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Re:Monster(リモンスター)――刺殺から始まる怪物転生記――  作者: 金斬 児狐
外伝 過ぎ去りし神代の足跡――鬼神の系譜――
11/12

星海の追憶1 ≪1:4~1:6 新人時代2≫

≪1:4 強化鍛錬、愛血指導≫



 轟、と全身が内部から爆ぜたような凄まじい衝撃。

 砕けそうになるほど歯を食いしばり耐えようとしてみたが、象に踏み潰される蟻のように抵抗は無意味だった。


「ふんぐふォッ!」


 腹部にめり込む那由多先輩――艶のある黒髪をポニーテールにし、ピッチリとした加重トレーニングウェア姿の女神のような美女――の拳に俺は耐えきれず、両足は踏ん張る事すら出来ずに身体は後方に殴り飛ばされボールの如く激しくバウンドする事十回。

 何とか受け身をとりたいが、外へ広がろうとする手足を引き締め身を丸めて勢いに逆らわないようにするので精一杯だ。

 下手に動けば増大する遠心力と負荷で手足が折れかねない。

 バウンドするほどの勢いがなくなった後も、巨人型星人の使用も考えて造られた大型道場の強化畳の上をかなりの距離転がった。

 ようやく止まった時には、全身に広がる鈍痛ですぐには動けなかった。


「オボッ! ウゲッゲ!」


 全身に受けた衝撃と痛みで震える両手を使って何とか上体を起こそうとするが、その前にゴボリと口から吐血した。

 生体金属に置換されていた肋骨が数本折れ、その幾つかが内臓に突き刺さっているのが分かる。

 それ以外にも全身の打撲、脊髄を痛めたのか手足の末端にまで広がる痺れ。殴られた箇所は熱した杭を撃ち込まれたかのように熱く、全身各所の骨の罅や筋肉の断裂、内臓の損傷など数え切れない。


 一撃で受けたにしては余りにも重大なダメージではあるが、それでも体内を流れる『アヴァロン社』製【メドラウド】専用カスタムナノマシン【ヘラクレスD7R】による高速治癒と、生体強化手術によって得た強靭な生命力、そして俺の持つとある【超能力】の副次効果によって即座に死ぬ事は無い程度にまで抑えられている。


 常人なら今頃爆発四散していただろう。


「ゴブッ、ウエップ!」


 とはいえ、致命傷に近い重傷が痛く無いわけではない。

 激痛で目の前は霞み、意識が飛びそうになるが痛みのせいで気絶も出来ない。


「そら、痛みで動きが止まっているぞ。実戦でそれは命取りだ」


 吐血し蹲ったままの俺に対する那由多先輩の追撃は、スラリと伸びる美しい脚を大きく持ち上げ勢い良く振り落とす踵落としだった。

 まるで断頭台ギロチンの刃の如きそれは、受ければ流石に致命的。強化された頭蓋骨ですら耐えられないだろう破壊を秘めている。


「ゲボッ、グボボッ」


 吐血しながら身体を捻り、強化畳の上を転がって避ける。直後に先程までいた強化畳が爆裂したように爆ぜた。

 その威力に戦慄するよりも前に、迫る死の気配は途切れない。更に回転を続けた。


「よく避けたッ、だがまだ気を抜くには早いぞッ」


 那由多先輩は一撃が外れるや否や、強化畳を陥没させた場所を起点に高速前宙返り。残像が見えるほど速く、軸の全くブレない見事なそれは、地に這う蟲――残念ながら今回は俺である――を叩き潰す巨神の一撃にも似た両脚の踏みつけスタンプだった。


 凹凸のハッキリとした抜群の体型を持つ那由多先輩の体重は、見かけに反してかなり重い。

 それは豊満な胸部に備えた脂肪の他に、生体強化手術によって骨格筋肉血管神経内臓など強化生体組織に置換されているからなのだが、それはさて置き。


 全重量と勢いの乗った踏みつけは踵落としよりも更に速く強く、受ければ無事では済まない。

 止まる事無く転がって避け、陥没する強化畳に寒気が走りつつ、しかし転がり続けるしかなかった。

 何故なら那由多先輩が止まらないからだ。

 見事な機動で連続高速前宙返りを行い、転がって逃げる俺を追撃する那由多先輩はまるで木材を斬る電動丸鋸だ。

 流れに飲まれれば強化畳を細断するような踏みつけで身体は呆気なく引き千切れかねない。

 死地はまさに目前だった。


「グボボボボボッ」


 転がる事で内臓に突き刺さっている骨が更に深く突き刺さる。

 吐血は更に勢いを増し、悶絶したいほどの激痛で動きが鈍りかけるが止まれない。止まればそこで終わってしまう。


「逃げるだけではすぐに終わるぞッ」


「グボボッ、ウッツ、まっ、たくッ、オゲェそのとお、りですねオロロロロ」


 骨がより深く突き刺さったのだろう。大量に吐血し、ついでに黄色い胃液やドロドロの内容物も撒き散らしながら、形勢不利と承知で那由多先輩から逃走を続けるしかなかった。

 顔はもちろん全身血と吐瀉物に塗れ、非常に情けない姿ではあるが外見など気にする余裕はない。

 死んでいない。殺されていない。まだ動く事が出来る。


 その事実が重要だった。


 精神で激痛をねじ伏せ、ひたすら回転して避け、那由多先輩もまた回転して追撃してくるこの流れはしばらく続いたが、攻撃と回避は一時的に拮抗しても分が悪いのは俺の方だ。


「さぁもう逃げ場はないぞッ」


 何事にも容量があるように、当然大型道場の広さにも限りがある。

 このまま転がって逃げるだけでは追い詰められて終わるため、俺はタイミングを見計らって両手両足を使い、勢い良く跳ね上がった。

 同時に振り下ろされる破壊的な斧脚がボロボロのトレーニングウェアを掠め、引き千切っていくがギリギリのところで回避に成功し、壁に手足で張り付く。


 その直後に全身をバネに見立て、力を連動させて那由多先輩に向かって跳躍した。


「ブボロッ、せいッ」


 那由多先輩の頭部を狙った右脚の飛び回し蹴り。脳に学習装置で叩き込まれた様々な武術を実際に使った経験を自分なりに昇華し、全体重を乗せた特攻の一撃だ。

 防御は既に考えない。躊躇えば那由多先輩に叩き潰されるだけで終わってしまう。

 乾坤一擲、蜂の一刺し、せめてもの反抗は、しかし見惚れるほど綺麗な笑みを浮かべた那由多先輩に届かない。


「良い反撃、良い気迫。しかし残念、まだ届かんよ、私にはな」


 そっと右脚に添えられた手が流れを完全に支配する。

 力の向きを変えられただけで蹴りの勢いはまるで風車を回す風のように流されて、視界は半回転。天地が入れ替わり、頭部に迫る那由多先輩の美脚。

 死神の鎌にも等しき蹴りを前に、極度の集中によってか見える世界が遅くなる。その中でも那由多先輩の蹴りは速い。

 何かを考える余裕はないが、咄嗟に身体は動く。

 流された力に逆らうよりも更に乗るように身体を捻り、全ての勢いを乗せた恐らく過去最高だろう左脚の一撃を頭部に繰り出す。

 爪先に気血を巡らせ、破城鎚が如き一撃が何かに触れたような感覚と共に――


「プゲラッ」


 ――反撃の結果を見る前に俺の頭部はボールのように蹴られ、身体が歪に動いてねじ曲がる。

 空中で何回転かし、身体は強化畳に落下した。

 そこで意識を保つ力は完全に失せ、ブツリと電源が落ちるように意識を手放す間際――


「あ」


 ――『あ』って何ですか那由多先輩!

