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私の玉の輿計画!

私の玉の輿計画! ~新年の願い事~

作者: 菊花

「寒い。寒い。さーむーいー。寒すぎて凍えてしまいそうだわ。あー、もうっ! なんでレストアってこんなに寒いの?」

「まったくだよ。何なんだ、この暴力的な気温の低さは……。もう少しこの老体を労わるくらいしてくれても良いだろうに。王が王ならというべきか、本当にこの国は可愛げのない」

「それならさっさと城の中に戻ったらどうだ?」

「ダメっ!! お城の中に戻ったら、初日の出が見れなくなっちゃうじゃないっ!!」

「“初日の出”というのは年が明けて最初の日の出という意味なのだよ。だからこそ意味があるというのに、君は何もわかっていないね」

「……勝手にしろ」


一つの年が終わり、新しい暦となって数時間。まだ辺りが暗闇に包まれている中、この王国、レストアの王であるジェルベは王城東棟の最上階で自分の妃とその兄の騒がしさに一つ大きくため息を吐き出した。


寒いなら大人しく城の中に入ればいいし、それでも“初日の出”というものが見たいというのなら黙ってその時を待っていればいいだろうに。何故この二人はいちいち騒がずにはいられないのか。普段からあまり無駄に喋ることのないジェルベにはさっぱり理解できない。

いや。エリカが煩いのはいつものことだし、義兄であるアブレン王のほうはただ、ジェルベに嫌味を言いたいだけなのだということなら理解できているが。

きっと、何よりの失敗は、こうなることを分かっていながらもエリカの誘いの手を取ってしまった自分自身なのだろうとジェルベは後悔せずにいられない。


そもそもの始まりは、数日前。今年、初めて王妃として年明けの日を過ごすことになるエリカに、毎年行われているパーティーについての話をしていたときのことだった。


『そうだ! 新年といえばね、昔、聞いたことがあるの。私達が暮らすこの大陸の、ずっと東のある国では、“初日の出”を拝んで願い事をする人がいるんですって』


エリカの言う昔。

それはおそらく、エリカがエリカになる前――いわゆる前世でのことなのだろう。

ジェルベの妃であるエリカは庶民の出の妃であるとされているが、その実、レストアの隣国・アブレンの王女であった前世の記憶を持っている。

生まれ変わりだなんて非現実的な、あるはずのないこと。

そう思っていた頃は、アブレンの知識を持つエリカをアブレンからの間者なのではないかと疑ったりもしたが、今ではジェルベもその記憶が彼女の一部なのだと受け入れいている。

その記憶が本物であることは彼女の前世の兄であるアブレン王すらも認めるものだ。


そして、彼女の故郷となるアブレンは、西に海が広がり、本来はそれを利用して他国と盛んに貿易を行っていたらしい。

今でこそ、目の前にいるアブレン王によって他国との国交がほぼ閉ざされている状態であるものの、当時は内陸部に位置しているレストアよりも、彼方にある大陸の情報も噂として多く入っていたのだろう。


『話を聞いたときにもね、真似をしてみたいわって兄上と話していたんだけれど、アブレンの王城って横に広がる形で高さがないのよ。だから、地平線を望める場所がなくって諦めるしかなかったの。でも、ねえ、あそこなんてどうかしら? きっと“初日の出”が拝めるわ。午前中は予定がないなら、折角今ちょうど兄上もいらしてるんだし、お誘いして3人で見ましょう?』


そう言ってエリカが指さしたのがこの東塔だった。


何が折角なのか分からない。

年が明けて最初の日の出だからといっても、日の出はいつでも変わらず同じものだ。特別何かが違うとも変わるとも思えない。勿論、何らかの力があるとも。それなのに、こんなに冷える時期に、夜明けを外で迎えようなんて正気の沙汰じゃない。

だが、エリカは思い立ったら人の忠告など聞かないことはすでに明らかで、更にはエリカの誘いにアブレン王が乗ることは確実だ。きっと頼み込むエリカに目尻を下げながら賛同することだろう。


……面白くない。


咄嗟に思ったのはそんなこと。


元々は実の兄妹だ。ティアからエリカに転生した今は血が繋がっていないとはいえ、穿った見方をしている貴族たちが指摘するような関係を怪しむつもりも、実際に感じることもない。

