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Machu Picchu ライブ連動読み切り短編集 作者:Wayra♪
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事を敬して信なり

冷奴は、一口大に割った後、片方の箸を突き刺し、もう片方を軽く添えながら持ち上げると崩れにくいと勝手に思っています。
「そういえば統括、まだ書いてるんですか?」
「ああ、ライブ小説か…… まぁ、ボチボチな」
 この男は(いま)だに僕のことを"統括"(統括マネージャー)と呼ぶ。
「じゃあ相変わらず、コピーして、折って、ホチキスで止めて……」
「いや、今はそこまではやってない。あの会社を辞めて、手元にコピー機がある環境ではなくなったからな…… 今は(もっぱ)ら、書くだけだよ」
「そうなんですか…… いや統括がいなくなってからの分、僕読ませてもらってないんで、今度まとめて送って下さいよぉ」
「…… そうだな」
 久々に過去の部下が訪ねて来たっていうのに、その話か……
「何か、あったんですか?」
「う~ん…… ちょっとな」
「聞きましょう!」
 彼はおどけながら僕の方に身を乗り出す。
「ハハ…… いや、酒がまずくなる…… やめとこう」
「…… そうですか? いいんですか?」
「そうだそれよりお前、『事を敬して信なり』って言葉、知ってるか?」
「いきなり飛びましたね…… まぁ統括がどうしても話したくないのなら、無理に聞こうとはしませんが…… もちろん知ってますよ、孔子の言葉ですよね…… えーっと確か…… 『子曰く、千乗(せんじょう)の国を道びくに、事を敬して信、用を節して人を愛し、民を使うに時を()ってす』…… 兵車千台を有するような諸侯の国を治めるには、政事を慎重にして、民の信頼を得、国費を節約して民を愛し、民を使うのは、農閑期を利用するように心がける…… 論語に出てくる一節です」
「さすが ”歩くウィキペディア”…… よくそんなスラスラ出てくるなぁ」
「ハハ、いやいやこの部分はかなり有名な部分ですし、しかも統括が言った『事を敬して信なり』は、現代でも格言としてよく抜粋されてますからね」
 大学院卒のこの男は、高校の歴史教員の資格も持っており、日本の戦国時代について書いた論文は学会で発表されたこともある。しかし彼は卒業時、院に残って研究を続けろという教授の執拗(しつよう)な説得を振り切って、当時僕がいた会社に就職した。彼曰く、「歴史は趣味です。仕事にしたくはありません」この一言は未だに僕の記憶に残っている。しかしそんな彼も、僕が会社を辞めた半年後に後を追うように辞め、今では実家のある宮城に戻ってちゃっかり塾の歴史講師をしている。今日は所用で久々に上京した為、一杯やろうということになったのだ。
「現代的な解釈では、一般的に"事"は仕事を表し、"敬して"は敬う心を表し、"信なり"は他者からの信用信頼を得ることを表す。砕いて言えば、仕事を敬いの心を持ってすれば、必ずや周りの人間から信頼を得ることが出来る…… そんなところですかねぇ…… まぁもっとも、"事"を仕事に限定する必要はどこにもなくて、人それぞれ、今自分の成すべき事に誇りと尊敬の念を持ってあたれば、必ず周りはついてくる…… そう(とら)えてる人が(ほとん)どですし、それでいいと思います」
「素晴らしい解説だ」
「ハハ、一応講師ですから…… 孔子ではありませんが……」
 ダジャレはつまらなかったが、相変わらず弁舌はさわやかだ。
「ところで、『事を敬して信なり』が、どうかしたんですか?」
「…… う~ん」
「あ! 解っちゃいました…… あれでしょ、お題として出されたんでしょ、小説の……」
「ハハ…… するどいねぇ」
「いやこの流れなら誰でも解るでしょ…… で、何があったんですか?」
 自分から振った以上、この話題を避ける訳にはいかなくなった。
「…… バンマスと、ちょっと喧嘩しちゃってな」
「え…… バンマスって、その小説を依頼してくる統括の親友ですよね?」
「うん…… まぁ喧嘩というか、俺が一方的に怒りまくって、その…… 酷いことを言っちまった」
「…… 何を言ったんですか?」
「…… 『事を敬して信なり』が聞いて呆れる…… 今のお前にこの言葉を語る資格はない……」
「…………」
「つい昨日の話だ」
「…… そのタイトルの小説の事で、喧嘩に?」
「いや、小説とはまったく関係ない。ほんの些細な事だったんだが、相手の言い方が気に食わなくて、俺が一方的に怒鳴りまくった…… 実はその『事を敬して~』のライブがあと10日後に迫ってるんだが、その小説も書かないと言っちまった」
「ははぁ、なるほど…… よほど頭に来たんですね」
「奴は天才だ…… ただ、そうであるが故に、時折言葉の端々に人を見下しているかのようなニュアンスが漂うことがある。でも本人は、そういう事に関してはいたって無自覚だ。だから余計に性質(たち)が悪い……」
 口に生ビールを運ぼうとした彼の手元が一瞬止まる。
「…… 解っている。俺にもそういう所があったと言いたいんだろ」
「いえいえそんなことはありませんよぉ」
「こいつ……」
 彼はニヤニヤと笑いながら僕の話の続きを待つ。
「前にこんな事があった…… ほら、うちの会長がこれからの商売は経営学ではなく心理学だって言ってた頃があっただろう?」
「はいはい」
「あの頃奴と呑んだ時、俺がその話をすると、奴がメチャメチャ(から)んで来たんだ……  "心理学"ではなく"心理"だろう! ってな……」
「ほぅ……」
「要は奴が言うには、オレは大学で学問としての心理学を学んでいる。お前は学んでないだろう! "学"をつけるならきちんと学んでから言え! ということらしい…… その後もいやフロイトがどうしたヴントがなんだと始まって、散々な目にあった…… 話の文脈から考えてもそんなとんちんかんな方向に行くはずもないのに、何故か奴は"学"にこだわり続けた…… つまり、"学"もない奴が、"学"を語ったことが、よほど許せなかったんだろうな…… 考えてみれば、奴とよくぶつかるようになったのも、その頃からかもしれない……」
 店員が枝豆と冷奴を運んできた。僕らはしばらく無言で枝豆をつまみ、ビールで流し込んだ。
「…… 初めてですね…… 統括が、唯一の親友の事をそんな風に言うのは……」
「…………」
 食道に枝豆が(つか)えたような、そんな居心地の悪さを感じた。残っていたビールを一気に流し込んでも、その閊えは取れなかった。
 そうかもしれない……
「当時僕もよく手伝わされましたね…… パンフ作り」
 バツの悪い間を取り持つかのように、彼が話題を変える。
「…… お前が勝手に手伝っていただけだ」
「だって仕事終わった後、あんな真剣な顔でコピー用紙折ってる上司に、お先です~なんて言えないじゃないですか」
 僕たちはひとしきり笑いあった。
「折り目が少しでもズレていればやり直し…… ホチキスの位置がおかしかったりちょっとでも曲がっていればやり直し…… 一度聞いたことがありましたね…… ギャラをもらっている訳でもないのに、何故そこまでこだわるんですか?って」
「…… 俺は、何て言った?」
「『品格だ』と……」
「ハハハ、そうか、そこでも品格を持ち出したか」
「ええ、品格と言えば統括。統括と言えば品格。他の部署連中の間でも有名でしたからね、その口癖は…… でも、その後、こうも言いました」 
 彼は一口喉を潤してから続けた。
「『奴は天才だ…… でも今は金がないから、こんなコピー用紙にホチキス止めのパンフしか作ってやれん…… だからこそ、紙を折るにも、ホチキスを止めるにも、魂を込めないと、奴が笑われるんだ……』」
 冷奴を挟もうとした箸が一瞬止まった。気を取り直して両脇を挟むと、半分に割れてしまった。仕方ないので割れて小さくなった塊を挟むと、今度は無残に崩れた。
 僕は冷奴を皿ごと持ち、一気に口の中に流し込んだ。
「あなたはあの頃、まさに『事を敬して信なり』を実践していました」
「…… 何が言いたい」
「統括…… 本当に、書かないつもりですか?」
「…………」
「もしここで書かなければ、バンマスが笑われますよ」
「…………」
「『事を敬して信なり』…… 今この言葉を語る資格がないのは、いったいどっちなんですかね……」


