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ソウルマスターKAZUKI
作:マルミツ



第2章:駆け出す勇気






 その日の和輝達のスクールライフは特に何もなく終了した。
 いや、細かく描写をすれば体育の授業が加代とかち合ってしまいサッカーをやっていた和輝をやたらと応援してこっ恥ずかしい思いをしたり、昼休みに和輝の教室に加代が現れてお弁当食べよーと言いあまつさえ「あーん」というバカップル全開の行いをして男子生徒による闇討ちの可能性が高まったりと、ラブコメストーリーがあったりなかったりするのだが、それは日常の範囲内であり、今朝のような非日常な風景は特に存在しなかった。

 和輝と加代は揃って帰路へとつく。中学時代から何度も行ってきたサイクルである。

「ったくよぉ。なんでよりによってサッカーの日に二年と体育が被るんだよ。おかげで試合中はずっと野郎どもに狙われてたぞ、ボール持ってなくても。それも全部加代姉のせいだかんな」

「………」

「―――? おい加代姉。聞いてんのか?」

「……え? あ、ご、ごめ〜ん。ちょっと考えごとしててボーっとしてた。てへ」

「『てへ』は余計だバカたれ」

「むー。分かってないなぁカズちゃんは。この最後の『てへ』が重要なんじゃない。このたった二文字の言葉によりお姉ちゃんのかわいさが倍増したでしょ?」

「頭に虫湧いてんじゃねーのか?」

「わ、湧いてないよぉ!」

 そんな一見すればいつも通りの会話。しかしそれがいつもと違うやり取りであることを和輝ははっきりと感じていた。

 加代姉の様子が変だ。

 それは昼休みに気づいたことである。
 どうも今日の加代はおかしい。それは毎日顔を合わせる和輝だからこそ分かるような微細なものだが、胸の内の不安を隠そうと必死にいつも通りの自分を装っているような感じがするのだ。その証拠に昼休み一緒に弁当を食べた時、和輝との会話が少し途切れるとボーっとすることがよくあったし、言動にも元気がないことが隠し切れないことがいくつかあった。

 そういや、今までにも加代姉が妙に元気がないことってなかったか? 

 和輝は過去を回想する。
 過去一五年の歳月において、今日のように加代の様子がおかしくなったことは、注意深く思い起こしてみれば確かにあった。頻度で言えば半年に一回ぐらいで、次の日になればケロッとしていたから和輝もあまり気にしていなかったが、今にして思えばそのどれもが今の加代と酷似していた。

 何が原因か? と考える和輝の頭に今朝の事件が想起された。

 加代の異変は朝のあの時から始まっていたと断言しても差し支えないだろう。原因はそれと見て間違いない。しかしこれまでの加代の異変で今朝のような事件に出くわしたような記憶がないように思える。今まで加代は本当に唐突に、それこそ何の前触れもなく元気がなくなった。茫然自失と言ってもいいかもしれない。

 何故そんなことになるのか? それは弟である和輝にさえ分からない。一番手っ取り早いのは加代に直接聞くことだが、何明日になればどうせまたケロッとしてるさ、と楽観視する自分もいるため和輝は姉を問い詰めるつもりはなかった。どうにもならないような事情なら必ず自分を頼ってくれるという自負も大きかった。

 だからこそ和輝は努めていつも通りの自分を演じることにした。いつかきっと事情を話してくれると確信を持ちながら。

「あん? 鍋が食いたいって?」

「うん!」

「鍋ってあなた、今四月ですよ。もう春ですよ思いっきり。季節はずれだな」

「いいじゃない。春に食べるお鍋もまたおつなものだよきっと」

「そんなもんか?」

「そんなものそんなもの! とにかく私カズちゃんが作ったお鍋食べたい! ちゃんこ鍋!」

「実代姉がどういうかな」

「そこはカズちゃんの話術で説得ということで」

「結局俺はいつでも忙しく立ち回らなくちゃいけないのね」

「うふふ」

 ハァと溜息をつきながらうんざりとする和輝だが、この会話によってさっきまでの憂鬱が少し抜けた姉の笑顔を見ていると、まあいっか、と思えてくる。
 神代加代は和輝が「ブラコンシスター」と断言するほどのブラコンなわけだが、案外和輝も加代には甘い。この姉に何かを頼まれると無条件で頷いてしまうカラクリになっているのだ。和輝はそのカラクリに嘆息しながらも悪い気はしていなかった。なんだかんだ言って和輝は加代に頼られるのが嬉しいのだ。


