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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十四章 冒険者学校編
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三百二十話 学校生活の陰で蠢く者達

新しいレビューを頂きました! ありがとうございます!

 ヴァンダルーが体力向上訓練を受けて(?)いる頃、パウヴィナは打たれていた。

「たあぁぁ!」

 クラスメイトが振るった木に何重にも布を巻いた、訓練用のメイスがパウヴィナの構える盾にぶつかった。


「えいっ」

「あああああああぁ!?」

 だが、次の瞬間パウヴィナが盾を突き出したため、そのクラスメイトは後ろに吹っ飛び転倒してしまった。


「勢いは良いけど、もっと体勢をしっかりしないとダメだよ。隙も多いし。次!」

「は、はい!」

 今度は先を丸めた木製の槍を持った生徒がパウヴィナにかかっていく。彼は突きを素早く繰り出すが、全てパウヴィナの盾によって防がれてしまう。


「ならっ!」

 パウヴィナの顔に向かって素早く、しかし軽い突きを出し、彼女が顔を守るために盾を上げた次の瞬間、彼女の脚に向かって槍を突き出す。

 それなりに重そうな音を立てて、槍はパウヴィナの足の甲に当たった。


「やったわばっ!?」

 しかし、次の瞬間パウヴィナの盾の一振りで吹っ飛んだ。

「いいよっ、あたしみたいに体格差のある相手には、足を狙うのは有効だから! でも、足の甲じゃなくて指を狙うべきだったと思う! とっさに槍で防御したのは凄く良い!」


「は、はひっ」

 よろよろと起き上がる槍使いの生徒。そして、彼の代わりに木製の剣と盾を構えた女子生徒が前に出て、パウヴィナの相手をしに向かう。

 生徒同士のはずなのに、まるで教官と生徒のようだ。


「……教官が一人増えたおかげで、訓練が楽になったな」

「俺達、彼女から授業料を取っていいんだろうか?」

 そして、本来パウヴィナに訓練を施す教官達は、別の生徒のグループに訓練を施していた。


 パウヴィナ達の教室、新入生の中でも受験でトップクラスの成績を修めた生徒達でも、最初に受ける訓練はやはり基礎体力を伸ばす事を目的とした訓練だ。

 レベルが上がれば体力も増える。しかし、やはり素の身体能力が高い場合は、低い場合より能力値の伸びが良い。


 同じ【見習い戦士】ジョブ100レベル同士でも、筋骨逞しいマッチョとあばらが浮いて見えるガリガリで力比べをすれば、マッチョの方が勝率は高い。


 それに、こうした訓練で各生徒の実力を教師、そして生徒同士に明らかにするのも目的の一つだ。実習でパーティーを組む相手を選ぶ時や、その後の実習での作戦の参考に役立てるのである。


 しかし、ヴァンダルーほどではないがパウヴィナは他の生徒と力量に差がありすぎる。そして、彼女はヴァンダルーほど手加減が上手くない。

 殺さない自信はあるが、加減を間違えて骨を何本かへし折ってしまうかもしれない。特に、彼女の得意な得物は棍棒だ。頭に当たって頭蓋骨が折れたら大事である。


 ……当然学校側も訓練中の事故に備えて治癒魔術師が常駐しているし、そもそも生徒達も防具をつけている。さらに、パウヴィナの教室の生徒達は既にジョブチェンジを二回以上経験している者ばかりだ。

 十代前半の少年少女だが、実際にはそこらの衛兵より強い者ばかりである。当然その肉体は一般人よりもずっと強靭で打たれ強い。


 しかし、パウヴィナからするとそんな生徒達も弱い部類に入る。そのため、彼女は武器を選ばず【盾術】のみで、攻撃も武技を使用せず盾を軽くぶつけるだけに済ませる事にした。

 それでも彼女が生徒から教官役になったのは、妥当な流れと言えるだろう。


「気まずいが、仕方ないだろう。彼女は生徒なんだし」

「それはそうだが……俺達は彼女に何か教えられるのか? あの動きを見ろ、明らかに俺達より強いぞ」

「たしかに。それに、疲れを見せるどころか、息を乱しもしない……これは十年どころか、百年……いや、千年に一人の天才かもな」


 ヴァンダルーと違い教官たちまで生徒に混じって挑戦していないのは、パウヴィナの教室の訓練を担当する教官達の技量が、ヴァンダルーの教室の訓練を担当していた教官達よりも高いからだ。


