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Machu Picchu ライブ連動読み切り短編集 作者:Wayra♪
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バランスを取りながら

遠くばかり見すぎても、足元ばかり見すぎてもダメ。左に寄りすぎても、右に寄りすぎてもダメ。
大切なのは、バランスを取り続ける事です。
「また落ちたの?!」   
「…… ああ」
「…… で…… 今回はどんな失言?」
「失言なんかしてない」
「じゃあ暴言?」
「…………」 
 彼女はテーブルの上に両手を重ね、その上に顎を乗せたいつものスタイルで僕を上目使いに眺めていた。
「…… 商品開発の方向性が根本から間違っている。これからの時代、目指すべきキーワードは〃感動〃だ。フライヤーを導入するためにわざわざスペースを割き、コストと労力をかけて揚げたコロッケはそりゃあ旨いだろう。でもそれは当たり前だ。そこに感動はない。しかしもしそれがレンジでチンしただけのものだったら…… コンビニとしてのFFインフラの中心はあくまで電子レンジであるべきだ。例えば、チンしたコロッケが、隣の肉屋の揚げたてのコロッケよりおいしかったら…… チンした唐揚げが、隣の中華料理屋のコックが揚げたものより旨かったら…… まあそんなような事かな……」
 すると彼女はいつものように眼を閉じ、そしていつものように鼻から息を漏らした。
「何それ……」
「何とは?」
「何でそんな無茶苦茶な話をする訳?!」
「無茶苦茶かなぁ……」
「無茶苦茶じゃない! 何でそうやっていつも左側からしか物事を考えられないの?! チンするからべちゃべちゃになる、だからフライヤーを導入する、それでいいじゃない!」
「そこが駄目なんだ…… 同時にその考え方が一般的であるからこそ、チャンスも生まれる」
「…… あのね、フライヤーフライヤーって簡単に言ってるけど、それを全店に導入するって事が、どれだけ大きな勇気と決断力が必要だったか───」
「───電子レンジでもし僕の考えるレベルのものが出来るのなら、その勇気と決断力とやらは必要ない。スペースも今まで通り使えるし、莫大な投資もしなくて済む。第一揚げ物にしか使えないフライヤーは汎用性に乏しく設備維持にも少なくない手間と時間を要する。プラスに働くのは、導入後3年間だけだと思う」
「…… あたしが言いたいのは、そういう事じゃなくて……」
「感動は、演出なしには得られない。その為には、道の真ん中を歩いてちゃ駄目だと思うんだ…… 当たり前を、超えなきゃいけないんだ……」
 彼女の瞼が、一瞬ピクリと揺れた。そして今度はそれは閉じられる事なく、さらに開かれ、鋭い視線を伴って僕に向けられた。明らかに何かを言いたそうなその瞳に、僕は少しだけたじろいだ。しかし、やがて何かを諦めたかのように、それはゆっくりと下に落ちた。


 週末の午後。
 僕はファミレスに独り取り残されていた。今日は高3から付き合い始め、僕より一足早く社会人となった彼女との久々のデートだった。メールのやり取りこそしていたものの、最近ではお互い忙しいせいもあり、めっきり逢う機会は減っていた。4年という歳月がそうさせるのか、僕らは良い意味でも悪い意味でも微妙な距離感を保ったまま、だらだらと関係を続けていた。ただ、今回のデートはめずらしく彼女が強引に企画したもので、昼食の後には彼女が観たがっていた映画を観て、夜には彼女が行きたがっていたちょっと高めのレストランに予約まで入れていた。そんな日に、彼女は途中で帰ってしまったのだ。
 喧嘩なら今まで星の数ほどして来た。それが原因で別れ話に発展した事も一度や二度ではない。しかし、今日は言い争いにすらなっていない。確かに彼女は僕の面接対応にイライラし、呆れてもいた。ただそれも今日が初めてではないし、まして自分が企画したデートを放棄してまで僕への怒りを露わにするほどの事でもなかったはずだ。
 半ば放心状態のまま座っている僕に、店のスタッフがコーヒーのお代わりはいかがでしょうと聞いて来た。スタッフは、向かいの誰もいない席にポツンと置かれたコーヒーカップを一瞥し、その波々と残っている中身を見て、少し困惑した表情を浮かべた。
 長居は無用だな……
 僕は努めて笑顔で断り、席を立った。


