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家に帰った私は、まだ夏休みの余韻を残した気温に嫌気がさしてエアコンの電源を入れた。
今年4月に高校入学、同時に生徒会に入会。あのとき何故、会長一人しかいない胡散臭い生徒会に入ろうと思ったのだろう。
あまりの希望者数の少なさのせいで生徒会選挙がなく、立候補での入会が条件となっていた生徒会は生徒から特に注目を集めているわけでもない。活動らしい活動も以前はあったらしいが、今は行事ごとに教師の手伝いをするぐらいだ。
一人ぼっちの2年生は生徒会長を務め、毎日毎日、空の投書箱を確認して生徒会室に向かっていた。その様子が気になったから、そんな興味本位での入会と言っても間違いではないだろう。
『入会、ありがとう』
私が初めて生徒会室を訪れた時、会長にそう言われたのを覚えている。『ようこそ』ではなく、『ありがとう』と言った会長の人柄をなんとなくそこで理解した。
もちろん私が生徒会に入会してからも特に目立った活動はなかった。
投書箱に入れられた紙も、ただの会長宛てのラブレターであることも多く、生徒からの要望らしい要望もなかった。
ラブレターと言って思い出したのだが、会長は異性からの評判がいい。
若手のホストに見えなくもない、と例えた通り顔だちは綺麗なもので、髪型もサラサラした黒のミディアムヘアー。アイドルというよりはバンドのボーカルのような甘いマスクだ。背は高く、すらりとした細いシルエットはモデルのようでもある。
そのお人好しともとれる寛容な心がレベルの高いルックスと重なっているのだから文句のつけようはない。
私としてはもう少し生徒会長としての威厳をもって、頼りがいのある人物になって欲しいとも思うけれど、あの笑顔を前にしたらそんなことを言う気はなくなる。
会長の性格はわかりやすいまでに温厚篤実だ。しかし矛盾して底が読めないところもある。どこまでいい人なのか、という点で私は彼の限界を知らない。
私の知っている限りではこんな話もある。
生徒会室に飛んできた野球部のボールがガラスを突き破り、会長の頭に当たった。野球部員が校舎の近くでボールを使って遊んでいたことが原因らしい。私が生徒会室のドアを開けた瞬間の出来事で、私は会長をすぐに保健室に連れて行った。
後頭部に大きなこぶができていたので、教諭は患部を冷却する為に氷枕を取り出した。首の後ろ辺りは割れたガラスで少し切れていた箇所もあった。
「すみません。棚をひっくり返してしまいまして……」
彼は保健室の養護教諭に真実を言わなかった。このときは会長が何を思って嘘を吐いたのか全くもって理解できず、生徒会室に戻ってその心の内を知るために私は聞いた。
「何故嘘を吐いたんです?」
「誰かの身に起こる災難を防ぐ為だよ」
その一言では会長の思惑を理解することはできなかった。私の中にある常識に会長の考え方はハマらなかったのだろう。
「もしあのボールが野球部3年生の主将が打ったボールだったらどうなっていたか」
「何かまずいことでもあるんですか?」
「今年野球部は新人の層が豊富で、夏の甲子園にも期待が持てるメンバーが揃っていると聞いた。野球部のキャプテンが事故とはいえ誰かを怪我させてしまったとしたら、少なからず責任を負わされるだろう。この地区予選真っただ中の時期に、大事なリーダーが部に不在になっては野球部の活動に支障を来す。もし僕が重傷にでもなろうものなら、当てた本人が罪悪感に悩まされる可能性だってあった訳だしね」
前述したとおり、私が生徒会室のドアを開けたその瞬間の出来事だ。
あのとき窓に突き刺さったものが野球ボールだと確信したときに、会長はそこまで考えていたというのか。
「僕が痛い思いをしたなら、別の人まで痛い思いをする必要はないのさ。結果は世界、いや宇宙にどれだけ影響が出るかだ。僕が黙っていれば起こらなかった災難を、わざわざ起こす必要はないだろう」
もし、あのときのボールがサッカーボールやテニスボールであっても会長は同じことを言ったんだと思う。あの人はそういう人だ。
自分が引いた貧乏くじを、まるで当たりくじのように捉えて抱える。電車内を転がる空き缶を当然のように拾って捨てる。得であっても徳のないことは選ばない。
彼は自分が得するようにとは考えていない。むしろ損を選んでいるんじゃないかと思えるほどのお人良しだ。これまでの約半年でそう実感できることは他にもあったが思い出せばキリがない。
それより会長は本当に教師にあの件を掛け合う気なのだろうか。会長のことだから本気だとは思うが、私からすれば無駄なことでしかない。会長自身が教師たちから変な誤解をされる可能性だってある。きっとあの人はそれでもいいと言うだろうけど。
それと私もこの件に関してはしっかり確認しなければいけないことがある。
――クラスでの山本に対するいじめ。
気づかなければ起こすアクションはないのだが、今日の件があっては放ってはおけない。会長も口には出していないが、きっと私が動くと期待しているだろう。
夕飯はいつもより少なく済まし、ゆっくりと入浴して髪を乾かしていると携帯が鳴った。
『はい、もしもし』
『お疲れ。岡本くん』
『あ、こんばんわ』
『まぁなんてことはないけど、君はか弱い女性だ。今日の件にしても、無理はするなよ』
『は……はい』
ためらいもなくこんな台詞が出る会長ほど接しづらい人もいないね。
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