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Machu Picchu ライブ連動読み切り短編集 作者:Wayra♪
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生かされている事

褐色の少年に降りてきた二十世紀最大の巨人。
彼が語る人類の未来とは……
「つまり、夏は暑く、冬は寒く、昼は明るく夜は暗い。そんな生活に戻るべきだと?」
「いえ、そうは言ってません」
「いや、君はそう言っているんだよ」
「それは……」
 確かに僕の主張を突き詰めれば、そういう事になってしまうのかもしれない。
「君は我々人間が、この惑星(ほし)の異物だと考えている。自分たちの都合のいいように自然を()じ曲げてきた、言わば招かれざる客だと」
「違いますか?」
「違うねぇ」
 褐色の()()が、眼を閉じたまま炎の向こう側で微笑む。
「君の考えは、傲慢そのものだ」
「傲慢?!」
「科学者特有の"支配者は我々である"という勘違いに(おちい)っている」
「しかし現実に、空を汚し、土を汚し、海を汚し、森を無くし、生き物たちの生活の場を奪い続けているのは我々人間です」
「その通りだ」
「だったら我々が───」
「───それだ」
 左手で有りもしない(あご)(ひげ)をさすりながら、少年は静かに僕の話を(さえぎ)った。
「君は、()()のさじ加減一つで、この惑星(ほし)をどうとでも出来ると思い込んでいる。生かすも、殺すも、我々次第───」
「そうではありません博士!」
「なら聞くが、君の言う空を汚し、土を汚し、海を汚し、森を無くし、生き物たちの生活の場を奪い続けた結果、困るのは一体誰かね?」
「え……」
「地球かね?」
「それは……」
「困るのは、人間だけだよ」
 突然、炎の中からパチッ!という一際大きな破裂音が響き、満天の星空に吸い込まれていった。


 インカの末裔(まつえい)であるケチュア族が暮らす村の一角。今、中央の焚火を囲み、僕と少年を含む四人の男女が大地に深い影を落としている。
 揺らめく炎、新月の夜空、夏の南半球。見慣れない星座がひしめき、星々が近い。しかし僕は、そんな大自然のプラネタリウムに身を浸す余裕もなく、ただひたすら、眼の前にいる少年に魅せられていた。
 11歳にして最高のシャーマンと(うた)われるこの少年には、少し前から20世紀最大の科学者が降りて来ている。同じシャーマンである母と祖父に両脇から見守られ、穏やかな表情で話すその彼の口から出て来る言葉は、普段使っているケチュア語ではなく、流暢なドイツ語だった。
「私が生きていた頃、あるインテリ風刺画家が、こんな4コマ漫画を描いた。1コマ目は海に誕生したバクテリアを温かく見つめる地球。2コマ目は陸上に進出した植物を温かく見つめる地球。3コマ目は大地を闊歩(かっぽ)する恐竜を温かく見つめる地球。落ちである4コマ目は、煙突からモクモクと吐き出される煙と、川に垂れ流される汚染物質、その脇で戦争に勝った兵士が歯をむき出しにして(わら)っている姿、そしてその光景に顔を(しか)めている地球だ…… 私にしてみれば、それらは皆、地球を擬人化する事によって問題の本質をすり替えているようにしか思えなかった。だいたい地球にとってみれば、我々人間の狂乱など蚊に刺された程度に等しい。"地球を守ろう"など、人間の傲慢以外の何者でもない。何故なら地球はその気になれば、くしゃみ一つで我々を簡単に滅ぼす事が出来るんだからね…… 事実、この46億年は、その繰り返しだった」
 少年は淡々と話し続ける。
「この惑星(ほし)の"種"の歴史は、言い換えれば絶滅の歴史でもある。その時代に頂点を極めた"種"は、例外なく絶滅してきた。過去の支配者たちは皆、地球のくしゃみ、つまり大自然の猛威によって、一体何が起こっているのか解らぬまま死んでいったんだ。大陸移動、全球凍結、スーパープルーム、巨大隕石の衝突…… 私はこれらの死は、立派な最期だと思っている。何故なら、地球に誕生した"種"としての運命を(まっと)うしたんだからね。この惑星(ほし)に生を受け、この惑星(ほし)(ほうむ)られる。素晴らしいじゃないか…… 人間の最期も、こうでありたいものだ…… そう、心から───」
 そこで彼は、何故か急に黙り込んだ。
 三人の視線が、自然と少年の口元に集中する。眼は相変わらず閉じられたままだったが、その唇は、まるでそれから先に続く言葉をためらうかのように、不規則に揺らいでいた。
 だが、やがて意を決した彼は、静かにこう続けた。
「心から願う…… 願うが、このままいけば、人間に限っては、()()()()()()()()()()()()()()()かもしれない……」 
 長い夜になりそうだ…… と僕は思った。