 外の空気が入る前より数段冷たく感じられた。
 さて…… これからどうするか……
 彼女からは当然連絡もなく、こちらからもする気にはなれなかった。かといって家に帰る気にもなれなかった僕は、ファミレスの目の前にある公園のベンチに座り、とりあえず頭を冷やす事にした。
 週末の午後であるにもかかわらず、冬の公園に人影は無かった。中央にある大きな銀杏いちょうの木はとうに葉を落とし、枝間からは低い陽光が透けている。その光景は、周りに申し訳程度に配置された乗人のいない遊具と相俟って、見事なまでの寂しさを演出していた。そして、同時にそれは今の自分の心の投影でもあった。

───あなたは遠いのよ───

 彼女は最後にそう言い残して店を出て行った。スタッフが食後のコーヒーを持って来た直後だった。大きな瞳に、薄らと光るものが滲んでいた。
 その少年が銀杏の木の裏から突然現れたのは、僕の脳裏にそんな彼女の涙がズームアップされた瞬間だった。
 距離にして20メートルも離れていない所からふいに人が現れたせいか、僕の身体は一瞬硬直し、鼓動が激しく耳の内側を叩いた。彼は、正確には銀杏の木を囲む縁石を伝ってこちら側に姿を見せた。恐らく向こう側の入口から入って来た為、今まで幹の影になって気づかなかったのだろう。とにかく、彼の出現によって僕の中での彼女への思考は寸断された。
 背格好からして10歳くらいのその少年は、幅15センチ程の縁石の上を器用にバランスを取りながらグルグルと回り始めた。子供なら誰もがやりたがる代表的な行動だ。そういえばアルバイト先のコンビニでも、小さな子は必ずと言っていいほどレジ前でカウンターに手を付きながらジャンプを繰り返す。確かテレビでも誰かが言っていた。子供はマグロと一緒だと。成長速度の速い〃子供〃という生き物は、自分の身体能力の限界を常に更新し続けなければならないという焦燥感を無意識下に抱えている。だから彼らはマグロと同じで、その理由こそ違えど動いていなければ死んでしまうという一点において共通しているのだそうだ。僕は最初、少年の行動をそういった子供であるが故の単なる日常の一場面として捉え、ただ漠然と見るともなしに眺めていた。しかし、彼のトライアルが5周目に差しかかった頃だろうか、僕は、自分の背中が背もたれから離れ、いつの間にか前屈みになっている事に気づいた。
 何かがおかしかった。ただ、何がおかしいのかが解らない。確かに、少年は右足を前に出す際、僅かだが身体全体を伸び上がらせるような奇妙な歩き方をしていた。でもそれは、単にそういう歩き方なだけなのかもしれないし、何よりも僕を前屈みにさせた理由はそこではなかった。
 彼は今、眉間に皺を寄せ、脂汗を垂らしていた。少なくとも、一周たかだか10メートルにも満たないであろうその縁石を5周しただけで汗を流すような年齢ではない。しかも15センチという制約など子供のバランス感覚なら平坦な広道を歩くに等しい幅だ。にもかかわらず、彼は途中から大きく両手を広げ、必死の形相でその綱渡りを続けていた。まるで、遥か上空に張られた見えない糸の上を歩く挑戦者のように───

「義足なのよ」
「えっ?!」
 彼女は、僕のすぐ後ろに立っていた。
「半年前に、交通事故でね…… あの子、あたしの甥っ子なの」
 視線を少年に向けたまま静かに話す彼女の髪からは、1時間前と何ら変わらぬ優しい匂いがした。
「右足の膝から上を切断したの…… まだ出掛けるときには杖が必要なんだけど、あの子、学校の登下校時以外は持って行かないのよ…… 杖が無ければ何も出来なくなるのは嫌だって…… 泣かせるでしょ…… ああっ!」
 彼女の小さな悲鳴と同時に僕も慌てて少年に視線を戻す。彼は今、上空で突風に煽られ、バランスを崩しかけていた。見えない糸がグラグラと揺れ、それに合わせるかのように両手をフラフラと揺らす。しかし、一度崩れたバランスは容易には戻らず、縁石に着地させたはずの右足は無情にも脱落し、地面に着き、それでも踏ん張り切れずに身体ごと横倒しに倒れた。
 咄嗟に腰を浮かせた僕の肩を後から彼女が掴む。
「駄目よ」
 彼女は厳しい表情でじっと少年の背中を見つめていた。
「今のあの子にとっては、道の真ん中を歩き続(*********)ける事自体が難しいの(**********)…… 当たり前の事が、出来ないのよ……」
 その言葉は、僕の心にグサリと突き刺さった。同時に、彼女が何故途中で席を立ったのかが理解出来た。彼女は恐らく、単に僕の発言と少年への想いをダブらせた訳ではない。純粋に、人の努力を努力として真正面から受け入れる事の出来ない僕の姿勢そのものに、腹を立てたのだ。
 僕の中で、バランスが崩れつつあった。
 確かに、僕はまだ何も成していない……
 眼の前に、当たり前の事と格闘する少年がいた。彼は今、思うように動かせない足というより、自分自身に降りかかった境遇そのものと戦っていた。道の真ん中を歩くこと、転んだら起き上がること、その全てが彼にとっては戦いだった。
 こちら側に背中を向けた格好で倒れた彼は、ようやく上半身を起こした所だった。上着の右半身に付いた土を左手で払い、その手をしばらく右肘に当てる。あれだけ派手に転んだのだから、そのダメージは相当なはずだ。僕は一瞬彼女を見上げる。しかし彼女は僕の肩を掴んだまま微動だにしない。やがて右肘の手当を終えた彼は、いよいよ立ち上がる体勢に入った。左手を縁石に置き、曲がらない右足を後に大きく伸ばす。左手の腕力と、左足の脚力だけで一気にリフトアップさせる気だ。背中が一回、ゆっくりと上下に揺れる。そして次の瞬間、冬枯れの銀杏の枝に、魂の唸り声が木霊した。
 脆弱な筋肉がプルプルと震え、華奢な身体が悲鳴を上げる。
 立て……
 もはや敗北は明らかだった。僕は肩に食い込む彼女の爪の痛みも忘れ、ただひたすら彼の背中に打たれていた。演出なき感動がそこにあった。口には出さないまでも、心のどこかでこの社会を馬鹿にしていた僕の哲学は、10歳の少年を前に完膚無きまでに叩きのめされ、粉々に砕け散った。
「やったわ!」
 彼は立ち上がった。同時に僕の頬を温かいものが伝った。



