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「わかった。今日にしよう」
私の意見に会長の認可が下りた。理子が江藤と一緒に帰っていったのを見届けると、私たちは山本の家に向かうことになった。
「住所は既に押さえてある。例の野球部の彼からね」
「さすがですね」
会長はまるで私が今日このことを言い出すとわかっていたかのように下準備を整えていた。いや、会長のことだから、私がいつ言い出しても良い様にとあらかじめ行動していたのかもしれない。
「君の話を聞くと、なんだか僕も彼と話をするのが怖いね」
「怒鳴られますよ。本当に」
新学期早々に意味もわからずクラスメイトに怒鳴られた私だけど、今日はもうそんなことを言っている暇はない。どうしても彼に伝えなくてはいけないことがあって、その為には過去に投げつけられた泥団子に怯えていてはいけない。門前払い、上等。
「それより、向こうはこちらの動きに気付いているだろうか?」
「正直、それはわかりません」
「悟られたとしても支障のない計画を立てなければならないな……」
「でも、向こうが私たちにできる攻撃ってあります? 理子たちみたいにやられることもないだろうし、自分たちのことを隠すために直接接触してくることもないでしょう?」
よくよく考えてみればそうだ。仮に私たちのやっていることが向こうに知れたとして、私たちに何かデメリットはあるのか。
生徒総会の場を使って、学校全体に大きな問題があることを知らせるのが第一の目的。全てわかっているぞと公言し、悪質な行為を止めさせることが第二の目的。そして犯人を突き出すことが最終的な目的。
「敵がどれほどの力を持っているのか。敵がどんなことを考えているのか、そして敵はどれだけの数がいるのか。これを考えてみてほしい」
「はい……」
「これだけ大きな問題が公にならないのは何故だ?」
「……大きな権力?」
「そう。そして尻尾を掴ませないことと、不特定多数の人間からの攻撃によって相手の心を打ち砕くまで遂行することに重点を置いているからだ」
「言いたくても言えない状況と、見つからない証拠……」
「生徒を退学処分まで追い込めばもう言い返されることもない。そういう弱い人間を対象にして行われるいじめ、嫌がらせ」
陰湿、卑劣。人間として許すことができないその腐りきった行為。
「噂にも上らせないように手を回したり、弱みを握って脅迫したり。できないことではない。むしろそういう人間が好みそうな手口じゃないか。権力があるとしたら、僕たちを学校から消すことは容易い」
「まさか、私達が証拠をつかむ前に……」
「学校から消される。なんらかの方法でね。もっと簡単に僕たちに反撃できる方法もある」
「……生徒総会を、中止にする」
「そう」
現時点で犯人を公に突き出すまでの証拠はない。物的証拠は1つもなく、証言においても犯人は不確か。今の段階では過去の問題から点を浮かびあげて繋げている段階にすぎないのだ。
「僕たちが情報から導いた犯人とみられる人物はおそらく同一だろう。だがまだ確定ではない。まぁ1人は全て知っているかもしれないがね」
「……江藤ですか」
「そう。彼が行動を改めたのも、自分の言葉に高い信憑性を持たせる為かもしれない。悲しいことだが、以前のままの彼の証言では周囲の者が真実と受け取れない可能性が高い」
教師と揉み合って暴力事件、復学後の素行不良。確かにそうかもしれない。もし私が話を聞く立場なら間違いなく信用しないだろう。
「状況証拠が明らかなものでも、物的証拠がなければなかなか有罪判決を下せない世の中だ。人的証拠が信憑性の低いものならば勝ち目はないし、現状ではこの学校においていじめが存在するということしか証明できない」
「……って、それって私たちに勝ち目がないってことじゃないですか?」
「現場を取り押さえるか、物的証拠を押さえられるように、犯人を誘導すればいい」
「……挑発に乗ってきますかね?」
「あくまで予想だが、乗ってくるだろうね。後始末はいくらでも方法があるんだろう」
後始末、退学処分。しかし、ここでいう後始末がそれ程怖いものとは思えない。こちらが証拠さえ押さえてしまえば、もうそれが最大の力になると思う。
「情報は心理を動かし、心理は情報を動かす。本当に怖い脅迫は、こちらが手も足も出なくなるようなものだ」
「それでも私は屈しません!」
「もし……君の命を天秤にかけられたら、僕はもう手も足も出ない。そういうことだ」
命。さすがにそこまでの犠牲がはらわれることはないと思うが、もし敵に強大な権力があった場合、似たような状況も考えられるということか。ここはあくまでも周囲から調整しつつ、土台を固めていかなければこちらが足元をすくわれる。
「相手の隙を突き、こちらも上手く逃げ道を残し、信憑性の高い証拠を握り、それを相手よりも大きな権力に突き出す。想像はできるだろうが、容易なことではないだろう?」
