仏はどこだPDFで表示縦書き表示RDF


これは自分の祖父がなくなったときのエピソードを元にしています。
とある親戚が、骨を拾いながら話してくれたものを覚えていたので・・・
仏はどこだ
作:サイトD


『人の値打ちと煙草の味は煙になって分かるもの』

 そんな言葉を思い出しながら、幸崎は喪服に腕を通した。
 喪服は彼の仕事着だった。
 こう言うと、彼の職業が殺し屋か何かに見えてしまうかもしれないが、彼の仕事は「やすらぎ斎場」の社員だ。
 何のことは無い、葬式を取り仕切る会社の一社員である。
 幸崎、という自分の名前に似合わぬ職を選んだものだと、時折感じるときがある。
 彼の勤務場所は火葬場だ。
 故人との最後の別れに遺族達が涙する場所である。
 毎日、誰かの涙に立ち会うその職業は、決して晴れやかなものではない。
 しかし、彼は、良くも悪くもその職業が自分の天職であると考えていた。
 長身で、撫肩の彼の体には、喪服がよく似合う。
 下がり気味の眉と細い目は、普段通りにしているつもりでも、どことなく哀しげな雰囲気を醸し出している。
 この職に就く際の面接で、面接官は彼を一目見て言った。

「君はわが社のエースになれる」と。

 幸崎自身、葬式が似合うということを喜んでいいのか、悲しむべきなのか未だによくわからないではいたが、それでも彼はこの職が嫌いではなかったし、他のどの職業よりも自分という人間を生かせる場であると感じていた。
 更衣室を出ると、そこは火葬場のロビーだった。
 かなり広いスペースがあり、観葉植物や飲料の自動販売機が置かれている。
 始業前であるため、まだ火葬の客は訪れていないが、午後には様々な人々がこの場所に集まってくることだろう。
 職業も、年齢も、性別も、すべて共通点の無い人々だ。
 彼らの共通点は一つ。それは、近しい人物の死である。
 死は誰にでも訪れるという言い方は、使い古されたものではあるが、間違いなく真実なのであった。


 時計の針はすでに12時をまわっている。
 午前中にいくつかの火葬を終え、幸崎は次の仏を待っていた。
 予定ではもうそろそろ霊柩車とバスが到着することになっている。
 どこかの会社の社長だと、書類に記されている。
 幸崎がロビーの壁掛け時計に目をやったのと同時に、入り口の自動ドアが開いた。
 喪服を纏った一団が、火葬場のロビーに入ってくる。
 幸崎はカウンターを出て、一段の先頭に立つ喪服の婦人の前に立った。

「お待ちしておりました、柿崎様」

 慇懃に礼をして、幸崎は目の前の喪服の婦人に自己紹介をする。

「私、本日の火葬を担当させていただきます幸崎と申します」

「よろしくおねがいします・・・」

 婦人が頭を下げた。胸に、遺影を抱えている。
 黒い額縁の中で、50歳程の壮年の男性が微笑んでいた。白髪混じりの髪の毛をオールバックにした、迫力のある顔つきだった。
 幸崎はそこで、おや?と違和感を感じた。
 目の前の女性は、どう見積もっても30代前半に見えた。歳の差はかなりのものだろう。

(まぁ、今時珍しくもないのかな)

 そう自分を納得させ、手際よく控え室へと案内する。一団の全てが控え室へ入ったことを確認すると、幸崎は婦人に火葬までの段取りを伝え始めた。
 真剣な顔で説明を聞く婦人は、目が赤く腫れてはいるものの、説明の最中には一切涙を見せることは無かった。しっかりとした顔つきで、幸崎の説明に耳を傾ける。

(気丈な方だな)

 幸崎はそう感心しながら全ての説明を終え、控え室を後にした。
 ロビーに戻った幸崎に、後ろから声がかけられる。

「お、おい。どうだった?」

 声は、幸崎の上司のものだった。今井という男で、でっぷりとした腹を喪服に窮屈そうに押し込んでいる。額の汗を拭いながら、心配そうに幸崎の顔を覗き込んでいる。

「何がですか?」

 幸崎が訝しげに訊ねると、今井は急に慌てて、

「いやいや、何もなかったならいいんだ。気にせんでくれ」

 明らかに取り繕うような口調で言って、幸崎の元を離れる。
 その後姿を何か釈然としないものを感じながら見送っていると、再び背後から肩を叩かれ、幸崎は振り返った。
 同僚の柏という男が立っていた。

「何か言われたか?」

 柏は幸崎にそう尋ねた。幸崎は首を傾げながら、

「いや、よくわからない。何かあったかって聞かれただけだよ」

 柏は唇の端を吊り上げて、にやり、と笑う。

「今井も、気が小さい奴だな・・・」

 柏が独り言のように呟く。

「どういうことなんだ?あのお客さん、何かあるのか?」

 幸崎が訊ねるが、柏は意地悪そうな笑みを見せるだけだ。

「ま、そう気にすることでもないさ」

 そう言うと、幸崎の肩をぽん、と叩く。

「一つだけ忠告だ。仏は探すな」

「え?」

 幸崎がその言葉の真意を掴みかねているうちに、柏は足早に幸崎に背を向け、ロビーの奥へと引っ込んでいった。

「・・・一体なんだって言うんだよ」

 残された幸崎はしばらくの間呆然とロビーの真ん中に立ち尽くしていた。


 言い知れぬ不安に苛まれる幸崎をよそに、時計は刻々と時を刻んでいった。
 いくつかの火葬を挟み、ついにあの一団の火葬を行う時間になった。
 幸崎は控え室へ向かい、婦人らに時間が来たことを告げる。
 婦人は先ほどと変わらず気丈な表情で頷き、立ち上がった。
 幸崎に連れられ、火葬場に着いた彼らは、棺桶の中の男に向かって最後の言葉をかける。
 婦人以外の男達はボロボロと涙を流し、「親父」と声をかけていた。
 随分と慕われた社長だったようだな、と幸崎も思わず込み上げてくるものがあった。

