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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十二章 魔王の大陸編
370/514

三百二話 太陽の怒りと、途絶える陣太鼓

『砕け散るまで戦おう! だが、ラーパン。お前達は退け! 英雄候補を育てている神もだ!』

 戦意を取り戻したゴーンの指示に、『鏡像の神』ラーパンは反射的に抗議しようとしたが、悔しげに押し黙ると他の空間属性の神々と共に魔王の大陸から撤退した。


 魔王グドゥラニスを倒し、アルダがヴィダに神を罰する『法の杭』を打った後、空間属性の神となった彼等はアルダ勢力では貴重な存在だ。

 何故なら大神であるズルワーンが眠りにつき、残された従属神も人格を持つ者は全てヴィダ派に付き、残っていたのは自我を持たない属性の力を管理するだけの機械的な神ばかりで、従属神を増やす意思がなかったためだ。


 アルダが彼等に干渉し、『新たな神を増やすのは、属性の力を管理し世界を安定させるのに必要な事だ』と指示を下さなければ、空間属性に新しい従属神は増えなかっただろう。

 大神の代理を行う従属神が存在する水属性や土属性とは、状況が違うのだ。


 そんな体制であるため、今もアルダ勢力の空間属性の神は、リクレントの代理の従属神が存在しない時間属性の神同様に少ない。いや、ズルワーンとリクレントがヴィダ派である事が明らかになっている以上、機械的に属性の力を管理し続けている従属神達はアルダ勢力の神として数える事は出来ない。それを考えると、ラーパン達の存在の重要度はさらに高まる。


 心情的には残ってゴーン達と共に最後まで戦いたくても、小さな勝機に賭けて自身の心情だけで勝手に消滅や封印される事は許されない。

 そして英雄候補を育てている神も同様だ。封印されるだけならともかく、『角笛の神』シリウスのようにヴァンダルーに喰われ消滅してしまったら、与えた加護も消えてしまう。


 ブラテオは英雄候補の有用性に疑問を感じていたが、このような人間の領域から離れた地での戦いならともかく、バーンガイア大陸での、街や村でヴァンダルー達が暗躍している時には城のような巨体の亜神達よりも有用な存在だ。

