ソウルマスターKAZUKI(9/31)PDFで表示縦書き表示RDF


ソウルマスターKAZUKI
作:マルミツ



第8章:迷いと葛藤







 その日、愛染高校に殺人オーバヘッドキックが伝説として誕生した頃。


 一人の少女が、屋上にいた。


 彼女の眼下に広がるグラウンドでは、神代和輝が体育教師にこっぴどく叱られている。彼は平謝りに謝りながら、一体何がどうなったのか分からないというような顔をしている。

 少女は視線を少しずらす。

 見事にボール一つ分穴の開いたネット。大きな力でへし折られた樹木。跡形もなく破裂したボール。

 どれも普通の人間では適わない偉業。

 そして、あの雷撃。

「少し、観察する必要がありそうですね」

 淡々と告げて、少女は屋上から姿を消した。






◇◇◇






 和輝は悩んでいた。そして葛藤していた。

 日常と非日常のせめぎ合い。正常と異常の境界線。


 俺はどちらを選べばいい?


 今の日常を選べば、おそらくこれからもこんな日々が続いていくのだろう。つまらなくも平和な毎日。和輝はそれが永遠に続くことを望んでいる。

 しかし、世界の裏側を見てしまった今、その願いは叶うのだろうか?

 では、今の日常を否定し、戦いの世界に身を置いたらどうなる?

 壮絶な日々になるに違いない。あんな化け物と日夜戦うのだ。生傷なんて当たり前。下手をしたら一瞬であの世へ送られかねない。それは昨日の一件で充分過ぎるほど理解している。
 和輝は自分が英雄だとは思わない。主人公だとも思わない。自分はこの大きな世界に生きるほんの一個人でしかないと自負している。そんな自分が世界を救うために戦う? 冗談じゃない。自分はそんな器じゃない。

 しかし、それを否定してしまえば、あの謎の電撃少女は死んでしまう。


 そんなの、嫌だ。


 くそったれ、と和輝は吐き捨てる。世界に向けて。そして顔も知らぬ神に向けて。

 なんでこんな世界にしやがったんだよ、あんたは。
 なんで、なんでこんな――――。






◇◇◇






「おいおいどーしたよ和輝っ! 元気ねーな! ハッ、さては女にフラれたな!? そーかそーか。うん、気持ちは分かるぞ。でも安心しろ。世界の約半分は女なんだからな、次のチャンスが必ず来るさ!」

 誰がどう見ても今は一人にしてくれオーラを発しているというのに、そんなことお構いなしに(あるいは素で気づかずに)威風堂々と暑苦しく話しかけてくる奴は、和輝の知りうる限り一人しかいない。

「うるせえ。果てしなくうるせえ。宇宙の隅でミンチになって漂流してろ」

 机に突っ伏したまま、顔も上げずに和輝は新城武谷に向けて吐き捨てる。

「ちなみに俺はある程度の女子に目ぇ付けてるぜ。特に今年の一年! ホント今年は当たりだぜ。目移りしちまうほどだ。ああ、神様、俺をこんな素敵な年に高校へ入学させてくれてありがとう!」

 しかしどうやらこの男、自分の世界にトリップすると人の話をまったく聞かないらしい。うざったいことこの上ない。だがそんなことを思ったところで口にする気力もなく、歯止めを利かせる相手のいない武谷は押し売りセールスマンのようなトークを続ける。

「でもカワイイのが多いのは一年だけじゃないんだよな。上級生の方にも偵察行ってみたけどこれがまたパラダイスでさぁ! なんてーの? もう俺ここで死んでも悔いなしって感じだったぜ。ぐふふ、し・か・も。なんとっ、この長方形の薄型情報伝達装置にその可憐な姿の数々がっ! どうだっ? どうだっ!? 羨ましいだろー、いひひひ。まあね? 俺は結構友達大切にする方だから? どうしてもって言うならこの画像転送してやってもいいぜ。でもタダってわけにはもちろんいかねーぞ。うーん、そだな。学食で一番高いヤツを三日間奢ってくれるってんなら考えてやってもいいぜ。あっ、そうそう聞いてくれよ! 実は俺さ、昨日駅前のファミレス行ったんだけどさ、そこにちょーカワイイ子がいたんだよ! これがまたちょうど俺達くらいの年代の新人みたいでさ、ちょこちょこミスしてはちょい半泣きモードで店長に謝ってんだよ。ズキューンッ! と来たね。もう思わず抱きしめたくなったくらいだぜ! その時俺は誓ったぜ、バイトするならここだ! ってな。どこのファミレスか気になるか? 教えてやんねー。そういやさ、この前ゲーセンで……」

