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「僕がいない間、江藤君を頼む。彼を支えて欲しい」

 別れ際に会長がしたその依頼は、私には少々難易度の高いミッションであることには違いない。しかしあんな話を聞かされてしまっては断れないし、むしろ引き受けることを快く承れるというものだ。
 家に帰るとまず月曜日のことを考える。会長はあの後、自分の処分がどうなるかと推測していたが、おそらく3日程の停学で済むだろうと私は予想する。気になるのは川崎がどう意見するかだ。
 川崎は自分が江藤と取っ組み合いになってしまったことを隠すつもりで江藤をあの場に置いて会長を連れて行った。もちろんあのやりとりには江藤に非があったことは間違いない。
 しかし授業を中断するほどの騒ぎで、生徒相手に掴みかかったような形になってしまったことは問題であろう。まぁクラスメイトはそれほど関心がなさそうに見えたけど。

 あの川崎が小うるさい教師であることは他の職員も理解しているだろうから、仮に今回の件が職員中に知れ渡っても看過される可能性は高い。なんせいじめを黙認しているような学校だ。
 そうなると何故川崎があの場で会長の一言に焦っていたのかがわからない。川崎と江藤の取っ組み合いがバレても問題にならない可能性が高いのに、川崎は隠そうとした。考えすぎだろうか。川崎が万が一のことを考えてそうしただけかもしれないし。
 会長に対して個人的な恨みがあの場で芽生えてしまったなら、職員会議で会長に対する処分を重くするように意見するだろう。それは困る。私が考えて行動すべきはここか。


 そして江藤のこと。果たして奴は登校してくるだろうか? もう面倒になって登校してこないかもしれない。川崎との確執もまた深くなってしまったし、他人の視線を気にしているかもしれない。
 登校するように連絡してみようか? いや、電話番号がわからない。連絡網に乗っているのは自宅の番号だし、向こうの親が出たら気まずい。会長に番号を聞いてみるか。
 携帯を取り出し、メールで江藤の連絡先を尋ねると、会長はそれを待っていたかのような素早い返信で対応してくれた。考えが読まれているのだろうか?


『気まずいだろうけど、月曜日は学校に来るように! 岡本』

 少し殺伐としたメールだが大丈夫だろうか? 私としては余計な会話を拡げられたくないので用件だけ伝えられれば十分なのだけど……。少し女子高生としては冷たいメールだろうか? せめて絵文字の一つでも付ければ良かったかな、と考えてみたが結局江藤からの返信はなかったので杞憂となり、深く後悔した。

 江藤を大人しくさせ、反省させる。そして川崎を含む教員に、会長の処分について聞き、必要がある場合は交渉する。どこまで力になれるかはわからないけど、まずはやってみることだ。
 まずないとは思うが、全校生徒に署名活動を行うことも考えておこう。


 翌朝は少し肌寒く、ようやく季節が秋になったと実感させられる気温だった。暦上の秋分の日というものは本当に当てにならない。その辺りからようやく秋を感じさせる天候になるのだが、人間の肌は祝日を左右するほどの基準になることはない。天文学に逆らえるほどの感度を持った人の肌は未だに発見されていないし、これからも見つからないだろう。
 秋分の日は昼と夜が同じ長さになるというが、実際には昼の方が約14分も長いとのこと。秋分の日の4日程後のほうが、昼と夜の時間差が短いとかなんとか。しかし、地球から見て太陽が秋分点を通過した瞬間が秋分と定義されている為、これは変えようもない事項なのだ。学者の頭の固さを感じるのは私だけだろうか。

 頭が固い、というのは正直私自身にも思い当たる点がしばしばあり、私なりの理屈が通らないものを否定してしまうような面はないとも言い切れない。
 だからこそ江藤の行動に何か筋の通った理屈がない限りはあの人間自体が忌々しくてたまらなかったのだが、会長の話を聞いて本当にわずかではあるけども奴の言動が理解できた。

 しかし、江藤からの返信は来ない。
 人がどれだけ心配してると思っているのだ、などということは言葉に出してしまえば恩着せがましいようなものがあるけど、思う分には自由である。
 
 午後になると友人と買い物に出掛け、いつものように楽しく休日を満喫する。私だって年頃の女子高生だ。休日となれば周りの女子高生がしているような遊び方をしているわけで、いつもいつも読書をしている暗くてどんよりとした性格の持ち主ではない。
 そう、そんなときだからこそ妙な憂いは捨てたいのだけれど、何故秋分の日をあと四日程後にしないのかということよりも気になることを呼び起こすものを見てしまうことになってしまった。気分はあまり良くない。


