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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第一章 石ころ
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第零話 プロローグ

 パライゾ王国にある有名な都市――インフェルノ。

 インフェルノは、都である『ブルガトリオ』並びに南に存在する『セウ』と共に『迷宮(ダンジョン)』で栄えた都市だ。迷宮に住むモンスターの体内からは、カルヴァオン、と呼ばれる石が産出される。カルヴァオンはパライゾ王国においては重要な資源の一つだ。それは赤や黒などの様々な色や大きさがあり、モンスターによって大きく違うが一つだけ共通していることがある。

 カルヴァオンは――燃料になるのだ。

 それも薪などとは比べ物にならないほど長持ちし、大きな火力を生む。

 だから都市はダンジョンと共に、大きな犠牲を伴って発展し続けていた。

 その中でもインフェルノには、三つのダンジョンが存在していた。

 トーヘ。

 トロ。

 そして――ポディエ。

 ポディエも他の迷宮と同様に大きな迷宮だ。その利用価値は他の迷宮に優るとも劣らない。

 だが、ポディエには他の迷宮とは違って、一つの“異質”な点があった。

 すぐ近くに学園が併設されているのだ。正式名称をラルヴァ冒険者養成学園という。学園は冒険者の戦闘訓練や知識の植え付け、または彼らのサポートを専門とし、将来に名を馳せる者達を主とした国による養成機関だ。

 だからこそ、ポディエは別名『学園迷宮』とも呼ばれ、一般の冒険者が潜ることはない。

 従って、今、ポディエに潜っている男もラルヴァ学園に属する冒険者であり、また学生なのだろう。

 それは、男だった。

 男は大きかった。

 身長は百九十にも昇る巨漢で、首は大木のように太く、腕は樹齢千年にも及ぶ幹のようだ。それを支える足も当然ながら大きい。背力もそれに負けずとあるのか、体全体が岩のように角張っている。顔を覗くと、鋭い奥二重が遠くの虚空を睨んでいた。残念ながら容姿は二枚目とは言いがたい。土埃で汚れた鼻は低く、かさかさになってひび割れている唇は薄い。顎は首同様に大きく発達していて、まるで獣のようでもある。

 彼は数多く死んで行った故人の冒険者に倣い、鎧はしっかりと留め金が外れないように付けている。胸元には薄い鉄板を曲げたような鎧を。手甲も同じような素材で肘から手首までを包み、足は黒いこれまた別の革で作られたブーツを履いていた。

 鎧の上からはサーコートと呼ばれる薄い丈夫な獣の皮で作られたものを着ていた。サーコートはゆったりとした上着で、袖が無く、脇が大きく開き、裾は脛あたりまで隠すものだ。サーコートを上から羽織ると、普通に鎧を着るよりも、温度調整が楽になり快適になるのだ。そんなサーコートには地上の動物のどれにも存在しない赤黒い鱗がびっしりとついているのは、迷宮に存在したモンスターから剥ぎ取った皮を鞣したものだと思われる。

 それ以外の装備は腰に付けていた。水筒。携帯食料。また十徳ナイフ代わりか、それとも予備の武器か、湾曲した刀身の短弧側に刃を持つ「内反り」と呼ばれる様式の刃物であるククリナイフが腰の後ろに備え付けられている。

 そして何より――男の腕にある“武器”に注目させられる。

 それは武器と呼ぶよりも、兵器に近かった。

 長さは二メートルもあった。

 柄は太く、また軽量を考えていないのかどこもが鈍色に光る金属でできている。

 また槍頭には、木目状の湾曲した刃を取り付けられている。その刃は幅広で大きくなっており、通常の槍に比べると太い。刃先の逆側には過去に飾りの布があった痕跡が残っており、布の欠片がひっついている。