 故に、ラーパン達は撤退したのだった。


『儂は最後まで付き合うぞ。風属性には新しい神も多い。それに、逃げ散った魔物を集め制御するには儂が必要だろう?』

 だが、『陣太鼓の神』ゼパオンは残っていた。彼はシリウスと違い、防衛隊に加わる前に自身が育てていた英雄候補の指導をナインロードに頼んでいたからだ。


 自身が滅んで英雄候補から加護が消えても、ナインロードの加護は残る。


『……すまぬ』

 ゴーンはそうゼパオンに一言詫びると、腕を振り上げた。

『偉大なる大神よ! 我々の答えをご照覧あれ!』

 そしてその手に、魔力でもって小さな砦よりも大きな巨岩を創り出し、船団に向かって投擲した。


「戦闘再開」

『砲撃開始』

 だが、巨岩は船団の大砲型使い魔王が放つ砲弾の集中攻撃によって砕かれた。


 そしてゴーン達とグファドガーン率いる船団との、遠距離攻撃戦が再開される。

 ゼパオンが太鼓を叩き、その音に従って、散っていた魔物達の生き残りが再び集まり出す。

『魔物じゃ足りんぞ! 貴様等も前に出て来い!』

 そして、集まった魔物が向かってくる度に戦意に猛るゴドウィンによって殴り殺されていく。


 肉片と臓物が飛び散る凄惨な光景だが、それが魔物のものではなく防衛隊の亜神のものに変わるのは時間の問題だった。


「こちらが対話可能であり、奉じる神々を尊ぶ存在である事のアピールタイムは終わりました。後は構う事はありません。殲滅あるのみです」

 既に降伏勧告は済んでいる。そして敗色濃厚なのは明らか。それでも決死の覚悟を固めて向かってくることを止めない敵を、優しく生け捕りにしてやる謂われはない。


 ヴァンダルーは念のためボティン達を見上げるが、何も言われなかったので、それで問題ないようだ。

 その意を受けて、グファドガーンが号令を下す。

「バクナワを下げて、待機していた各員は前へ。オリハルコン船は偽装を解き、本来の用途につけ」

 その声と同時に、残り八隻になっていた偽クワトロ号の内三隻が内側から砕け散った。


『うおおおおお! やっと背筋を伸ばせるぅぅぅ!』

『兄者よ、窮屈だったのは分かるが、何も叫ばなくても良いだろうに』

 姿を現したのは、タロスヘイムの守護神にして『太陽の巨人』、タロス。そしてその妹、『月の巨人』ディアナだった。


『兄妹仲が良い事じゃな』

 そして龍に似た下半身と美女の上半身を持つ龍、『山妃龍神』ティアマトである。

『あ、ママだー!』

 言われた通り後方に下がりつつあったバクナワが、地響きを立てながらティアマトに駆け寄る。


『うむ、頑張ったのう、坊や。義母様方と楽しくご飯だったかえ?』

『うん、とっても美味しかったよ! でも、パパが一番おいしい!』

『そ、そうか。でも、パパをあまり食べてはならぬぞ』

『うん、我慢するー』

 スケールと会話の内容以外は、微笑ましい母子の光景だ。


 それに苛立ちを覚えた、若しくは隙と見た亜神達による攻撃が集中したが、ティアマトが尾を振るって衝撃波を起こし、殆どの攻撃を防いだ。


 そして、衝撃波を抜けた僅かな攻撃も彼女の鱗を貫く事は出来なかった。

『息子と語らう母親を狙うとは、アルダに従う龍は卑劣な蛇に成り果てたか』

『戦場で暢気に語らっておいて何を言う!』

『見逃して欲しいなら脇に退け!』


 ティアマトの挑発に、『光龍神』リュラリュースと『旋風龍神』ザナッファーが激昂し、さらに激しいブレスを吐くが、その軌道上にタロスが武器を差し入れて、防いでしまう。

『うむ、船をそのまま棍棒として使えと言われてやや不安だったが、問題はないようだ』

 タロスが振るっているのは、なんと、船団を構成していたオリハルコン製偽クワトロ号だった。


『オリハルコンは外側と柱だけだが、【魔王の欠片】で内部から補強されている。盾にも棍棒にもなる、そして使わない時は独自に援護してくれる。素晴らしい武器だな』

 ディアナも同じようにオリハルコン船を両手で振って防衛隊の面々の攻撃を弾き飛ばしながら、魔術を用いて湖面を歩き進んでいる。


『変身装具でないのが残念とか、そういう事はないのか? 兄である儂には、正直に言って良いぞ、妹よ』

『……兄者、私はそう言うつもりでザディリスに加護を与えたのではないと、何度も言っているはずですが?』

『いや、しかしあの『魔法少女』と言う流行は中々の物だと思うぞ。その流れに乗って『月と魔法少女の巨人』になれば、儂等純粋な神ではない亜神も更なる力を得られるのではないかと思うのだが』


『加護を与えられた者が神に倣うのならともかく、与えた者に神が倣ってどうするのです!』

 しつこいタロスへの苛立ちを込めて振るわれたオリハルコン船が、『氷の巨人』ムガンが投げた氷山を砕き、氷塊の散弾にして打ち返した。

 魔物や防衛隊の亜神達にとって、ある意味ではとばっちりである。


『オリハルコンの空飛ぶ船が混じっているとは予想していたが、それを奴ら用の武器に用いるとは!』

 ゴーンは唸り声をあげて顔を歪めた。亜神達は、獣王や龍は当然だが形状上武具を装備できるはずの真なる巨人達も、滅多に武具を使わない。


 それは鉄やミスリル、アダマンタイト、そしてオリハルコン製でも粗雑な作りの武具では真なる巨人自身の肉体と、魔術を用いて作った武具の方が強いから。そして、彼らはステータスシステムの対象外の存在であるためスキルの恩恵がないからだ。