 勘弁してくださいマジで、と思いながら和輝は必死に耳に手を当てている。一時も話題が途切れることなく喋る武谷に怒りを通り越して許しを請いたくなってきた。頼むから向こうに行ってくれ、なんだったらジュース奢ってやるから。

 とは言え、喋りだすと止まらなくなると同時に人の話を聞くという行為をすっぱり断絶するのが新城武谷という男である。生気の抜けた和輝の腑抜け声がヒートアップした武谷に届くはずがない。もう泣いてしまおうかと半ば本気で思い始めていた時、救世主はにわか雨のように突然やってきた。

「そこまでにしときなよ兄さん。今の兄さんは誰がどう見てもひどいことやってる人に見えるよ?」

「ゆうやぁ〜。助かったぜ〜」

 心底感謝の念を込めた言葉を送った先にいた救世主の名は新城雄哉。兄とは違って気の利く弟である。

「あのさあ兄さん。前にも言ったと思うけど、友達大切にするのはいいけどもう少し距離を置こうよ。誰にだって一人になりたい時ってのはあるもんなんだから」

「何言ってんだ。自ら歩み寄って相談に乗るのが友情って奴じゃねぇか」

「兄さんの場合歩み寄りすぎなんだよ。カメラのフィルターが目の前にあるようなもんさ。それじゃ近すぎて鬱陶しいだけだよ。ただでさえ兄さんは暑苦しいのに」

「ああ!? 俺のどこが暑苦しいってんだよ!?」

「雰囲気から既に暑苦しい」

「なっ、それって暗に存在そのものが暑苦しいってこと!? バカなっ、爽やかスポーツマンであるこの俺が暑苦しいなどと、有り得ん!」

「兄さんの頭の方が有り得ないよ」

「同感だな」

「あっ、ちくしょう和輝テメェ! さらっと酷ぇこと言いやがって! 裁判起こしてやるっ!」

「なら僕が彼の弁護に就くことにするよ。兄さんを落とすなんて僕にとっては造作もないことだからね」

「ぐっ! ちくしょーぐれてやる!」

 いつも通りのコントに和輝は堅い表情を少し崩した。やはりこの兄弟は仲がいい。

「それにしても、今日は本当に元気ないね。さっきの体育でのことを引きずってる……って感じでもなさそうだね。何か悩みでもあるの?」

「んー? まあ、そんなもんかな」

「それは僕達にも言えないこと?」

「……たぶん、そう」

「そっか」

「ああ」

 頬杖をついて和輝は外を眺める。だがその目が外の景色を捉えていないのは二人の目には明白であった。兄弟は揃って肩をすくめる。

「おーい和輝。ちょろっといいか?」

 と、そこへ新たな声が介入してくる。最近よく耳に届くようになった声。つまり多少なじみのある相手。和輝はその人物の姿を九割方確信しながら、マジかよ、とうんざりした気持ちで振り返る。


 そこにいたのは、紛れもなく綺麗な女の子だった。


「……アキ……なんか用か?」

「むむ。なんだよその嫌そうな顔は」

「気にすんな、元からだ」

 和輝の声には明らかな煩わしさが込められており、対峙する少女もそれを感じたか、若干不満そうな顔で仁王立ちしている。だが和輝にはそんなことどうでもいい。今は男同士の会話を満喫しているところなのだから、さっさと用件を済ませてどこかへ行ってもらおうと思い和輝は早々に彼女を促す。が、そんな和輝をまたしても妨害するのはこの男、新城武谷である。

「おいこら和輝テメェ! こいつぁ一体どういうことだっ!?」

 首をホールドして引き寄せる武谷。その顔は怒り半分驚愕半分といった構成である。対して和輝は呆れ顔で、「どういうことだと言われても、こういうことだと答えるしか俺にはできねーぜ」と返す。