 おそらく、重量だけで十キロは軽く超すだろう。

 だが、男はそれを軽軽と片手で持って、肩に担ぎながら迷宮の奥まで進んでいる。

 それは男のように恵まれた“膂力”があって、初めて可能になるのだろう。

 その武器の名前は――青龍偃月刀。

 本来なら、馬上で使う特大の武器だ。

 今となっては馬鹿大きいので取り回しづらく、迷宮で使うものなどいない“過去の遺物”であった。

 そんな骨董品を男は使っていた。


「ちっ……」


 男が先を目指して歩いていると、急に立ち止まった。

 そして目を凝らすが、先が見えないことに苛つき、男は舌打ちが出た。

 ただ、足音は聞こえる。

 数が多い。

 男は焦ったように額に脂汗が浮かんだ。

 ここの通路は広い。三メートルはあり、また天井は十メートル以上ある。油断をすれば囲まれるため、男は先に意識を集中させながら両手で獲物を持った。

 両足のスタンスを大きく広げて腰を少し落とし、右足を後ろに引いた。また槍頭に近い部分を左手で持って、逆の部分を右手で掴んで構える。

 その所作は手慣れており、一朝一夕では身につかないだろう。

 敵が、怪物が、モンスターが突如として男を襲いかかる。

 狼だ。体長が六十センチほどの狼の形をしたモンスターだ。当然ながら男も戦闘経験があるのか、冷静にモンスターの飛びかかりを一歩下がって避ける。

 そして左手の中で柄を滑らせながら、モンスターの脳天に一突き。

 モンスターは刃先から頭を突きぬかれて絶命する。

 だが、モンスターは一体だけではない。すぐに右斜前方から、別のモンスターが飛びかかってきた。男は石突と呼ばれる穂先と逆側近くの柄を片手で払うように振るった。だが、数十キロを超える偃月刀の振りは鈍い。

 だからこそ、モンスターの牙が男の右肩を食い込んだ。

 運良く鎧の上であったため、男に大きな怪我は無いが、右腕が男の思うように動かせない。偃月刀の勢いも死んだ。それを必死に振り払おうと大きく右手を振るが、モンスターの咬合力が強い。そんな男の隙を狙って、すぐにまた別の三匹目のモンスターが左から飛びかかる。

 男は動きにくい体を動かして、左足で三匹目のモンスターの頭を横に蹴った。空中で身動きが取れない三匹目は、すぐに近くの壁にぶつかった。

 男はその後次のモンスターに襲われないために、素早く腰の後ろに付けたククリナイフを左手で逆手で抜く。すぐ手の上でナイフを遊ばせて、逆手から順手へ。右肩についたモンスターの脳天を叩き割った。脳が弾け、血が男の顔にかかる。けれどもそれに怯えず、すぐに右腕からモンスターを振り払った。

 ――だが、モンスターの攻撃はそこでは終わらない。

 すぐに、通路の奥へ数十体の狼の形をモンスターが待ち構えていた。


「わらわらと蛆のように増えやがって――」


 男の口から悪態がこぼれる。

 ダンジョンは人類の生活に欠かせないカルヴァオンがほぼ無限に存在する夢のような場所だが、現実はまるで逆だ。

 天井に咲いた黄色の花がダンジョンの内部を照らし、土の壁に四方挟まれたそこは地獄と何ら変わりはない。

 モンスターは冒険者を容赦なく襲い、一匹とて、冒険者を見過ごすような存在はいない。食べるためではなく、殺すためにモンスターは牙を剥ける。

 そこに理性などは存在しない。

 ただ、冒険者を排除するためだけにモンスターは動く。

 だからこそ、冒険者には負傷が避けられない。モンスターの牙に、爪に、その身を引き裂かれる。ラルヴァ学園に属する学生に限らずに冒険者の中には殺された者も少なくはない。四肢を失って冒険者を廃業した者も数多くいた。

 だからこそ、学園などは冒険者に単独でダンジョンに潜ることを勧めず、一定数の人間でパーティーを組むことを推奨している。

 人は集まって助け合うことで、危険を減らし、死と近いダンジョンでも生き残れるからである。


「はっ――」


 男は腹下三寸の丹田に気合を入れて、左手に持っていたククリナイフを一番近いモンスターへと投げた。ククリナイフは見事に頭に刺さって、そのモンスターはすぐに絶命する。モンスターたちは一体の死体のおかげで、進行が刹那止まった。

 そこを付け狙い、男は数多くのモンスターへと距離を詰めて、頭を空っぽにしながら偃月刀を縦横無尽に振るった。

 腹を噛まれても、太腿を切り裂かれても、男は生きるために、そしてダンジョンを進むために偃月刀を狂ったように振り続ける。

 口からは絶叫に近いなにかが、出続けていた。

 そうでなければ、戦えないのかも知れない。


(どうして……俺が……)


 偃月刀でモンスターを切り裂きながら男が考えるのは、たった昨日の出来事だ。

 それまでは男も一人でダンジョンに潜るという無謀なことなどせずに、パーティーに入って、仲間と共に潜っていたのだ。

 本来なら、今日もそのパーティーの仲間とダンジョンに来る“筈”だった。

 だが、それはパーティーリーダーの一言によって覆される。

 ――君はこのパーティーにはいらない。

 それはいつもと同じ顔で告げられた。


「糞がっ――」


 男はそんな思い出を掻き消すように、以前いたパーティーへの未練を断ち切るように、またモンスターに殺されないように闘いながら、意識を闇へと沈めた。

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