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すばらしき日本憲法
作:ヨネ@ハイテンション


 今より少し未来。
 そんな少し未来にも日本って国は何とか存在していた。
 まぁ経済はダメダメになるわ。
 政治家は汚職しまくりだわ。
 もう、しっちゃかめっちゃかだったんだけれど、そんな時に一人の天才科学者がこう言いやがった。
「政治家なんて要りません。要は政治家よりも政治能力があり、さらに悪事に加担しない清廉潔白な思考が存在すればいいのです」
 その翌年、自称高潔な日本人様たちの賛成多数により新しい政治家が誕生した。
 いや、起動したと言うのが正しいんだろうな。
 世界初のバイオコンピューターによる政治が施行された。
 コンピューター様は日本って国がよくなるようにとんでもない速さで演算して憲法を作り直した。
 しかもだ、その憲法は毎日変化しやがる。
 世界の情勢、日本の状態、それらに瞬時に対応するのだ。
 そりゃそんなポンポン憲法変えられたら、まともに生活なんかできやしないと思うのが普通だろ?
 しかしだ、これが見事に的中しやがった。
 おかげで今日本って国は世界で一番すばらしい国って事になっちまっている。
 まぁそんな大層すばらしい国に住んでいる俺は、金が無くなった時にだけバイトしてあとは遊んで暮らしてるダメ人間なんだけどな。
 しかも実家にパラサイトときたもんだ。
 あ、こんな俺だけど一応彼女くらいは居るんだぜ。
『ねぇ、私のマンションで同棲しようよー』
 なぁんて甘い言葉を囁かれてはいるものの、実際あまり気乗りしない。
 だってよぉ、やっぱ実家って楽ちんじゃん。
 飯は出来てるし、風呂は沸いてるし、洗濯もしてもらえるし。
 それでいて日本は平和ですばらしい国ときやがる。
 俺は何不自由なくお気楽極楽に暮らしていた。
 暮らしていたはずだった。

 チュンチュンと小鳥のさえずる声に導かれるように、俺は目を覚ました。
 おっ、珍しくちゃんと朝早く起きれたもんだ。
 普段は太陽が真上にくるくらいまで寝てしまってるもんだからな。
 よぉし、そんじゃ朝飯にありつこうと、俺は階段を下りて台所に向かう。
「おはよぉ」
 ふぬけた声で台所に居た親父とお袋に挨拶をする。
「お、お、お、おはよう。高幸たかゆき
「高幸、は、は、はやいのね! めずらしいわよね! おほほほ」
 はて?
 親父もお袋もなぜか異様に挙動不審だ。
 俺が真正面に立っても何故だか目を合わせようとしない。
 まぁ両親が変だとしても俺には関係の無いことだな。そう思いながらテーブルの上に置いてあったトーストに口を付ける。
「あ、あ、あのなぁ。高幸は朝の日本憲法ニュースは見たかな?」
 さっきまで目を合わそうとしなかったはずの親父が俺の目の前にわざわざやってくる。
「日本憲法ニュース? なんだよそれ、そんなん見るわけねえじゃん」
「そ、そうかぁ。そうだよなぁ、高幸はニュースなんてみないもんなぁ。ハ、ハハハハ」
 卑屈に笑う親父の声が妙に癇に障った。
「うっせえな。ニュース見なくても死んだりする訳じゃねえだろうがよ」
 俺はパンをくわえたまま台所を出ようとして親父に腕を捕まれた。
「高幸ぃ、ちょっとまってくれないかなぁ」
 引き離そうとする俺を押しとどめるように親父の腕に力が入る。
「高幸、朝の日本憲法ニュースにはな。毎朝憲法が発表されるんだよ。それでだな、20歳で長男それでいて無職の高幸と言う名前の男は左目を潰さないと駄目な事に決まったんだよ」
 はぁ?
 親父の言っている意味がわからなかった。
 それは新手のジョークかなんかなのか?
「わかっていると思うが、日本憲法は絶対なんだよ。実際この憲法のおかげでわれらの日本はすばらしい国へと生まれ変わったんだからね。という訳だから、本当は自分の息子にそんな事をしたくは無いのだけれど、憲法なのだから仕方が無いんだよ」
 親父の顔は全く笑っていない、むしろとんでもなく真面目だ。
「ちょ、待てよ! なぁお袋、親父になんか言ってやってくれよ!」
 俺はすかさず台所で洗い物をしているお袋に助けを求めた。
「高幸、私たち日本人は日本の憲法を守らなくちゃいけないの。それが私たちが日本人である証なのよ。さぁ少し痛いかもしれないけれど我慢するのよ」
 そう言うお袋の手にはアイスピックが握られていた。
「おい、おいおいおいおいおいおい。お前らなに言ってるのかわかってんのかよ!」
 俺はあとずさろうとして、足を滑らせもんどりうって倒れこんだ。
「お母さん痛くしない様に頑張るからね」
 いきなり俺の左目の視界に鋭利に尖った銀色の物体が入る。
 それは少しずつ、少しずつ近づいてくる。
 なぜだろう、俺の身体はまるで金縛りにあったように動けないでいる。
 逃げなきゃ、逃げなきゃいけないってのに、何で動かないんだよ俺の身体は!
「動いて別の場所を怪我させるとまずいからお父さんがしっかり支えていてあげるからね」
 お前か! お前のせいで動かないのかよ俺の身体は!
 いや、それだけなはずは無い、親父の力より俺の方がずっと強いはずなんだ。
 