「それでは・・・」

 幸崎が促すと、棺桶が遺体を焼く釜に入れられていく。
 約5分ほどで火葬は終了するはずだった。
 釜の扉が閉められると、男達の鳴き声がより一層大きなものになった。
 大の男がこれほどまでに涙を見せる光景など、なかなか見られるものではない。
 それほどまでに、この男の人望は厚かったという表れなのであろう。

「あんたたち、もう泣くのはやめにしたら?」

 婦人が、少し大きな声で言った。
 よく通る、張りのある声だった。

「あの人がいつも言ってたこと、忘れたのかい?笑うんだよ。こういうときこそ笑ってやらなきゃ、怒られちゃうよ」

 婦人の言葉に、男達の嗚咽の声が止まった。

「いつでもそうだったじゃないか。あの人は馬鹿みたいに人を笑わせることが好きだった。死ぬ間際にだって、苦しいとか辛いとかじゃなくて、なんて言ったか覚えてるだろ?みかんが食べたいだとさ。落語の『千両みかん』そのまんまじゃないか。笑えないんだよ、ホントに・・・」

 婦人が、呆れたような溜息を漏らした。

「だから笑ってやらなきゃ・・・」

 夫人の言葉に、男達は無理矢理にぎこちない笑みを作った。哀しげな笑みではあったが、そうするのが当然とでも言うように、笑っていた。

「全く、変わった人だったねぇ。最後の最後まで面白い人さ・・・自分の立場なんて、あの人には関係なんだからねぇ」

 婦人は、口元を押さえ、くくっ、と哀しげに笑った。 

「あ、あの・・・」

 幸崎が思わず婦人に声をかけようとするが、丁度火葬終了の合図があった。
 婦人の言葉と男達の行動を疑問に思いながらも、手順通りにまだ熱の残る釜の部屋の中へと一団を導いた。
 長い箸を婦人に手渡し、

「これから、納骨を行います。皆様、骨の方が熱くなっておりますので、注意してお納め下さい」

 骨は、既に人の形を保っているものは少なく、熱を加えられたことによってバラバラに砕けている。
 箸を渡された婦人は、比較的形を残している下半身の骨をゆっくりとつまみ、骨壷の中に納めた。
 他の男達も、箸を廻しながら、骨をつまみ上げ、納めていく。
 一巡したところで幸崎が箸を持ち、

「それでは、後は私が・・・」

 と、拾い残しが無いよう、細心の注意を払って砂を掻き回す。
 幸崎が、遺体の胸の辺りをかき回し、細長い一欠片の骨をつまみ上げ、言う。

「皆さん、ご覧下さい」
 一団の視線が、幸崎の箸の先に集まった。
 幸崎は器用に箸を操り、火葬台の縁にその骨を置いた。

「あ・・・」
 
 一団の一人が小さく声を上げた。
 骨が、火葬台の縁に立っていた。まるで仏像のようなシルエットのその骨が、真っ直ぐに立ち上がっているように見える。

「これは胸仏と呼ばれています。火葬後、仏様の胸の辺りにあるため、そう呼ばれます。どうですか、どことなく、仏像のような形に見えるでしょう?」

 幸崎の説明に、一団がなるほど、と感嘆の吐息を漏らした。
 さらに箸を動かしていた幸崎だったが、不意にその手が手が止まった。

「どうかしましたか?」

 婦人が、訝しげに幸崎の顔を覗いた。

「いえ、実は、もう一つが見つからないんですよ」

「もう一つ?」

「ええ、さっきの胸仏です。あれはもう一つあるはずなんですけど見つからなくて・・・」

 幸崎がそう言った瞬間、婦人は何かに気がついたように、静かに微笑んだ。

「全く、最後まで笑わせてくれるわ・・・」

「え?」

 婦人の言葉の意味を掴みかねていた幸崎だったが、そこで不意に先ほどかけられた柏の言葉を思い出した。『仏は探すなよ』確かに奴はそう言った。もしかすると、それは胸仏のことだったのかもしれない。

(しかし、何故?)

 不思議そうな顔をしている幸崎に、婦人が訊ねる。

「その、胸仏って、もしかして指の骨なんじゃありません?」

 幸崎はその指摘に驚き、目を丸くした。

「え、ええ。その通りです。遺体を焼く際、仏様の手を胸で組ませるんです。だから胸仏。しかし、奥様、よくご存知ですね・・・」

 婦人の目が、鋭く幸崎を見つめた。その迫力に、気圧され、幸崎は言葉を詰まらせる。

「いいえ、知りませんでした。でも、それなら一つしかない理由がわかるんですもの」

 婦人の言葉に、後ろに控えていた男達も全てを悟ったらしく、にやり、と笑った。
 その笑みは、迫力のある凶暴な笑みに見えた。
 婦人が顎をしゃくって、男達に言う。

「あんたたち・・・見せてやんな」

 婦人の掛け声に、男達が応えた。

『はい、姉さん!』

 男達が一斉に左手を挙げ、幸崎に示す。

「あっ!」

 幸崎は思わず声を漏らしていた。そして、今井の態度や柏の言葉の意味を全て理解した。
 婦人の唇が、きゅうっ、と吊りあがる。

「私達、極道者。小指が無いのは珍しくないでしょう?」


いかがでしたでしょうか?
初書きなので、ご感想などいただけると嬉しいです。













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