「ざけんなっ! お前、いや貴様! どうして貴様ごときが彼女と親しげに会話してんだっ!?」

 ごときとか言うなとか会話というほどのこともしてねぇぞお前のせいでなどと言ってやりたかったのだが、そんなこと言っても話の展開が一向に進まないであろうことを予感した和輝は別の考えを口にする。

「俺があいつと親しげに会話したらいけねえのかよ」

「いかんっ! 例え神が許しても俺が貴様を許さん! 貴様は彼女が一体どういう御方なのか分かってるのか、ああっ!?」

 いつからテメェは神様より偉くなったんだ、と和輝がツッコム前に武谷は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

「我が一年四組の中で、いや! 学年の中でもトップクラスの容姿を有する美少女、それが春風明良はるかぜあきらだ! そう、このレベルの高い学校の中でも十本の指に入るスゲェ御方なんだよ! その強気の瞳で群がる男どもを一蹴し、バレンタインにはあげる側ではなくもらう側に属するほど同性にも好かれ、でも影ではとんでもなく女の子らしい一面を持つ、誰もが一度は憧れる姉御系キャラ、それが春風明良だっ! 分かったかっ!?」

「ああ、お前の頭がもう取り返しがつかないぐらい腐り果てちまってることがな」

 キツイ言葉をお見舞いする和輝だが、話に熱中すると周りの声が聞こえなくなるのが新城武谷の特性である。

「しかも、しかもだ! あれを見ろ! あの神の遺産としか言いようがない体躯を! すらりとした細身の長身で、でも出るべきところはしっかりと出ているというスレンダーとグラマーな部分を併せ持つ究極の肉体っ! ビバスレンダーッ! ビバグラマーッ! もはや我が人生に一遍の悔いなしっ」

「ならさっさと墓に埋もれてろ。その方が世界平和のためだ」

「それなのに! ああそうだというのに貴様は! 春風が話しかけてきたのに対しドギマギすることすらなく、しかもいつも通りの口調で仲良さげに答え、あまつさえ『アキ』というニックネームで彼女を呼んでいるっ。和輝テメェ! マジで羨ましいじゃねーかちくしょーっ!!」

「さっきからうっせいのだよアホンダラっ!」

 鉄拳制裁、というものを和輝は目と鼻の先で拝むこととなった。

 おべばっ!? と意味不明の奇声を発した武谷は明良の垂直拳を脳天に受け顔面から床に倒れた。普段からうざったいくらい暑苦しくて適わない我が友だが、さすがにお世辞にも綺麗とは言えない教室と強制キスをさせられた状況を目の前にしてちょっと同情した。まあ、そのなんだ。人生こんなこともあるさ。な?

「黙って聞いてりゃ人のことぺらぺらと話しやがって。一体どこのどいつにプロフィール紹介してんだっつの。和輝、友達はもう少し選んだ方がいいとアタシは推奨するけど?」

 ぴくぴくと痙攣して今すぐ保健室に直行されてもおかしくない状態に武谷を追いやった張本人は特に悪びれる様子もなく髪を払った。

「なら俺はお前のすぐ手が出る性格を矯正することをお勧めするよ。こんな奴でも俺の友達なんでね。ま、それはそれとして。一体なんの用事ですか春風特攻隊長」

 とりあえず気絶したらしい武谷の介抱を雄哉に任せ、ほとんど投げやりな口調で明良に話の内容を促す。別に彼女と話すことが不快と言うわけではなく、というかちょくちょく会話をするくらいの仲はあるのだから問題はないのだけど、そろそろ周りの連中の視線が集中し始めたことだし、今は束の間の平和を味わっておきたいし、早めに話を終わらせてどこへなりと退散してもらった方が絶対にいい。うん、決定。だからとっとと用件を話せ。