 




≪1:5 カプセル・イン・ミート≫



「諸君、緊急任務だ。パターンはA4。まぁ、よくあるヤツだな」


 キリリとした那由多先輩の美声が照明を落とし、投影されたスクリーンを見やすくした作戦会議室に響く。

 女神のような美貌と完璧なスタイルの美女である那由多先輩の装備はピッチリとしたラバースーツ系の強化装甲服である。

 スラリと伸びる手足、凹凸のハッキリとした身体。艶のある黒い長髪はシニョンにされ、伝統技術と現代技術の融合によって作られた強化簪で纏められている。


 そんな那由多先輩は、まるで俺がいないモノのように他の先輩や同期の連中ばかりを見ている。

 ジト眼で注視する俺の視線に気がついているのは間違いないのに、完璧な無視を決め込んでいる。


「じー」


 口で効果音もつけてみた。

 ゴポゴポと声と一緒に泡が出た。


 近くに居た同期の一人――日森祈子ヒモリキコが堪えきれなくなったのか、こちらを伺い始める。オドオドとした性格も身体も小動物のような可愛い女性で、皆からマスコット扱いで可愛がられる。

 しかしキコは【メドラウド】に所属できるレベルの【超能力兵サイキックソルジャー】の一人であり、身体から生体毒から鉱物毒など自由に生成できる【超能力】――【毒物生成能力ポイズンプラント】を駆使する、あらゆる毒物のエキスパートである。

 肉体的な戦闘技術は拙いモノの、毒ガスや毒トラップによる広範囲攻撃を得意とする。

 コードネームは【毒鳥ピトフーイ】。

 虐殺から無力化までそつなく熟す様は、弱いからこそ毒を身につけた生物のようだ。


 本質は恐ろしい部分があっても普段は小動物系なので、俺は変顔をしてみた。

 『じー』ゴポゴポと泡も忘れない。


「ぷふっ……」 


 キコの笑いのツボは浅い。そして意味が分からないところにも点在している。

 適当にやっても大抵何らかの反応を返してくれる。可愛い。


「じー、あー、流サレンダー」


 変顔、からの真顔で売れないドマイナー芸人“スベったろう”の物真似。

 意味がよく分からず自分でも全く笑えない流れだが、キコの笑いのツボの浅さならこれで十分だった。


「うぷふっ、ぷふっ」


 キコは必死に我慢しようとしているが、俺の追撃で声は漏れ、身体は震えていた。

 プルプルと小刻みに動く身体はまさに小動物だ。

 それには流石に他の同期や先輩方も、苦笑しながら反応する。


 緊急任務の作戦会議なのに緊張感が失せてしまったが、緊急任務といっても今回はパターンA4。

 つまり、未開拓資源調査惑星で調査探索を行っていた部署か参加企業の社員との定期連絡が途絶えたので、生きているなら救助し、手遅れならできる限りの情報収集を行えというモノを示している。


 俺が【メドラウド】に配属されてそろそろ一周期――大体一年――が過ぎようとしている。


 似たような緊急任務は数十回熟している。

 緊張感が無いのは問題だが、緊急し過ぎないのも重要だ。


「ふぅ、全く。緊張しすぎる必要は無いが、油断が過ぎるぞ」


 流石に那由多先輩が止めに入った。

 観念したかのように俺を見て、俺は敬礼しつつもジッと見る。


 真っ直ぐな、真摯な視線。

 静かに問いかけるように、俺は那由多先輩を見る。


「そ、そんなにジッと見るな……いや、確かにやり過ぎて悪いとは思っているんだぞ?」


 数秒間交わる視線はしかし、気まずそうに視線を逸らす那由多先輩によって外れた。

 勝った。何て内心で思いながら、両手で現在俺が入っている可動式円柱型治療ポット【ナイチンゲールFPD】の強化ガラスを叩く。

 そこそこの勢いで何度か叩くも、強化ガラスは生体強化手術を受けた強化兵ブーステッドマンが本気で暴れても滅多に壊れないように設計されているだけあって小揺るぎもしない。


「那由多先輩。俺は訓練で厳しいのは、まぁ受け入れますよ。厳しすぎる訓練も、生き残る為に必要な事ですし、実際に本番で訓練で身につけた技術と経験で助けられた事は多々あります。それでも死ぬのであれば、そこまでだったと諦められます」


 【ナイチンゲールFPD】内に充満する水色の治療用高性能液体型ナノマシンに半裸で浸かる俺の、偽らざる本音。

 訓練が厳しいのは当然だろう。

 仕事柄僅かな油断で死に至る。

 それを可能な限り防ぐために常識が蒸発したような訓練でも、助けになるならば、意味があるならば受け入れるつもりではあるが。


 それでも仲間に殺されるのは勘弁願いたい。


「しかし、死因が、加減忘れた先輩に殺されたとかになったら笑えませんよ! せめて一言謝罪を、『今後はこんな事にならないように尽力します』とかの言質を下さいッ」


 作戦会議の前、大型道場で行った訓練という名の地獄の最後、那由多先輩の一撃によって俺の首は三回転した。

 咄嗟に身体をゴムのように柔らかくしていなければ、首回りの骨筋肉神経血管皮膚などの損傷または断裂程度では済まなかった。

 というか普通なら死んでいる。頭は飛散していた可能性は高い。

 死なないための訓練だったのに、手加減を間違えた先輩に殺されたなんて事態になったら死んでも死にきれない。

 しぶとく即死は免れたが、後数分放置されれば死んでいただろう。

 慌てて用意していた【ナイチンゲールFPD】に放り込まれ、現在は治療中。後二時間もすれば完治する程度にまで治ってはいるが、この状態の間に那由多先輩から言質をとらねば。


 主に俺自身の生存のために。


「うむ、すまなかった。今度は痛い思いがしないよう、死にそうな時は介錯してやろう。さて、任務の方だが……」


 違うそうじゃない、トドメを刺す方向で進めないで。といえ儚い希望は物を言わせぬ威圧感で流された。

 茶番はここまでらしい。これ以上は本気でトドメを刺されると、これまでの経験から理解した。

 姿勢を正し耳を傾ける。


「最近新人の頃の可愛らしさが無くなってきてしまった残念カナタのせいで少々緩んだが、今回向かう未開拓資源惑星≪シィーラーD4≫では、特殊な生態を持つ原生生物が十二体確認されている。

