定している。

 今回の対価も今後は辺境星域の先、つまり銀河帝国の勢力圏外となる外宇宙の探索へと乗り出す布石なのである。

 その際、物資を補給する時の仕入れ先の一つとしてとしてフールー達を選んだに過ぎない。早い話が現地協力員だ。

 他でも適当に見繕えたが、発見したという度胸や運などを加味したのであった。


 思惑はどうあれ、互いに有益な取引は締結され、そして現在に至る。


 フールー達は手堅く企業規模を拡大させながら資源回収を行いつつ、以前は設備の不足などで出来なかった回収した資源の加工などの付加価値をつけて販売している。

 慣れない仕事や複雑化する法的手続きなどに戸惑う事も多かったが、【ヴァーハナン号】に宿る電子精霊【バロット・ダウジオン】の的確な指摘やサポートにより、何とか乗り越えてきた。


 フールー達は、まさに世の春を謳歌しているのであった。


『キャプテン・フールー。【アースゲート・3号】に高エネルギー反応です』


『クェッ!? 今日は特に約束はない筈だクェーー? 前回は何やら大急ぎで帰っていたが、今回はまた、何があったんだクェーー? とりあえず、メインに映してクェーーー』


 広大な宇宙を航行する際、航行速度は大きな課題である。

 超長距離航行時はより速く目的地に行けるほどメリットが大きいのだが、普通であれば相応の時間が必要になる。


 それを解消する技術が今や一般的になっている【次元跳躍航法ワープ】なのだが、その際、入念な計算をして目的地を正確に指定しなければ恒星に飛び込んだり、凶悪な【宇宙怪獣】巣に飛び込むことがある。

 また相応のエネルギーを消費する為、遠距離になればなるほど消耗は激しい。


 そういった危険性や燃費問題などを下げるために昔から多用されているのが【ワープゲート】と呼ばれる特殊装置であり、幾つか種類がある中に数百周期前から多用され始めた【アースゲート】と呼ばれる円状転送装置がある。


 【アースゲート】は他の一般的な【ワープゲート】が【次元跳躍航法ワープ】と同じ理論で動いているのとは異なり、製造元である『アヴァロン社』が遥か昔から宇宙のあちらこちらで発見されているが一定周期で自動的に他の銀河と銀河を繋ぐ事以外、構造物質から銀河接続理論など何一つ解析されていない謎技術の塊である巨大なリング状構造体【スペスロド・ヴェカムイ】の一部を解析して造った代物である。

 恐らくは【超越者】により製造されたと思われるオリジナル程の性能は無い簡易版であり、【アースゲート】から別の【アースゲート】にしか飛べないものの、【アースゲート】に備え付けられた各種防衛機構を始め、好きな場所に設置できる利便性や星間船単独では難しい超長距離でも消耗を大幅に抑えて移動できるなどが理由で、かなりの高額商品だが売れている。