 例外が、自らが司る金属の強化と加工が得意な『青銅の巨人』ルブーグや『鉄の巨人』ナバンガー等だ。


 勿論、魔王軍との戦いではボティンやその高弟である従属神、勇者ヒルウィロウが鍛えたオリハルコンの高品質で巨大な武具を使って戦った。しかし、それも激戦によって壊れ、ボティンと従属神達が封印されているために治す事も、新たに仕立てる事も出来なかった。


『だが、それは貴様らも同じはずだ! ボティンが復活したのは、ついさっきなのだからな!』

 距離を詰めて来るタロスとディアナに向かって、ムガンがゴーンの横を駆け抜けて接近する。彼は氷の全身甲冑と斧、そして盾を作り出すと二人に挑みかかった。


 その体捌きは、その高すぎる身体能力のせいで武術を学ぶ必要のない真なる巨人としては、洗練されたものだった。


『頑丈なだけの棍棒で、儂の攻撃に耐えられるか!? 十万年の眠りで呆けた貴様が!』

『ぬおおおおおおお!』

 ムガンが振り降ろした氷のバトルアックスを、タロスはオリハルコン船を盾にして受け止めた。だが、刃はオリハルコンの装甲を切り裂き、半ばまで食い込んでいる。そのままムガンに押し込まれたように後ずさるが――。


『呆けた? 呆けていたのは貴様等だ!』

 それまでの暢気な様子から表情を一変させたタロスが、ムガンが放つ冷気で凍った湖面を砕きながら踏み込む。

『ぬああっ!?』

 上体を後ろに反らし、体勢を崩したムガンが下がろうとするがタロスはそれを許さない。


『十万年の間、起きていた貴様等は何をしていた!? 何故最近まで眠っていた儂に地力で負ける!?』

 大気を割るような勢いで、タロスがオリハルコン船を振り回す。その動きには、ムガンにあったような洗練された技は全くない。ただただ力強く、荒々しく、隙だらけの力任せな攻撃だ。


 だが、ムガンはその隙を突く事は出来ない。氷の盾でオリハルコン船を受け止めるので精一杯の状態だ。

『それは貴様等が鍛錬を怠ったからだ! 自らの能力に自惚れ、頭を使えぬからだ!』

 タロスが怒号と共に振り降ろしたオリハルコン船が、ムガンの盾ごと彼の氷の手甲を砕いた。


『グアアア! おのれっ、言わせておけば! 人に媚びるしか能のない貴様が、何を言う!』

 だがムガンもただではやられない。砕け散り、空中を舞う氷の盾を冷気で再び繋ぎ合わせ、タロスとオリハルコン船を自分の左腕と氷で繋げる。

 そして両腕と武器を封じられたタロスの脇腹に、氷の斧を叩きこんだ。


 びしゃりと、大量の液体が撒き散らされる。


『ば、馬鹿な!』

 タロスの脇腹には、爪の先程の傷もついていなかった。ムガンの氷の斧が、一瞬で溶けてしまったからだ。

『そして、それを自覚し、人に学ぼうとせぬからだ』

 太陽を司る彼の力によって熱せられたオリハルコン船が、緋色に変化していく。


『それを作ったあれも、人だとでも言うつもりか!?』

 超高熱に熱せられたオリハルコン船をタロスが一閃すると、鞭のようにしなりムガンの脳天に叩きつけられた。その瞬間、彼の氷の鎧と湖水によって大量の水蒸気が発生し、爆発する。


『この船を造った者が人に見えぬのなら、それは貴様達の所業故だ。彼は人として生まれた。そうである以上、死ぬまで人だ』

 爆発が収まった後、ゴボゴボと泡立ち沸騰した湖に浮かぶムガンの屍に、タロスはそう声をかけた。


 そして、そのタロスの後頭部にディアナの拳が炸裂する。

『ぐおっ!?』

『その船を造った者から言われた言葉を忘れたのか!? 兄者が全力を出して熱を込めると、使い魔王の維持が難しくなるから、ここぞという時まで控えるようにと!』


 ディアナが指し示したタロスが握るオリハルコン船は、熱した飴のように伸びて形を変えており原形を保っていない。そのためムガンが斧でつけた傷も塞がっているが、棍棒にするには細すぎる。