 俺の身体は恐怖に支配されちまっている。

 朝から行われるこの非現実的な光景。
 ありえない、ありえるはずがない。
 そんな事を思っている間にも、銀色の先端部分は俺の眼球のまさに目の前まできている。
 こんなのが現実なはずが無い、これは夢だ、きっと夢だ。

「うわあああああああああああああああああああああ」
 俺は叫び声をあげながら目を覚ました。
 全身が汗でびっしょりと濡れている。
 ははは、そりゃそうか、あんな悪夢を見ればしょうがないよな。
 ベッドから身体を起こそうとして激痛が走る。
 
 そう、左目から・・・・・・

 俺は右目を閉じてみる。
 見えない、何も見えない。
 なんでだよ、どうしてだよ、なんで見えないんだよ、おかしいだろ、まじおかしいだろ。
 俺の左目はもう見えやしない。
 ベッドから跳ね起きると、俺は部屋の隅にある鏡のところに向かう。
 そこには哀れな片目の男が立っていた。
 そうそれは俺だ。
 両手で左目を恐る恐る触ってみる。
 近づいてくるはずの手が全く見えない。
 プックリと膨らんでいるべき眼球が、無い・・・・・・
 つぶれているんだ、俺の左目の眼球はつぶれているんだ。
「あ、あははははは、あははははは。なんだよ、どうしたっていうんだよ」
 涙腺すらつぶれてしまったのだろうか、俺は右目だけで泣いた。
 

 階段を下り、俺は両親の元へ向かう。
「てめぇら、よくもやりやがったな!」
 叫んだ言葉は誰にも届かなかった。
 なぜならば死体は聴力を持ち合わせていないからだ。
 台所には二つの死体があった。 
 それは多分、少し前までは両親と呼ばれていたものだ。
「なん、なんなんだよ。なんでなんだよ・・・・・・」
 テーブルの上には薬の瓶と手紙が置いてあった。
 どうやらこの薬を飲んで死んだらしい。
 おかしいな、なんでだろ、両親が死んだっていうのに俺の心は何故だかそれほど乱れてはいない。
 あれか、さっき俺の目を潰したのがこいつらだから? そのせいなのか?
 それとも俺には元から家族愛なんてものがなかったのか?
 とにかく、俺は手紙を読んでみる事にした。
『高幸、目は大丈夫かい? 今日の朝の日本憲法ニュースではね、20歳で長男それでいて無職の高幸と言う名前の男は左目を潰したあと、その両親は死ななければいけないって言っていたんだよ。だから父さんと母さんは自殺しました。これから後大変かもしれないけれど、われらが日本はすばらしい国だからきっと大丈夫です。高幸もしっかり憲法を守るんだよ』
 俺は読み終えた手紙をゴミ箱に投げ捨てた。
 吐き気がする。
 よく考えてみろ、俺以外にも同じ条件の奴は絶対居るはずだ。そこでも同じことが起きてるって言うのか?
 そこでも高幸って名前の男は片目で両親の死体を眺めてるってわけなのか?
 どういう事なんだよ。
 そうすることで、一体この日本のなにが良くなるって言うんだよ。
 俺の目がつぶれると日本の経済が豊かになるとでも言いやがるのかよ!
 俺は辺りのものを手につかんでは投げつけた、投げつけた。
 疲れ果てて地べたにへたり込むまでそれは繰り返された。
「はぁ。俺・・・・・・どうしよう」
 そう言ってはいるが、どうするかは決まっていた。
 俺の彼女、朋子ともこの部屋に転がり込もうと決めていた。
 幸いと言って良いのかわから無いが、彼女は俺との同棲を望んでいた訳だし、事情も話せば快く承諾してくれるに違いないだろう。
 俺はでかい旅行鞄に適当に服やら日用品やらを詰め込んだ。
 とにかく、速くこの家を出て行きたかった。
 両親の死体が転がっているこの家を・・・・・・


「大丈夫! 痛くない?」
 朋子は優しく俺を迎えてくれた。
 俺は玄関のドアを開けた瞬間彼女を抱きしめていた。
「愛してる! 俺お前のことすっげぇ愛してる!」
 朋子は最初驚いていたようだったが、素直に俺の抱擁を受け入れてくれた。
 そして俺たちは深く唇を重ねた。