 だが、和輝の望み適わず事態はさらにヤヤコシイものへと変貌していくらしい。

「いんや、アタシが用があるわけじゃなくて、用があんのはこちらのお方」

 そう言うと明良は体を横にずらして後ろの人物の体を前に差し出した。和輝の瞳が別の姿を捉える。その姿は――

「あっ、ちょっとアキそんないきなりっ! わわ私まだ心の準備がっ」

 紅美夏その人で間違いなかった。

「紅……さん?」

「わっ! あ、あの! お、おはよう神代くんっ!」

「……あーっと……。今、もう昼ごろなんだけども……」

「え? あ、あれ? そ、そうだよね! 私何言ってるんだろ!?」

「とりあえず落ち着いたらどうだ?」

「う、うん! そうだね!」

 やけに挙動不審というか、そわそわしているというか、おどおどしているというか、とにかくそんな類の仕草のまま紅美夏ははにかんだ。そこに込められた威力は絶大で、並大抵の男なら一瞬気を許しただけで「俺と付き合ってください」みたいなことを言い出しそうなものであった。幸い和輝は姉により耐性があったので堪えたが。

「な、なななな、なっっっっっにぃいいイイイィィいい!? 紅さんが、紅さんが神代なんかと会話してるだとぅうううウウウゥゥゥ!?」

 今度はお前かよ、と和輝がうんざりしながら視線を向けた先にいる男は、紅美夏親衛隊創設者兼隊長の中宮以外の誰だというのだろうか。

「き、きききききき貴様ーっ! さっきは俺のちょー慈悲深い心に免じて許してやったと言うのに、ま、まままままままた貴様は狼藉を! 許さん! 貴様だけは、例えこの身朽ち果てようともぐはっ」

「はいはーい。邪魔者はちょろっと黙っとけよなー」

 中宮隊長、春風明良の鉄拳により沈黙。

「……紅さん。あんましあいつのことは気にしない方がいいと思うぞ。つか記憶から抹消しとけ。いいことはあれど悪いことはないから」

「う、うん……」

 遠慮がちに彼女は頷いた。和輝は話を戻すべく軌道修正を図る。

「それで? 紅さんは、俺になんか用なのか?」

「あ、うん。えと、その、そんな大したものじゃないの。いえ私にとっては大したことだけど……」

 もじもじと上目遣いで美夏は和輝を見上げる。思わず胸が高鳴る。なんといっても高校一年生。お年頃の男子にこの仕草は反則技と言っていい。
 そして殺意を込めた視線を存分に浴びせまくるクラスの男子ども。嫉妬と怒りによるオーラが具現化し教室が魔の巣窟となった幻覚を和輝は一瞬見た。違う意味で胸が高鳴る。


 俺、生きて帰れるかなぁ。


 悟りの境地に達した気分の和輝である。

「あの! 神代くん!」

「は、はい!」

「その、明日って、日曜日、だよね?」

「………ああ、そう言えば」

 考え事があり過ぎて失念していたが、今日はちょうど一週間の最後の日、土曜日だ。その次の日はもちろん日本中の人々の安息日である日曜日である。でも、それがどうかしたのか?

「えと、あの、あのね? 神代くん、明日、暇?」

「んー。どうだろ。結構急に予定入ることってあるしな。一概には言えない。でも今のところはなんもないな」

「そう、なんだ」

 なんだかずいぶんとほっとしておられるご様子の美夏お嬢。そんな彼女の背を春風明良が含み笑いの顔のままつつき、一言何かを伝える。分かってるわ、と美夏は小さく答え、一度深呼吸した後覚悟を決めた瞳で和輝を見据える。

 一方の和輝は周囲のモテない男子どもの視線が恐くて気が気ではなかった。なんかさっきよりもさらに殺気の濃度が増しているような気がする。俺、何かしたか? つか雄哉、そんな興味深そうに眺めてないで少しはフォローしろよ。

「……紅さん」

「ひゃひ!? な、なんですか?」

「出来れば、要件早めに言ってくれると助かる。HRももうすぐ始まるしさ」

「わ、分かりました。では、言います。神代くん。その、もし、もしでいいのよ? 明日、特に用事がないようなら、あの、その、あの!」

「カズちゃぁああああああああん!」

 紅美夏の言葉は最後まで紡がれることはなかった。
 
「浮気なんてお姉ちゃん許さないぞぉおおおお!」

 何故なら、史上最強のブラコンシスターがこの場に光臨したからである。

 和輝は溜息をつく。
 なんで俺の周り、こんなのばっかなんだよ。

 和輝の対応は慣れたものだった。美夏と明良を下がらせ自身は横に位置をずらし、加代と自分を直線上に並べる。案の定、加代は凄まじいスピードで迫ってくる。和輝はそれを闘牛士のごとくひらりとかわす。加代が短い悲鳴を上げて壁に突っ込んだ。