 十二体は他の原生生物とは異なり、極々短期間で個として【進化エボルブ】し、調査員達の前に出てくる度に強くなっていたそうだ。以後【進化】する原生生物は【進化体エボルブ】と呼称する。

 【進化体】だが、最初は通じた攻撃も通らなくなる強固な外殻や外皮、あるいは弾丸を弾く雷電装甲や一時的な質量のある分身の獲得など十二体それぞれが異なる【進化】を経たそうだ。

 その辺りの判明している情報、また調査員達が使用した武装の一覧は手元の資料を見てくれ」


 言われ、手元の資料をざっと見る。

 なるほど、面倒そうな奴らばかりだ。


「さて、質問は?」


「はい」


 質問がないか那由多先輩が見回し、そこに挙がる手。


「なんだハルバー」


「その【進化体】の死体は回収対象でしょうか? またその場合、破損の程度はどこまでが許容範囲でしょうか?」


 手を上げて質問するのはイケメンオカンと呼ばれるハルバー・レフナス先輩だった。

 金髪碧眼の偉丈夫であり、男の俺から見ても格好いいモデル顔。スラリと伸びた八頭身のモデル体型の細マッチョで、面倒見のよい優しい性格や様々な分野に精通する多才さ、また家事万能なので【メドラウド】内で最もエプロンが似合う先輩である。

 【メドラウド】隊員なら仕事から私生活まで色々お世話になり、頭が上がらない人物の一人だ。


 また世にも珍しい【雷狼人化能力者エレクトロ・アバタービースト】なので、戦闘時は普段と一変して恐ろしい存在である。

 肉体を狼と人が混ざり合ったような狼人に変化する事で人外の身体能力と生命力を得ると同時に、文字通り雷の速さで空間を自由に飛び回る事に加え、あらゆる金属を超電磁砲レールガンの弾丸として使用したり、電子機器に入り込んでのハッキングやクラッキングまで幅広く活躍し、雷光と雷鳴と共に標的を瞬殺するド迫力の処刑人だ。

 コードネームは【雷鳴狼トニトルプス】。

 経験豊富で、那由多先輩並に強いヒトだ。


「回収できるならしてもいい。多少細胞が残ってる程度でも良いから、基本的には殲滅しろ」


「了解、殲滅を基本に行動します」


「頼むぞ。……ああ、それと、今回はボーナスが出る。討伐戦に参加する事が前提条件になるが、危険手当なども込みで一体討伐につきそれぞれ個別に一億ゴルバ。全ての【進化体】討伐に参加すれば総額十二億ゴルバだ。臨時ボーナスにしては破格だろう」


 多少条件はあるが、一体討伐で一億ゴルバ。全討伐参加で十二億ゴルバ。

 給料は中堅企業の社長クラスよりも遥かに良い【メドラウド】にしても破格のボーナスを示され、『おお』と声を漏らすと同時に皆一様に嫌な顔をした。

 何故なら、ここまで破格のボーナスが出ると言う事は、それだけ厄介な相手だという事の証明でもあるからだ。

 勤務暦の長い先輩であればあるほど、嫌そうな顔をしていた。


 恐らく配布された資料に書かれていない、面倒な事情が隠されているのだろう。

 そんな予想は、嫌な事に当たるらしい。


「ただし、資料には書かれていないが既に回収された生体片の解析時、【進化体】共には銀滅級宇宙怪獣≪ウボラ=サース≫の寄生蟲≪ウボラの蟲子≫に酷似した劣化複製遺伝子が組み込まれている事が判明した。

 何処の馬鹿がそんな代物を手にしたか分からんが、原生生物に手を加えたのが【進化体】なのだろう。

 クハハ、我が社が過去に討伐した偉業の残滓を持ち出してくるなど、我々も舐められたモノだ。【進化体】はこの世から細胞一つに至るまで抹消する位の覚悟で、確実に仕留めろ。

 油断して失敗すれば、その時は私が直々に引導を渡すので、総員そのつもりでいるように……な?」


 那由多先輩の説明に、周囲が一時静まり返る。

 那由多先輩から滲み出る爆発間際の憤怒に加え、思ったよりも難敵になり得そうな敵の情報の両方のせいだ。


 銀滅級宇宙怪獣≪ウボラ=サース≫。

 それは俺達が所属する≪アヴァロン社≫が一躍有名となった契機の一つであり、数千億周期以上を生きたとされる宇宙災厄の名前である。

 銀河を食べる【銀河喰い】の一体として知られ、銀河と共に母星を喰われた星人は数えきれない。

 基本形態は星のような青い超巨大球体だが、約百億周期に一度の頻度で繰り返される【銀河喰い】時には星体の一部がまるでヤツメウナギの円口のように変形し、黒い触手のような特異重力力場を生成して銀河を捕まえて極圧縮しながらゆっくりと吸い込む。

 【銀河喰い】時以外は常に微睡んでいる為、【銀河喰い】時以外は手を出さない限り危険性は少ない。

 ただし本体である≪ウボラ=サース≫が微睡んでいる間は、数千兆以上の群れを構成する寄生蟲≪ウボラの蟲子≫の活動が活発になる為、そちらによる被害も深刻だった。

 ≪ウボラの蟲子≫達は動くモノなら何にでも積極的に襲いかかる特性がある事に加え、【進化】する期間が極端に短い。

 過去には母星を喰われた、あるいは航路の邪魔になる、といった様々な理由から幾度も企業連合討伐隊が組まれたが≪ウボラ=サース≫の討伐に至らず、また≪ウボラの蟲子≫達も根絶できなかった。

 どころか消費したエネルギーを補充するためか≪ウボラ=サース≫の【銀河喰い】の期間は短く、回数は増加した事に加えて、寄生する≪ウボラの蟲子≫達は小型のモノでも数回の世代交代を経ただけで種として進化して当時の武装星間船の主砲すら弾く外殻や生体エネルギーシールド、蜘蛛や芋虫などに似た造形による多様性の獲得など、多くの問題が噴出した。


 手を出せば出すほど対抗手段が無くなるため、確実な殲滅法の発見がない場合は手出し無用の存在となった。

 幸い、≪ウボラの蟲子≫は進化しても寄生元である≪ウボラ=サース≫から離れすぎると死ぬため、近づかなければどうにかなる事も大きかった。

 進化は手を出さない場合、非常に緩やかだった事も宇宙生命としては幸運だっただろう。


 とはいえ≪ウボラ=サース≫の存在する銀河は次の獲物という意味もある為自然と過疎が進み、≪ウボラの蟲子≫の活動範囲内に入れば、繁栄を極めた銀河も朽ちる事は多かった。


 そんな≪ウボラ=サース≫が俺達の銀河を喰いにやって来て、それを逆に仕留めた『アヴァロン社』初代会長の偉業の凄まじさが如何ほどか分かるだろうか。


 そんな存在の残滓が現れた。

 背後に何が蠢くにしろ、俺達【メドラウド】達のする事は決まっている。

 任務を完璧に遂行し、最高の結果をその手に入れるのだ。

 