 さて、私は今クラスの友人とファミレスにて遅めのランチを楽しんでいるところなのだけど、どうして私の席から見える位置にあの江藤が座っているのだろうか。何故彼は1人でファミレスにいるのだろうか。暇そうに見えるのにどうして私にメールの一つも返さないのだろうか。友人との楽しい時間にほんの少し亀裂が走る。

 いや、気にしたら負けだ。今は生徒会副会長でもなければ江藤の観察係でもない。ここは奴を気にせずにいつものように休日を過ごせばいい。
 そう、いつものように私は友人とのお喋りを楽しんでいた。まぁ聞いてるほうが圧倒的に多いんだけど。


「あぁ岡本。丁度良かった」

 気づくと奴がこっちの席の前にやってきてそう言っていた。私だけでなく、友人も驚いて何を言っていいのかわからないという表情をしている。困るのは当然のことだろう。こんな不良がいきなり声を掛けてきたら、いくら顔見知りでも驚くし困る。

「全然丁度良くないわ。何?」
「今から学校に行くんだけど一緒に来ねぇか?」
「学校? なんで土曜日に?」
「アイツの処分の検討、どうなってるか知りたくてよ」
「じゃあ会長に電話すればいいじゃない」
「アイツ、マジになって本読んでるときとか電源切ってんの」

 これは知らなかった。私から会長に連絡するというパターンが今までに少なかったことも関係していると思うけど。というよりこの男はなんで復学するまで会長からの連絡を拒否していたくせに自分からのうのうと会長に連絡しようと思えるのか。その辺はイマイチ理解できない。

「優華? もし邪魔だったら今日は帰るけど……?」
「え、それは悪いよ!」
「でも、会長のことなんでしょ?」
「まぁそれは……」

 クラスの友人は基本的に私と会長のことについて気を遣ってくれる。とても嬉しいことではあるのだけど、こういった場面ではあまりに申し訳ない。せっかくの休日だというのに。
 そもそも江藤の用件が急すぎて困る。何でこいつはそんな大事な用事があるのにメールの一つも返信しないのだ。他愛もないやりとりのメールなら何もここまで怒ることはない私だけど、江藤のこのいい加減な対応にはカチンとくる。

「よし、決まりだな」
「ちょっと! 私はまだ……」
「いいよ優華! 今日の分は来週にでも付き合ってもらうから。ね?」

 なんていう心の広い人なんだ。用事を持ちかけた江藤に恐れて仕方なく承諾したというわけでもない様子が輝かしい。ごめんね。今日はその言葉に甘えさせてもらう。

「本当にありがとう。じゃあ江藤、学校に連絡しといて」
「連絡? んなもん必要ねぇよ」
「あるに決まっているでしょう!? 先生に用事があるんだから!」

 会長のように寛容なその友人に申し訳ないと思いながらも、江藤の誘いを受けて学校に向かう私。別れ際にその友人にもう一度『ごめんね』と一言かけた。


「え!? 何これ!?」
「何って、ビッグスクーターだけど」
「いやそれは見ればわかるけど……。あんたがこれ乗るの?」
「いや、お前も乗るんだよ」

 なんということだ。バイクなんて乗ったことがない。それにこのいかにも運転の荒らそうな奴の後ろに乗るなんて準自殺行為だ。まずい。命が危ない。

「被れ。じゃないと俺が捕まる」

 江藤が差し出したのは新品に近い状態の新しいヘルメットだった。これも被ったことがない。そもそもなんでいつでも誰かが乗ることを想定しているかのようにもうひとつのヘルメットを常備しているのだ。ナンパした女の子でも乗せているのか?

「嫌ならお前だけ歩いていけよ」
「安全運転しなさいよ」
「馬鹿。いつでも安全だっての」

 白いバイクの黒いシートにまたがり、渡されたヘルメットを被る。絶叫マシーンに乗るときのあの緊張のような恐怖のような感情に包まれる。
 江藤がキーを回すと、エンジンの音と震動が伝わってくる。
 ゆっくりと走り出したかに思えた車体はすぐに風を切り始め、後部座席でその体感速度に焦る私を置いてけぼりにして景色を流した。
 
 速い。……速い。……速い!
 信号待ちで止まる瞬間が私の安息の時間。一体こいつは時速何キロでこのバイクを走らせているのだ。法定速度をオーバーしているのでは?

「50キロも出してねぇぞ」
「嘘!? 車と全然違う……」
「車は車体もでけぇし、風も感じねぇからな」
「へぇ。詳しいじゃない」
「他にももっと理由はあるんだけどな。めんどくせぇ」
「とにかく安全運転でね。スピード違反しないように」
「法定速度守る気ねぇならお前にメット被せねぇよ」

 青信号になると共に再び走り出すビッグスクーターはギリギリで安全運転のラインを合格していただろう。私の眼から見て、の話だけど。
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