 そして、内部で装甲を支え、形の維持と復元を担当していた使い魔王は、『後は宜しく―』と燃え尽きていた。


『あ……しまった』

『本当に忘れていたのか。仕方ない、後は素手で戦うのだな』

『いや、久しぶりに全力を出したせいか、もう結構体力と魔力が……儂、病み上がりだし』

 ムガンの氷の斧と鎧を一瞬で蒸発させるほど身体とオリハルコン船を熱したために、タロスの息は上がっていた。


『だったら体力と魔力の配分を考えろ! 本当に呆けてどうする!?』

『まあ、復活してまだ十年も経っていないのじゃろう? 身体が鈍っても仕方あるまい。ほれ、女子の影で休むがよい』

『うう、苦労をかけるのぉ。妹とその友よ』


 激昂しながらも前に出るディアナと、彼女に続くティアマト。タロスは特に遠慮する事なく、二人の後ろに下がった。

 三柱の神々がそんな締まらないやり取りをしている間も、戦闘は続いている。しかし、体力を失ったタロスに遠距離攻撃が集中したり、新たな敵が突貫してくる事はなかった。


『ちょこまかと、小賢しい!』

「ガハハハ! そよ風の巨人よ、そんなものでは涼しいだけだぞ!」

『おのれ! 愚弄するか!』

 空中では、任期間近でもうすぐ『魔人王』ではなくなるゴドウィンと、『疾風の巨人』ポゼリが激しい肉弾戦を展開していた。


「ん? 違ったかぁ? すまんなぁ、前の戦いで劣勢になるや尻に帆をかけて逃げ出した、臆病者がいたと聞いたが、良く覚えておらんでなぁ」

『貴様あああああああ!』

 挑発に乗ったポゼリが無数の、しかし制御の甘い風の刃を放ち、ゴドウィンの真なる巨人に比べれば小さい三メートル強の身体が、木の葉のように舞う。


 青い血が飛び散るが、ゴドウィンの高い再生能力によって傷はすぐに塞がり、失った分の血も回復する。

「ハッハッハァ! ぬるいぬるい、やはりそよ風だな!」

 そう言いながら、ゴドウィンは風の刃の隙間を鋭い感覚と勘で掻い潜り、ポゼリに着実にダメージを与えていく。


「今度こそドラゴンスレイヤーになってやるわ!」

 エレオノーラが、フィディルグやルヴェズフォルが聞いたら震え上がるような事を叫びながら、ポゼリの援護に向かおうとした龍に切りかかった。


『玩具頼りの薄汚い吸血鬼が! このザナッファーが何度もやられると思ったか!?』

 エレオノーラの剣によって鱗を切り裂かれた龍、前回の戦いでポゼリと共にエレオノーラやヴィガロと戦った『旋風龍神』ザナッファーは、咆哮を上げながら風の刃を放つ。


『巻く尻尾も斬られて逃げたトカゲが、笑わせるな!』

「私とはやや相性の悪い相手なのですが……」

 エレオノーラに続いて、アイラとベルモンドも戦いに加わった。


 三人の美女が巨大な龍と剣を交える様子は、正に神話的な光景であった。……美女の内二人が吸血鬼で、一人が吸血鬼のゾンビである事を知ったら、人類の半分以上は掌を返すだろうが。


「アイラ、戦意に滾るのは良いですが、激昂はしない方が良いと思いますよ」

 密森猿系獣人種から吸血鬼になったベルモンドは、風で流れる魔糸……ヴァンダルーの【絹糸腺】から出した糸を紡いで作った糸を【操糸幻殺術】で操り、ザナッファーの指に引っかけて切断する。さらに、横槍を入れようとする魔物を【石化の魔眼】で石像に変え、見た目よりも忙しく立ち回っている。


『ヴァンダルー様が私の為に作ってくださった変身装具を、玩具と言われた! これを怒らずにいられるわけがないでしょう!?』

 変身装具を使う事には微妙な抵抗があるが、変身装具自体を馬鹿にされると激怒する。女心の複雑さというか、狂信者アンデッドの分かり易い心理というべきか。……ちなみに、装具の製作にはタレアの手も入っている。