 維持費なども考えれば主要航路に設置し、通行料を取る事が多い。主要な惑星を繋ぐ交通網も既に構築されており、経済は賑わいを見せている。


 そんな事情はさて置き、フールー達は『アヴァロン社』やその傘下企業との関係で辺境星域の勢力内に三機ほど設置している。


 その中で【アースゲート・3号】は現在地から最も近く、そして≪シィーラーD4≫やその先に向かう際に多用される。


 フールー達は事情を知らないが、少し前に≪シィーラーD4≫で活動していた星間船の多くが帰還したのを確認している。

 その慌て方から何か問題が発生したのかも知れない、そう思っていた所に今回のコレである。


 フールーは不安げな表情を浮かべ、背中の翼を落ち着かなさそうに動かした。


『正常にゲート展開確認、ワープ反応増大。出て来ます』


 メインモニターに映し出される複数の星間船が並んでもまだ余裕が居るほど巨大なリング状の構造物。

 それが【アースゲート】であり、リング内には虹色の光の膜が形成されていた。


 そしてそう間を置く事も無く虹色の光に波紋を生じさせながら、【アースゲート】からそれは姿を現した。


『クェ、クェーー! ほ、本物クェーー!?』


 驚きの余り目を見開き、嘴を開いてどこか間抜けな顔のままフールーはメインモニターに釘付けになる。


 【アースゲート】から出て来たのは、一隻の星間船だった。

 しかしその姿は【宇宙怪獣】と見間違うほど生物的であり、フールーには生きているようにしか感じられなかった。


 実際、ある種の伝説として語られるその姿を知らなければ、フールーは【宇宙怪獣】としか思えなかっただろう。


 黄金に輝く六眼を持つ獰猛な蜥蜴に似た頭部。そこから伸びる十三本のまるで王冠のような雄々しき黒い竜角。

 鋭く白い竜牙が口の僅かな隙間から見え隠れし、その奥に宇宙を灼くような恐ろしい竜炎の輝きが僅かに顔を出す。

 燃えるような赤い竜鱗や竜殻に包まれた全身はその内部に秘められた生命の鼓動を感じさせ、背中に生えた三対六翼は優雅でありながら空間自体をかき混ぜるように力強く動いていた。

 

 その星間船はまさに≪竜≫である、としか表現できないだろう。


 絶対強者の前に出てしまった時のように、メインモニター越しでありながらフールーは震えながら呆然とその姿を見ていた。


『で、伝説のス、【宇宙竜スペースドラゴン】、だクェーー……』


 フールーがそう呟くのと、赤い竜型星間船が宇宙空間で聞こえてこないはずの咆哮を轟かせたのは同時だった。

 咆哮は周囲を圧するような衝撃波を撒き散らし、近くにあったデブリが塵と化すが、『アヴァロン社』製【宇宙竜スペースドラゴン】シリーズの一隻である竜型星間船は気にせず航行を再開した。


 竜翼が動き、まるで飛ぶように進んでいく。

 その速度は凄まじく、まるで彗星のように尾を引きながら、あっという間に飛び去っていく。

 その予測進路は≪シィーラーD4≫であり、フールーは何とも言い難い不安を抱く。


『な、何が起きて居るんだクェーー』


 飛び去った先を思い、フールーは不安を漏らすが、しかし誰も答えはくれなかった。




≪1:8 赤竜特急 救命戦闘≫



『諸君、私は今回全てのボーナスを得るつもりである!』


 目的地である≪シィーラーD4≫に向け、【アースゲート】なども用いた超高速航行を行っている『アヴァロン社』製【宇宙竜スペースドラゴン】型星間船7番艦――【メドラウド】専用竜王型星間船≪叛逆の赤王竜メドラウド≫の内部に存在するとある大部屋。


 そこでは個別に製造・調節された専用の強化外骨格や特殊武装などの装着を終え、作戦前の準備を完了した隊員がそれぞれ思い思いに過ごして寛いでいた。

 ある隊員は電子書籍に目を通し、ある隊員は自身の研究成果の論文作成を行い、ある隊員は週刊誌に掲載されている大人気漫画の原稿を描き、ある隊員は大量の料理を食べてエネルギー補給を行っている。


 作戦前だが緊張感の緩いそんな一室にて、今回参加する総数十六名の隊員の前で、完全武装状態で仁王立ちしてそう宣言する那由他先輩に俺達は苦笑するしかなかった。


 そして俺と同じように苦笑いしながら、隣にいる同期の霧壺真弓きりつぼまゆみが問いかけた。


『旦那さんにプレゼントですか?』


『ん……まあ、な。前々からプレゼントしようと思っていた物がオークションに出てたから、金を作る必要があってな』


 ズバリと理由を突かれたからか、那由他先輩は照れくさそうに後頭部に手をやった。

 ピッチリとした身体の凹凸がハッキリとわかるラバースーツに青いラインが走る装甲を追加したドレスのようなデザインの強化外骨格【女帝エンプレス】を装備した那由他先輩は、頬を染めて恥ずかしそうにそう言った。