けれど。

あまりにも仲が良い。

それはエリカの正体がわかった時のエリカとランベールとの会話や、その後、エリカが“アブレンとの戦を止めに兄上に会いに行く”と言い出した時に何となく察しはしていたが。にしても……。


『昔はもう少し厳しい面もおありだったのよ。お勉強をさぼってはいけないとか、えーと……、王族としての在り方について? とかには。それでもせいぜい軽く諭してくる程度だったかしら。まあ、確かにこうして再会できたからというのが全くないとは言わないけれど、あまり変わらないと思うわ。私には甘くて、どんな無理難題も最後には“仕方がない”と折れて叶えてくださるところも。兄上は昔からあんな感じ。それがどうかしたの?』

『……』


兄弟などいないジェルベには分からない。

分からないが、少なくとも、今まで見てきた兄弟達にここまで仲が良いと思ったことはなかった気がする。単に、外でそうと見せていないだけなのかもしれないが、それでも。

全てを明らかにしてからというもの、あまりにも“兄上兄上”なのだ。

その“初日の出”というものに反対をしようものなら、あっさりと『陛下が嫌なら兄上と二人で見るからいいもの』となるに決まっている。


自分と兄と、どちらが大切かなんて不毛なことを訊く気なんてない。エリカはアブレンに戻ることよりも、レストアで生きることを選んだのだ。それだけで充分と思うべきで、答えを求めたくはないけれど。

二人の間に割って入らずにはいられない程度には不愉快だ。

この子どもじみた嫉妬を完全に察しているのであろう義兄から、結果、おちょくられる羽目になると分かっていても。

なのに、


「もうっ、信じられない! 何で? 何で、この塔の上にはちゃんと屋根があるのに雪が積もっているの!?」


逆に何も察していないエリカの能天気さに苛つくことになろうとも。エリカの誘いを断ることが出来なかった。

だから二人を放って戻ることも出来ずに、ジェルベはエリカの、何故答えが分からないのか分からない疑問に答えてやる。


「昨日は随分と吹雪いていたからな。普通に吹き込んだんだろう。昨日、この尖塔の最上階は壁がない、柱が天井部を支えるだけの造りだから、きっと見晴らしもよくて綺麗に日の出が見えるはずだと喜んでいたのはお前じゃないか」

「そうだけど……。まさか雪が積もっているなんて。こんなんじゃ座る場所もないじゃない。日の出はまだなの!?」

「あと1時間ほどあるはずだが……。早めに外に出ておきたいと言ったのはお前だろう?」

「だって、もし見そびれたりしたら嫌なんだもの。ちゃんと待機しておかなきゃ」

「なら文句を言わずに待っていろ」

「分かってるけど……」


城の中に入るのも拒否しておいて、他にいったいどうしたいというのか。ジェルベの言葉にエリカがむぅっと頬を小さく膨らませる。

ジェルベとしては、出来ることなら日の出の直前までは城の中で過ごしてほしい。侍女のベティーが寒くないようにとエリカにたっぷりと着込ませていたのに、それでも凍えそうだというほど寒がっているから尚更に。

やはり、何が何でもせめてあと30分ほどは城の中に引っ張り込むべきかと考えていると、「まあまあ」と横から執成すような声が聞こえてきた。

ハッと気が付いて声のした方を見れば、義兄がエリカに向かって微笑んでいる。


「本当にたくさん雪が積もっているね」

「え? ええ」

「やはり積もると柔らかいものなのだね。なるほど。これが雪か」


そのままその場に屈みこんだ義兄が手袋を外した指先で触れたのは、足元に薄く積もっている白い雪。「冷たい」という率直でいて簡潔な感想が聞こえてくる。

そしてもう一度手袋をつけた後、何故か彼は徐に雪を手に取り丸めだした。


「何をなさっているの? 兄上」

「折角だから“雪だるま”というものを作ってみようかと思ってね。興味はあったんだけど、アブレンの王ともあろう者が、余所の国の庭園でせっせと作るわけにはいかないだろう? 今なら人目もないしいい機会かと思ってね」


そういえばアブレンにはほとんど雪が積もることはないと聞いている。生まれ変わって20年ほどこの国で暮らしているエリカとは違って、この義兄にとって積もった雪は物珍しいのだろう。心なしか声が弾んで聞こえる。