 しかし、鬼の形相だったアイラが急に頬を喜悦に緩めると、怒りで荒くなっていた剣に余裕が戻った。

『ああ、はいっ、ありがとうございます、ヴァンダルー様! 今この獲物を捧げますわ!』

 どうやら、【御使い降魔】でアイラに降りているヴァンダルーの分身から、何か言われたようだ。


「……旦那様、彼女に何を言われたのですか?」

『はい。『気持ちは嬉しいですが、食べ物と口論しても良い事はありませんよ。後で一緒に食べましょう』と言っただけなのですが』

 ベルモンドが自分に降りている御使いに訊ねると、そう答えがあった。それを聞いて、彼女は小さくため息を吐いた。


「旦那様は、皆で一緒にという意味で言ったと思われますが……彼女は二人で一緒に食べようと解釈したのだと思います」

『やっぱりそう思います?』


 千切れんばかりに振られている尻尾が幻視出来そうなほど、アイラは嬉しそうだ。そして、ザナッファーの瞳に剣を突き入れた挙句鎖で眼球を縛り、目をくり抜こうとして悲鳴をあげさせている。

 どうやら、まず眼球を捧げるつもりのようだ。


『では、がっかりさせるのはかわいそうなので、本当に一緒にご飯を食べるよう、本体に伝えましょう』

 そうヴァンダルーの分身が言った途端、それまで「困ったものね」という雰囲気でアイラを援護していたエレオノーラとベルモンドの二人が、弾かれたように動き出した。


「待ちなさい、アイラ! その獲物は私がヴァン様に献上するわ!」

「私が三枚に卸し、旦那様に供します!」


 アイラだけのつもりだったヴァンダルーの分身は、二人の反応に大いに戸惑った。

『おや? あれ? ええっと……お互い助け合い、連携は密に』

 戸惑ったが、やはり『がっかりさせるのはかわいそう』なので訂正せずに、足の引っ張り合いにならないように釘を刺すだけにする。


「「『はい!』」」

 頑張れ、本体。

『ギヤアアアアアアアア!』

 三人の返事を掻き消すように、ザナッファーの絶叫が響き渡った。この戦場で、最も凄惨な最期を迎えるのは彼かもしれない。


 そのザナッファーやポゼリ以外の防衛隊の亜神達を、クワトロ号の砲撃が狙っていた。

『ゼパオン殿に攻撃を通すな! 全て防ぐのだ!』

 『蟹の獣王』ガビルデスが鋏を振り上げ、砲弾型使い魔王を叩き落とそうとしながら叫ぶ。ラーパン達、空間属性の神が撤退したため、今のゼパオンは魔術で姿を隠しているだけで、周囲の空間を歪曲させて守られている訳ではないからだ。