 さて、と和輝は気持ちを切り替えた。


 今日はシチューでも作ろうかと思っていたからもちろん鍋の材料なんてない。作るなら買い物に行かねばならない。その買い物に言いだしっぺのバカ姉を連れて行くのは当然というもの。

「んじゃスーパーにでも行くか。もちろん加代姉も荷物持ちとして働いてもらうぜ?」

「ご褒美にアイス買ってくれるなら喜んで!」

「バカたれ。んな当然の義務に対してなんで俺が労ってやらねばいかんのだ」

「はうう……」

 淡々と言いつつ和輝は苦笑する。ようやくいつもの姉らしくなってきた。

「さてと。そいじゃさっさと買うもん買いに行くか」

 鍋に入れる材料を頭の中で思い浮かべながら和輝は歩を進めた。後ろは見ない。見なくとも加代が付いて来ることは明白のことだった。今までだってそうだった。


 だからこそ、和輝は加代が立ち止まっていることに気づくのが遅れた。


「加代姉?」

 振り返ってみると、加代はまたしても呆然としていた。しかも今度の視線は家並みの屋根を越えて宙へと固定されている。傍から見れば夢遊病患者のように見えなくもないが、その瞳に宿るのは紛れもない真剣な色で、類ない美貌を持つ加代のその姿は幻想的と言ってよかった。

 和輝はその真剣な表情をする姉になんと言葉をかけていいのか分からず、つられて同じ方向に目を向けた。

 ちょうど夕日が照っている方角であった。眩い光が和輝の瞳を若干閉じさせる。そう言えばあっちにはデカイ公園があったな、と漠然と思いながら、和輝はしばらく空を凝視していた。



 あれ?



 和輝はふと首を傾げた。まただ。また朝のような感覚。和輝は一瞬光る何かを見たような気がした。それは神々しいと言ってもいい光を放っており、和輝の脳をちりちりと焼くような衝撃を与えたが、次の瞬間には既にそんなものは見えなくなっていた。

 うわマジやべぇ、と和輝は冷や汗を流す。一日に二度も幻を見るなんて尋常じゃない。やっぱ疲れてんのかな? それとも光の加減でそう見えただけか? 何にしても今日は早めに寝たほうが良さそうだな……。

深く考えるのをやめ和輝は姉に向かって声をかける。

「おーい加代姉ー。んなとこで突っ立ってないで早く買い物行こうぜ。日が暮れちまうよ」

「カズちゃん」

 加代は空を見上げる行為をやめ、和輝と向き合った。どこまでも真摯な瞳が和輝を捉える。

 和輝はそんな姉の姿を見て不安を覚えた。

 二人の距離は実際5mもない。五歩もあれば詰められる距離だ。だが和輝にはその5mが100にも1000にも感じられた。姉と自分とでは住む世界が違うと突きつけられたような感覚。絶対に埋められない無限の距離。和輝には加代が異界の人間のように思えた。

「ねえカズちゃん。一つ聞いていい?」

「な、なんだよ突然」

「あそこに、何が見える?」

 加代が指差すのはさっきまで己が見詰めていた空間。和輝は動揺しながらもなんとか言葉を返した。

「何って……夕日?」

 ひどく間抜けな答えだと和輝は思った。そんなの聞くまでもないことだ。だが加代はその答えに満足したような――しかし、確実に寂しそうな顔をして、無理矢理な笑みを浮かべた。