≪1:6 ズゥーダ・グレイス 生存者≫



 未開拓資源惑星≪シィーラーD4≫に存在する六つの大陸の中でも最も巨大な中央大陸。

 その東に広がる、重力や大気成分などの要因によってビルのように育つ巨樹ユグレシアの生い茂る起伏の激しい≪巨樹の谷森≫の中を、まるで母猿が子猿を抱えて移動するように普通の腕で自分より一回り小さい何かを抱き締め、背中から生えた伸び縮みする巨大な怪腕を使って枝から枝へと飛び移る機影があった。


『ローグ隊長……自分はもう、ダメです。……逃げて、ッグ……下さい』


 猿のような機影は、『アヴァロン社』の下部組織の一つ『プラネットシーカー社』製危険地帯探索用高機動型外骨格【シーカーグレイルRD7】だった。

 戦闘よりも情報収集に秀でた外骨格であり、基本性能と品質の高さ、それから拡張性の良さから人気の機体の一つである。


 全身を包む黒茶緑色の迷彩柄の複合装甲は、光学迷彩によりあらゆる環境に対処可能だ。

 短時間であらゆる情報を収集するため、頭部にはどこか蜻蛉の目を思わせる広範囲索敵センサーアイと、額からV字に生える触覚のような多目的短角型高感度センサー。

 両前腕や腰部には小型ながら自重の十倍の重量を引き上げられるワイヤーアンカーが仕込まれ、足底には固定から攻撃まで使える小型パイルバンカーがある。

 背中には収集した情報を解析する高性能情報解析装置だけでなく、単独行動でも生存するためにサバイバルセットや医療キットが組み込まれた大容量バックパックが備わっている。

 そして脚部の跳躍強化機構と、全身各所に備えられた小型ブースターによる高速機動を得意とし、全体的にバランスも良い。


 そんな【シーカーグレイルRD7】の左胸部装甲には、『アヴァロン社』の母星を背景に合掌したような社章と、その下部企業の一つ『プラネットシーカー社』の金のヘルメットの後ろで銀のピッケルとショベルが交差したような社章。

 そして『惑星探索隊AF078-01 ローグ・フェルチ』と刻印されていた。


 胸部装甲の刻印は木々を飛び移る【シーカーグレイルRD7】の所属と名前を示し、彼が探索隊長である事を明確にしていた。


『黙っとれい、舌を噛むぞ。部下を見捨てて逃げられるかッ』


 隊長――ローグ・フェルチは、背面の拡張型大出量バックパックに多関節伸縮自在拡張腕【猿神の腕ハヌマン・ゼーム】や姿勢制御用多目的戦尾【猿神の鋼尾ハヌマン・ザウラ】など拡張外装エンハンスト・アタッチメントを追加してカスタマイズした愛機の空中駆動に神経を使いながらも、装甲に包まれた生身の腕で抱く部下が漏らす弱音を叱咤する。


 部下の頭部装甲はなく、美しかっただろう肩まで伸びた金髪の一部は血で赤黒く染まって固まり、二十代前半だろう白磁の肌の西洋美女の顔の右側は痛々しく焼き爛れている。

 部下の左胸部装甲にもまた二社の社章と、『惑星探索隊AF078-07 クリステル・ベルマーチ』と刻印されていた。


 配属されたばかりな為、クリステルの【シーカーグレイルRD7】は多少カスタマイズされた程度で任務前は傷も少なく新しかった。

 しかし現在は頭部装甲の欠如に加えて全身装甲の損傷が激しい。

 特に左腕と右足は重症だという事が一目で分かる程度には捻じ曲がり、右脇腹の装甲が何か鋭いモノで切り裂かれて血が滴り落ちている。

 今は生命維持の為に注入された麻酔によって痛みは軽減され、治療用ナノマシンによって生きながらえているものの、生命力は見るからに低下している。

 すぐに治療しなければこのまま死ぬ事になるだろう。


『ッ、すみません、隊長』


 ローグに一括され、クリステルは黙る。

 元々傷が激しい機動で刺激されていた負担もあったのだろう、荒い呼吸音が通信機越しにローグの耳に届いた。


 クリステルは一刻も早い治療が望ましい。

 それをローグは分かっているものの、今は距離を稼げているが、執拗に背後から追いかけてくる一体の化物――【進化体エボルブ】のせいで満足な治療を行えず、ただ逃げるしかできなかった。


(とはいえ、どうする? あの化物共の奇襲で前線基地は壊滅した。サブとショーンとトロメルは喰われて死んだ。ビオレとランテスは行方不明。クリステルは治療が必要だ。が、追手はよりにもよってアイツだ……油断できんぞ)


 極力腕の中のクリステルに衝撃がいかない様に、しかし速度は落とさずに【猿神ハヌマン】シリーズの腕と尾と全身各所のブースターを使用する。


 今年で丁度五十を迎えたローグの経験がなせる熟練の妙技ではあるが、周囲の暗闇からいつ敵が襲いかかってくるか分からない緊張状態の中では、普段よりもさらに心身的に消耗の激しい時間が過ぎる。


 それでもどうにか≪巨樹の谷森≫を抜け、その先にある≪緑風渓谷≫に到着した。

 常に風の流れが絶えず、岩壁を覆う特殊な緑色の苔が風で舞うせいでその色に染まる一帯だ。

 今もローグ達の視線の先には渦巻く緑色の風があった。


『もう少しだ、何とか我慢しろ』


『は、はい』


 その中をローグは【猿神】の腕と尾で跳躍移動し、痕跡が残りにくいように壁なども使って目的地まで移動していく。

 所によっては渦巻く緑風に混ざる苔の量が増え、剥き出しのクリステルの顔にかかる。ローグは手で防いでいるが、それでも僅かにはバチバチと当たっていた。

 クリステルの口から我慢するような呻き声が漏れるが、ローグは止まらず更に速度を上げた。


『よし、まだ残っているな』


 移動する事しばし、ローグ達の視線の先には人工物が見え始めた。


 ≪緑風渓谷≫の地下には新しい高エネルギー源となる可能性を秘めた【アルテリオ結晶体】の大鉱脈が存在する。


 その採掘のために工作用星間船と作業員が活動している拠点が建造済みであり、ローグ達の目的地はそこだった。


(まずはクリステルを隠された小型星間船の治療ポッドに入れ、その後皆の探索だな。最悪の場合でも、自動航行に設定しておけばクリステルは助かる)


