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占い師レイカ(短編集) 作者:沢木圭織
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占い師レイカ

沖荒夢滝さん主催の「月刊ワード小説賞 12月期②」に出品させていただいています。
 
 狭く薄暗いブース内を照らすランプの明かりは、ビロードのカーテンに微妙な陰影を落としている。室内に立ち込めたスパイシーな香り。部屋の中心には、濃紫のローブをまとった麗華と名乗る占い師が座っていた。鼻も口もすっぽりと覆っている麗華の素顔は知る由もない。わずかに露出した目元でさえも濃いアイシャドウに彩られ、睫にはたっぷりとマスカラがのせられている。今はただ、澪は目の前の水晶玉を操る麗華の様子を固唾を呑んで見守るしかすべはなかった。
 この『占いの館』に店を構える麗華が、未来をよく言い当てるのだと言う噂が、会社の同僚たちの間で評判になっていた。新たに事業を起こそうと言う商売に関する相談や、尋ね人など深刻な悩みを抱えた客がやってきては、麗華のアドバイスによって、問題を解決しているらしい。27歳で独身の澪の最大の関心事は結婚運だった。このまま現在の彼氏と結婚して、上手くやってゆけるかどうかが気になっていたのだ。しかし、澪は麗華に対して彼の存在は話さずにただ漠然と自分の恋愛や結婚について訊いてみた。それだけの少ない情報でも麗華が彼の存在に気づくかどうか試す意味もあったし、結婚ともなれば、意外なところに縁があるかもしれない。だから彼に縛られずに広く占って欲しいと言う思いがあってのことだ。黙って水晶玉を見つめ、何かを読み取ろうとしている麗華に、澪は次第に心拍数が上がってくるのを感じていた。答えを待ちながら、こんなに評判になっている占い師にお気楽に恋や結婚のことを訊いた自分が場違いだったかち己を省みる。キャミソールとパンツに合わせて身に着けたチュニックのひらひら加減が、いかにもこの占いを遊び気分に捉えているように思える。もっと神妙な気持ちでこの場に立ち会うべきではなかったかと。
――いいえ。
 澪は心の中で頭を振った。
――結婚は、人生の一大事ですもんね。
 思い直して、澪はまた麗華の様子を窺った。ずいぶんと時間がかかっているのは、先行きがあまり思わしくないのだろうか。
――まさか、結婚はありませんなんて、言われたらどうしよう。
 やがて、麗華はおもむろに口を開いた。
「近くあなたの身に大きな転機が訪れますね」
――ああ、きっと結婚だわ。相手は、彼かしら。