「うん、そうだね。そうだよね。それが普通。それが普通の世界」

「加代姉?」

「ごめんカズちゃん。買い物には一人で行ってきて。私ちょっと用事思い出しちゃった」

「用事? なんだよそれ。急用? なんなら手伝ってやろうか?」

「ううん、べつにいいよ。たぶん、私一人でどうにかなると思う。それよりもおいしーいちゃんこ鍋作ってくれてると、お姉ちゃん嬉しいな」

 くるりと背を向けて、和輝は問い詰める間もなく、加代は横顔だけを見せ呟いた。

「それじゃあねカズちゃん。バイバイ」

 加代は一度も振り返ることなく走り去っていった。残されたのは呆然と立ち尽くす和輝のみ。

「……なんだってんだよ、加代姉の奴」

 ようやく出てきた言葉はそんな感じだった。

「バイバイって、なんだよ。どうせ家に帰ったらまた会えんだろうが。まるで永久の別れみたいなこと言いやがって。何なんだよ一体!」

 和輝は何度も加代の言葉を反芻する。何かを決意したような声音だった。優しさと寂しさの入り混じった言葉だった。何かと決別するような口調だった。

 得体の知れぬ怒りと、それに勝る悲しさを覚えながら、和輝は泣きそうな声で言った。

「何だよ……。そんなに俺は頼りないのかよ。バカ姉」





◇◇◇





 和輝が買い物を済ませたのは夕暮れ時になった頃だった。

 あと一時間もすれば日が沈むな、とどこか上の空で考えながら、和輝はビニール袋を引っさげて自動ドアをくぐった。その表情は目に見えて優れない。

「……加代姉。今頃どうしてっかな」

 呟いてから、和輝は首を振った。今はあまり姉のことについて考えたくない。

「そだ。帰ってから鍋作ってたんじゃ時間かかるから、実代姉に準備だけしてもらお」

 一旦通学カバンと袋を下ろし、素早く携帯を取り出して、さて家にかけようか実代姉の携帯にかけようかと数秒思案する。今の時間帯ならリビングでテレビ見てるなと思い至り、家の電話の方に電波を送った。