 那由他先輩が張り切る理由の大半は、基本的に旦那さん関係だ。

 那由他先輩の旦那さんは、『アヴァロン社』の製品開発部統括長の重役を担う天才である。

 基本的に俺達が使う武装も旦那さんが開発に関係しているため、個人に合わせた武装を造る際にはお世話になる存在だ。

 色々と変わっている人ではあるが、頼りになるのは間違いない。俺の武装も旦那さんと話し合い、最高の品を用意して貰っている。

 前線に出る俺達を支援してくれる後方の親玉みたいな存在なので、公私において逆らえない人だと思えばいいだろう。


 そんな旦那さんを持つ那由他先輩だが、聞いた話では那由他先輩の方が学生時代に二つ年上の旦那さんに一目惚れして、押して押して押しまくり、モノにしたという。

 肉食系の積極性だろうか。普段から人を屈服させるのに長けた那由他先輩らしい戦術である。

 それほど惚れているのだから、二人きりの時は猛獣が可愛らしい愛玩動物ペットになるのだろうか。なんて恐ろしい想像が生まれるのは仕方ないだろう。


 恐い物見たさで、気になる部分であった。


『カナタ、何か言いたげだな?』


『いいえ、滅相もありません。夫婦仲が良好なようで、いいじゃないですか』


 怪物の尾を踏む一歩手前で、何とか回避する。

 心臓を射貫かれるような悪寒。人の命を蟲のように摘み取る捕食者の眼光に背筋が凍る。

 凶悪な牙の生えた猛獣の口が眼前で大きく開かれ、ムワッと咽せるような吐息を感じるような錯覚もする。

 アブナイ。那由他先輩は危険でアブナイ。


『ふん、ともかくだ。私が単独でボーナスを独占してもいいが、それでは皆が不満だろう。だから五分待つ。五分を過ぎれば、私は加減無く対象を鏖殺するつもりなので、各員気を引き締めるように』


 堂々と皆の前で宣告する那由他先輩は、嫌そうな顔をする俺達に向けて不敵な笑みを浮かべるのだった。

 実際、本気の那由他先輩が全力で行動すると恐ろしい事になる。

 ボーナス目当ての隊員は、皆一様に気合を入れるのであった。


 と言うやり取りがあったのが、≪叛逆の赤王竜メドラウド≫が≪シィーラーD4≫に到着する少し前。

 大気圏に突入し、構築されていた拠点上空に到達する直前の事である。


 ともかく、そんな事があった為、今回は隊員の殆どがまだ地上につく前に飛び出し、それぞれ標的が居そうな場所へと自由に行動を開始した。

 俺もそれに乗じて高度一万メートルほどで飛び出し、低温と低酸素の凍てつく中で強化外骨格の背面装甲に取り付けられた拡張外装エンハンスト・アタッチメントの一つ――飛翔煌翼【神炎の天翼ウリエルNO.4】を起動。

 肩甲骨辺りにある掌に納める程度の大きさの二つの円盤からまるで炎で構築されたような三対六翼が即座に展開され、擬似重力によって浮遊し、炎翼によって浮遊する俺の身体は砲弾のように急加速した。


