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― 楓の樹の下に ―
作者:緋月 稀杏

ホラーっぽいものかオカルトっぽいものを書いてみたい。
そう思ったときに真っ先に浮かんだのが、『櫻の樹の下には……』で始まるあの有名小説でした。
この作品はその部分においてだけは、あの有名小説のパロディです。
この作品に出てくるのは、櫻ではなく楓の樹。そこに埋まっているものは、果たして何なのか。
そして、なぜ埋まっていたのか。
お楽しみいただけたら幸いですし、さらにその後、あれこれ真相を考えていただけたら、もっと幸いです。
 
 櫻の樹の下には……

 と、始まる一文。
 本を読む人でも読まない人でも、一度くらいは耳にしたことがあるだろう。
 だけど、この言葉で始まる有名な作品に似た経験をした人は、果たして何人いるだろうか。
 わたしは、それに似た、ある意味でそれに匹敵するくらい怖い思いを、たった今したところだった。


 始まりは夢。
 今までに無いくらい鮮明に、記憶に残る夢を見たことから、全ては始まった。


 夢の中。
 わたしは蒼い闇の中にいた。天上を覆う雲の陰から洩れる月光。
 それが雲裾を晧く照らし、漆黒であるはずの暗闇を蒼く染めていた。
 当然星は見えず、月の居場所も欠け具合も確認することが出来なかったため、そこから時間を把握することは出来ない。
 辺りには街灯も無く、家屋の明かりも見えない。
 でも……。
 間接的な月明かりだけでも、判った。そこは……
 ふと、人影が一つ、現れた。
 わたしはとっさに物陰――ベンチの裏に隠れ、そこから目を凝らして人影に注目し、目を丸くした。
 なんとそこにいたのは他の誰でもない、わたし自身。
 黒一色の服装で、額に巻くタイプの懐中電灯とスコップを手に持ち、人目に臆することなくずんずんとそこの奥へと入って行く
 わたし(・・・)を、わたしは慌てて追いかけた。

 森林公園。
 わたし(・・・)が入って行ったのは、わたしの家のすぐ近くにある、今はもうすっかり寂れてしまった森林公園だった。
 子供の頃、近所の男の子たちとよく遊んだ場所。
 ここにはその昔、小さな神社があったのだそうだ。その名残りは、わたしが子供だった頃も、そして今も、残っている。
 わたし(・・・)の目的地はその、神社の名残りがある場所だった。

 樹齢千何百年もの楓樹(ふうじゅ)
 物凄く長生きな、地元では、今や神木とさえ言われている楓の樹。
 今の季節には、その年老いた姿とは裏腹に淡い若草色に染まった葉を茂らせている。
 蒼い薄明かりの中に映えるそれも、そんな感じだった。
 ただ、この時はそれが、なぜかひどく無気味なように思えた。
 わたしがごくりと喉を鳴らし、楓のまん前に立っていたわたし(・・・)の横顔を見ると。
 彼女もわたしと同じように息を呑んでいた。
わたしとわたし(・・・)の心臓の鼓動が同調しているような、そんな感覚に陥りかけた、数瞬の後。
わたし(・・・)は、何やら意を決したように、自分の立っている場所を掘り始めた。

 櫻の樹の下には…… 死体が埋まっている。

 わたしの脳裏に、あの一文の全部が飛び込んできた。
 まさか。わたしが? 誰を? どうやって? いつ? どこで? ううん。そもそも、動機は?
 続いて浮かんだ5W1Hに、わたしに関わる人物……家族や親戚、同級生に部活の仲間、それに先生たちを、片っ端から当てはめては消していく。
 これは楓の樹なのだし、私が誰かを殺すなど有り得ない事だと理性では理解しつつも、わたしの思考はまるでブレーキが壊れたかのように、止まる事を知らなかった。
 わたし(・・・)は、その間も一心不乱に、楓の樹の下を掘り返し続けていた。
 やがてわたしが、全ての関係者を当てはめ終えようとした時。
 雲の呪縛から逃れた月がその姿を現し、彼女はそれ(・・)を掘り当てた。
 下にしろつるを引く蒼い光の下、わたし(・・・)が穴から引き上げたそれ(・・)は――