 通常の冒険者学校の教官は、冒険者の中で最も数が多いD級冒険者の内、普段の素行や人格の良い者が再就職する事が多い。

 しかし、ここは英雄予備校。卒業生はただ冒険者として生き延びる事だけではなく、到達するのに一定以上の才能か人並外れた努力が必要とされるC級冒険者以上になる事を期待されている。


 そのため、英雄予備校に教官として採用されるのは基本的にC級以上の冒険者か、相当する実力があると評価された元騎士や魔術師ギルドの魔術師等だ。

 その中でもパウヴィナのような優秀な成績で入学してきた生徒を担当する教官には、元B級冒険者が少なくない。


 そのため、パウヴィナの動きから彼女の実力をある程度察し、彼女を生徒の側にしたままでは不味いと迅速に判断する事ができたのだ。


「ふ、ふふふ、さすがパウヴィナ様だ」

 ちなみに、同じ教室に所属するラインハルトは既に息も絶え絶えの状態で地面を這っていた。




 新入生に、教官よりも強い生徒が二人いる。そのニュースは昼休みには学校中に知れ渡った。「教官より強い生徒」は今までも時折存在していた。しかし、そのほとんどは在学中に成長して教官を追い越した生徒であり、入学したばかりなのに教官より強い生徒は、数えるほどしかない。


 そして複数の教官と生徒達に代わる代わる模擬戦を行い、その全員の体力が尽きるまで無傷で立ち続けたヴァンダルーや、教官が戦う前に実力を認めて訓練を受けるのではなく課す側にしたパウヴィナのような生徒は初めてだった。


「元A級冒険者の教師としては、生徒に負けた元C級や元B級の教官達の事を『我が校の面汚しめ』と罵るべきだろうか?」

 報告をするため校長室に赴いたランドルフに、腕を組んだメオリリスがそう尋ねた。


「思ってもない事を聞くな。パウヴィナの方はともかく、ヴァンダルーの方は単に実力の一端を見せただけだ」

「たしかに。ヴァンダルーの方はアルクレム公爵領で起きた魔物の暴走で活躍したと聞いていたが、お前が警戒する程だ。それ以上の何かがあって当然だったな。

 しかし、今の状況が続くのは良くないな」


 優秀な生徒が活躍するのは、校長としても喜ばしい。しかし、学校で雇っている教官が弱いなんて噂が流れるのはよろしくない。メオリリスにとっても、彼らにとっても。

「カリキュラムを練り直すか。当分は自主学習という扱いにして、訓練を受けたい生徒は自由に受けさせるが、問題の二人には事情を話して配慮してもらう」


「つまり、ヴァンダルーやパウヴィナが他の生徒の訓練を見ても、それは生徒同士切磋琢磨しているだけだという体裁を整える訳か。……これはこれで教育者としてどうなんだろうな?」

「情けないのは分かっているさ。だが、どうしようもない。より腕利きの教官が地面から生えてきでもしない限り」


 教官達の水準を、これ以上高めるのは難しい。生徒に教える教官である以上、純粋な戦闘能力よりも指導力を優先しなければならないからだ。それに、上級冒険者の中には冒険者として現役から一線を退いても、貴族の指南役や護衛、中には貴族と婚姻関係を結ぶ者や、商売を始める者もいる。そのため、後進の指導をすることに価値を見出す者でなければ、英雄予備校に就職しないのだ。


 それに、英雄予備校の教官の給料は通常の冒険者学校の教員よりは高いが、それでも現役のC級冒険者の平均収入よりは安いのだ。


「前歴不明の凄腕教師は、二人の相手をしてはくれないのだろう?」

「勘弁してくれ」

 メオリリスの言葉に、ダンドリップの偽名で働いているランドルフは首を横に振った。


「パウヴィナの方は何とかなる。しかし、ヴァンダルーの方は底が知れない。ひ弱そうな見た目をしているが、中身は化け物だ」

 普段と訓練での様子から二人の実力を推測したランドルフは、そう判断した。パウヴィナの方は、まだ彼からすれば常識の範囲内だ。自分自身が本気で相手をすれば、一対一なら勝てる。模擬戦で、教官として教えられることもあるだろう。


