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 会長のいない月曜日は、少し変わったことがあったとはいえごくごく普通に過ぎていった。
 江藤の言うとおり、川崎はもう江藤に噛みついてこない様子で、これから始まるであろう平穏な日々を想像すると久々に安心できる。
 まぁこれから仮に何かあっても、新学期が始まってから今日までの恐ろしく忙しい日々には劣るだろう。

「お疲れ様、岡本君」

 と、聞き慣れてはいたが少しばかり久し振りに聞いたような声。登校中に友人と遭遇することがあまりない私が、まさか朝から会長の笑顔に出迎えられるとは思っていなかった。

「おはようございます。って、どうしたんです? その鞄」

 会長のスクールバッグがいつもより3割増し程に膨れている。全て教科書ってことはないと思うんだけども。 

「あぁ。ちょっと課題が多くてね。来週までが期限だったのだが、昨日全て終わらせてきた」
「鞄が膨れ上がるほど多いってことですか……?」
「いや、他にも持ってきたものがあってね。どちらかというと課題よりこっちに手間をかけた。まぁ放課後まで楽しみにしていてくれ」

 昇降口で上履きに履き替え、そのトレーニング器具がずっしり詰まっていそうな鞄を提げて2年生の棟に消えていく会長を見送った。



「優華ぁ。やっぱり昨日の委員会最悪だったよぉ」

 朝のホームルームが始まる前、理子が弱々しい声を唸るように出している。自分とタイプの合わない人種が揃いに揃ってしまっている図書委員会、やはり居心地が悪いらしい。

「委員長もなんか声小さくて何言ってるかわかんないしさぁ。書記とかもう本当にただ書いてるだけ。筆記ロボ。とにかく委員会ってまとまりのチームワークは確実にないわね!」
「……本当にごめんとしか言えない……」
「あ、いや、そういう意味じゃなくてさ! ていうか私が勝手になっただけだし!」
「本当に?」
「うんうん。それにさ」
「うん」
「優華と生徒会長のこと応援してるし」
「だからそんなんじゃないって!」
「お、焦ってる焦ってる!」

 会長ネタは理子が私をからかうための道具になってしまっている。まぁ理子も本当のことは理解してくれているだろうけどね。
 会長と私は別になんでもない。ただの先輩と後輩で、それが生徒会という場では会長と副会長になるというだけの話だ。

「まぁ私も図書委員のことで愚痴言うと思うけどさ、優華は気にしないで! ていうか他の人に愚痴なんて言えないしねぇ」
「それって私が愚痴を聞かせるための人間ってこと?」
「ばか、違うよ。話反らさず最後まで聞いてくれる人ってなかなかいないからさ」
「まぁそうかもね」

 理子が私の前でいろんな愚痴を言うことは嫌ではない。むしろ嬉しく思う。
 元気で素直な理子は、周りに気を遣わずとも随分と親しみやすい存在。それでも周りに気を遣うのは、本人がコミュニケーションを第一に考える人間だからである。
 そんな理子が陰で抱えてしまったストレスを私に打ち明けるようになったのは入学後まもなくのことだった。

 生徒会室で読書を終え、これから下校というときに下駄箱に理子がいた。
 その日に出た課題の読書感想文を図書室でやっていたらしく、たまたま遅くなった彼女と初めて一緒に下校することになった。
 まだ入学して間もないということもあって、いろいろと話すことが多くて会話も盛り上がった。

「優華って、聞き上手だよね!」

 そう言われた私は理子のことを話上手な人だと感じていた。
 理子は口数の少ない女子生徒と仲良くなったことがあまりなかったのだろう。私はきっと口数が少ないただの無口な女。相手が話しているだけでも十分なのだ。
 あるとき、ふと私が日常の愚痴を零し始めると理子が言った。

「じゃあ私の愚痴も聞いてもらおうかなぁ」

 このときから私も理子も愚痴を言うときは2人で言い合うようになった気がする。他の人に言わない代わりに、理子にしっかり聞いてもらう。もちろん話せる範囲で。
 他の人には言わないようにする、というのもいつしか暗黙の了解となり、そしていつの間にか現在の『仲の良い2人』状態にまで出来上がった。
 今目の前にいる理子に、今度はどんな愚痴を零すんだろう。



「今日はお弁当ちゃんと持ってきたわ! 中身も入ってるし!」

 むしろ中身を入れ忘れることなんてあるのだろうか。心の中で適当にツッコミを入れながら今日の昼食の時間を満喫する。

「そうそう、朝の続きなんだけどさ。図書委員会、やっぱり人数少ない!」
「そういえば前に言ってたね」
「皆喋らないからさ、更に空間が広く感じるの!」
「……なんか楽しんでない?」
「あ、ばれた?」

 理子が高揚している理由がなんとなくわかる。

「絶対仲良くなってお喋りしてやるんだから!」
「そうだと思った」

 コミュニケーションのない場所では生きている心地がしないと理子が前に言っていた。彼女はそんな場所に放り込まれたとしても逃げ出さない。むしろその場に馴染み、自分が生活しやすいように雰囲気を変えてしまおうという考えの持ち主。
 私にはないその考え、どこかの誰かと似ているようで違う。

 会長は相手に合わせながら、その中で自分を出していくタイプだ。人に対してああしろこうしろとは言わない。でも自分は相手に言われたことをしっかりやってしまう。優しさでなんとかしてしまうタイプなのか。

「図書委員会ってさ、きっと鬱になるような場所なのよ! 何かとてつもなく嫌なことがあったとするでしょ? そのときに『あぁ、今日はあの委員会だ……』とかなったら耐えられないと思うの!」
「確かに。マイナスの空気はマイナスを生むからね」
「というわけで今日からその辺頑張ってみるわ!」
「結局愚痴じゃなくなったね」
「あ、本当だ」

 この少し間の抜けたような人格が、私に安心をくれる。私が生きていく上で必要な、安らぎという名の栄養。

「あ、お話し中に悪いんだけどよ」

 不自然なまでに真っ黒に染まった髪の毛が光の加減で少し青く見える。関わりのない人間なら、そいつの金曜日までの姿と今の姿を照らし合わせてしばらく考え込まないと同一人物だと認識できないだろう。元不良少年が割り込んできた。

「今日さ、俺も生徒会室行くわ」
「どうして?」
「いや、アイツに謝りてぇから」
「意外と律儀ね」
「あ、うるせぇよ」

 江藤は照れ隠しのつもりなのか、頭を掻いて視線を落とす。

「なんか今まではツンツンしてて怖かったけど、普通にしてれば案外爽やかなんだねぇ」
「な、誰だお前」
「理子」

 なんと、理子が江藤にコミュニケーションを持ちかけた。理子は今まで江藤のことを怖がっていたはずだけど、昨日の変身でそれがなくなったのか?

「優華の仲良しさんだから、よろしくね!」
「よ、よろしく……」

 にこやかな表情で柔らかに接触してきた理子に不意を()かれた様子の江藤。いきなり江藤に話しかけるとは私も予想していなかったので驚いた。
 でもまぁ、なんというか。あまり仲良くなってもいいことないと思うね。江藤、性格も口も悪いし、憎々しい男だから。

「江藤君て生徒会長と仲良いんでしょ?」
「仲良いのかはわかんねぇけど」
「えー、絶対仲良いでしょ! ていうかこれからやっぱ真面目になるの?」
「授業は前から真面目に受けてたぜ」
「へー。知らなかった」

 理子の勢いに押されるがままの江藤を見て、なんだか勝ち誇った気分になった私は間違っているだろうか。そんなことはないよね。
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