 吹き飛ぶように景色が後方に流れる程の速度の中で、俺は要救助者または排除対象を求めて暫く飛んだ。

 ≪シィーラーD4≫は植物が生い茂る自然豊かな惑星だったので動植物が豊富である。

 それは普通に考えればいい事なのだが、その中から目標を探すとなると苦労する。

 生命探知を行っても大型の原生生物などの反応が邪魔をし、植物によって見通しが悪い。五分という時間制限がある中で、そういった要因は中々に邪魔である。


 目ぼしい発見もなく一分ほど上空を飛び回って探している間にも、何やら標的を見付けたとの通信が入る。

 見つけたのは先輩の一人であり、それがどうやら【進化体エボルブ】だったらしい。

 喜んで殲滅するべく、行動を始めた先輩――コードネーム【巨兵カイルス】が遥か遠くで戦闘を始めたのが上空から確認できた。

 下手な星間船よりも巨大な全高百メートルにも達するギガース級巨人型強化外骨格と、似たような大きさの巨大な亀型【進化体】との戦闘である。

 見上げるほどの巨人の鉄拳は秘めた破壊力を発揮するべく、それが巨大な亀型の【進化体】の甲羅を殴打。

 その際発生した太い樹木が紙のように吹き飛ぶほどの衝撃波が周囲を蹂躙していくが、【進化体】は揺らぎはするが健在だ。

 反撃として【進化体】の甲羅の一部が無数の砲身のように変形し、まるで噴火したように青白く燃える岩塊を吹き出して巨人を襲う。

 火山の噴火のような攻撃だったが巨人は両腕で直撃する岩塊の軌道を巧みに逸らす。直撃こそ回避したようだが、それでも無傷ではないだろう。両腕には負荷が生じ、装甲には何かしらの損傷があるだろう。

 また岩塊の炎が周囲の樹木に引火したのか激しい炎と黒煙が発生した。岩塊の温度が高いにしても水分を多く含む生木が燃えるには早過ぎる為、恐らく周囲の樹木は燃えやすい種類なのだろう。

 あっという間に巨人と【進化体】の足元は炎が広がり、黒煙が包み込んでいく。

 まるで煉獄の中で恐ろしい怪物と戦う英雄のような状況だなと、遠目で見て思うのだった。


 その他にも連絡が幾つかは入り、その度に遠くで雷鳴が轟き、寸分も見通せぬ濃霧が発生し、荒々しく剣のように大地が隆起し、局地的な台風が吹き荒れ、幾つかの隕石が天から落下してくる。


 全て先輩方の仕業である。

 やる事が派手な先輩方に負けじと俺も探索を続け、そして一分後になってようやく見つけた。


 見つけたのは要救助者一名と、排除対象である【進化体】の一体だ。

 運がいい事に要救助者は生存しているが、それも風前の灯火。

 今まさに殺されようとしている、という場面だったので俺は慌てて急降下し、蟷螂のような腕の一振りを手に持つ超電磁螺旋槍【PDR六式・改】を使って弾き、ついでにその頭部も蹴り上げる。

 そのまま回転して地面に着地し、ズシンと凹ませながら顔を上げて状況確認を行った。


 疑似重力によって落下の衝撃を緩和した身体に問題無し。

 強化外骨格の方には無茶な機動のせいで多少過負荷があったが、許容範囲内である。


 要救助者の損傷は甚大だが早急な治療により命は確保できると思われる。

 悠長に介抱する時間も無いため、とりあえず治療用強化ナノマシンが搭載された無針注射器を首筋に投擲。

 親指くらいの大きさと太さしかない無針注射器は首筋に当たると自動的に張り付いてナノマシンを注入し、青ざめた顔は直ぐに緩む。流石の効き目だった。


 そして眼前にいる頭部を蹴った【進化体】はふらつき、しかし生存している。頭部の痛打によりコチラを警戒しているが、それを上回る憤怒の感情が向けられる。

 隙を見せれば即座に襲いかかってくるだろう。歯を打ち鳴らしたり鎌を擦るなどして耳障りな警戒音を出している姿はコチラの集中を逸らす狙いでもあるのだろうか。


 ともあれ、【進化体】の頭部に決まった蹴りは落下時の勢いもあったので普通ならそのまま頭部が飛んでいく程の勢いがあったのだが、大きく蹴り飛ばされながらもまだ死んでいないので【進化体】の生体評価を上方修正する。

 また本能を抑え、我慢し戦略的に敵を追い詰めようとする知性の高さも加えて全体的な脅威度を評価修正。事前に得ていた資料よりも遙かに強く進化しているようで、中々の難敵だ。