 澪はごくりと唾を飲みこんだ。
「それは……結婚ですか?」
「いいえ」
 麗華はかぶりを振った。身にまとったローブが彼女の動きに伴い、ゆらりと揺れる。
「もっと、あなたの人生の根幹に関わる事よ」
 うっと澪は息を飲んだ。人生の根幹に関わる事。この占い師は、自分に何を言おうとしているのだろう。しかし顔の大半を隠した麗華の表情から、これから発せられる言葉を予想するには困難だった。
「結婚より一大事ってなんですか。もしかしたら、私、大きな病気でもするの? それとも……事故にでも遭うの!?」
 澪は、だんだんと不安になってきた。
「いいえ」
 麗華が、またかぶりを振る。
「まぁ……事故と言えばそうかもしれないけど」
 澪は、背中につめたい汗が流れるのを感じた。この占い師は、一体私に何を宣告する気だろう。
「は、はっきり言ってください! こうなったら私。何を聞いても驚きませんから」
 澪は、姿勢を正した。
「それでは……」
 麗華は、頭頂部に手を当てると、かぶった布をぱらりとはずした。なんと、そこに現れた顔は、なんと澪とそっくりだったのである。濃い化粧を施してあるものの、顔の形や髪型、鼻筋、口元そして黒子の位置まで澪と同じであり、寸分たがわぬ同じ顔をしている事が容易に読み取れる。
「!!」
 澪は、反射的に立ち上がり、これ以上はないほどに目を見開いた。その拍子に座っていた椅子がギギギ……と鈍い音をたて、ひっくり返った。
「う、嘘……」
 麗華は、口元に笑みをたたえて言った。
「実は、“あなた”は、“わたし”なの。すっとあなたを待っていた。今日、やっと会えたわ」
 麗華は、立ち上がるとローブをも脱ぎ捨てた。身長も同じなら、服装までもが澪と同じだ。二人向かい合わせに立つと、まるで鏡を見るようであった。麗華が微笑みながらテーブルを回りこんで、ゆっくりと澪に近づいてくる。澪は、あとずさった。澪の目から涙がこぼれ落ちてくる。唇がわなわなと震えた。
「ドッペルゲンガー……」
 麗華に確認するように低い声でそれだけつぶやく。
「そうね」
 麗華がうなずく。澪を待っていたという麗華。自分自身を見たものは、生きてはいられない。ありえない。しかし自分と瓜二つの人間が目の前にいる。
――私は……死ぬんだわ。
 そんな風に思えたのは、この一種異様な空間が、澪を洗脳させてしまったからかもしれない。澪は、麗華によってついに壁際まで追い詰められた。
「でも、安心して。あなたは死なない。私が死なせないわ」
 澪の心を読み取るように麗華は言った。
「死なせ……ない?」
「ええ。だからこれから言う事をよく聞いて頂戴」
 澪は、震えながら頷いた。
「ドッペルゲンガーって、言うのはね。つまりは、こう言うことなの」
 麗華は、澪から離れると、室内をゆっくり歩きながら話し始めた。
「わたしはこの世界の隣にある三次元宇宙から、次元移動によってここに来たの。隣にある宇宙ってね、こことそっくり同じと言っていいほどなのよ。ここから近い宇宙には、あなたや私が存在する」
 部屋を一巡した麗華は、再び元の椅子に腰掛けた。
「『エネルギー保存の法則』をご存知かしら? ある出来事の前と後で、全体のエネルギーの量は変わらない。『相対性理論』によれば、「質量はエネルギーと等価」だからよ。わたしがこの世界に来た事で、あなたはこの世界から出て行かなくては、エネルギーの均衡は保たれない。ドッペルゲンガーを体験した者は死ぬと言われているのは、その為ね。ひとりが死ぬことで宇宙はエネルギーのバランスが保てるの。自浄作用が働くのよ」
 澪の思考はストップしていた。そして、きわめて理論的に話す自分と同じ姿かたちを持った麗華をにわかに理解しがたい様子で見つめていた。
「でもあなたを死なせるなんて忍びない。あなたは、私でもあるのだもの。そこでこれよ」
 麗華は台座の上に載った水晶玉を手の平で、すっと撫でる。
「この世界から何億……いいえ。何億どころか那由他.、不可思議そのくらいの向こうの世界での話よ。こんな形をしているけれど、これは次元移動装置。はるか彼方の世界で研究員の“わたし”は、この次元移動装置を開発した一人だった。この装置は、時間と空間を行き来することが出来る。この水晶玉を介せば、別の三次元世界だって覗き見ることができる。それによって、少し先の未来までを知る事が出来るの。このわたしに占いが出来たのは、そのお陰よ。この装置を開発した研究員の”わたし“は、ある日、この装置を使って遠く離れた他の三次元世界にやってきた。それからずっとこの連鎖が続いているの。今、”わたし”が、”あなた”にこの時元移動装置をあげる。あなたは、これを使って他の三次元世界に行くのよ。そうすればこの世界のバランスは保たれ、あなたは死なずに済む」
「あなたが……その水晶玉を持っているあなたが……出て行けばいいじゃないの! ここは、私の住む世界なんだから!」
 もしかしたら……叶わないかもしれない。そう思いながら、澪は、体中で叫んだ。逃れたい。この忌まわしい罠から……。澪は夢中で部屋を飛び出していた。麗華は追いかけてこない。占いの館を飛び出し、日暮れの街角を歩けば、澪の心にも少しずつ平静さがもどってきていた。会社帰りのいつもと同じ風景。何も異常はない。おかしなことと言ったら先ほどの占い師だけだ。
――なんだ何もないじゃないの。それにしても気持ちの悪い占い師だった。頭がおかしいのかもしれない。普通じゃないから、占いが出来るとか……。帰ろう、家に。
 信号が青に変わり、澪は横断歩道を渡り始めた。そこに……。一台の銀色のワゴン車が猛スピードで突っ込んできた。
――轢かれる……。
 咄嗟にそう思った。けれど澪の体は硬直したように動かなかった。もう駄目だと思った瞬間、澪を激しい衝撃が襲った。耐え難い激痛……。ゴキッと骨の折れる鈍い音を澪は自分の耳で聞いた。
――ドッペルゲンガーを見たものは死ぬ……
 澪の脳裡にその言葉がよぎる。
――助けて……。
 澪の手が救いを求め宙を引っかく。ふとその手が柔らかなものに触れた。澪は見た。そこに麗華が立っているのを。麗華は、澪の手の下に水晶玉を滑り込ませた。
「隣の世界の同じ座標軸にセットしてある。今よりも時間を巻き戻した状態でね。あなたが生き延びるにはそれしかないのよ。他の世界で幸せになってね。“あなた”は、“わたし”なんだから……」 
 澪の視界がだんだんとぼやけてくる。
「あっ、そうそう。あなたは、今付き合っている彼と結婚までたどり着くわよ。大丈夫よ。わたしが彼と幸せになるから安心してね。じゃ、これから私があなたのお家に帰るわね」
 水晶玉の表面が青い光を放っている。麗華の後姿が残像となって澪の網膜に焼きつく。振り向きざまに口の端を歪め、麗華が短く「アディオス!」と言った次の瞬間、澪はすぐに目の前でフラッシュを焚かれたような強烈な光を感じ、意識を失った。

         ◇

 ――私は、死んだのだろうか……。
 澪を取り巻く風景。狭く薄暗いブース内を照らすランプの明かり。ビロードのカーテン……。そして立ち込める香のにおい。
――ここは……?
 澪は、『占いの館』のブースの一角にいた。激痛は、嘘のように消えていた。なんとなく体が重たいのは、ローブを身にまとっているからだと、腕を持ち上げてみて気づいた。目の前の台座には水晶玉が載っている。正確には次元移動装置。テーブルの小脇には、『占いの館』のリーフレットが重なって置かれている。『水晶玉占い 麗華先生』の文字が見えた。この世界で、わたしは占い師”麗華”と名乗っているらしい。旅立つ前にもう一人の”わたし”から聴いたこと。隣の世界の出来事が、この水晶玉に映り込むこと。そして少し先の未来がわかること。この世界で生きていく為には、澪の取るべき道はこれしかない。

 今日も澪は、『占いの館』の一角で水晶玉を操り、相談にやってくる客に未来を示す。
 近い将来、出会えるであろう“自分”を待ちながら。
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