 恐竜は実に2億年もの間、この惑星(ほし)の覇者として君臨した。対して人類は、猿人から数えてもたかだか500万年。実質的な覇者となった我々ホモサピエンスに至っては、たったの25万年だ。更に言えば、深刻な環境汚染と、戦争における大量破壊兵器の問題は、この100年の間の話なのだ。
 当然、次の地球のくしゃみまでもたない理由は、この100年の間に起った様々な分野におけるテクノロジーの進化スピードが速すぎた点にあり、中でも"禁断のエネルギー"とされ、彼自身が深く関わった核分裂技術の実用化は、未だ平和利用より兵器利用に重点がおかれている有様だ。それまでの物理学の常識を根底から(くつがえ)し、本来なら未来永劫、人々から神として崇拝されてもおかしくない功績を遺した20世紀最大の巨人。皮肉にもその彼が今、死して尚、眼の前で人類の行く末を案じ、憂いているのだ。
 生前彼は、"知の冒険者"と呼ばれた。しかしその晩年は、冒険者として生きる事が許されるような時代ではなかった。祖国に台頭した悪魔のような一人の男の為に、彼は流浪の民となった。強靭な正義感と、筋金入りの平和論者。心が二つに引き裂かれる思いで、彼はその悪魔を倒す戦争に加担した。しかし、歴史は彼の思う方向には進まなかった。自らの理論を応用して作られた新型爆弾は、悪魔の頭上にではなく、極東の島国に落とされた。
 彼はそれ以後、自分自身をピエロと断じ、生涯に渡って苦しみ続けた。
「かつて私は、その後の歴史を大きく左右するであろう信書に、サインをした事がある。そしてその行為は、私の意に反する形で具現化され、大きな悲劇に繋がった。その時私は思った。知ることは、破滅への第一歩なのだと…… 多くの人を幸せにする技術は、同時に多くの人を殺す技術でもある。例え自らに厳しい倫理観を課したとしても、必ずやそれを悪用する輩が出て来る。己の利益の為だけに、他者を排除する事を(いと)わない。おなかがいっぱいになっても、なお狩りを続けようとする。こんな狂気を持つ生物は、この惑星(ほし)の歴史の中で、人間が初めてなんだよ……」
 まるで懺悔とも取れる告白をした彼の目じりには、うっすらと光るものが滲んでいた。
 人類史上、最大のジャンプとも言える物理法則の解明が、皮肉にも人類の暴走に拍車をかける事になった。彼の死後も、この地球上で戦争が無い日など一日も無い。こうしている間にも、どこかで、誰かが、理不尽な死を迎えているのだ。もはやこの暴走を止める手段はない。文明は加速を続け、人心は荒廃し、そう遠くない将来───
「だが、まだ終わってない」
「え……」
「若き科学者よ、決して希望を捨ててはいけない」
 懺悔から一転、そこに、(りん)とした巨人が戻って来ていた。
 すると、あたかも彼のその言葉が合図だったかのように、それまでじっと黙って眼を閉じていた祖父が動いた。
 (かたわ)らに置いてあった口の細い壺の栓を抜き、用意されていた四つの陶製のカップに紫色の液体を注ぎ込んでいく。それをまず僕と母親に手渡し、そして眼を閉じた少年には、その手を取り、傾かないよう慎重に握らせた。全員に行き渡ると、祖父はカップを眼の前に掲げ、「パーチャママ」と小さく呟き、大地に数滴垂らす。母親と少年、そして僕も、それに(なら)った。
 パーチャママ…… ケチュア語で大地の神、パチャママの事だ…… 
 この地を訪ねるにあたり、数日前にネットで見た言葉だった。
 皆が一口飲んだ後も、僕はなかなか口を付けられずにいた。そんな僕を見て、祖父と母親が笑う。僕は覚悟を決め、眼を(つむ)って恐る恐る流し込んだ。
 最初にするどい酸味が舌を突き、続いてほのかな甘みが口中に広がる。アルコールはほとんど感じられない。もっと強烈な何かを想像していた僕にとって、初めての"チチャ"は、拍子抜けするほど美味だった。
「これはチチャの中でもアルコールをほとんど含まないタイプのものだ。恐らく私、つまりこの少年と、何よりも君の事を気遣ったのだろう。大人たちだけなら、もっと凄いのを飲んでいるよ…… それより、見たかね?」
 彼が唐突に尋ねる。
「何をですか?」
「彼らの最初のしぐさを」
「ああ…… パチャママへの感謝ですね」
「君の国ではああゆう事はやるかね?」
「ああ…… やりませんね」
「何故かね?」
「え?!…… 何故って……」
「それをやる事による明確な見返りが見えない…… そうじゃないかね?」
「…… 確かに、そういう事かもしれません」
 鋭い指摘だ……
「恐らく君の国でも大昔はやっていたんだよ。でも、文明化が進むと共にその意味が薄れ、誰もやらなくなっていった。もちろん君の国だけでなく、私の国も、そしてこのインカの地でさえも…… 我々の口に入る食物は、野菜であれ肉であれ、その全てがこの大自然の産物だ。それは昔も今も何ら変わらない。人間の技術によって、トウモロコシを品種改良する事は出来ても、トウモロコシの種を作る事は出来ない。羊に注射を打って早く育てる事は出来ても、羊を作る事は出来ない。そのありがたみを真に理解するためには、外界と決別し、絶海の孤島で独り、トウモロコシや羊を育て、自ら食して飢えをしのぐ以外に方法はない。そこまでやってようやくその人間は、彼らの境地に達する事が出来るだろう……」
 彼らの境地…… 僕は改めて、この奇跡の会見をじっと黙って聞いている祖父と母親を見た。色鮮やかに編み込まれたアルパカの毛織物を身に(まと)い、時折見せる人懐っこくシャイな笑顔が印象的だ。しかし普段の彼らは、その素朴な笑顔からは想像もできない標高4000メートルの高地で暮らしている。今日は僕の為に、わざわざ麓にある唯一のケチュアの村まで降りて来てくれたのだ。
「彼らの境地…… それは、自分たちが、この大自然に"生かされている"事を日々感じながら生きている、という点にある。そしてここが重要な所だが、その考え方は、訳の解らない宗教観からくるものではなく、極めて論理的かつ科学的な思考に支えられている。彼らの言う"神"とは、西洋のそれとはまるで違う。擬人化され、いるかいないか解らないような存在ではなく、眼に見え、手で触れられ、肌で感じられるもの…… 太陽であり、大地であり、山であり海であり、風であり水であり火だ…… つまり、この大自然そのものが神なんだ。
 彼らは日々、それらの神々と共に暮らしている。チチャを大地に垂らすのは、トウモロコシという見返りを得る為であり、またそれを得た事に対する感謝の念を表す為だ。
 自分たちはこの大自然に生かされている。そしてこの"生かされている"という境地こそが、我々人類が、次の地球のくしゃみまで生き残れるかどうかの最後の希望だと、私は思う」
 彼はそこまで話すと、チチャを一気に飲み干した。