 あまり手の内を見せず、短期決戦で仕留める必要があるだろう。

 これが【進化体】か、と思わず舌なめずりをしてしまうが仕方あるまい。

 強者は美味い。美味いなら喰う。喰って血肉と力にする。食欲という、三大欲求の一つが吼え猛る。


『こちら【罪人喰いクリミナルイーター】、要救助者一名と排除対象NO.3を確認。確保救命と敵撃滅を開始する』


 本音と本能はともかく、状況を支配するべく頭は冷静に計算し、鍛えた身体は素直に動く。

 【進化体】の鎌による斬撃を掻い潜り、俺はその身を穿たんと穂先を突き出した。

 超電磁螺旋槍【PDR六式・改】の穂先は超高速回転するドリルだ。甲高い音を響かせながら胴体に迫るが、直前で小振りな鎌が軌道を逸らした。

 その際には異音と火花が飛び散り、互いに反発するように弾ける。


 その勢いのまま俺と【進化体】は少し後退し、体勢を整えたと同時に前へ踏み込む。


『お、やるな! とりあえずその肉置いてけ!』


 強者の肉はだいたい美味である。

 刺突を弾く能力があるなら味も期待できるに違いない。

 本能の叫びのままに、一つの狩りが始まった。




≪1:9 任務完了 帰路≫




 結果から先に言うと、【進化体】は全て討伐、あるいは捕獲された。


「おうっふ……うんまぁ」


 俺と遭遇した【進化体】――個体名【ズゥーダ・グレイス】は、多少手間取ったが無事に討伐した。


 しかし高速で振り回された鋭い鎌の斬撃によって近接武装が二つ破壊され、その上脇腹を小振りな鎌で斬られてしまった。

 頭部と胴体を【PDR六式・改】で抉り穿ち、切り離して仕留めたと思ってしまったその油断を突かれたのだ。どうやら昆虫のような神経節まで持っていたらしく、致命傷を受けてもある程度動けるらしい。

 油断から脇腹を斬られ、腸や腎臓などが斬られはしたが既に治療済みで痛みも違和感も無いけれど、この一撃のせいで今回の任務で一番被害を受けた隊員という不名誉を得てしまう。


 【進化体】の討伐・捕獲を成功させ、二名ながら生存者を保護し、犠牲者の遺骸か遺品の回収を済ませた俺達は【メドラウド】専用竜王型星間船≪叛逆の赤王竜メドラウド≫に乗って帰路につく。

 そして帰路では当然、俺は何度も弄られる対象となってしまったのだった。


 フォローしてくれる優しい先輩も多いが、ネチネチと精神を甚振る事に愉悦を見出す先輩もいる。

 しかも正論を並べて攻め立ててくるせいでまともな反論も出来ず、俺は精神をすり減らす事になったがまあ仕方ないとも思う。

 自分の油断が招いた結果だからだ。下手すれば死んでいた可能性も否定できない為、ただずっと黙して耐える。

 まあ、先輩方の失敗談なども聞けたので、今後の糧になる事も多かったので悪い事ばかりではない。


 ただ那由他先輩の普段よりも激しい訓練には流石に疲労困憊である。

 どうやら醜態をさらしてしまった俺にご立腹だったらしく、何度三途の川を渡りかけただろうか。

 例え心臓が停止しても極短時間なら蘇生してくれる他の先輩が居なければ戻ってこれなかった可能性も否定できないのが恐ろしい事実である。


 しかしそれでも何とかやり過ごし、心身の癒しを求めて食堂にやって来た俺は、失った血の補充も兼ねて仕留めたズゥーダ・グレイスの肉を調理して食べていた。

 普段食べているオーガニックマテリアルによって作られた料理の方が栄養バランス的にはいいがアレはどこか味気なく、ただ調味料を振って焼いただけの肉料理の方が美味いのである。