 既に飼い慣らした魔物の数は残りわずかだが、まだ制御を失う訳にはいかないと、ガビルデスは砲弾型使い魔王に向かって鋏を振り降ろし、酸性の泡を吐く。

『幻覚ではなく大気と光を魔術で操作して姿を消すとは』

『さすがに俺対策は取っていますか』

 しかし、砲弾型使い魔王は器用にガビルデスや彼の号令に従う亜神達の攻撃を避けていた。


 鋏や泡が当たる寸前に、真横に移動するのだ。

『ですが、偽装工作の必要はなくなり、【魔王の気門】も使えるので――』

『防御の方は通じませんよ』

 その秘密は、ヴァンダルーが対【魔王の欠片】封印訓練で使用していた欠片の内片方、【魔王の気門】だった。


 気門とは本来虫が持つ呼吸器官なのだが、ヴァンダルーはそれを他の欠片を組み合わせて操作し、姿勢制御と緊急回避のための空気噴射口として活用しているのだ。


 以前から方向転換や追尾等は出来ていたが、【魔王の気門】を吸収した事によって、その機動性は格段に上がっていた。

『ぬぅ! 羽虫のように逃げ回り――ギオオオオ!?』

 振り回されるハサミを掻い潜った砲弾型使い魔王が、ガビルデスの甲羅の関節部分を狙って爆発し、彼は泡を吹きながら絶叫を轟かせた。


『急ぐ事はありません。俺はまだまだありますから』

 バクナワがクワトロ号よりも後ろに下がったため、防衛隊の亜神達の動きを縛るものは何もない。しかし、動きを縛るものがなくなったのは、砲弾型使い魔王も同じ事。


『もう、手加減をする必要も無くなりましたし』

『グアアアアアアアア!!』

 ガビルデスの堅牢な甲羅を、砲弾型使い魔王の爆発の衝撃が叩き、熱が焦がす。弱い関節部からヒビが入り、熱が甲羅の内側の肉を焼く。


 ヴァンダルーは盾を掻い潜って肉を断つのではなく、盾を叩き壊してから肉を焼くつもりだった。操っている魔物の数が減っているので、ガビルデスが考えているほどゼパオンの標的としての優先順位は高くなかったのだ。


 それを察したゼパオンは魔物の制御を放棄して、防衛隊の総戦力を減らしてでもガビルデス達を自由にするべきか否か迷った。

 その時、空から幾つかの光の柱が降りてきた。アルダ勢力からの援軍かと、グファドガーン達が身構える。


『これ以上魔王ヴァンダルーの好きにさせるな!』

 それはゼパオン、そして先の戦いで消滅した『角笛の神』シリウスの英霊達だった。確かに敵の援軍ではあるが、彼らはアルダの指示で降臨したのではなく、自らの意思で戦場に飛び込んだのだ。


『お前達! 待機するよう命じたはずだぞ! 儂に何かあれば、ナインロード殿を頼るようにとも指示したはずだ!』

 だからゼパオンは反射的にそう叫んだが、英霊達は彼の叫びに畏まるどころか、砲弾型使い魔王やディアナ達との戦闘に突入していく。


『我々はナインロードではなく、ゼパオン様の英霊です! 人であった時から奉じた神の危機に参じぬ英霊に、何の意味がありましょう!?』

『我々シリウス様の英霊は、その屈辱にこれ以上堪えるつもりはありませぬ! 戦神でもあった主の名にかけて、一矢報いてくれる』


 神々の武力である英霊達は、そう言ってゼパオンが隠れている疑似神域から躊躇わず出て、ゴドウィンやディアナと刃を交え、砲弾型使い魔王を迎撃する。

 その大きさこそ人間大であり、約百メートルの巨体を持つ亜神と比べるまでもないが、彼らはランクにして十二から十四の力を持つ。それが十数柱戦場に加わった事で、防衛隊にとって戦況は僅かに好転した。


『お前達……!』

 ゼパオンは声を震わせ、防衛隊の亜神達は僅かに希望が見えて来たと、士気を高める。

「敵ながら、その気持ちは理解できる」

 しかし、グファドガーンは英霊達の登場に動揺ではなく、共感を浮かべた。


「故に、せめて共に滅びるといい」

 何故なら、彼女の目には防衛隊のはるか後方で、大神達が何かを投げようと振りかぶっているのが見えたからだ。


『疑似神域から出られないのは本当だけれど……何もできない訳じゃない!』

 そしてヴィダが何かを投げた。それはゼパオンがいる疑似神域に猛スピードで向かっていく。

『女神に分身を投げさせたのか!?』

 主であるゼパオンを守ろうと、英霊がその何かの前に立ちはだかり、盾を構える。砲弾型使い魔王だったら、その盾と鎧による防御力で、無傷とはいかないだろうが耐える事が出来ただろう。