 頭の中がグルグルと回っていた。チチャのせいではない。慣れないドイツ語のせいでもない。あまりに明快な論理展開、そして強烈なまでの説得力…… しかし、僕はどうしても彼に問い(ただ)さない訳にはいかなかった。
「博士…… だとしたら───」
「───その通りだ。実は君は、最初から正しかったんだよ…… 救うべき対象が、地球ではなく、己自身だったという違いはあったがね……」
 全てを見透かされていた。自分の浅薄さに腹が立った。しかし同時に、巡り巡って自らの考えが、いかに困難を伴うものかを痛感出来た。
 ただ、ならば一体、我々はどうすればいいのだろう……
「スーパーマーケットで牛乳を買い、飲む前にフローリングの床に垂らす…… そんな事に果たして意味があるのか…… 君は今、そういう事を考えているのかね?」
 図星だった。
「確かに、今すぐに家の窓からテレビや冷蔵庫を投げ捨てろとは言えない。だったらせめて今の生活のまま、彼らの思想のみを受け入れる事から始めようという発想は解らなくもない。だが、それは不可能だ」
「ならどうすれば……」
「前に進むしかない」
 次の瞬間、彼の閉じられていた瞼が、突然開いた。
「君にはもう解っているはずだ。後ろに下がる事が出来ないのなら、前に進むしかない。ただ、前は前でもそのベクトルは変えなければならない。少なくとも君だけは、便利で豊かで快適な未来は目指すな。その先に待っているものは、尽きる事のない、人間の"欲望"という名の泥沼だ。生かされている境地とは相反する世界だ。
 いいかね若き科学者よ。これから先は、君たちの時代だ。しっかりと眼を開き、耳を澄まして生きよ。例え君が温かいベッドで目覚めたとしても、同じ時刻に標高4000メートルの地でジャガイモを収穫し、チチャを大地に垂らし、神と共に暮らしている人々がいる事を忘れるな。君は最初から、その事を確認する為に、ここに導かれたんだからね……」
 優しい眼差しが、僕を包み込んでいた。
「そろそろ行くよ」
 偉大なる巨人は、確かにそこに居た。そこに居て、今、僕に最後の思念を残し、彼が生涯追い求めた大宇宙へと消えて行った。

 後は任せた……

 少年がガクリとうなだれ、母親が受け止める。それを合図に、祖父が皆のカップにチチャを満たした。
 頭上に掲げ、小さく呟く。
「ウマニダ」
 ウマニダ…… スペイン語で、"人類"という意味だった。




            「生かされている事」   完




            人生には、二つの道しかない。

     一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。

     もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることだ。

         ── アルバート・アインシュタイン ──






まずは最後までお読み頂き、感謝感謝です!

表題作「生かされている事」は、2014年12月28日 大塚WELCOME BACKライブにて、パンフレット掲載された小説です。

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マチュピチュ オフィシャル ウェブサイト 
http://machupicchu.art.coocan.jp/
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