 拠点には【進化体】の出現に伴い、それを迎撃するために設置された前線基地が奇襲を受けて破壊された時点で緊急連絡が成されている。

 既に作業員は離脱したはずであり、拠点はもぬけの殻のはずだが、保険として小型の星間船が近くに隠されている。


 最早それに頼るしかローグ達に選択肢はなく、更に神経を使いながらも隠された地点を目指していたのだ。


 谷を越え、崖を登り、全身を緑色の苔に塗れながらもローグ達の視界に拠点が大きく映る。

 幾つもの規格を決められた区画モジュールを組み合わせる事で短期間に様々な形状に構築可能な拠点は、活動時と比べるまでもないほど寂れていた。


『よし、あった。クリステル、もう少しだぞ』


 その一画に降り立ち、ローグは岩壁を掘削した隠し格納庫に入り、鎮座する小型星間船の扉を開いた。

 ローグ達は外部の有害な空気や細菌が入らないよう防疫フィールドが展開された短い通路を通り、中に入った。

 装甲表面や流血する傷口に付着した苔や細菌の類はほぼ全て死滅しただけでなく、防疫フィールド内に散布されているナノマシンが呼吸によって取り込まれ、体内まで洗浄される。


 綺麗になったローグ達はようやくの思いで船内の一画に設置された治療ポッドの前に付いた。


『脱がすぞ』


 有無を言わさず、ローグは徐にクリステルの胸部装甲の中心に埋め込まれていた菱形の青い結晶体――コアクリスタル――に手を伸ばし、とある手順でそれを取り外す。

 するとクリステルを包んでいた【シーカーグレイルRD7】が部分単位で全装甲がパージされた。

 本来なら生命維持装置などが組み込まれた下着の役割も持つラバースーツが残るのだが、今回選ばれたのは全武装解除の【オールパージ】。

 致命傷を負い、一刻も早く治療する時に邪魔になる可能性の高い装備を多少の手間で即座に脱がす機構によってラバースーツも一緒に外れ、クリステルは一糸まとわぬ産まれたままの姿となる。

 豊満な胸が揺れ、傷だらけながらも何処か艶やかなきめ細かい肌が曝された。

 ローグは極力それから目を離しつつ、クリステルを治療ポッドに入れた。患者の存在を感知して内部から治療用アームが無数に現れ、裸のクリステルは治療ポッドの中に収まった。

 蓋が閉まると同時に青い液体が注入され、治療ポッドは瞬く間に満たされる。

 青い液体――治療用ナノマシンだけでなく、治療用アームまで稼働して重傷のクリステルの治療は始まった。

 治療ポッドの表面にはクリステルの状態や治療完了までの時間などが表示される。

 それによれば、完治するまでに約四十時間ほどかかるようだった。幸いな事に時間は必要だが命に問題は無いらしい。


 治療が始まり心地良い温かさに包まれて気が抜けたのか、あるいは薬が効いたのか。

 それはともかく、ローグの前でクリステルは穏やかな表情で瞳を閉じて浮いている。


「ふう、クリステルはこれで何とかなりそうだな」


 そこでようやく頭部装甲を外し、ローグは生身の顔を曝した。

 白髪混じりの銀の短髪で、澄んだ碧眼と左頬の傷痕が目立つ、虎を連想させる鋭くもどこか優しげな風貌の白人だ。


 普段は部下の命を預かる立場として厳格な雰囲気を纏うのだが、今はクリステルが助かる事に安堵した表情を浮かべる。

 しかしそれも僅かな間であり、ローグは再び気を引き締める。

 現在死亡が確認されていない行方不明の二人の部下――ビオレとランテスの捜索がまだ残っていたからだ。


 ローグは隊長として再び戦地に戻る覚悟を決め、近くに設置されている保管庫を開き、そこから長期の作戦行動時に重宝する自社生産の戦闘食糧を取り出した。

 キャップを外して口をつけ、ゼリー状の中身を一気に吸い込む。

 ほのかな甘みと共に、疲弊したローグの肉体は戦闘食糧に含まれる様々な成分によって活性化し始める。

 体内を流れるナノマシンでの治癒にも限界がある中、肉体再生の材料や成分が多量に含まれた戦闘食糧の恩恵はしばらくの間続く事になる。


 栄養補給を十秒程度で済ませた後、ローグは外骨格などの破損を修復する整備ナノマシンが多量に入った拳二つ分くらいの修復ポッドを別の棚から取り出し、背中のバックパックに装填した。

 先に入れられてほぼ中身が枯渇していた修復ポッドが自動的に排出され、硬質な音と共に床を転がった。

 その他にも消耗の激しいエネルギーポッドなど、各種装備の交換を手早く済ませる。


 その次には、戦闘時に落としたり破壊されたりして失った武器の代わりに【進化体】にもまだ通用するだろう中型の実弾式対物突撃銃マテリアルアサルトライフル【レブラトスE2】、周囲に玉葱のように積み重なる防御膜を展開する積層式光学エネルギーシールド【アルギノス4型】、引っ付いて効率的に対象だけを破壊する粘着式爆裂手榴弾【六角タルナマス】、突き刺し内部で特殊な液体を噴出する事で凍らすと同時に破壊する凍結突剣【コキュースムル4式】など、使えそうなモノは全て身に着ける。

 動ける味方が居ない現状、個人の火力はそのままローグの生死を分ける事になるのだから、手早く準備を進めながらも真剣に吟味されていた。


「よし、こんなモノだろう。最後は、と」


 準備を終えたローグは、今度は操縦室に移動した。

 二人が操縦できるように操縦席が設置されたそこで、ローグは主操縦席にあるとある装置にクリステルのコアクリスタルを設置する。

 コアクリスタルにはクリステル専用のサポートAI『クリア』が存在し、そのクリアにローグは自動航行の設定を命令する。

 隊長権限で命令されたクリアは即座に対応し、今から三十六時間後には自動的に本社へ帰還する事になる。


 クリステルが治療ポッドから出れるようになった時には既に出立済みなように設定したのは、万が一ローグ達が帰らずとも、クリステルは情報を持って生き残るからだ。

 最もローグ自身に死ぬつもりはなく、サッサと見つけて帰ってこようと改めて覚悟してから、必要な物資を再度確認してから頭部装甲を被って外に出た。


『よし、まずは緊急時の避難先を巡っていくか』


 どう行動するか考えつつ、【猿神】の手による跳躍移動を開始した。


 変わらず緑風の吹く中を、ローグは来た時と似たようなルートで引き返す。

 追跡者がいた場合は、クリステルの方向に向かわせないよう自身を囮にする為でもあった。


『さあ、しっかり働いてくれよ』


 とはいえ、無防備に身を晒しているわけではない。

 ローグは補充した情報収集特化の小型偵察機【ネバンロー】を十八機飛ばし、周辺の索敵を開始した。

 掌大の球体のような形状の【ネバンロー】は緑風に負けずに縦横無尽に高速飛行し、様々な情報をローグに転送する。

 随時転送されてくる膨大な情報はローグのサポートAI『ルーク』が高速処理して分かりやすく簡潔にローグに伝えられた。


 ローグは寄せられる情報を見ながら立体的な高速機動を繰り返す中、投影された情報に違和感を覚え、とある部分を集中的に調べた。

 調べたのは周囲に生存している原生生物の数と、残された死体の死因などである。


『……原生生物の数の少なさ。それに見つけた原生生物の死骸に刻まれたこの鋭い傷口……ッチ、もうここまで来ているのかッ』


 ローグは忌々しそうな声を漏らしつつ、しきりに周囲を見回し始める。


 ≪シィーラーD4≫には多種多様な原生生物が生息している。

 凶暴な種も多く、油断すれば痛撃を浴びせられる事もあるので気を付けなければならない。


 その原生生物は≪緑風渓谷≫にも数多く存在する。

 苔混じりの風の中で独自進化した原生生物は何故か大型になりやすく、また待ち伏せを主な襲撃手段として様々な場所に潜んでいる。

 最初期はそういった原生生物に苦労させられ、襲撃を受けてあわやといった場面もあったが、現在では生体データの収集などが進んで周囲の危険性のある原生生物の所在は即座に看破できるようになっている。