 銀杏の枝の影が、彼女の靴のつま先に乗り上げつつあった。今僕らは並んでベンチに座り、二人でじっとその様を眺めている。その時僕は唐突に気づいた。彼女はずっと、こうした時間を過ごしたかったのだと…… ちょっと高めのレストランなど、最初からどうでもよかったのだ。
 少年の姿は既にない。立ち上がった後、駆け寄った彼女としばらく談笑したのち、心配する伯母を尻目に独りで帰って行った。子供ながらに僕の姿を認めた彼の、少し背伸びした気遣いだったのかもしれない。画して、図らずとも僕らのデートは再開される事になった。
「ファミレスで君が最後に言った言葉だけど……」
 僕は率直に疑問を投げかけた。
「ねぇ…… あれ乗ろうか……」
 しかし彼女はそれには答えず、すぐそばにあったシーソーにスタスタと行ってしまった。
「早くぅ……」
 既に片側にまたがり、把手を掴んだ状態で彼女が口を尖らせる。僕は少し躊躇したものの、仕方なくその指示に従った。
 反対側に回り込み、把手を掴んで腰を落とす。
「待って」
 僕は中途半端な姿勢のまま彼女を見つめる。
「もっと近くに来て……」
 その意味を理解した僕は、把手の内側に移動し、今度こそ腰を下ろした。途端に彼女の身体が浮き上がり、つま先立ちになる。
「もっと……」
 僕は少しだけ腰を前にずらす。
「もっとよ……」
 更に前にずらした所で、僕の身体がフワリと浮き、彼女の踵が地面に着いた。
「そこ……」
 彼女は、じっと僕を見つめていた。
「少なくとも、二人でいる時くらいはそこに居て欲しいの…… あたし、あなたの事は凄いと思ってる…… でも、あなたは重すぎるのよ…… だから、あなたから近くに来てくれなきゃ…… 釣り合いが…… 取れないじゃない……」
 その瞬間、僕は考えるより速く地面を蹴っていた。頭からシーソーを滑り降り、彼女の側の把手を掴む。泣き崩れた顔がそこにあった。互いの息が掛かり合う距離に、世界で一番大切な人間がいた。
「右側にようこそ……」
 彼女はクシャクシャな顔のまま、精一杯の笑顔でそう言った。

 銀杏の枝にぶら下がっていた二つの影が、今、一つに重なった。それは、冬の冷たい風に揺れる影の中にあって、唯一揺れない、大きな大きな〃銀杏ぎんなん〃だった。






        「バランスを取りながら」     完

まずは最後までお読み頂き、感謝感謝です!

表題作「バランスを取りながら」は、2010年12月28日 大塚WELCOME BACKライブにて、パンフレット掲載された小説です。

厳しいご意見、ご感想を、お待ちしております。
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バンド「Machu Picchu」の活動内容を詳しく知りたい方は、是非下記にアクセスして見て下さいネ^^

マチュピチュ オフィシャル ウェブサイト 
http://machupicchu.art.coocan.jp/
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