「いえ、本体を投げてもらいました」

 しかし、その何かは、【魂格滅闘術】を発動させたヴァンダルー本人だった。

『なっ――がは!?』

 魂を纏い、全身を弾丸と化したヴァンダルーの直撃には英霊も耐える事が出来ず、盾と胴体に大穴を空けて、光の粒子となって砕け散った。


 そして、ヴァンダルーはそのままゼパオンがいる疑似神域に到達し――

「【冥極死閃】」

 死属性の魔力を五悪の杖に収束させて創りだした刃を、一閃した。


『が……はっ!』

 何かが砕ける音と共に、光と大気を操作して隠れていたゼパオンが姿を現した。その顔は信じられないというかのように目を見開き、片腕ごと斬られた太鼓を凝視していた。


『いかん!』

『ゼパオン様!』

 ガビルデスと生き残っている英霊達がゼパオンを守るために駆け付けようとするが、ザンタークやボティン、ペリアが何かを投げるのが先だった。


『坊主に続けぇぇぇ! 【神龍殺し】ィ!』

 高速で飛来したボークスと彼が構える魔王の欠片製の魔剣の切っ先が、ゼパオンを貫き、風穴を開けた。

『……!!』

 そして、ゼパオンが断末魔の叫びをあげる事も出来ず姿が薄れ、消えていく。力を失い、魂を傷つけられ眠りにつきかけているのだ。


 だが、完全に消える前に巨大な氷の刃がゼパオンを串刺しにし、眠りではなく滅びを与えた。

『ゼ、ゼパオン様―っ!』

「危なかった。瀕死の状態になると、自然と眠りについてしまうようですね」

 英霊の悲痛な叫びを無視して、ヴァンダルーは袖で額を拭った。


 神が眠りについた場合はかなりの年月行動不能になるが、死んだわけではない。無意識に近い状態で信者の祈りを聞き、神として活動し続ける。

 そして、何らかの方法で一時的にでも復活するかもしれない。そうヴァンダルーは考えている。


 だから、滅ぼすのである。


『まだ英霊がいるけど、どうする?』

 封印の中に付いて来ていた、水と土の属性のゴーストのオルビアが訊ねる。

「では、ちょうど、湖も近いですし派手に行きましょう。偽装工作も終わったので、神霊魔術も解禁です」

『オッケー!』


 膨大な魔力が五悪の杖を通してオルビアに注がれ、それまでマドローザ達水属性の亜神に力を与えていた湖が変質していく。

「【大死氷泥乱蛇】とでも、名付けましょうか」

 湖水と底の泥が交わり、凍土で出来た無数の巨大蛇となって残りの英霊と、亜神に襲いかかった。




―――――――――――――――――――――――――




名前:オルビア

ランク:14

種族:ディーヴァケイオスブロードゴースト

レベル:0


・パッシブスキル

霊体:10Lv

精神汚染:6Lv

水属性無効

流体操作:10Lv(UP!)

実体化:10Lv

魔力増強:9Lv(UP!)

土属性無効(土属性耐性から覚醒!)

自己強化:従属:7Lv(UP!)

自己強化:魔王の血:10Lv(UP!)

自己強化:導き:7Lv(UP!)

能力値強化:創造主:8Lv(UP!)



・アクティブスキル

格闘術:7Lv(UP!)

漁:3Lv

家事:3Lv

舞踏:7Lv(UP!)

射出:10Lv

遠隔操作:10Lv(UP!)

無属性魔術:4Lv(UP!)

水属性魔術:10Lv(UP!)

土属性魔術:9Lv(UP!)

魔術制御:8Lv(UP!)

歌唱:3Lv(UP!)

鎧術:5Lv(UP!)

憑依:3Lv(UP!)



・ユニークスキル

メレベベイルの加護

ヴァンダルーの加護

ボティンの加護(NEW!)

ペリアの加護(NEW!)




○魔物解説:ディーヴァケイオスブロードゴースト ルチリアーノ著


 既にゴーストではないと思う。もしくは、極めればゴーストも女神の域に達する事が出来るという事かもしれない。ここでは便宜上、ゴーストと表記するけれど。


 ペリアとボティンの加護を得た事で、水属性だけではなく、元々持っていた土属性の要素も強くなり、水と土属性のゴーストとなっている。


 オルビア本人の戦闘力はランク14にしては低いが、彼女は師匠の魔術によって本領を発揮するので問題ないのだろう。彼女だけが敵に狙われる心配も、しなくていい。彼女の近くに師匠が居ないはずがないのだから。

 当然だが、冒険者ギルドにディーヴァケイオスブロードゴーストの記録はない。そもそも、ランク14に到達したゴーストの記録自体が存在しない。

次話は1月13日に投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
何回読み直しても、ここの 『この船を造った者が人に見えぬのなら、それは貴様達の所業故だ。彼は人として生まれた。そうである以上、死ぬまで人だ』 ってタロスの言葉がいいよなぁ
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