 しかし、ヴァンダルーの方は予想もできない。

「そんなにか。……例えるとしたら?」

「恐ろしく得体の知れない、演技力だけが下手糞な化け物が、玩具の武器を持って人間のふりをしてごっこ遊びに興じている。そんな感じだ」


「……生徒の相手をさせていいのか、不安になる評価だな。同じ教室の生徒達の様子はどうだ?」

 あまりに恐れられているようなら、ヴァンダルーだけ別の教室、もしくはせめて上の学年にねじ込むべきかもしれない。そう考えて尋ねたメオリリスだが、ランドルフの答えは意外なものだった。


「訓練が終わる頃には、俺以外の教官も含めて全員尊敬の眼差しを向けていた。奴を恐れている者は一人もいない」

「お前の評価からは、想像できない態度だな」


「生徒や他の教官の眼には、奴はただの『天才』に見えているはずだ。教官でも相手にならない生徒は、奴が初めてって訳じゃないだろう?

 それに、ヴァンダルーの場合は前評判がある。腕利きのテイマーで、アルクレム公爵領の町をダンジョンの暴走から救った一人で、母親は悪神を封印した英雄だ。それに、カナコ先生が認めている奴だ。普通の新入生とは違う」


 普通の新入生達は英雄予備校に入学する以前は優秀であっても、英雄ではない。しかし、ヴァンダルーは英雄になってから英雄予備校に入学してきた生徒だ。

 たしかに、それを考えれば同じ教室の生徒達が自分達とは違う尺度で彼を測るのも当然かと、メオリリスは思った。


「なるほど……カナコ先生云々はともかく、お前の意見は分かった」

「それにパウヴィナもそうだったらしいが、奴は教えるのが上手かった。ただ倒すのではなく、相手を慰めてからどうすればいいのか助言を与えている。……それはそれで教官達のプライドは傷ついただろうが」


「……今すぐ教官として雇いたいぐらいだな」

「ぜひ考え直してくれ。逃げ出さなきゃならなくなる」

「それはそれとして一週間後、いや六日後の実習はどうするかだな。彼だと、我が校が管理するダンジョンでは、あっさり攻略してしまう気がするのだが」


 英雄予備校が実習用に所有し管理しているダンジョンは、生徒達にとっては上層階ならともかく下層以下は攻略の難しいダンジョンだ。しかし、ヴァンダルーやパウヴィナなら野山に散策に行くような感覚で攻略しかねない。


「それは、とりあえずはないだろう」

 しかし、ランドルフはそう言い切った。なぜなら――


「新入生が受ける一回目の実習は、教官の監視下で三層まで下りて、魔物の解体やダンジョンでの野営や休憩の仕方を体験するだけだからな。

 今のところあいつらは授業や訓練の枠からはみ出していない。なら、四層以下に降りることはないだろう」




 その頃、昼休みになったのでパウヴィナはヴァンダルーを片手に持ってアレックスに昨日のアレ……こちらをしばらく凝視した後何も言わず去ったのは、なんだったのか尋ねに向かった。

 遭遇したアレックスはやはり冷や汗をかきながら、もっともらしい言い訳を口にした。


「噂の新入生を見に行ったら、君の立ち振る舞いから予想以上の実力だと分かって、気圧されてしまったんだよ。挙動不審に見えたのなら、ごめん。そんなつもりはなかったんだ」


 それをパウヴィナの腕の中で聞いていたヴァンダルーは、怪しいと思った。春なのに冷や汗をかくなど、ひどく動揺した態度。こちらからできるだけ視線を逸らそうとしているし、声も上ずっている。

 周りには彼のパーティーメンバーの内、二人がこちらを唖然とした様子で見上げているのに。


 黒髪の少年が二槍流のロビンで、栗色の髪のハーフエルフの少女が魔術師のアナベルだと、チプラスが耳打ちして教えた。


「そうだったんだ。変な様子だったから驚いちゃった」

「ああ、本当にごめん」

「うん、それならいいよ。じゃあね」


 アレックスの言い訳が普通で、更にパウヴィナも見られただけで特に何もされていないため、ヴァンダルーとアレックスの二度目の接触も何事もなく終わった。


「ところで、やはり俺に視線を向けようともしませんでしたね。やはり魔眼系のユニークスキルを所有していて、俺に【根源】で返されるのを警戒していたのでしょうか? だとしたら、何者かから情報を得ている事になりますが」