「おーおー! どっぷり血を流しちまったからなぁ、普段よりも美味いかぁ?」


「ブボォッ! ウゲッホウゲッホ、っつ……ああ、ガーフェス先輩ですか、やっぱり」


 焼いた肉を喰う。

 それも自分が仕留めた強敵の肉を。


 そんな至福の時だったが、気配もなく背中を強かに叩かれる。

 思わず皿に盛られた料理に顔からぶつかりそうになるのを苦痛を漏らしながら何とかこらえて顔だけ振り向くと、そこにいたのはスキンヘッドの黒人であるガーフェス・ブレイズ先輩だった。

 コードネーム【巨兵カイルス】を与えられただけあって生身でも二メートルをやや超える恵まれた体格に、鍛え上げられた分厚い筋肉の鎧を纏う大男である。

 ガサツで嘘も付けない大雑把な性格だが裏表もなく、行動が意思の全てを体現するような先輩だ。


「今回は失敗しちまったが、カナタは見所があるからなッ! もっと肉喰え、肉ッ。特別に俺が仕留めた【進化体】の肉もやろうッ! 肉を喰って筋肉作れよッ! ンガッハッハッハッハ!!」


 バシンバシンと背中を叩いたガーフェス先輩は、それだけ言うと巨大ジョッキを片手に食堂を出てまたどこかに行ってしまった。

 コチラの反応など意に介さない行動の速さには中々ついていけず、その後ろ姿を見送る事しかできなかった。

 だがいつの間にかズゥーダ・グレイスの肉料理の置かれたテーブルには新しい料理が乗っていた。


 ガーフェス先輩が言う通りなら、ガーフェス先輩が戦っていた亀型から作られた料理だ。

 しかも厳つい見た目に反して料理が趣味なガーフェイス先輩が態々作ってくれたらしい。


 バンバンと力強過ぎる太く大きな掌で叩かれた背中は鈍痛が走り、下手すれば骨に罅でも入ってそうなほど物理的な被害があったものの、美味そうな匂いに釣られて中々に憎めない。

 何だかんだで後輩である俺を心配してくれているのが分かるからだろうか。


 他の先輩方の弄りが精神的な重圧も伴っている場合と比べれば、分かりやすいだけに気楽なものだ。


「ありがたく、頂きます」


 一先ずズゥーダ・グレイスの肉料理を横に置き、美味そうな匂いを発する亀料理に手を伸ばす。


 亀料理は甲羅の一部を流用したらしい即席の鍋を使った料理であり、中には肉と血のように赤いスープが入っている。

 野菜の類は見られない肉だけで作られたような亀鍋だったので、大きな肉がゴロゴロと入ったそれに箸を入れて肉をとり、ハフりと食べる。

 途端口内で広がる肉の味。滋養に満ちた肉の栄養は疲弊した肉体を癒す原材料だ。

 体内のナノマシン達が亀肉の栄養を全身に送り届けて全身の細胞が活性化しているのが分かるような気さえする。

 また、幾つか新しいアビリティも得る事が出来た。

 ズゥーダ・グレイスの肉料理と胃で合流し、互いの相乗効果なのか単独で食べた時よりも俺の【超能力】の恩恵が多いらしい。

 熱い亀料理のせいでホフホフ言いながら楽しい料理の時間は過ぎていく。


 無事任務が終わった後の料理は、また格別に美味いなぁ、と思いつつ、帰ったら帰ったで今回の反省を生かすためにまた厳しい訓練が待っている事を思い出して若干気分が沈んだ。

 簡易訓練所での訓練を終えた後、寝転んで息も絶え絶えな俺を見下ろしながら那由他先輩が『帰ったら訓練をもっと厳しくするぞ』と言っていたので、生死を行きかうような訓練は確定事項なのだ。


 どんな場面でも死なない様に鍛えてくれるのは有難いが、正直訓練で死にそうである。


 しかし、この広大な宇宙で今回の【進化体】のような美味い獲物が居る限り、俺は絶対に死んでやらん。

 もっと美味いものを喰って、喰って、喰いまくってやるのだから。


 まあ、今はそんな未来を思うのではなく、美味い料理を楽しむ事にしようか。



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