 ――夢はそこで途切れた。
 ぱちりと目を覚まし、見慣れた淡い水色の天井を目にして、自分が自室のベッドで寝ていることを悟る。
 このとき初めて、これまでのことが夢だったことを理解したわたしは、ベタベタな夢オチに溜め息をついた。
 このときはまだ、この夢の一部始終を憶えている事に、何の疑問も持っていなかった。
 身体に不快感を感じたわたしは、ベッドサイドにある照明を付けて、寝間着の水色が青に変わっていることに気付いた。
 寝汗でぐっしょりと濡れていたのだ。
 枕元に置いてあったケータイを手にとって、小窓の液晶画面を見ると、日付が変わったばっかりだった。
 兄を起こさないよう静かに階下(した)に降りてシャワーを浴び、再び眠ろうとして……気付いた。

 今夜って……。

 わたしは壁に掛けてある制服のポケットから手帳を取り出して、ケータイにある日付と見比べてみた。
 わたしの予想は正しかった。
 天文好きのわたし。手帳のカレンダーには、月齢を書き込んである。それを確認してみると今夜の月は。
 夢の中で最後に見た月の形と、同じだった。

 それからのわたしの行動は、夢の中のわたし(・・・)と同じだった。
 着古した黒っぽいTシャツに半ズボン、黒いハイソックスにボロ靴。黒いキャップに、手には額で点灯させる懐中電灯とスコップ。
 明らかにデ・ジャヴとは違う不思議な感覚に心の中で苦笑いしつつ。
 曇り空から洩れる、今は姿の見えない下弦の月明かりの中を、今や近くに在りて遠い、懐かしの森林公園。
 その奥にある楓の神木の元へと向かった。

 目的地に着いてすぐ。ここでもわたしは、わたし(・・・)と同じ行動をとっていた。
 意を決して掘り始め、そのまま一心不乱に掘り進むこと……どれくらいだろう。
 幅は、楓の神木の直径。わたしが片手を伸ばしたくらい。
 深さは……階段を造りながらだったけれど、大学生である兄の身長くらいは掘り進めただろうか。
 そこに、それ(・・)はあった。
 こ、これって……まさか――?

 それまでは、ずっと忘れていた。
 だけど、一目見た瞬間に思い出した。そして、それと同時に戦慄した。冷や汗が止まらなかった。
 半月が曇天から逃れたのと時を同じくしてそこから出てきたのは。
 水色した金属の箱。
 箱ティッシュを二つ組み合わせたくらいの大きさで、土に風化しないような工夫が施されていた。
 それは、秘密の箱。
 自分以外には決して誰にも見せられない、過去の恋心を綴った文章が詰まっている、秘密の箱。
 これの在り処は、私しか知らない……はず。
 ここでは……ない。
 自分で埋めた覚えは……無い。だとすれば、いったい誰がこれを?
 じっとりとした嫌な汗が、背中を伝う。


 ――櫻の樹の下には……

 と、始まる一文。
 本を読む人でも読まない人でも、一度くらいは耳にしたことがあるだろう。
 だけど、この言葉で始まる有名な作品に似た経験をした人は、果たして何人いるだろうか。
 わたしは、それに似た、ある意味でそれに匹敵するくらい怖い思いを、たった今したところだった。

 楓の樹の下には…… わたしの秘密の箱。
 それに見紛うべくも無い物が、埋まっていた……。

  ― 幕 ―
 あとがきに代えて

最後まで読んでいただきまして、有難うございました。

この作品は、あの有名小説と宝探しをモチーフにした、教育テレビの道徳ドラマのノリなんです。
少女のことを、ご自分のことに置き換えて考えてみて欲しいのです。
自分以外の誰も在り処を知らないはずのものが、自分の知らない間に突拍子もないところに埋まっていたら、怖くありませんか?

ま、怖くなくてもいいのですけどね。
大抵の場合宝探しで見つかる宝の正体というのは、ぱっと見、特定の人物以外にはその価値のわからない物だったりしますし。
それは何故か。
たぶん、『宝が何か』が重要なのではなく。
『宝箱を開けるまでのプロセス』が重要なんだと思うんです。
そしてこの作品では、そのプロセスに。
読了後、読者の皆さんに事の真相をあれこれ想像や推察してもらおうと思って、そのための鍵を散りばめてあります。
真相の全部は明かしませんが、作中で二度ほど言及している少女の兄も、その鍵のひとつです。
もし、これを踏まえて今一度、作品を読んでいただけたなら、その読了後はまた違った感想になるのではないかと思います。

                                                         緋月 稀杏 拝
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