 のっしのっしと軽快な足取りで廊下を進むパウヴィナの腕の中で、ヴァンダルーはそう言って首を逆方向に傾げる。


「そう言えばそうだったね。うーん、でもそれってヴァンの事に気が付いていなかったからじゃないかな?」

「それはないでしょう。こうして正面から訪ねて行ったし、話している間俺はずっと彼を睨んでいましたし」

「……人形か何かに見えちゃったんじゃないかなぁ?」


 パウヴィナにそう言われたヴァンダルーは、自分が客観的にどう見えるか顧みた。そして、身長三メートルの巨大少女の腕の中で、誰かに持たれている時の癖で全身から力を抜いてぐったりとして無言のままの自分の姿を想像する。


「……自己紹介くらいはするべきだったかもしれません」

 同じ頃、ロビンから以前と同じような事を指摘されたアレックスは再び頭を抱えていた。




 学校の授業が終わった後、ヴァンダルーはエリザベス達を鍛えるため、そして彼女達との友情を育むために学校の外で会って特訓をしませんかと持ち掛けた。

 自分が本気を出せば実習も課題も楽に達成できるが、それではエリザベス達自身のためにならない。そのため、アレックスの鼻を明かすには、彼女たち自身の実力を高める必要があると考えたのだ。


「特訓と言ってもどうするの? 私達は学校が管理しているダンジョン以外には入れないのよ」

「それに、お嬢様にはお屋敷に帰ってからも様々な予定がございます。あまり体力や時間を使っては、支障が出てしまうのですが」

 ヴァンダルーが提案する特訓の効果に懐疑的な様子のエリザベスに、予定を気にするマヘリア。


「まあまあ、エリザベス様もマヘリアちゃんも、彼の話も聞いてあげようよ。今日の訓練では凄かったみたいだし、ね?」

「噂の『天才テイマー』の意見に興味がありますし……」

「アレックスに追いつき、追い越さなければならないのですから、特訓は必要ですよ、エリザベス様!」

「ええ、その通りです! 何せ特訓ですから!」


 逆に、特訓に乗り気なゾーナと男子三人。ちなみに、名前は三人の中でのっぽな槍使いがマクト・ハミルトン。小太りな盾職がトーラス・ゼッツ。眼鏡をかけた魔術師がユーゼフ・カタロニス。それぞれハミルトン男爵家の三男、ゼッツ男爵家の三男、カタロニス子爵家の四男であるそうだ。


「ありがとうございます。先輩方」

 ゾーナはともかく、昨日から言動に関して激しく不安を覚えていたマクト達の反応に対して、ヴァンダルーは意外だなと思うと同時に、三人はもしかしたら良い人なのかもしれないと感じた。


 ただ貴族として生まれた事で受けた教育が原因で平民に対する差別意識が強くなっただけで、根はそう悪くはないのかもしれないと。だとしたら、偶然最初に短所を見聞きする事になっただけで彼らの全てを知った気になるなんて、自分は気づかぬ間に随分と傲慢になっていたようだ。そう反省した。


 ……マクト達の態度がヴァンダルーに極めて友好的になっているのは、仲間に入ったヴァンダルーの動向を探り、情報を少しでも得るようにとそれぞれの親から命じられたからなのだが。


「では、特訓の方法を説明します。まずオルバウムの外に出ます。そこに、俺の友人達が生け捕りにした魔物を追い立ててくるので、それと戦って経験値を得るというシンプルな方法です」