 しかし索敵に引っかかる原生生物の数の少なさは、これまでの経験からして何かしらの異常が起こっていると想像させるのには容易だった。

 そして残された死骸とその死因だろう外傷は、追跡してきている【進化体】の中のどいつであるかを推察するには十分である。


『――そこかッ』


 ローグは【レブラトスE2】の銃口を右斜め前方の岩壁に向けた。

 そこには苔の生えた岩や渦巻く緑風くらいしかないが、ローグは躊躇わずに発砲、それによって鋭い銃声と激しいマズルフラッシュと共に着弾時に効率良く爆発する事で対象を内部から破壊する対物貫通爆砕弾が解き放たれた。


 まるで獲物に向かって直進する猟犬のようなそれは、残念ながら苔生した岩壁に当たるだけに終わった。

 内部で爆発し、四散する岩壁の破片が飛び散る中、【シーカーグレイルRD7】によるパワーアシストが無ければ到底出来ないだろう強すぎる連射の反動を抑え、ローグはある確信を持って何かを狙い撃ち続けた。


 ローグが狙う先の空間には奇妙な揺らめきがあった。

 まるで幻のように空間が揺れ、吹く緑風はそこに何かが居るかのように奇妙な流れで抜けていく。


『知ってさえいれば発見は容易いッ。光学迷彩のような能力を獲得しようが、完全な透過まではまだみたいだなッ』


 ローグの照準は次第に揺らめきを正確に追い始めている。

 【レブラトスE2】に装填された対物貫通爆砕弾は弾倉内では細く小さいが、薬室に入ると大きくなる機能がある。それによって空間が有限である弾倉内ながら装弾数は三百に達し、圧倒的な破壊の嵐はしばしの間周囲に猛威を振るった。


『よし、ようやく姿を現したな!』


 その破壊に巻き込まれ、ローグが狙っていた何かに対物貫通爆砕弾が着弾した。

 数発は何かに当たって弾け、緑色の金属のような何かの破片が飛び散った。


『ズゥゥゥルルルルンダァァァァァァ!』


 空間の一部が歪み、そこから出現したのは自由自在に空間を移動する一匹の怪物だった。

 ナイフよりも鋭い牙がビッシリと生え揃う口を大きく開け、長い舌を出し、涎を溢しながら咆哮する様は異様の一言。


 怪物はローグの十倍近い体長があり、緑色の外殻を持ち、外見は蚯蚓と蟷螂と百足を掛け合わせたような異形である。

 何処かヒトに似た上半身には蟷螂の鎌に似た形状の鎌腕が大小それぞれ一対生え、蚯蚓のような下半身には獲物を捕らえるための百足の足のようなモノが無数に生えている。

 鎌腕はローグ達が着る外骨格程度の装甲では紙を斬るように切り裂く鋭さがあり、接近戦になれば致命的な斬撃を高速で繰り出してくる。

 つるりとした細長く丸い頭部に眼球の類は存在しないが、奇襲するべく隠れていたローグの部下の動きを精密に捉え、逆に奇襲してきた過去がある為、聴覚か何かまでは判明していないが他と比べて装甲などが薄い分、様々な感覚は鋭いのだろうと推察される。


 個体名【ズゥーダ・グレイス】


 恐るべき【進化体】の中でも比較的小柄ながら、俊敏性と接近戦の攻撃力の高さ、また光学迷彩など奇襲に優れた能力を多く秘めた暗殺者のような怪物だった。

 初期に確認された三体の内の一体であり、戦闘経験は最も多い部類の【進化体】である。

 ローグ自身も幾度も戦ってきた相手だが、単独で相手にせねばならない現状、まさに魂を刈り取る死神のような相手だ。


『ウオオオオオオオッ!』


 ローグの銃撃は続く。

 守りに入ればそのまま殺されると確信しているかのように、攻撃の手を緩めない。

 姿を視認できるようになった事で銃撃の精度は更に向上し、銃弾がズゥーダ・グレイスの外殻を容赦なく削っていく。

 爆発に緑色外殻が多く混じって周囲に爆散した。ただ緑色外殻は分厚いらしく、まだまだ余裕はあるようだ。


 もちろんズゥーダ・グレイスも一方的に撃たれるだけではなかった。


 まるで泳ぐように空中を移動し、周囲の岩塊の陰に隠れたり、高速移動を繰り返す事でローグを翻弄する。

 また【幻影体】と呼ばれる質量のある分身を生み出す能力を使い、短時間ながら二対一になる状況も作り出した。

 岩陰に隠れたかと思えば左右から迫る二体のズゥーダ・グレイスに対し、ローグは【猿神】の腕と尻尾を使った高速移動で対応する。

 まさに猿のような縦横無尽の高速機動はズゥーダ・グレイスと対等に渡り合う事が可能であり、ローグは着実にダメージを蓄積させていった。


 そして戦闘開始から数十分。

 味方の救援は望めず、距離を置いた高速機動銃撃戦闘に慣れ始めたのかさらに手強くなっていくズゥーダ・グレイスと対峙しながら、ローグは何とか生きていた。


『ふぅ、はぁ、ふぅ、はぁ……普段ならそろそろ逃走する筈なんだが……完全に殺しに来てるな、コイツ』


 絶体絶命の状況下だからか、ローグは普段ではあり得ないだろう恐ろしいまでの集中力で攻撃の殆どを回避する事に成功していた。

 どうしても回避不可能な攻撃は【猿神】の腕や尻尾で受け、腕は多数の斬撃により装甲の破損と俊敏性の低下、尾は三分の一が切り落とされるという損傷を受けている。

 その為多少の機動力の低下は免れないが、その代わりとしてズゥーダ・グレイスもまた大きな損傷を与える事に成功している。


 ズゥーダ・グレイスの全身を覆う緑色外殻の七割ほどは剥がされ、その下にある柔軟性と俊敏性に優れた筋肉や骨格は度重なる爆砕銃撃によって深く抉られて青緑色の血液を垂れ流している。