「ちょっとシャワー借りるな」
 俺は朋子に声をかけると服を脱ぎ散らかしユニットバスに飛び込んだ。
「もぉ、だらしないんだからぁ」
 そう言いながら朋子は俺の服を拾ってたたんでくれた。
 朋子の部屋に来てやっと少し一呼吸つけた。
 熱いシャワーが俺の思考を段々正常に戻してくれる。
 結局朋子には事情を話さないでおいた。
 説明がめんどくさいってのもあったが、変にショックを与えたくなかったからだ。
 まぁ彼氏の片目がつぶれてるってだけでかなりショックなはずなんだしな。
 あれ、そう言えばあいつそれほど俺が片目になってるって事に驚いてなかったな。
 確かに目を心配してくれはしたが、驚いた表情は無かった。
 どう言う事だろう?
 まぁそんなことは深く考えないようにしておこう。
 これから先考えなければならない事は他にもっとあるのだから。
 俺はシャワーから出ると朋子はテレビを見ていた。
「おっ、なんか面白い番組でもやってるのか?」
「高幸くん何言ってるのよぉ。この時間は夜の日本憲法ニュースに決まってるじゃない」
 えっ? 夜の日本憲法ニュース?
「これを見るのは国民の義務なのにぃ。高幸くんたら悪い子なんだからっ」
「いや、あれだ、俺テレビほとんど見ないからさ」
「あのねあのね、今日の夜の日本憲法ニュースでね。愛し合っている今日同棲を始めたカップルの男子は彼女に心臓を一突きされて死ぬことって決まったんだよぉ」
 いつもと同じ表情。俺とデートしてるときと同じ表情。
 そんな表情で朋子はとんでもない事のはずの台詞をさらりと言ってのけた。
「と言う訳だからぁ。ねっ」
 何が、何が『ねっ』なんだよ。意味わかんねぇよ。
「じゃーん。包丁でーっす」
 でーっすじぁないだろ。どう考えてもおかしいだろ。
「高幸くん、私頑張って心臓を狙うね! ちゃんと憲法守って見せるね」
 ニッコリと笑みを浮かべながら、朋子は俺の心臓めがけて包丁を突き刺そうとする。
 俺は勿論避ける、避けるに決まっている。
「高幸くん、どうして避けるの? 憲法に違反したら死刑になっちゃうんだよ?」
「違反しなくても死ぬだろうが!」
 憲法に従って死ぬが、憲法に逆らって死ぬか。
 二つの選択肢があるって言うのに結果は両方同じときている。
 これじゃ、選択肢の意味が無いじゃねえかよ!
 考えろ、考えるんだ。
 朝の時みたいに何も考えないで恐怖に負けるんじゃない。
「愛してるよ、高幸くん。さぁ私に心臓を突き刺させて!」
 そんな間違った愛があるかよ。
 愛・・・・・・待てよ、そうかそうだよ!
 あった。第三の選択肢が!
「ちょっと待て朋子!」
「なによぉ高幸くん。あんまり時間ないんだからねっ」
「あの憲法は『愛し合っている今日同棲を始めたカップル』が対象だったよな?」
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「なら、その憲法は無効だ! なぜなら俺はお前をこれっぽっちも愛してなんかいないからだ!」
「えっ、高幸くん。そんな嘘ついてもだめだよぉ。私たち愛し合ってるじゃないの」
 朋子は包丁をぶらつかせながら笑った。
「嘘なんかじゃない。今日だって行く場所がなかったから仕方なくここに来ただけだし。あとはお前の身体が目当てだっただけなんだよ。適当にSEXして気持ちよければそれでいいんだよ。てか、おまえうぜぇんだよ。ほんと、うざい、うざい死ねよまじで!」
「そ、そんなぁ高幸くん、うそだよね。嘘だって言ってよ・・・・・・」
「嘘じゃねえよ! まじで死ね!」
 朋子はしゃくりあげるように泣き出すと大粒の涙をボロボロ床にこぼした。
「そういう訳だから、憲法は無効だよな。じゃ俺はここから出て行くから」
 そうさ。これなら俺は死ななくてすむ。
 それに朋子を殺人者にしないでもすむんだ。
 心にも無いひどい言葉を朋子にぶつけるのは辛かったけど、こうするのがお互いのために一番いいんだ。
 俺は荷物をまとめると部屋を出て行こうとした。
「待って、待ってよ高幸くん。私の事愛してるって言ってくれたよね?」
「ま、まだ言ってやがるのかよ、あ、あれは嘘だって言っただろうが!」
「そうなんだ、嘘なんだ。私すっかり騙されてたんだ。あははははははは」
 乾いた笑いが部屋中にこだまする。
「高幸なんか、死んでしまえええ!」
 俺の胸が熱い。
 なんだろ、これ。
 なんだよ、これ。
 熱いよ、痛いよ。
 朋子の手には包丁が無くなっていた。
 そのかわりに俺の胸に深々と包丁が刺さっている。
 俺の選んだ三つ目の選択肢。
 それも結果は同じだったということだ。
 

 バイオコンピューターは今日も憲法を作り続ける。
『血液型がB型の人は全員死になさい』
 日本の人口は4分の1になった。
 日本は前よりもすばらしい国になった。
 コンピューターは悪事を働くことなど無く、ただ日本が良くなるためだけに憲法を作り続けた。
 日本人はみんな幸せだったとさ。


 おしまい☆














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