 ヴァンダルーが考えた特訓は、「ダンジョンや魔境に入れないなら、魔物をダンジョンや魔境の外に追い立てればいい」という単純なものだった。


 追い立ててきた手頃な魔物とエリザベス達を戦わせて実戦経験を積ませると同時に、彼女達の今の実力を把握して今後の特訓に役立てる事ができる。

 正に一石二鳥。


「なるほど、それなら……でも、そんな事でアレックスに追いつけるのかしら」

 しかし、エリザベス達は勘違いしてしまった。ヴァンダルーの友人や仲間があらかじめ『弱らせ』、追い立ててきた魔物に止めを刺させるだけの特訓だと。


「いいじゃないですか、エリザベス様! 最近レベルがなかなか上がらないって悩んでいたし、ここで楽にガツンと経験値を稼いでレベルを上げましょうよ!」

「そうですよ、エリザベス様! せっかく彼がお膳立てをしてくれるのですから!」

 しかし、ゾーナ達は乗り気だ。


「お嬢様、成長の壁を乗り越えてから技を磨く、という考え方もあるかと思います」

 そしてマヘリアも控えめにそう主張したため、エリザベスは皆に背を押される形で「分かったわ」と特訓を受ける事を了承した。




「うわああああっ!?」

「ちょっ、トーラス様、盾職が逃げないでよ!?」

「聞いてないぞ! 数が多いし、全然弱ってないじゃないかぁぁぁ!」

「……弱らせておくなんて言いましたっけ?」


「「「ぶぎゃるおおおおおおおおっ!!」」」


 ヴァンダルーの友人……アーサー達が魔境から追い立ててきた豚頭人体の魔物、オーク達はエリザベス達を元気に追いかけ回していた。

「ふむ……手頃な群れだと思ったのですが、彼女達には荷が重かったでしょうか?」

「なあに、驚いて逃げているだけじゃろう。落ち着けば持ち直すはずじゃ」

「そうですよね。ただのオークで、数もたった七匹だけ。ヴァンダルーさんを抜いても、一匹多いだけですし」


 アーサー達はヴァンダルーから連絡を受け、手近な魔境からオークを七匹追い詰め、グファドガーンの【転移門】をくぐらせた。そして自分達も【転移門】でヴァンダルー達の近くの物陰に転移し、そのままオーク達が彼らに向かっていくよう誘導したのである。


 エリザベス達からすると、物陰から突然オークの大群が現れ襲い掛かってきたという非常事態なので、動揺して当然だ。

 しかし、アーサー達からするとランク3のただのオークの集団である。それに慌てるエリザベス達を、微笑ましいものを見るような目で見守っても、助けが必要だとは思わない。


「オークだったのが悪かったかもしれないわね、年頃の女の子の訓練相手としては、刺激が強すぎたのかもしれないわ」

「あ、そうですね! じゃあ、次の機会があったらオーガーを探しましょうか」


 カリニアと朗らかに会話するミリアムも、だいぶ彼らに染まってきているようだ。


「たしかに、弱らせるとは言っていなかったわね! 【絡まる蔦】!」

 しかし、逃げながら呪文を唱えていたエリザベスが、生命属性魔術を発動。先頭を走っていたオークの脚に伸びた草が蛇のように絡まり、「ぶぎゃっ!?」と転倒する。その後ろを走っていたオーク達も巻き込まれて転倒するか、それを避けるために慌てて立ち止まる。


「今のうちに陣形を立て直すわよ! トーラスっ、マクト、ゾーナは前に! ユーゼスとマヘリアは援護! あなたは――」

「まあ、ほどほどに援護するので頑張ってください」

 先ほどまで最後尾を走っていたはずのヴァンダルーが、いつの間にか自分の横に居た事にエリザベスは驚くが、すぐにそんな場合じゃないと意識を戦いへと向けた。


 勘違いと油断が無ければ、さすがに英雄予備校に入学して一年以上過ぎているだけあって、トーラスもゾーナもオーク相手にそう負けはしない。

 ユーゼスが呪文を唱え間違えたり、マクトが【武技】を発動してオークを倒したが、その隙を別のオークに突かれて棍棒代わりの丸太で殴られそうになったりしたが。しかし、マヘリアが放った矢とヴァンダルーがぶん投げた小石がそのオークの肩と目をそれぞれ直撃し、難を逃れる事に成功した。


 どうにかこうにかエリザベス達は勝利した。そして討伐証明部位や素材の解体等は、アーサー達も手伝って手早く終わらせ、その日は解散となったのだった。




 その頃、どうしたものかと思い悩む者達がオルバウムには複数いた。


「どうしたものか……」

 その一人が、ドラッゼ・リームサンド伯爵である。でっぷりと太った腹に、豊かな口髭。貴族というより、悪徳商人と言われた方が納得できる容姿の人物だが、彼がエリザベス・サウロンの後ろ盾であり、パトロンである人物だ。