それにしても……、


「まあ! 兄上。その作り方は間違っているわ」


本気で彼は雪だるまを作ったことがないらしい。手元を見ていると、手に作った雪玉に雪をどんどん被せて球体を作っていくという、今まで見たことのない作り方をしていて、案の定、それは大きくなるごとに段々と形がいびつになっていっている。

見かねたらしいエリカが、先程まで寒いと言って縮こまっていたのも忘れた様子で、自らその球体を受け取り得意げに「こうするのよ」とコロコロとそれを雪の上に転がし始めた。けれど、


「あれ??」


しばらくすると、そんな声がして。


「なんか余計にひどくなってないか?」


見ればもはや球体とはとても言えなくなった物体のその惨状に驚いてジェルベが指摘した。すると、「よく考えると、そういえば私、物心がついてから雪だるまを作ったことが無いかもしれない……。仕返し用の雪玉を作るのは得意なんだけど」とエリカが頬を掻く。何故かと問うたところで、どうせまた『そんなことをして遊んでいる暇がなかった』とかなんとかいうある意味憐れな理由なのだろう。仕返し用の雪玉が何の“仕返し”用なのかは分からないが。


「……貸してみろ」


手袋越しでも冷たい雪の感触にうんざりしつつ、今度はジェルベがそれを受け取って転がしていく。ジェルベにとってもこんなものを作るのは本当に久しぶりだ。


「わぁー! すごい。まん丸になった!! なんで陛下がそんなに上手なの!?」

「昔、アルフレッドとオルスと、誰が一番すごい雪だるまを作れるか競って遊んでいた」

「え……、そんなことしてたの!? 貴方とアルフレッド様も? オルスは一番張り切ってやってそうだから納得だけど」

「オルスはとにかく大きいものを作るのが得意だった。俺とアルフレッドはいかに効率よく大きくて形がいいものを作れるかとか、バランスよく頭と胴体を接続できるかの研究をしていた」

「……なるほど。やっぱり昔からあんまり変わらないというかなんというか、可愛げがないのね」

「……。で? こんなものか?」


だいたい膝ほどの高さまで雪玉が大きくなったところで手を止めて二人に尋ねると、義兄が「うん。作り方も分かったよ。次は自分でやってみよう」と顎に手を当てながら頷いて、それから新しくもう一つの雪玉を作り始める。