 最後の方は、声が震えていた。
 無理もない…… 未だ絶対的な上長であり、恐らく死ぬまで"統括"と呼び続けるであろうかつての鬼軍曹に対して、彼は今、初めて勝負に出たのだ。
 不思議と怒りは湧かなかった。
 それどころか、何だか心地よい敗北感のようなものに包まれていた。恐らく同じことを奴に言われていたら、今頃壁にジョッキを投げつけていたかもしれない。
 テーブルの上で固く結ばれた彼の拳が小刻みに揺れている。そしてその顔は真っ赤に充血し、今にも角が生えてきそうな勢いだ。
 僕はその拳に向かって呟く。
「…… いい論理展開だった」
 ハッと我に返った彼が僕の目を凝視する。
「…… すいません」
「…… お前、何で辞めたかなぁ…… お前なら、俺と違っていい管理職になれたと思うがなぁ……」
「いえ…… 僕は元々、統括と同じで商売には向いてなかったんです…… それに、あなたがいない会社に────」
「────まったく…… 書きゃぁいいんだろ書きゃぁ」
「その通りです!」
 かつての部下が、一際大きく見えた。そしてそのことが何より誇らしく、心から嬉しく思えた。今はまだ照れくさくて口に出しては言えないが、もう少し歳を取り、自身のいらぬプライドが剥がれ落ちたときには必ず言おう。
 ありがとうと……

「う~ん…… でもなぁ…… 今更書くったって、何も思いつかん…… あ!」
「へ?」
「いいこと思いついた」
「ほぅ……」
「これを書く」
「は?」
「この会話を書く」
「え……」
「キマリだ!」
「あの……」
「すいませ~ん! 生二つ!!」
「えーと……」
「あと冷奴も! 固めで!!」
「いや固めでって……」





            「事を敬して信なり」    完
まずは最後までお読み頂き、感謝感謝です!

表題作「事を敬して信なり」は、2013年8月10日 大塚WELCOME BACKライブにて、パンフレット掲載された小説です。

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バンド「Machu Picchu」の活動内容を詳しく知りたい方は、是非下記にアクセスして見て下さいネ^^

マチュピチュ オフィシャル ウェブサイト 
http://machupicchu.art.coocan.jp/
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