そう言われてみれば、そうかもしれない。既に見えている犯人の姿の裏に、更に愚劣で計算高い姿があったとしたら……。最悪のケースに立ち向かう覚悟で行くべきか。
「岡本君。相手はこの学校全体だと思うべきだ。私立高校の莫大な財力が敵になるのは当然と考えなければならない」
「実行犯はやはり、1人ですか?」
「おそらくね。むしろこう考えてもいいだろう。その実行犯の行き過ぎた犯行を、組織で隠している」
なるほど。更に実態が見えてきたような気がする。
「そして生徒総会の中止もなかなか痛いものになるだろうね」
「それは、挑発するにあたって絶好のチャンスだから、ですか?」
「それと情報の信憑性に関することだ」
「信憑性……」
「僕が壇上で言った言葉に、全校生徒は疑問を持つだろう。自分が被害者だと確信し、共に戦おうとする者も生まれるかもしれない。敵が危機感を覚えると同時に、生徒たちは僕の言葉の意味を探ろうとする」
「味方が増えたことで相手に隙が生じる、と」
「そういうことだ」
「いつの間にそこまで考えていたんですか?」
「謹慎1日目、だったかな」
会長はもう既にこうなることを予測していたのか。その切れる頭には感服だ。実際のところ、私なんかは理子が巻き込まれるまで図書委員関係で問題があったとは考えてもいなかった。
「もうそろそろ山本君の家が見えるはずだ。かなり大きい家と聞いているが……」
「もしかしてあれですか?」
かなり大きい家、と言われたらひとつしかないだろう。かなり、なんて言葉では物足りないほどに大きい一戸建てが道の突き当たりに見える。
その豪邸の目の前まで来ると『山本』と彫られた表札が掲げられているのを確認できた。
「間違いないね」
「はい」
家の大きさだけではなく、広い庭に3台の車、オートロック式の門に防犯カメラ、間違いなくこれは一般的な大人よりも所得の多い人間が建てた家だ。
しばらく目の前の山本家を見渡し、自分の家との格差を思い知らされたという意味で唖然とした後に目的を思い出した。会長も同じ様子だ。
会長がインターホンを探していると、目の前のドアが開いた。カメラに私たちの姿が映されて家の人が出てきたのだろうか。
「ふむ……山本君も大変なようだな……」
「わ、私も全力で彼に登校してもらえるよう言い聞かせますから……」
そこに現れたのは我が学校の副校長と、担任の川崎だった。当然、私たちは驚く。
「おお。うちの生徒かね。こんにちは」
「お前ら何をしているんだ?」
笑顔で生徒に挨拶をする副校長とは反対に、川崎はしかめっ面で私たちに問う。それに会長は副校長に負けない持前の笑顔で返す。
「先生の方こそ、どうしたんです?」
「ほほ。ちょいと川崎君のクラスに不登校児がいると聞いてな。話を聞きに来たんだよ」
「お前らには関係のないことだ!」
「果たしてそうと言えるでしょうか?」
会長が川崎にあからさまに闘志を剥き出しにしている。先日の停学の件もあり、2名の間に穏やかな会話が流れるとは思えないが、会長のほうが一枚上手を取る形の会話になっているように見えるのは私だけではないだろう。
「今、不登校の生徒が増えつつあってな。そういう生徒に出来る限り話を聞きに回ることにしたんだが……川崎君のクラスのこの生徒は相当の問題を抱えているようだな」
「相当の問題とは?」
「私たちが来たというのに、部屋から出てこなかったよ。お母さんも参っているようだ」
「……よっぽど学校に来たくない理由があるんでしょうね」
会長の一言に川崎が動揺を見せる。生徒が不登校になったとき、その生徒の担任の教師が上の者から責められるということはよくあること。こうして副校長と共にわざわざ生徒の家に出向くということは、川崎にとって苦痛でしかないはずだ。
「この山本君については校長にも報告しておく。学校としても不登校児はなくしていきたいからね。君たちは友達かい?」
「まあ、そんなところですかね」
「彼の話を聞いてやってくれないかね。私たちでは話も聞いてくれないようだ」
「わかりました」
そう言って副校長は川崎を残して私たちが来た道を帰っていった。副校長が角を曲がっていったところで川崎が口を開く。
「お前たち、これは学校と山本の問題だからあんまり首を突っ込むなよ」
「そうですね。生徒会としてやるべきこと以上はしないつもりです」
川崎は会長の答えに舌打ちした後、その場を去っていった。
「ちょっと川崎先生の後を尾けてみようか」
「え、はい」
会長は面白そうにそう言うけれども、何か意味があるのだろうか? 会長の言うとおりに後を尾け、川崎が道を曲がったところでこっそりとその様子を覗いてみる。
すると川崎はそこにあったゴミ捨て場の空き缶入れを蹴って何やら1人で顔を真っ赤にしている。
「くっそぉ! 馬鹿にしやがって! 俺にもっと力があれば!!」
大の大人が興奮して我を忘れているその姿に私は口元をにやりと緩める思いだったが、会長はその光景を真剣な眼差しで見つめていた。
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