エリカもそれを手伝って。

そうして出来上がったのはなかなか大きい雪だるま。

転がすうちに少しコツを掴んだことで楽しくなったらしいエリカと義兄が大きな胴体を作ってしまった為だ。

お蔭で頭を乗せるのに苦労した。


「どうだい? 私の初めての作としてはなかなかの出来ではないかな?」

「ええ。とっても! 飾りがなくて残念だけど、それはまた後でやりましょう」


塔のど真ん中にドンっと置かれた雪だるまを前に、二人が満足げに頷く。


「それにしても、体を動かしたからかしら。少し暖かくなったわね」


確かに、じっとしているよりも寒さは紛れたし、今が何時かは分からないがいつの間にやら東の空が白んでいる。

恐らくもうそろそろエリカが待ちに待った日の出となるだろう。

そのことに少し安堵していると、


「いや!」


いきなり、義兄が大きく声を張り上げた。そして、彼は纏っている毛皮の上掛けを前で掻き合せながら言う。


「私は慣れない雪なんてものを触ってもう体温を全て奪われてしまったよ。おまけにもう体もクタクタだ」


確か一昨年まで戦場を駆けて最前線で戦っていたと言うのは誰だったか。まさか2年ほど経っただけで雪だるま一つ作ったくらいで疲れ果てるわけがない。

しかも自ら勝手に作り出したくせに、これからいったい何を言い出す気だろうかとついジト目になりながら身構えていると、だけど彼が口にしたのは思いもよらぬこと。


「というわけで、私は先に部屋に戻らせてもらうよ」

「えっ!? 兄上? どういう事!?」


焦ったような声をエリカが上げる。


「ティアは彼と一緒に初日の出を見るといい。私は今から休むから、またパーティーで会うとしよう」

「あ、兄上っ!?」


何の風の吹き回しなのだろうか。

普段ならば、よほどジェルベのことが面白くないらしく、何が何でも邪魔をしてこようとするというのに。

曰く、「死んだら地獄行きの私がティアと過ごせるのは、生きているうちだけだからね」と。

なのに、


「新年早々、野暮なことをする気はないよ」


すれ違いざまにそれだけ囁いて、灯りを一つ手にした義兄はさっさと塔の階段を下りて行ってしまった。

その足音が小さく消えていき、やがて沈黙が落ちる。


「エリカ?」

「うっ……」


何故か愕然としたように義兄の去った方を呆然と見つめていたエリカに声をかけると、変な声を出したエリカは目をジェルベから逸らしながらぎこちない動きで一歩離れて行った。


「……」


何のつもりなのだろうか。もの凄くあからさまに避けようとするエリカのその態度に思わず苛立ちを感じる。

逃げられると追い詰めたくなるのが自然の理というものだろう。

エリカが逃げた分だけジェルベも歩を詰めてエリカを捕まえる。

エリカがじたばたと抵抗しているが、彼女の腰にしっかりと腕を回しているため逃げられることはない。


「エリカ」


取り敢えず動きを封じ、逃げようとする理由を聞き出すためにもう一度名前を呼べば、思いっきり顔を逸らしたエリカが「うー」と呻いた後、「だから嫌だったのに」と呟いた。


「……何が嫌だって?」

「こうなるのが!! 私、初日の出を見たかったのに!」

「は?」


見たかったも何も、まだ日は昇って来ていない。それを自分たちは先程からずっとここでこうして待っているはずだ。

なのに、何を言っているんだと思いながら疑問符を向けると、首を回してこちらを振り返ったエリカがジェルベをきつく睨み付けてくる。

その、普段よりも赤く染まって見える頬が、単純に寒さだけによるものではないと教えるように瞳は微かに潤んでいた。


「私はね、初日の出に集中したいの。お願い事をしたいの。なのに、こうして抱き締められていたら落ち着かないの! わかる!?」

「お前が逃げるから捕えただけだろう」

「違うもの! アブレンから帰って来てからというもの、二人でいるとすぐにくっついて来るくせに! 嫌なわけじゃないけど、それだと気が散って困るの! でもやっぱり貴方と一緒に見たかったから兄上にお願いして一緒に来てもらったのに……」


エリカなりに真剣らしく、必死に訴えてくる。

そんな風に言われても、ジェルベから言わせれば、1年間、いつ命を落としていてもおかしくない状態のエリカをずっと待っていることしか出来なかったのだ。今でも、抱きしめて、その存在を確かめていないとあの時の不安に駆られてしまう。だからつい手を伸ばしてしまうのだ。

能天気なエリカはそんなジェルベの気持ちなど全く分かっていないらしく、未だに一人困惑しているようだが。


「分かった。つまり放せばいいんだろう」

「え……? あ、うん」

「もう少しで日の出になるはずだ。取り敢えず見えやすい場所に移動するぞ」


邪魔だと言うなら無理にするつもりはない。

そう言って、パッと手を離すと、エリカがジェルベの反応にキョトンとしたのち、ぎこちなく頷きながら付いて来た。


「落ちるなよ」

「う、うん」


壁も転落防止用の柵もない、柱だけが屋根となる天井を支える尖塔の最上階。

端に近寄りすぎて足を踏み外せば、そのまま遙か彼方の地上へと真っ逆さまだ。


注意を促せば、下を覗き込んだエリカが硬い表情で頷いて一歩後ろに下がる。そしてしばらくこれから日が昇って来るであろういよいよオレンジ色に染まって来た東の地平線を見つめた後、じっと横にいるジェルベの方を見詰めてきた。