「ひ、ひどいよカズちゃん! お姉ちゃんの愛の抱擁を避けるなんて!」

「あいにくと、時速二十km強で突っ込んでくる物体を甘んじて受け止めてやるほど俺はお人好しじゃねーんだ」

 至極当然のことを言う和輝である。そしてそんな彼に突き刺さる殺気はまたしても増加する。だから、俺が何したってんだよ。

「つか、加代姉さんよ。あんた二年だろ階が違うだろ。なんでHRの直前に俺のクラスに来んだよ」

「だって、長年の月日により磨きぬかれた加代お姉ちゃんレーダーにランプが灯ったんだもん。これはカズちゃんに女が近づいていると判断したお姉ちゃんは最速で爆走、ここに到着した次第でありますー」

「……もういいよ。ツッコムの疲れた」

 盛大な溜息をついて、和輝は加代の勢いに気圧されて座り込んでいる美夏に手を差し伸べる。

「悪いな、紅さん。俺の姉貴こんなんでよ。大丈夫か?」

「あ………うん。大丈夫……」

 頬を朱に染めて美夏はその手を取る。傍目的にはいいムードというかお前おいし過ぎんだよいっぺん死んでこいという状況なのだが、そんな二人を引き裂くのはもちろんブラコンシスターである。

「ええぃ! カズちゃんから離れろ! カズちゃんの優しさに漬け込んで自分のものにしようとするなんて、この泥棒猫!」

「え、あの、私べつにそんな……」

「カズちゃんは私のなんだからね! 私達ラブラブなんだからね! あなたみたいなぽっと出の人が入る隙間なんて一ミリもないの!」

「ら、ラブラブ……? 姉弟なのに?」

「フッ、甘いわね。本当の愛というものは、年齢も環境も、そして家族という壁さえも乗り越えるものなのよ!」

「乗り越えんでええわい」

 お約束として和輝は加代の頭をぐーで殴る。

「俺はいつ加代姉のものになったんだよ。いつから俺達はラブラブになったんだよ。嘘八百も大概にしろアホ」

「う、嘘なんかじゃないもん! 私とカズちゃんは、実は前世で既に永久の愛を誓った仲で……」

「嘘つけ」

「ちっ」

 このアマ舌打ちしやがったよ。

「こらこら! 何をやってんですかあなた達は!」

 と、そこへ新たな登場人物の声が響く。そこにいたのは……

「あっ。童顔で身長もこのクラス内で間違いなく一番小さい一見すれば中学生にしか見えない一部の人に大人気ロリ教師・浅倉暦あさくらこよみ先生じゃないですかぐばっ!」

「誰に説明してんねんボケッ! あんま舐めたことほざくとしぼくぞコラッ!」

「ち、ちなみに、キレると関西人の血が目覚める……がくっ」

 復活した武谷は律儀に最後まで説明し終えて、暦先生の音速拳により再び眠りについた。和輝は思う。お前そんな役ばっかだな。

「まったく……人が気にしていることを……。はいそこっ! 笑わない! あなた達もなんですか! 壁にこんな傷つけちゃって! 弁償させますよ!?」

「いや、俺がやったわけじゃないし……」

「言い訳無用。それと神代加代さん! あなたのクラスは上の階でしょう! もうHRの時間なんですから早く戻りなさい!」

「……はあい」

「あと神代和輝くん! あなたはHR後職員室に来るように!」

「……へーい」

 とまあこのように、浅倉暦の働きのおかげでようやく教室に普段の情景が戻ってきた。和輝に突き刺さる殺気は相変わらずのままであったが。




「――――結局、言えなかった……」





◇◇◇





 HR後。
 和輝は職員室へ向かう途中、ずっと考えていた。


 楽しい。


 心の底から、そう思える。
 本当になんでもない日常。化け物もいなければ不思議な力もない普通の世界。これから先愉快なことが待ち受けているであろう学校生活。

 それが幸せと感じられるぐらいに、自分は異常へと引き込まれつつある。

 どうやっても、いつもの風景が違うものに見えてならない。


 加代姉は相変わらずブラコンだし、武谷はいつも通りお調子者だし、雄哉も普通に犯罪行為を行っている。アキはやっぱり男勝りな奴だし、紅は美人だ。
どれを取ってもいつもと変わらない。変わらないはずなのに……。