 無機質な音が響くこと数回。ガチャリと音がして電話が繋がる。

『もしもし。神代ですが』

「あ、実代姉? 俺だよ俺、和輝」

『うちにはオレオレ詐欺は通用しません。あしからず』

「待て待て待て! 詐欺じゃねーしちゃんと名前言っただろが!」

『やーね和輝。冗談に決まってるじゃない』

「実代姉今晩飯抜き」

『ずみまぜ〜ん! ほんの出来心だったんでず〜!』

 泣きが入る実代の声を聞いて和輝は嘆息した。よくもまあこんな演技ができるもんだ、と少しだけ感心しながら用件を伝える。

『オッケーオッケー。それぐらいこの家事万能姉貴に任せなさいって』

「さて、一体誰が家事万能だって? よく聞こえなかったなぁ」

『何よぉ。なんか文句あるわけ? 和輝のくせに』

「ありまくりだバカたれ。実代姉が家事万能なら俺は家事の神様だっつの。つかそんなこと豪語するんなら少しは俺の家事を手伝ってだなぁ……」

『あはははっ! この芸人おもしろーい。顎はずれそー』

「聞けっ! とにかく少しでもいいから当番制にするとかいろいろ……」

『あーそうだそういや今日めんどくさい課題出たんだっけ。早めに終わらせよーっと』

「実代姉三日間飯抜きな」

『絶食!?』

 演技ではなく本気で実代が謝ってきたのは言うまでもないことだろう。


 その時ふと和輝はついでと思って半分無意識に言葉を紡いだ。


『えっ? 加代が帰ってきてるかって?』

「ああ」

『何よ。あんた達一緒にいるんじゃないの? ケンカでもしたわけ? 珍しい』

「ちげーよ。ちょっといろいろあったんだよ」

『ふーん。いろいろねえ』

「ああ、いろいろな」

 そっか、と実代は言っただけ深く追求したりはしなかった。

『加代はまだ帰ってきてないわよ。何? そんなにあの子のことが心配なわけ? 大丈夫だってあの子ももう子供じゃないんだから』

「そりゃそうだけどよ」

『まったく。相変わらず加代には甘いわねあんた』

「うっせえな。……ただ、ちょっと気になることがあるだけだ」

 和輝は返答しながらさっきの加代の言葉をもう一度反芻した。


『それじゃあねカズちゃん。バイバイ』


 その瞬間、猛烈にイヤな予感がした。根拠はない。ただ漠然とそんな感じがした。杞憂だと思いたいが、自分のイヤな予感は割かし当たる方なので楽観しできない。いても立ってもいられなくなった。

「実代姉悪い。ちょっと買い忘れあるの思い出したから切るわ。ちゃんと用意しといてくれよ」

『あっ! ちょっと和輝待ちなさ』

 構わず和輝はぶち切った。次いで加代の携帯に電波を飛ばす。


 繋がらない。


「クソッたれ!」

 不安はその時頂点に達した。和輝は怒鳴って携帯を仕舞い、ビニール袋を持つ手に再度力を入れて


 次の瞬間、彼は風となった。






◇◇◇






 おおよその見当はついていた。和輝の足に迷いはない。

 加代が見詰めていた空間の下にはちょうど大きな公園があったはずだ。加代が走り去った方角とも合致するし、行き先はそこと見て間違いない。

 和輝は風圧で袋が破れるのではないかと思うほどの勢いで駆ける。
 そのスピードは、平均的な男子高校生のそれを遥かに凌駕していた。

 もはやその速度は自転車の最高速度とほぼ等しかった。道行く人はそんな和輝を見て驚きの声を上げるが次の瞬間には視界から消え去っている。まるでオリンピック選手の走りを生で見ているような感覚。

 それに加えて、和輝は特に息も乱さずにそれだけのスピードをずっと維持していた。いや、むしろ徐々に加速していく勢いであった。耐え切れず袋から何か食材が落っこちたが、和輝はそんなものには目もくれず風のように走り続けた。その姿は疾風と表現してもよかったかも知れない。


 五分後。本来なら二〇分は軽くかかる距離を走り抜け、和輝は公園の前まで来ていた。


 ふと和輝の足が止まる。

 公園までの距離は10mあるかないか。さっきの速度で踏み込めば三歩で充分の距離。和輝はすぐにでも公園に飛び込んで姉の姿を探したかった。


 しかし、動かない。


 まるで金縛りにでもあったように、まるで足が地面に縫い付けられてしまったように、和輝の足は意思に反して動かなかった。

 本能、とでもいうのだろうか。

 和輝の中にある何かが、ここに踏み込んではいけない、と強く警告していた。さらに言えば、和輝の根拠のない勘も告げていた。ここには不幸という言葉で済まされない地獄があると。

 その瞬間、和輝の頭に言葉が浮かぶ。



 なんで俺、こんなことしてんだ?



 昨夜見た夢が朝食を食べている頃には忘れてしまうように、和輝の中にある“公園に来た理由”が急速に意味を失っていった。

 そう、自分は確かに何か目的があってこの公園に来たはずだった。大事な何かの安否を確かめるために。でもその大事な何かってなんだ? ていうかそれはホントに大事なものだったのか? いや、それ以前にそれは『物』なのか『者』なのか? それすらも分からない。

 まるで魔法でもかけられたみたいに和輝の頭にぼやっとした霧がかかり、それが晴れた頃には彼の表情はさっきまでの真剣なものとは打って変わりキョトンとしていた。

「あり?」

 不思議そうに和輝は呟く。

「あーっと………俺、何しにここに来たんだっけ?」

 当惑しながら頭を掻こうとして、ようやく和輝は己の手に食材の詰まったビニール袋があることに気がついた。

「そっか。俺買い物して気晴らしにこの辺散歩してたんだったな。おっと、いけね、そろそろ帰えんねえと。実代姉にどやされそうだ」

 和輝は口笛さえ吹きだしそうな機嫌の良さで公園とは真逆の方向へと歩みだした。

 なんだか妙に心がすっきりしている。重荷が取れた、とでもいうのか。とにかく体が軽くなったような気がして和輝はスキップでもしそうだった。ちょうどテストが終わった日の午後の心境と似ている。