 強力な武器である鎌腕は右の大鎌と左の小鎌を残して爆砕されてもげ、百足の足のようなモノも多くが千切れている。

 その他にも一部が凍り付き、一部は猛毒によって醜く爛れていた。

 度重なるダメージで最初ほどの俊敏性は損なわれたが、それでもまだズゥーダ・グレイスが死ぬには届かない。


(終わりまで、頼む、持ってくれッ)


 ただそれを成したローグは既に限界を過ぎている。

 弾薬は残り少なく、武装も多くが弾切れか破壊されて使用不可能な状態になっている。

 それに極度の集中は脳を酷使し、攻撃を避けるために無茶な機動を繰り返した事で筋肉や骨、内臓や血管神経その他全身あらゆる場所が悲鳴を上げている。

 修復するために莫大なエネルギーを必要とし、ローグは寿命をすり減らしながら戦っているようなモノだった。


『ズゥーーーーンダァァァァァァーーーー』


『マズッ、させるかッ! ……ッ、ココでそれを使ってくるかッ』


 そんなところで、ズゥーダ・グレイスが大きく動いた。

 【幻誘身】と呼ばれる、特殊な行動だ。直線距離しか移動できず、また一定距離に達すると元いた場所に戻るという奇怪な挙動ながら、視認困難な速度で動く奇襲専門の挙動。

 物陰から獲物を襲い、また物陰に戻ることで獲物の仲間などに存在を知られ難くするためなのだろうそれは、今回は私では無く物陰に隠された原生生物の死骸に対して行われた。


 一瞬で姿を消し、再度現れたズゥーダ・グレイスが鎌腕を使って保持する原生生物の死骸は、ラナノスと呼ばれるカバとサイを掛け合わせたような種族だった。

 自身の半分程度の大きさで、硬い外皮と分厚い脂肪の鎧を持つ草食動物であるラナノスを、ズゥーダ・グレイスはその大きな口を最大まで広げて食べ始める。

 慌てて止めようと銃撃を加えるが、【幻影体】による分身がそれを邪魔する。

 急速接近し、鎌腕を高速で薙ぎ払ってくる。それには逃げるしか無く、その隙に本体はラナノスを貪っていた。


『ああ、クソッ! 最悪だッ、原生生物の死骸が転がっていた時点で気が付くべきだった!』


 時間制限のある【幻影体】が消失し、ローグは自身を罵倒しながら再び銃口を向けるも、そこに居たのはラナノスを貪った事でエネルギーを取り込み、身体の再生を超えて新たな【進化エボルブ】に達したズゥーダ・グレイスの姿があった。


 まるで虫が脱皮するように古く傷付いた生体組織を脱ぎ捨て、ヌラヌラと体液に濡れながら新生した異形。


 四本二対だった鎌腕は六本三対に増え、蛇腹に折り畳まれた腕を伸ばす事で攻撃範囲は数倍まで伸びる。

 背中には効率良く獲物を食べるためか鋭牙を持つ口のついた数十の触手が生え揃う。

 全体的に一回りほど大きくなった体躯と、分厚さを増した緑色外殻。


 ローグが何とか蓄積させたダメージは、【進化】と共に無くなってしまったように見えた。


『予め原生生物を捕食する事で【進化】するためのエネルギーを確保しておき、より強く【進化】するため戦い、頃合いを見て再び捕食して【進化】する……ああ、クソッ。襲撃された時点で気が付くべきだったのかッ! 答えはあったのに、それに考えも回らないなど、耄碌したのか俺はッ』


 ローグは全ての【進化体】と戦っている。

 その経験から【進化体】の恐ろしさも熟知している。


 優れた戦闘本能による生来の捕食者。屈強な肉体を更に向上させる異常な速度の進化。仕留める前に逃走する生き汚い執着。

 通用する戦術は使えば使うほど限られ、装備も通用し難くなる。


 単純な種としてローグ達は完全に負けていると言えるだろう。


 それでもこれまでローグ達が相手に出来ていたのは、【進化体】が戦術などを使わず、有り余る身体能力と戦闘本能で戦ってきたからだ。

 わざわざ小細工をせずとも、【進化体】はその有り余る暴力を解放するだけで生態系の頂点に立てる素質がある。


 だからそれに抗うべく知恵を振り絞り、仲間と協力し、ローグ達は戦ってきた。

 生物として遥かに格上を相手にするにはそれしか方法は無いからだ。


 しかしだからこそ、【進化体】達が戦術を駆使し始めれば駆逐されるのは必然だった。


 今までは個で行動していた【進化体】が集まって行われた拠点への総攻撃。今までに無い戦法によって拠点はあっさりと落とされた。

 そんな事が出来るように肉体では無く知能面で【進化】したのだろう。

 なら回復手段を用意し、相手を油断させる戦法を使ってこない筈も無く。

 まんまと罠にかかったローグは、部下も守れぬ自身を内心で殺しながらも最後まで抵抗を止めようとはしない。


『ウオオオオオオオオオオッ!』


 弾数の残り少ない【レブラトスE2】を撃ち続ける。

 無数の銃弾は狙い違わず着弾して爆発するが、爆煙を切り裂いて姿を見せるズゥーダ・グレイスの緑色外殻には僅かな弾痕と爆発の汚れしかなかった。


『もう通用しなくなったのか!』


 ローグの怒りの咆哮。

 それを掻き消すように、ズゥーダ・グレイスもまた吼えた。


『ズゥールルルルルルルンンンンダァァァアアア!』


 金属を擦り合わせたような不愉快な声と共に、ズゥーダ・グレイスの身体が緑色発光する。

 頭部装甲の遮光フィルムによってローグの眼球が焼かれて見えなくなる事は無かったが、それでも視認し難い事には変わりない。


 今までは確認されていない、ズゥーダ・グレイスの能力の一つである。


『それにここで新しい能力とは……ッ』


 緑色発光するズゥーダ・グレイスが動いた。

 その速度はこれまでよりも遥かに速く、恐ろしい事に二倍近いだろうか。緑色発光による視認性の低下、また光の残留によりローグは姿を見失い、背後に回り込まれたのに対応しきれず【猿神】の腕と尻尾を切り落とされた。


 そしてそのまま首狩りされそうになるが、咄嗟に腕の自爆機能を起動させ、爆発によって前方に吹き飛ばされる事で何とか回避した。

 そして地面を転がって後方を振り返り【レブラトスE2】を構えたが、爆煙を切り裂きながら伸びる鎌腕に銃身を切り落とされた。


『ッツ!』


 これまでとは大きく異なる鎌腕の間合いに戦慄しつつも使えなくなった【レブラトスE2】を投げ捨て、腰に両手を伸ばして右手に弾数制限はあるが非常に高威力な回転式熱線拳銃ブラストリボルバー【MZ800】を、左手には炸薬加速式片手戦斧【ジョンマッケン六八式】を握って構えた。

