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「君があのように言ってくれるとは驚いたよ」

 自分でもそう思うところはある。体裁ばかり気にして、問題の解決に向き合おうとしない学校の姿勢に酷く苛ついたのだ。

「会長、話し合いの邪魔をしてすみませんでした」

 あの後、私が熱くなってしまったことにより話し合いは中断し、今は食べ損ねたお弁当を屋上で頬ばっていた。昼休みはあと20分程だ。

「気にするなよ。僕としては君がこの問題を真剣に考えてくれていたことが嬉しかった」

「でもやっぱり無駄なことなんですよ。結局大人のズルい言論に敗れて」

「君はこの結果を無駄ととるのかい?」

 会長はしっかり締まったネクタイを軽く緩めた。彼が少し長いお喋りをするときの合図。おそらく癖なのだろうけど。

「僕には先生の意見がズルいとは思えない。職業として教師をやっている立場で、ひとまず自分の身を確保するのは大人ならば当然のことだ」

 確かにそうかもしれないけれど、苦しんでいる生徒がいるというのに対策を練らないなんて……。

「苦しいのは何も生徒だけではない。先生だって辛く思う面もあるんだ。しかし人は大人であれど強いものではないのさ。自分が受けるであろう罰や侮辱に怯えて前に踏み出せないのは人として当たり前だ。それに、不登校の生徒のために対策を練るということは学校にいじめがあると言っているようなものだ」

 解釈における都合がいいのか、この人は。誰の味方でもなく、全ての味方をする。

「僕はあの場で先生が頷くと思っていたわけではない。それについての結果は予想通りだったがわかったこともたくさんある。時間もないので端的に説明させてもらうよ」

 私としてもこのお弁当を早く片付けて、ある程度落ち着いてから午後の授業に臨みたいものだ。

「ひとつは間違いなくこの学校にいじめがあり、それを先生方は知らずとも勘付いているということ」

 それは私もなんとなくそう思った。おじいさんはいじめという単語を避けながらもその問題に驚く様子は全くなかったから。
 それに学校全体の生徒を指導する立場の教師が問題に気づいていないはずもない。

「そしていじめや不登校といった問題に関して解決しようという意思はない」

「私にはそれが問題としか思えないです」

「人は誰も同じ人間だ。その心知らずして人を責めることは好ましくない」

 この人は根本的に私とは違いすぎる。というより他の誰も持っていない器を持っている。
 注がれるものが水なら深く、岩なら自身が割れぬように柔らかく形を変える。その観点も360度に向けられ、固執しない。

「あの様子だと、過去に何かあったようにもとれる。前例なしに語れない話を聞いたような、そんな感覚。そして僕たちで何か対策を練らなければならないということもわかった」

「でも、私たちに何ができます?」

「何でもできるさ。可能性は信じなければゼロと同じだ」

 会長のこういった唯心論に近いものは素晴らしいとは思うが少し苦手だ。
 会長の心が輝くまでに磨かれているのはわかるけれども、少し皮肉な目線でも持たないと世の中は生きてはいけない。

「そして何より君の感情剥き出しの姿が見れた」

 どういった意味を込めて会長がこう言ったのかはよく理解できなかったが、少なくとも貶されているわけではないだろうと答えが出たのでそこで思考を止めた。

 チャイムが鳴る少し前、教室に戻って再度山本の方に注意を向けた。
 しかしまるでデジャヴのような光景だったので問題がなかったことを悟ることができた。
 それにしても高校という場所はどうして始業式の翌日から通常日課なのだろう。通常とは言っても50分の授業が45分になった程度の変更はあるようだがあまり実感はない。おそらく授業以外に考えることがあるからだろう。

 ――無駄なこと。
 正直なところ、頭では今回の件に関して私たちが行動を起こすことが無駄だとしか思えない。はっきりと言ってしまえばただ他人の問題に首を突っ込んでいるだけなのだから。
 これでひとまず解決の方向に向かったとして、問題はその根から抜きとれるだろうか。そうは思えない。所詮、被害者を庇うだけのことしかできずに問題を拡げてしまうだろう。

 しかし、心ではどうだ。
 つい先ほどのやり取りで私が熱くなったのは何故だろうと考えるまでもない。私の中の正義がそれを許さなかった。
 誰にもある、人それぞれの正義。それが目の前の悪を許すまいと奮えた結果のこと。人を悪と呼ぶことは会長曰く、それが悪と等しい行為らしいがそこは会長に同意できない。
 人それぞれの正義も一貫して『世の正義』を軸にして構成されているものに違いないだろうから、その対には悪がいるものなのではないか。

 考えるのをよそう。感情を昂ぶらせてそれに左右されるなんて私らしくない。
 理性的に。客観的に。


 午後の授業も終わり、ホームルームも終わった。これまでで山本に何か危害が加えられた様子はない。そもそも毎日のように被害に遭うとも限らないか。
 しかしまだ目を反らすべきではない。放課後は教師の目も届きにくい時間帯であり、これは私の先入観だがこのタイミングで被害者がいじめを受ける可能性は極めて高いだろう。
 そう考えた矢先、山本はそそくさと荷物をまとめ、誰よりも早く教室を出た。
 その様子があまりに疑問符を打たせるようなものだったので私は慌てて鞄に教科書を詰め込み、彼の後を追って教室を出た。

 ――会長に伝える暇はない。
 少し急ぎ足で先を行く山本を追う。わざわざ声をかける必要もないと感じたので距離はとっているが、下駄箱から離れると山本は一気に走りだした。
 一体何がしたいんだ! 
 下駄箱で靴に履き替えもせず、私はとりあえず後を追う。
 このまま彼は敷地外まで一気に駆け抜けるつもりだろうか。走る速度を緩める気配はない。女子生徒が走る男子生徒を追いかけて全力疾走しているシーンなんて現実的ではない。
 誰かに見られたらまず『何があった』と問われるであろう。面倒でしかない。下校時刻になってすぐに山本が教室を出てくれたのは幸いだった。

 山本が大きな植木のある角を曲がった。そのすぐ先は正門だ。間違いない、このまま帰る気だ。おそらく放課後にいじめられる可能性が高いことを理由に真っ先に下校するという考えだろう。少しやり過ぎな気もするが被害者の心情とはこのようなものなのだろう。
 そう思いながら角を曲がると山本がこちらを向いてそこに立っていた。

「えっ!」

 てっきり山本が門を駆け抜けるシーンだと思っていたので、予想外の行動に少し、いや、かなり驚いた。山本はその小さい体を猫背にして目の前に立ち、小声で何か言っているようだ。

「……ってない。結局は……」

 小さい声でよく聞こえない。かといってこの予想外の状況にて悠々と聞き返せる精神的余裕もない。ただ黙って聞きとってみようと思った矢先。

「てめぇらはわかってねぇんだよぉお!!」

 その人物像からは想像もできない怒声。気の弱そうな山本が声を張り上げて私を睨む。
恐怖というより不気味。怒りというより憎悪。
 昨日の時点では抱かなかった山本へのイメージがふつふつと湧いてくる。
 私がそのおぞましい像に怯えて硬直していると彼は再び足を急がせて門の外に消えていった。
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