 そんなわけで機嫌上々だった和輝は、笑みを浮かべて言った。

「あーなんか今日は気分いいなー。なんかこのままお空へ向かって飛び立ちそうだぜ。ははっ。そうだ加代姉。せっかくだからさ、どっかでジュースでも買って、のま、ねえ…か………?」

 振り返りつつ言った言葉は途中でしぼむ。


 振り向いた先に、あのブラコンシスターはいない。
 当たり前だ。

 何故なら自分は、その姉を探すために、ここまで来たのだから。

「――――――ッッ!!」

 完全に忘却された記憶が浮上して和輝は立ちくらみを起こした。

「ち……くしょ。なんだよ、これ? 俺、なんで加代姉のこと忘れかけてんだ?」

 カバンをどさりと落とし、額に手をやりながら和輝は呻く。

「そうだよ。俺は加代姉を探してここまで来たんじゃねーか。なんだここまで来て、引き下がらなくちゃいけねーんだ」

 袋を放り捨て、和輝は再び公園へと歩を進める。
 しかし、やはり公園を目の前にして足が止まる。

「くそ。なんで、なんで足が止まるんだ! 冗談じゃねえっ!」

 竦む足を無理矢理奮い立たせ、強力接着剤のついた地面から足を引き剥がすようにして和輝は上体を前に倒す。

 彼の頭の中で、楽しそうな加代の声が響いた。

『もち。加代おねえちゃんはいつでも本気でありますよー?』

 和輝の足が地面から離れ、一歩だけ前に進む。

『なる〜。それであのプリンすっごくおいしかったんだね。ごっつあんです♪』

 また一歩、和輝は全身全霊をかけて歩を進める。

 彼の心に、憂いの混じった姉の声が直接届く。

『……もういい』

 怒りに似た感情が渦巻く。それは誰に向けられたものでもない。強いていうなれば自分自身へと向けられたもの。
 なんであの時もっと深く追求しなかったのか。どうして加代姉に見えた景色が俺に見えなかったのか。和輝は奥歯をかみ締めた。

 俺は加代姉に頼られてる? 加代姉なら俺を絶対に頼る?


 甘ったれんじゃねえ。


 お前――そう、お前だよ神代和輝。テメェは無意識の内に姉に頼ってたんだ。頼れる弟のはずが、テメェは姉に対して甘えてたんだ。だからそんな風に楽観できたんだ。加代が隣にいるから気楽にいられたんだ。お前は頼れる男でもなんでもねえ。ただの甘ったれた青臭いガキだ。


 でも、ガキってのはすごい。


 何せ学んだことはすぐに生かせるんだから。

『じゃあねカズちゃん。バイバイ』

 最後に加代が呟いた言葉をかみ締め、和輝はさらに両足に力を込める。

「いつまでも甘えてられっか。俺だってもう子供じゃない。俺は加代姉を助ける。頼んでないとかそんなつまらん御託は言わせねえ。お節介でも構わない。じっとなんかしてられるか」

 目を閉じ、一旦体全体の力を抜き、深呼吸する。全身に酸素が行き渡り、心身ともにリラックスする。

 こんな妙な感覚に、負けてたまるか。

 目を開く。そこには公園がある。距離はおよそ10m。

「動け」

 短く和輝は指令を下す。

「動きやがれっ!」

 瞬間、和輝の体は見えない束縛を振り切り、弾丸のように駆け出す。
 その残像さえ残しかねない速さのまま、和輝は入り口に鎮座する岩を飛び越える。

 刹那。

 まるで古びた窓に突っ込むような感覚を覚えつつ、和輝の体は公園内へと滑り込んだ。



◇◇◇




 公園に侵入した和輝は、まるで陽炎のように姿を消していた。
 どこにも、誰もいなかった。















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