何か言いたげなその視線にジェルベも気が付いて、エリカの方へと視線を向ける。


「なんだ?」

「……」


すると、



ぴとりと。



無言でエリカが手を伸ばしてジェルベに抱きついて来た。


「……くっついて来るなと、お前が言わなかったか?」


「さ、寒いし、落ちそうで怖いし。そ、それにっ……」

「それに?」

「貴方があまりにもあっさりと放すから、やっぱりちょっと寂しいなって思っただけじゃないっ!」

「困るんじゃなかったのか?」

「そうだけどっ、お、女心は複雑なのよ!」

「お前が訳分からないだけだろ」


まったく。エリカは何をしたいのか。基本単純な性格だが、たまによく分からない。

それでもエリカの背中に腕を回せば、大人しくなったエリカがどうしようもなく愛しく思えるからどうしようもない。


その時、


「あ」

「え?」

「日の出だ」

「!」


地平線に小さく現れたのは眩い日の光。


ジェルベの言葉に素早く反応したエリカが、ジェルベを押しのけんばかりの勢いで振り返り、危なくない程度に身を乗り出しながら少しずつ大きくなる強い光に夢中で瞳を輝かせる。


「本当だわ! 綺麗! 眩しい!!」


その様子に、結局自分がくっついていようがいまいが、まったく関係ないじゃないかとジェルベが呆れずにいられないほどだ。


「そういえば、願い事するんだろう?」

「あっ、そうだった! えーとね、」


ジェルベの言葉にエリカが慌てたように両手の指を組み合わせて昇りかけの日の光へと向き直る。


「今年は陛下の無愛想が少しはましになりますように。兄上にたくさん会えますように。兄上の帰りの道中も安全なものでありますように。というか、来てくれるのは嬉しいけどお体の負担にもなってしまうから、このまま兄上がここで暮らすことを陛下とギード様が許してくれますように。馬にも馬車にも乗らずに済みますように。美味しいものがたくさん食べられますように。特に城下のイヴェールというお菓子屋さんのブラマンジェが食べてみたいです。あっ、そうそう。アルフレッド様に怒られる回数が減りますように。それから、」

「……まだあるのか?」


普通、願い事と言うのは1つか、せいぜい2つ程度に絞るものではないか。そもそも、黙って聞いていればどうやっても無理なものやどうでもいい物が含まれすぎだとジェルベが思わず呆れつつそう尋ねると「じゃあ最後!」とエリカが宣言した。

何やら改めて姿勢を正したエリカが、すぅっと息を吸いこむ。



「どうか今年一年が皆にとって良い年になりますように」



凛とその場に響いたのはそんな願い事。


――良い年に。


「ねえ、陛下は? お願い事しないの?」


願い事を終え、くるりと振り返ったエリカがジェルベにそう尋ねてくる。

ジェルベはそれに首を緩く左右に振った。

元々、ジェルベは神頼みに意味など感じない人間だ。

思わず、願わずにいられないことはあっても、願って、簡単に叶えてもらえることがあるとは思っていない。

だが、


「えー! 折角なのに勿体ない。何かあるでしょ? お願い事」

「……」

「陛下のお願い事、私も聞きたい!」


尚も食いついてくるエリカに。


「聞きたいか?」

「ええ!」


ふむ、とジェルベは頷いた。

ならば。

単純に祈るのではなく、自ら、叶えさせればいいだけだ。

叶えるのは勿論、エリカが縁起がいいと言っていた“初日の出”の力でも、神でもなく。

ジェルベは丁度詰め寄って来ていたエリカを腕に閉じ込めて、もう地平線から離れ空に浮いた太陽に向かって願う。


「俺は、エリカと共に過ごせるようにと願おう」


そして、硬直したエリカの体を離して、その腕を引っ張り階段の降り口へと向かって歩き出した。


「だから、もう部屋に戻るぞ」

「え? ちょっと、陛下っ!」


“初日の出”の力でも、神でもなく。


存分に叶えてもらうとしよう。

ジェルベの、この一年が良いものになるかどうかは、エリカ次第なのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 〉自分と兄と、どちらが大切かなんて不毛なことを訊く気なんてない。 〉逃げられると追い詰めたくなるのが自然の理というものだろう。   この訊く気なんてないと考えながら、一度は考えたから出るセ…
[一言] 書いていただいてありがとうございます。 久々にエリカたちに会えて嬉しく思います。 お忙しいとは思いますが、ご都合がつくときで構わないので、更新していただけたら幸いです。 プレッシャーになって…
[一言] 初日の出ですかー。 昔、鷲羽山まで見に行った思い出があります。 雪はなかったですけど、エリカ達と同じく待っている間寒かった記憶がありますね。 それにしても、雪だるまじゃなくて雪うさぎを作れ…
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