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詩が浮かんで物語が浮かんだのでかいてみました。
メランコリック・ブラック・バードマン
作:森本エリ




――俺の螺子を、さぁ。
キリキリと巻いとくれ――


飴色のランプが照らす、薄暗い室内で揺れる深紅のベルベットのカーテン。
壊れかけたオルゴール

胸が爛れそう。
壊れそうな
メランコリック・ブラック・バードマン

ワルツのリズムに合わせて、踏めよ、ステップを。

恋をした。

叶えてはならない恋を。

叶えて、翼が真っ黒に染まって、片方もげた。


嗤うのは神経質な三日月

糸の切れたマリオネットみたいに墜ちて行く。

メランコリック・ブラック・バードマン
落ちて逝く

メランコリック・ブラック・バードマン

仕立ての良いスーツも、ハットも、レザーソールも、闇夜のカラスのような黒だから涙が透明で、全てが漆黒だったから、誰にも見られない



《Melancholic Black Bird man.》


青っぽい霧のかかった闇を切り裂いたのは銃声。

少女は恐怖に震えながら、
その男の瞳より深い漆黒はない、
と思った。
伝説の怪銃を手に汚れた真紅を撒き散らして現れた。噂の殺し屋。
コードネームは『黒い鳥』

悪魔が現れた。

石煉瓦が剥れて、むき出しのセメントの家屋が建ち並ぶ、道路は不揃いな石畳。
陰鬱な土砂降りが、湿気が、飢えが、子供たちを殺していく。
北からの移民は徹底的に差別され、虐げられる。
そんな日常の町の名前は『ホーリーランド』。

少女は移民の娘だった。
透き通るような白い肌に映える薔薇色の唇。
寒気がするほど澄み切ったアクアマリンのような瞳と肩下まで伸びた、手入れをすれば高値で売れるだろう、プラチナブロンド。
欠点なら、飢えのせいでやせすぎているといったくらいの

まさに掃き溜めに咲いた白い薔薇。

移民の娘でなければ、持て囃されていただろうが、彼女は、日々町の男達からトイレットペーパーのような扱いを受けていた。

その日も、職にあぶれて飲んだくれてばかりの父親をパブに迎えに行く途中に、酔っ払った中年男に廃屋に連れ込まれ悪戯されそうになった。

抵抗せずに、黙っていれば、事は済む。
移民の娘なんかに孕ませないようにと、射精は腹か唇にされる。
いつもの事だ。
ほんの少し我慢していればいい。

少女はそう思い、天井のひび割れに注目していた。


(私はガラスの人形……私はガラスの人形……)

そう言い聞かせて、顔にかかる酒臭い息も、生臭い体臭も、無遠慮でささくれだった不潔な指も知らない振りをした。

我慢出来ないのは、身を裂くような寒さだけである。
運がよければ銅貨かお菓子をもらえる。

「久しぶりの睡眠の邪魔をするな。豚野郎」

忌々しげな声に続いたのは銃声。

破れたトマトみたいに豚の頭が破裂した。

少女は声も出せなかった。





その“悪魔”は、私の目前に汚れた真紅を撒き散らして現れた。
流れた弾丸が私の頬を傷つけた。

黒革のロングコートに、漆黒の髪、完璧な黒の冷たさを持った目差しで私を貫いた。

覆い被さってきた豚が、瞬時にただの肉塊に変わった事実に失禁してしまった。
ガタガタと震えながら、ただその“悪魔”を見続けた。崩れ落ちた肉塊の下の私に気付いた“悪魔”が舌打ちをした。

「もらしやがって……手間の掛かる」

漆黒のレザーグローブが差し出される。

「立てるか?」

私はただ頷いた。漆黒の“悪魔”は、少し黄色がかった肌をしていた。
私の血が通っていないような白い肌に似て遠い。
私はこの“悪魔”を知っていた。北の移民なら、彼を知らないものはいない。
彼は殺し屋。
コードネームは『黒い鳥』

ノースブランシュ人と東の果てから漂流して来たジャポネーとの合いの子だって、聞いたことがある。

「血液も、ラドゥの乳みたいに白いのかと思った」

“悪魔”は無理やり私の顎を掴んで、横を向かせると暖かい舌先で傷ついた頬を舐め上げた。
寒気とは異なる、痺れに似た震えが下腹と背筋の両面から頭と爪先に走る。

「湿気と寒さに殺されるには勿体ない」

私は、黙ったまま“悪魔”を見上げる。
唇の端に薄い笑みをたたえ、漆黒の瞳がひどく澄んでいた。

「俺とくるか?」
好奇心に輝く瞳が私を見ている。

「どこにいっても、大して変わりはないが、少なくとも寒さと飢えは凌げる」

その言葉が、どんなに魅惑的か知っているはずだ。私の顔を拭うレザーグローブが冷たい。
鼻先と頬を突っ突く“悪魔”の唇は寒さに乾いていたけれど、吐く息が白いので、その中が熱いのだと思った。

私の唇は勝手に開き、“悪魔”の舌を欲した。

初めて、男が欲しいと、自ら望んだ。
白い息を短く吐き散らかし、舌を絡め合う。

彼の頬は暖かくて、口内は熱かった。

豚みたいな中年男のまき散らした生臭い血の匂いが立ち上ぼる。
下着もスカートも凍るくらい冷たかったけれど、その奥が熱くなっているのが解った。

下着に差し込まれた、レザーグローブを外した男の手がひどく冷たい。
入口にあてがわれた指の違いも分かるほど私の中は熱い。

「もらしてんのか違うのか、確かめるのは」

指が押し込まれて私は息を飲んだ。


「風呂に入ってからだな」

私の粘液をまとわりつかせた指が抜かれた。

「行くぞ」

男は踵を返し、廃屋から出て行く。私は息を吐いて、走って後を追った。



茨にかかった神が陰鬱な木製の扉を守っている。
部屋に入ると、妹のジョゼが揺籠の中で青黒くなっていた。
母さんが床で座り込んで眠っている。
涙の後が頬についていた。
薬品アルコールの瓶が抱えたまま泣き付かれて眠ってしまったようだ。

弟や妹が死んでいく中、私は生きているのが不思議でしょうがない。
無垢な幼子の命を天が毟取っていく理由は、ここが地獄だから。

私は何故生き延びているのだろうか。
無垢ではないからだろうか。
粗相をした服を着替えても代わりばえしない。

どれも似たり寄ったりのボロ切れだ。
私は躊躇もせずに家を出た。
悪魔に出会うために生まれたとしか、言い様がない。神に守られているはずのこの家に、幸福は立ち寄らない。

「荷物はないのか」

私は頷く。悪魔は私の手を引いてくれた。
冷気の刃物のような風が吹き荒ぶ。立て付けの悪いドアが鳴いていた。














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