 なんだか、自分だけがものすごく遠い場所にいるような気がする。

 俺は、どうしたらいいんだろう。





◇◇◇





「……神代くん。あなたはそんなに先生を怒らせたいんですか?」

「何かご不満でも」

「おおありじゃボケッ! ウチが説教したろと時間削ってまでこの場を設けたっちゅうのにあんたは何しとんねん!」

「弁当食ってるんですけど、何か?」

「何かちゃうわ! 大体今日は午前授業だけやのになんで弁当なんか持って来てんねん!」

「いやー、それが今日うっかりそのことを忘れて作ってきてしまいまして、ついでだからここで食べようかなと思って……あ、先生も食べる?」

「ふん! そんな飴にウチは釣られへんで」

「とか言いながらおかず食べてるし」

 放課後の職員室、その一角。教師と生徒が弁当をつつきあうというなんとも奇妙な空間が成立してしまっていた。

「ごちそうさま。意外においしかったですね、また食べたいかもです……と、それは置いといて。ここに呼ばれた理由、分かりますね?」

「体育の件でしょ」

「そうです。どういう事情があったにしろ器物破損をしたからにはしっかり弁償してもらいますからね。あと、親御さんにも連絡を入れます」

「俺んち、どっちもいませんよ。母さんは世界中で好き勝手やってるし、親父は六年前に死にました」

「あ……ご、ごめんなさい。先生まだ生徒全員のこと把握してなくて……」

「いいっすよ。姉が二人いるから全然寂しくないし」

「込み入った話になりますけど、生活費はどうしてるんですか?」

「母さんが定期的に送ってくれるんです。仕事の内容は……まあいろいろと」

「言いにくい職業なんですか?」

「言いにくいというより、説明しにくいんですよね」

 和輝は頬をぽりぽりと掻いて適当に誤魔化しながら、話をまとめにかかる。

「とりあえず弁償代は来週にでも持ってきますよ。それでいいですか?」

「まあ、こちら側として払うもの払ってもらえば問題ないです。内申は多少響きますが」

「げ、マジかよ。俺一応進学希望者なのに」

「自分で蒔いた種です。仕方ないことです」

「へーい」

 弁当箱のふたを閉め、手早くカバンに放り込む。そのままの勢いで立ち上がろうとした和輝だったが、ふと思い当たってその動きを止めた。

「先生」

「なんですか?」

「もし今の世界が本当のものではないとしたら、先生はどうしますか」

「……はい?」

 まじまじと暦は和輝を見詰める。和輝も見詰め返す。その瞳に本気と言う二文字を見出し、暦は携帯電話に手を伸ばした。

「やいこらっ! どこに電話する気だ!」

「決まってるじゃないですか。病院ですよ」

「俺は病気じゃねえ! ったく、先生に話した俺がバカだったよ」

 不機嫌面を隠さずに和輝は立ち上がった。歩きながら、まあ普通そうだよな、と少し自己嫌悪に陥りながら扉を目指し――ふと声がかかる。


「本物も偽物もないと思いますよ」


 浅倉暦は、その童顔に教師の面影を載せて語る。

「世界は元々その姿だったんですよ。ただその姿を知らない人々はそれを偽物と評し否定した。それだけです。だから、世界には本来本物も偽物もない。それが現実なんです。先生なら、それを受け止めて、その現実の中で一番自分がしたいことを見つけますね。どうです? 参考になりました?」

「……少し」

 お辞儀と共に礼を述べて、和輝は職員室から退室した。






〜次話予告〜
日常の中、残された時間をかけて『答え』を見つけようとする和輝。だがその思いはなかなか決まらない。そんな中、和輝と偶然出会ったのは……

謎の屋上少女登場。……謎っぽいですかね?











ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう