私の頭の中のお花畑
「…であるからしてぇ~」
四限目の国語の時間が始まるころ、私はいつもの様に睡魔に襲われ、そのまま顔面を冷たい机に叩きつけて眠りに落ちた。
…そして気がつくと、私はいつもの様にお花畑の中にいた。うららかな風が髪を靡かせ、私はその心地よさに思わず欠伸した。
ここは、私の頭の中のお花畑。私だけが見れる、夢のような空間。
椅子に座ったままお花畑に持ってこられた私は、夢見心地のままぼんやりと辺りを見渡した。今日もこの世界は真っ青な空に囲まれ、地平線の先にまで花畑が続いている。私は思わず笑みを零していた。
なんて気持ちがいいんだろう。いつだって頭の中のお花畑は、私を癒してくれる。サルビア、シクラメン、ツツジ、桜に梅にヒヤシンス…あちらこちらで花びらが咲き乱れ、付近では蝶が舞っている。その鮮やかな色と匂いが、さっきまで疲れていた私を大いに楽しませてくれた。
私は椅子から立ち上がると、地面に転がっていた如雨露を手にした。私の頭の中のお花畑で、水を遣ることが私の楽しみだった。私は丘の上に上って、一際高いところにある『秘密の花園』を覗き込んだ。今日もそこには、変てこりんな花々が咲いていた。たとえば、
「明日は何処に行こう」花とか。
「晩御飯は、エビフライがいい」花とか。
「将来は可愛いお嫁さんになりたい」花とか。
…とにかく私の頭の中にあるお花畑だったから、私に都合の良い花がたくさん咲き乱れているのだ。そんな変てこな花々に、水を上げて眺めるのが私は大好きだった。
「…じゃあ次の問題を、藤波」
しばらくすると遠くのほうから声がして、私は飛び上がった。お花畑からじゃない。頭の外の教室からだった。出た。『消しゴム人間』だ。私の頭の中を消し去ってやろうと、いつも目を光らせている悪い奴。
「おい、起きろ!藤波、授業中だぞ!」
『消しゴム人間』がもう一度怒鳴り声を上げた。私はため息をついた。そう、分かってる。いつまでも夢の中にいられる訳じゃない。花に水を遣れる時間は、毎回長くはなかった。
私は足元に転がっていた火炎放射器を右手に取った。
現実に戻る前に、お花畑をきちんと燃やしておかないと。万が一誰かに見られたりしたら、恥ずかしくてたまらない。第一頭の中がお花畑では、現実ではまともに生きれないではないか。私はスイッチを押した。
そういえば昔は燃やすときも、黒ずみになっていく花や蝶を見て心が痛んだものだった。だが、今ではもう慣れたものだ。何の感情の歪みもなく、頭の中の花を焼き払った。…やあ、燃えた燃えた。だから何だってんだ。そりゃ女子中学生の個人的な夢想なんて、大切な国語の授業に比べれば全く無価値に決まってる。…だからそんな大声で、怒鳴るのを止めてくれないか。
「藤波!」
火炎放射器のスイッチを切り、私は頭の中を真っ黒にして意識を教室へと戻した。
「はい…」
すっきりしない頭を振り、私はのろのろと立ち上がった。黒板に、会ったこともない作者の気持ちを適当にでっち上げて、私はさっさと自分の席へと戻った。教室では私の書いた答えが違ったのだろう、乾いた笑いが沸き起こっていた。私はというと、重たくなる一方の頭に悩まされていた。…どうやらまだ、頭の中で燃え残っている花があるようだ。
…いつものやつだ。全部燃やしたつもりだったのに、いつも何処かで一輪の花が残ってしまう。もはや名前も忘れてしまったが、その花はいつものように私の頭の中に根を張り、成長し綿帽子を飛ばしていった。
そして五限目の数学の時間になるころには、私の頭の中はまたお花でいっぱいになってしまうのだ。いつものように睡魔に誘われたが、五限目の私は重たい頭を振って必死に抵抗した。
夢の中に逃げ込むばかりではダメだってことは、もちろん分かっている。現実を見て、きちんと起きてご飯を食べなければ、到底生きていけはしない。いつかはお花畑とも、お別れしなければいけない日が来るのだ。
…嗚呼、だけど、どうしてだろう。しばらくすると私は机に頭を叩きつけ、右手に火炎放射器を、左手に如雨露を握り締めていた。
色鮮やかな花に囲まれ、私は深く空気を吸い込んで精一杯身体を伸ばした。凝り固まった筋が解され、とても気持ちが良かった。
ここは、私の頭の中のお花畑。私だけが見れる、夢のような秘密の花園。
…今度『消しゴム人間』が来たら、今度こそ追い払ってやろうかしら。そしたら、その時は…。
…私は一体、どっちの拳を掲げればいいんだろう。
夢と現実の狭間で、ふとそんな考えが私の頭を過ぎった。