「まさか、エリザベスの仲間にあのヴァンダルー・ザッカートが入ってしまうとは……何かあれば、儂が責任を取らされかねん。

 それに、もしエリザベスを掻っ攫われるようなことになれば……今までの援助が全くの無駄になるではないか。もう少しで、あの小娘を手籠めにできるかもしれないというのに」


 ドラッゼがサウロン公爵領から脱出した幼いエリザベスの母親を保護し、彼女の後ろ盾になったのは、彼女を傀儡にして自分がサウロン公爵領の実権を握れるかもしれない。そんな身の程知らずな妄想を抱いたからだ。

 だが、幼いエリザベスは後継者争いに惨敗。ドラッゼは後継者争いに勝利したルデルに彼女を売ろうとしたが、エリザベス自身がルデルに激しく反発したために頓挫。


 その後、エリザベスとその母親をどう処理したものかと考える頃には、エリザベスは美しく成長していた。まだ十代前半だが、あと五年もあれば見目麗しい美女になるだろう。

 そう思ったドラッゼは、彼女を自分の妾にしようと企んだ。無理難題を出して、それを達成できなければ援助を打ち切ると迫ったのも、追い詰めた彼女に「援助を続けてほしかったら……」と迫るつもりだったからだ。


「しかし、ヴァンダルー・ザッカートとその母親の動向を探るために、しばらく協力してほしいと軍務卿殿には言われているし……。母親は押さえているから、エリザベスが逃げ出すことはあるまい。

 だが、念のために母親の見張りを増やすよう命じておこう」


 そう言うと、ドラッゼはワインで満たしたグラスを呷った。




「どうしたものか……」

 そして、同じ事を言って思い悩んでいる人物がもう一人。


「選王直属の部隊は、動かすのに選王の許可がいる。しかし、動かしたところで今以上の情報が手に入る見込みもなし。

 呪われた屋敷の浄化を要請した神殿の動きは異様に鈍い。反応したのはアルダ神殿くらいだが……あの生臭共め。全く、神の信徒を名乗る寄生虫めが」


 テルカタニス宰相は自由に動き回るヴァンダルー達にどう対応するか、難儀していた。会議で方針は決まっているが、彼はドルマド軍務卿達を信頼していない。

 彼が望むのは、オルバウム選王国の秩序が維持される事。そして、より完全な秩序によって国が運営される事だ。


 突然改革を叫びだしたアルクレム公爵領や、恐らくその原因だろうヴァンダルーは頭痛の種でしかない。問題は、その種が大きすぎて処理できないという事だ。

 敵に回せば秩序を維持するどころではない。下手をするとオルバウムが崩壊し、各公爵領を纏めていた国の中枢は消滅。選王国は元の小国の集まりに戻ってしまうかもしれない。


 そして、自分の地位を盤石にするためには、ザッカート母子対策で後れを取る訳にはいかない。


「冒険者学校でも、私の息がかかった貴族の子弟は取り入るのに失敗したようだ。こうなれば母親の方を……? それとも、行動を共にしている冒険者達の方に接触するか?

 いっそ、アルクレム公爵領に対する諜報を強化するか?」

 色々と考えるが、答えは出ない。ザッカート親子は今のところオルバウムで大きな事はしていない。だからといって、これからもそうだとは言い切れない。


 既に、冒険者学校ではエリザベス・サウロンと接触したとの情報が届いている。彼女を利用してサウロン公爵領を手に入れようとしているのか、それともより大きな陰謀を企んでいるのかもしれない。


 そう悩むテルカタニスだが、今のところできることは少ない。性急な手に出て、それで逆にザッカート親子を刺激してしまったら、目も当てられない。


 今日も秘策の一つも思いつけず、夜を迎えるのかと思った彼の意識に直接神の声が響いた。


『ヴァンダルー・ザッカートをどうにかしたいのか? なら、私と手を組め。私の名は、六道聖。君の協力が私には必要だ』


拙作も昨日で四周年を迎えました。今日から五年目ですが、よろしくお願いします。


次話は7月5日に投稿する予定です。

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エリザベスちゃんに焦りがある事情は分かったと で、面倒臭いのが湧いてくると
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