 ローグに残された武器で通用しそうなのはこの二つだけである。

 しかしどちらも加速したズゥーダ・グレイスを相手にするには心許なく、また間合いの伸びる鎌腕を相手にするのは絶望的だった。


『ズンズンズンダァー!』


『フッ、ハァッ、ッツ、クソッ!』


 それを理解しているのか、ズゥーダ・グレイスはあえてローグの正面を高速で左右に揺れながら鎌腕を伸ばす。

 【MZ800】で撃つには速すぎて照準が間に合わず、【ジョンマッケン六八式】では遠すぎて当たらない。

 攻撃する手段が無いまま、ローグは必死で鎌腕による致命の斬撃の嵐を避ける。

 しかし緑色発光により速度が向上したズゥーダ・グレイスの斬撃は先ほどのように回避する事は困難を極めた。

 何とか【ジョンマッケン六八式】の柄に仕込まれたトリガーを引き、柄に装填された炸薬を爆発。爆発の勢いを斧頭にある噴出口から吐き出し瞬間的に加速した斧撃で斬撃に対応する事もあるが、それでも致命的な場合は腕や足の装甲で胴体と頭部への斬撃を何とか防ぐ。


 ただ防ぐといっても装甲を切り裂く斬撃だ。

 腕は装甲だけでなく生身まであっという間に切り刻まれ、その隙間からは生暖かい鮮血が溢れ出る。

 両手の武器は予め指を固定していた事で落としはしないが、だからこそ千切れかけている両腕の傷口を広げる重りでもあった。

 全て投げ出して楽になりたい。そんな思いが湧き出してしまいそうになるほどの重傷を負いながら、ローグは血反吐を吐きながらも抗い続ける。


 ココで死ねばまだ生きているかもしれない部下を助けられない。それにここで可能な限り引きつけ、可能ならしばらく身動きできない程度のダメージを与えなければ、小型星間船で治療中のクリステルが発見されてしまうかもしれないからだ。


 満身創痍でありながら、ローグは命を燃やしながら抗った。

 右手の【MZ800】が運良く横腹に着弾して百足の足のようなモノの一部をもぎ取り、左手の【ジョンマッケン六八式】は大きな鎌腕の側面に激突して亀裂を作る。


『ズゥゥゥウウウウウンンンダアアアアアアアアアアアアアア!』


『ッツ! ウオオオオオオオオオオオッ!』


 咆哮と共に激しさを増し、下から跳ね上がるような鎌腕の斬撃を、ローグは上体を大きく逸らす事で回避する。

 しかし僅かに遅れた頭部装甲が真ん中から断ち切られ、左右に分かれて地に落ちた。

 途端渦巻く緑風がローグの生身の頭部に吹き付ける。

 たまらず目を細め、視界が細くなる。

 それが僅かな隙となった。


『ズゥンダア!』


『ッツ、グプゥア』


 小さい鎌腕の一本が動きの鈍ったローグの腹部を捉えた。横向きに突き刺さり、背中まで抜ける致命的な一撃である。

 ギリギリで胴体がそのまま上下に両断される事こそなかったが、左右に指二、三本程度の僅かな空間が残されているだけで、少し動かせば千切れてしまうだろう。

 内臓だけでなく脊椎まで断たれたローグは下半身の感覚が消失し、口からは夥しい量の血が零れ出る。


 見るからに生命力が低下したローグを前に、緑色発光を止めて本来の姿に戻ったズゥーダ・グレイスは怖気の走る笑みを浮かべた。

 【進化】した事で知能が上昇し、悪意なども獲得したからか浮かべる笑みは邪悪そのものであり、ゆっくりと口を広げながらローグの頭部へと迫る。


 頭から食べるつもりなのだ。

 緑色発光による速度の上昇にはそれ相応の消耗が必要らしい。

 早く食べたいとばかりに赤紫色の唾液に濡れる牙が姿を現し、ローグの頭部を噛み砕こうとして――


『舐めるな、化物風情が』


 ――その口内で、ギリギリ筋肉と皮と装甲で繋がっている右手が握る【MZ800】のトリガーが引かれた。

 放たれた強力な熱線はズゥーダ・グレイスの口内を激しく焼き、下顎や喉は消失、そのまま背後まで突き抜ける。

 首の中心にぽっかりと風穴が空き、そこを緑風が通り抜けた。


 本来なら頭部を吹き飛ばす筈だったのだが、傷だらけの腕では、撃った衝撃を抑えられずに狙いが逸れてしまった。

 現にローグの右手は完全に壊れ、専用の設備で再生治療を行わない限り治療できないほどの損傷具合だ。


『――――! ――――!!』


 【MZ800】の一撃とて、度重なる戦闘で強化されていった緑色外殻には一部をもぎ取るのが限界だった。

 しかし今回は柔らかい内部を直接攻撃したようなものだ。

 外側は固くとも、内側はそこまで硬くないらしい。


 流石に痛撃だったのか、ズゥーダ・グレイスは声なき絶叫と共にフラフラと後退した。無茶苦茶に鎌腕が振り回され、周囲を無作為に切り刻む。

 その際、ローグの腹部に突き刺さっていた鎌腕が強引に引き抜かれ、ローグの左脇から抜けて完全に切断された。

 切断された傷口からは臓物が飛び出し、周囲はあっという間に血の海と化した。

 ギリギリ右脇の筋肉と皮膚とそこの装甲だけで繋がっているような状態になったローグは立つ事も出来ずに地面に仰向けに転がり、暴れるズゥーダ・グレイスを見ながら力無くとも不敵に笑う。


『はは、は。……意地は、見せた、ぞ』


 急速に冷える身体。霞む意識はまるで眠りに落ちるようにローグを死へと誘う。

 視界もボヤけて不明瞭となり、その中で見えるのは後僅かで死ぬローグを殺そうと迫るズゥーダ・グレイスの影と、空から舞い降りる炎の翼を広げたヒトのような何か。


(天使……とは、最後にしては洒落が効きすぎているな)


 そんな事を思いながらローグは心臓に振り下ろされる鎌腕を静かに受け入れ――


『こちら【罪人喰いクリミナルイーター】、要救助者一名と排除対象NO.3を確認。確保救命と敵撃滅を開始する』


 ――鎌腕は舞い降りた天使が手に持つ棒のような細長い何かによって弾かれ、ズゥーダ・グレイスの頭部は天使に蹴られて下から上に跳ね上がる。

 そして更に天使が何かして、ズゥーダ・グレイスの姿が視界から消えた。


 一瞬で切り替わる不明瞭な視界の変化と鈍い衝突音、それと同時に天使から放たれ、全身を覆う温かい青い液体。

 青い液体は装甲の亀裂から侵入してローグまで届き、漏れ出る血を止めて補い、破損した生体を修復しながら全身を巡っていく。


 ほとんど消えていたローグの命は、まるで再誕するかのような勢いで補充されていった。


 現状を理解する程の意思は既になく、ローグの意識はそこで途絶えた。

 何かが争う音を最後に聞いた気がしたが、眠るように気絶するローグには最早届かない。


 ただ、何とか生き残れそうだと思っただけだ。

 心地よき眠りが、ローグを優しく包んでいく。



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