4 新陰流と会津一刀流
「木刀借りるよ」
林太郎は形稽古用の木刀をひょいと持つと、すたすたと胴も面も着けずに中央に歩いていった。みんな吃驚だ。
宇佐美先生も最上先生も驚いて中央に集まった。異様な剣士もゆっくりと立ち上がり、四人が輪になる。
「お・・・おい、林太郎!木刀で何するんだ?」
林太郎は敵の面を睨みながら、
「心配要りません。怪我はさせませんよ。ただ、打ち身はひどいかも」
両先生は顔を見合わせた。
その時、かっかと異様剣士は面を被った顔を上げて笑った。そして籠手を投げ捨て、面の顎を掴んで一気に取る。
面の中からはまるでゴリラのような髭面が出てきた。眼窩は窪み、ぎらぎらと光る不気味な目が奥にある。
「あ!貴方は上泉さん!」
「よう!りんちゃん!君も引きずり出された様だな」
彼は越後大学のサッカー部のゴールキーパーだ。天才キーパーと言われ、プロから注目されている人物だ。我々の大学と常に大会で当たるのでお互いによく知っている。
上泉は味方の最上先生に言った。
「先生、お互い、古武道で戦うんですから、やはり木刀ですよ。心配要りません。型どおりにするだけですから!」
両先生も少し納得したのか、両者の願いを聞き入れることにした。
「いいか!本気になったら、そこで止めさせるからな!」
対する二人はにっこりと微笑んで頷いた。
だが、二人の胸中は、幼い頃から学んできた古武道を試したくて、火花を散らせていたに違いない。
お互いに木刀を前に置いて、正座をして爪甲礼(指を丸め爪を床に付けるようにして行う軍中の略式礼)をする。そして二人とも右足からすくと立つ。まるで剣豪小説の世界のようだ。
俺は持っていたビデオを必死に回した。
二人は四メートルほどの間合いを取っている。
現代剣道は、間合いを既に越えた時点から勝負が始まる。つまり双方、一歩踏み出せば相手を打てるほど最初から近くにいる。だが、古武道は、常に遠い距離から勝負が始まるのだ。如何に間合いを詰め、相手の先を取るかが古武道、いや、日本刀を持った武士の戦いの本質なのだ。
上泉は木刀をゆっくりと右横に高く上げ、八相あるいは霞の構えと言われる形になった。腰をぐっと落とし、足を前後に開く。左足と左肩が前に出る『偏身』と言われる体勢だ。
林太郎は右足前の中段の構えを取っていたが、先ほどの上泉と同じように、木刀を持っている拳を左に平行に移した。それとともに右肩が廻って、浅い右の偏身となった。木刀の先は林太郎から見て上泉の首の当たりに付いて、刀身は斜めになっている。
俺はビデオのファインダーから目を離して林太郎の姿勢に見入った。
何てきれいなんだ。およそ人間が取れる、優れた姿勢の一つかも知れない。
上泉から見れば林太郎の体は木刀の中に隠れているはずだ。つまり、相手がどこを打って来ても、木刀を上げ下げするだけで防ぐことが出来るのだ。
俺は勉強した剣法の古文書の言葉を思いだしていた。『刀中蔵』と言って、相手の攻撃を防ぎ、かつ打たせない構えなのだ。
お互いにするすると前に歩み出した。現代剣道のように剣先で牽制することもなく、双方の表情も普段のままだ。皆、息を呑んだ。
お互いの間合いに近づく。あと、一歩で浅く踏み込むだけでお互いに当たる!
上泉の左足が上体を残したまますっとせり出た。足の裏を付けたままの摺り足で、しかも指が全て上を向いて反っている。
その瞬間、凄まじい勢いで上泉は木刀を右肩上から振り下ろした。林太郎の右偏身の唯一のすきである左手の拳を狙ったのだ!
何が心配ないだ!あれが当たれば林太郎の拳は砕かれる!
だが次の瞬間、皆がどよめいた。
林太郎の右足が床をどんと踏んで木刀を左に回した。
鋭い木刀の打ち合う音。
次の瞬間、上泉の木刀は林太郎の拳があった当たりの空間で、林太郎の木刀に上に乗られて、止められていた。
林太郎は、先よりもさらに右肩を前にして、打ち留めた木刀の先を、上泉の喉もとに突き入れようとしていた。
驚いたことに、上泉の体勢は崩れていなかった。
木刀の上に乗られていても、右に打ち出してなった右偏身は、腰が入っていて足も大地を踏みしめている。林太郎の突きを木刀の先を右に下げ、左に踏み出しながら右脇に流すと、左手一本で木刀を取り上げ、林太郎の後方に体を回しながら、林太郎の左の後足の踵目掛けて振り下ろした。
俺はあやうくビデオを落としそうになった!
サッカー選手として大事な林太郎のアキレス腱を打つなんて!
だが木刀が当たる瞬間、林太郎の体は宙を舞い、右回りに一転して上泉に向き直った!
今度は左肩前(左偏身)になって、林太郎の木刀は左斜めに下がっていたが、左足先の当たりに剣先を付けている。あくまでも『刀中蔵』の構えを崩さないのだ。
上泉はにやっと笑って言う。
「やるな・・・新陰流だな?」
「貴方は?」
上泉は左足前の逆の青眼の構えを取りながら言った。
「会津一刀流!」
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